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お客様 2




 グリッグはお客の先に立って歩き出した。ランドルはそっと後に続く。

 玄関ホールを抜け、廊下を歩き出すと、四人の──特に女性二人の表情が強ばっていった。きっとこの殺風景な荒れ果てた光景に、異常を感じているのだろう。しかし二人とも口には出さず、黙って付いてくる。


 やがて一行はフェリシアの部屋の前へ来た。

 質素な扉だ。

 本来なら客を招き入れるような部屋ではない。子供部屋だ。だが、フェリシアはこの部屋でだけ暮らしているので仕方ない。


「こちらです」

 グリッグがドアを開ける。


 フェリシアは、ベッドの手前の椅子にちょこんと腰を下ろしていた。


 アラベラが棒立ちになった。


 大きく目を見開き、小さなバッグを握りしめた両手が震えている。

 そのままよろめくようにアラベラは何歩か進んだ。


「フェリシア……様? フェリシア様ですか?」

 フェリシアはきょとんとし、それからなぜか顔を赤らめた。

「はい……。あの……」

 するとアラベラはもう少し進み出た。

「……なんと大きくなられて……。覚えておいでですか? 私、前にお嬢様と音楽のお勉強をした……」


 じっと、アラベラをみつめていたフェリシアの顔が、パッと輝いた。

「あ……、先生? ……アラベラ先生?」

 フェリシアは、椅子から立ち上がった。


「覚えていて下さったんですね」

 アラベラが涙ぐむ。


「ほんとに先生?」

 フェリシアは目を丸くした。

「ほんとに? ほんとに先生? わああ。」

 嬉しそうに何度も繰り返す。


 わああ──?

 ランドルは少し呆れた。

 まったく礼儀作法が──。


 そこで気づいた。

 フェリシアは、教育どころか世話をしてくれる者も、話をする相手もいなかったらしい──。

 これは仕方の無いことか──。


 駆け寄ったアラベラはフェリシアの手を取ると、涙を流し、そしてハッとした。

「あっ、フェリシア様、ご病気は? お体は大丈夫なのですか?」

 そして恐る恐るフェリシアの髪に、頬に触れた。

「傷一つない、なんてお可愛らしい……」


 フェリシアはちょっともじもじしたものの、アラベラを嬉しそうに見つめた。

「先生、先生に習った歌、私、よく歌ってました。ピアノは……無くなっちゃって弾けなくなったけど」

 そこでフェリシアは、アラベラの後ろのエドニに気がついた。その目がパッと丸くなる。


 エドニが前へ進んだ。

「初めまして、フェリシア様。私はエドニと申します」

 フェリシアの顔が赤くなった。

「は、初めまして……。フェリシア・ベル・ラムズです」


 フェリシアは挨拶らしきものを小さな声で返すと、片手を伸ばしてすぐ側にいたグリッグの上着を掴んだ。

「どうしたの?」

 グリッグが驚いたように聞くと、フェリシアはグリッグの上着の裾を恐らく無意識で引っ張りながら、恥ずかしそうに言った。

「こんなに綺麗なお姫様、は、初めてで……。びっくりした……」

「まあ」

 それを聞くと、エドニはこちらも恥ずかしそうに頬を染め、「ありがとうございます」と笑った。

 それから、

「フェリシア様、……ご病気と伺ったのですが、違います……よね」

 と付け加えた。


 グリッグが二人に尋ねた。

「ご覧の通り、フェリシアは健康です。一体どういうことですか?」

 アラベラとエドニは顔を見合せた。


「あの……」

 アラベラが口を開く。

「ラムズ公爵夫人が仰るには、天疫痘に罹られたと。それで、その、体に……お顔にも痕が残り、お嬢様は誰にもお会いにならないとお手紙を頂きました」

 アラベラの口調には怒りが混じっていた。

「私は、それならせめてお声だけでも聞けたらと、もしも、少しでもお慰め出来たらと思い伺ったのですが、……いったい公爵夫人は何故そんな事を仰ったのでしょう」


「私が……病気……?」

 フェリシアはちょっと目を見張ったが、別段驚かないようだった。

「そう、ですか。そうですね。前に頭が痛くなったり熱くなったり……喉が痛くて咳がとまらない事も、ありました。……それの事かな……。でも、もうずっと前ですけど……」


「それは……」

 アラベラがフェリシアの手を取った。

「その時は、どなたが看病してくれたのですか?」

「……いえ……ひとりで……」

「なんてこと……」

 アラベラのそれから隣のエドニの顔も強ばった。

 フェリシアは首を振った。

「仕方がないんです。私はお母さんが、どこの馬の……あ、ど、どこの人か分からない側室の子なので、ここに住めるだけでも……」

 フェリシアの頭の上を回ってた飛ぶ人形が降りてきて、フェリシアの頬に触れた。フェリシアが嬉しそうな顔をする。しかし、客人には人形は見えないようだった。

 

「そんな酷い事……」

「あの、侍女は居ないのですか?」

 エドニも声を震わせて言った。

「じじょ?」

 フェリシアが首を傾げる。

「まさか、公爵令嬢なのに、まさか……」

「私はずっと一人暮らしでした」

 フェリシアはそう言ってグリッグを見上げる。

「でも少し前にグリッグが来てくれたので、今は……」


 グリッグが静かに言った。

「私は、フェリシア様の母君の里からまいりました。訳あって母君の御実家の名前は伏せますが……ここに来て驚きました。ラムズ公爵家がまさか娘にこんな仕打ちをするとは……」


 アラベラとエドニも青ざめた顔で唇を噛んだ。

「公爵閣下は、この事をご存知なのでしょうか」

 アラベラがそう言う。するとエドニが

「ご存知ないのではないでしょうか。もしかするとやはりご病気で誰とも会いたくない、などと夫人に言われて、信じていらっしゃるのでは……」

 と言った。

「お知らせした方がいいのではありませんか」

 アラベラが語気を荒げる。


「しばらく……」

 グリッグが静かに言った。

「その事は、しばらくお待ち頂いてもよろしいでしょうか。私も少し調べておりますので」

 アラベラとエドニは顔を見合せ、頷いた。アラベラは少し不服そうだったが何も言わなかった。


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