アビ
フェリは夢を見ていた。
真っ暗の誰もいない部屋。
窓から月のあかりが差し込むと、窓辺は少し明るいけれど、部屋の奥はもっともっと暗くなる。
フェリのベッドの上は闇に沈んでいる。
そこへぽうっと灯りが灯った。
オレンジ色の優しい瞬き。
フェリが傍によると灯りはフェリの周りをくるくる回った。
フェリはいつの間にかお人形を抱いていた。小さい頃持っていたお人形だ。オレンジ色のドレスの小さな女の子。
そうだ、大好きでいつも一緒だった。
いつの間にか、周りの人達がいなくなってしまって、館で一人だけになっても、そのお人形だけは一緒だった。
話しかけてくれる人が誰もいなくても、話しかける相手が誰もいなくても、その人形がいてくれたので、フェリはおしゃべりすることができた。一緒に絵本を読んだり、勉強をしたり、歌も歌った。
不思議なことに、人形はフェリの話を分かっていて、時々は返事をくれているような気もした。
あまりにどこへ行くにも持ち歩いていたので、しまいにはぼろぼろになってしまった。
いなくなってしまったのは、いつだっただろう。
あの時は随分泣いたっけ。
そうだ。
さっきの瞬きは、フェリがキラキラと呼んでいた光だ。
キラキラと初めて会ったのは、泣きながら人形を館中探し回っていたときかもしれない。
夢の中で、あの人形はきれいなままだった。
オレンジ色のドレスも、お揃いのリボンも、金色の髪も……。
そう、あの人形の名前は……。
……フェリは目を開けた。
自分のベッドの上だった。
……あれ?
窓から明るい日差しが差し込んでいる。
まだ明るいのにどうして寝ているんだろう……。
フェリが起き上がろうとすると、
「フェリ!」
明るく澄んだ声とともに、矢のような光がフェリの胸へと飛んできた。
驚いたフェリが短い悲鳴をあげると、
「わたし、フェリ! わたし!」
柔らかな声が聞こえた。
「え? え?」
フェリの前に小さな光の球が浮かび上がる。
「……ア、アビ?」
それはちょうど今、夢に見ていた人形だった。
オレンジ色のドレス、赤茶の髪、榛色の目……。
「アビっ!!」
フェリはすごい勢いで起き上がった。
「アビ? ほんとに? アビなの?」
小さい頃の記憶の通り、大好きなアビだった……。けど……。
「あれ? アビ、ちょっと違う? 動いてる……、動いてるね……」
ていうか、飛んでる???
フェリはあんぐり口を開けた。
せ、せ背中に羽が……。
アビは金色の小さな羽を羽ばたかせながら、フェリの前でくるりくるりと回転して見せた。
「わたしはね、元々エイディーン様からこぼれた光なの。前はこの人形の中でフェリと遊んでたのよ。
人形が無くなってからは、ただの光にしかなれなかったけど、さっきエイディーン様がいらして、たくさん光を置いていってくれたので、こうして形になれたの」
わあああ。
フェリはアビに会って、小さな子供の頃のような気持ちになった。
「アビ、アビアビアビー。会いたかったよー。どうしていなくなっちゃったの?
探したんだよー」
フェリはうわああああん、と泣きながらアビを昔のように抱きしめた。
「ごめんね、フェリ」
アビはフェリの顔に小さな頭を寄せた。
「うん、うん、うん」
フェリはやっぱり子供の頃のように、頭をこくこくさせた。
とそこに、もっと大きな手がフェリの頭を撫でた。グリッグだった。
「よかったな」
グリッグは優しそうな顔でそう言うと、そのあとすっと真顔に戻った。
「でな、フェリ、感動の再会の所悪いが、どうも、お客が来たようだぞ……」
そう言いながら、グリッグはフェリの前に手鏡を持ってきた。
フェリが覗き込むと、不思議なことにフェリの顔は映らず、きれいな女の人が二人見えた。
今、庭を通って玄関へ向かっている。フェリ、これは知ってる人か?」
「……うう……ん」
フェリは首をかしげた。
知らない……と思う。けど、なんとなく見たことがあるような……。
と、意外なことにランディが口を開いた。
「──知ってる」
グリッグが驚いて振り返る。
「その、水色のドレスに茶髪の方、ロセター伯爵令嬢だ」
「へええ、伯爵令嬢」
グリッグが 驚いた。
「その後ろは知らん」
「そうか……、しかし伯爵令嬢がなぜ?……」
グリッグは首を傾げ、フェリを見た。
「まー、とりあえず会ってみるか」