お客様
ランドルは、玄関ホールへと向かうグリッグの後を追った。
フェリはグリッグに部屋で待っているようにと言われて、部屋に残っていた。
いつもなら一緒に行くとついてくるんだが、今日はあの、飛んでる人形がいるから待っているようだ。
ランドルはこの所調子が良かった。
ずっと身体を覆っていた違和感というか、だるさというか、そういったものがほとんど無くなっている。
こうなって初めて、自分は本当に死にかけていたのだなと思えた。
ほとんど動けなかった身体が動けるようになってくると、自分の身が軽くてちょっと楽しい。
もちろん、人間に戻れるなら戻りたい。あの妖精の女王は、いずれ戻れる様なことを言っていたし──。
しかし、猫の身体は思っていたより楽しかった。
そんな事を考えていたら、グリッグが玄関ホールで足を止めた。お客が着いたようだ。
玄関ノッカーが控えめに叩かれる。ランドルはホールの隅に隠れた。
グリッグが扉を開いた。
そこには伯爵令嬢ともう少し年上の女性。そして二人を守るように男が二人立っていた。きっと伯爵家の騎士だろう。深緑のマントだから、名将ダイアス伯爵率いるスファル騎士団にも所属しているらしい。
やはりもう一人の方の女性は憶えがなかった。
社交界の最低限の礼儀として、人の顔はなるべく覚えていたつもりだ。が、女性の名前はよくわからない。
ロセター伯爵令嬢のことを覚えていたのは、父の伯爵が側近の貴族であったのと、従兄弟ネイハムの許嫁だったからだ。
名前の分からない方の女性が、礼儀正しくグリッグに挨拶をした。
「私は、以前こちらのフェリシアお嬢様の家庭教師をしていたアラベラ・ストリンガーと申します。
こちらは、エドニ・メイ・ロセター伯爵令嬢です。
本日は連絡もせず、突然訪問したことをお許しください。
実は、ラムズ公爵夫人にフェリシアお嬢様の事を伺ったところ、ご病気だと聞いたのもので……、お見舞いによらせていただいたのです。
その……」
そこでそのアラベラと名乗った女性はためらうように、口ごもった。
ストリンガー男爵。ランドルはおぼろげに思い出した。確か宮廷楽士を取り仕切っていた──かもしれない。ランドルは騎士団の者達はよく知っていたが、楽士たちはほとんどわからなかった。
アラベラはその妻なのだろう。彼女は迷いを振り切るように顔を上げ、もう一度深く頭を下げた。
「その、ご病気のこと、全く存じ上げませんでしたので、あの、お嬢様がお嫌なら、お会い出来なくても構いません。でも、もし、お声だけでも聞けたら……と思って参りました。あの、無理にとは申しません。お見舞いの品を届けていただくだけでも……」
そこでなぜかアラベラは涙ぐみ、隣のエドニ嬢が言葉を引き継いだ。
「突然お伺いして申し訳ありません。今先生にご紹介して頂きました、エドニ・メイ・ロセターと申します。大変不躾ですが、先日こちらのフェリシアお嬢様のお話を伺い、あの、私、あの、良いお薬を持っておりましたので、もしも宜しかったらと思いまして参りました。
私はこのままここで待っておりますので、アラベラ先生がもしお会いできたらと……」
エドニも深々と頭を下げる。
二人ともなぜかとても恐縮しているようだ。しかし、病気?
グリッグはいつの間にか長い髪を緩く結び、貴族の令息のような立派な服装を身につけている。
二人の話を神妙な顔をして聞いていたが、不意にクッと小さく笑った。
「病気? ラムズ公爵夫人がそう仰ったのですか?」
「はい、あの……、お手紙でお尋ねしたのですが、そうお返事を頂きました……」
「ほう……それはそれは」
グリッグは笑顔で答えたが、ランドルにはわかった。こいつはまた怒っている。
「わざわざありがとうございます。
よろしかったら、フェリシアに会ってやってください。どうぞこちらへ。ご案内しましょう」
「え……」
アラベラは戸惑うような様子を見せた。
「よ、よろしいのですか?」
「どうぞどうぞ。そちらのご令嬢もぜひ一緒にいらしてください」
グリッグは人当たりのいい笑顔を浮かべてそう言った。
ちゃんとした言葉使いも出来るじゃないか。ランドルは呆れた。
今のグリッグは、いつもの得体の知れない雰囲気が消えて、まるで親切で優しい立派な人に見えた。