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猫皇子 4



 不思議に思っていたその答えが、次の日分かった。


 その日、珍しく人の話し声が聞こえてきた。厨房からだった。

 ランドルはそっと厨房の中に入った。


 使用人らしき者が二人いた。

 きちんとした身なりの男女だが、どこか品がない。その二人が苛立ったように話をしていた。


 ……何? あのドレス! 見た?

 ……どうしたんだ、あれは? 誰か来たのか?

 ……先月も、暖かそうなガウンを着ていたのよ。それに、前に外套も見たわ! でも、探したけどどこにもないの。

 ……どこかに隠したのか?

 ……全部見たわよ。

 ……そういや、食べ物も減らしてやったのに、なんだか妙に顔色がいいじゃないか?

 ……置いてた雑穀はネズミの糞だらけで減ってないわよ。それに、じゃがいももまだ残っていたわ。

 ……ああ、あの腐ってるやつな。しかし、おかしいな。じゃあ何を食べてたんだ? 畑もまだ何もできていないだろ?

 ……そうね。

 ……待てよ、薪も減らしたのに、風邪もひいてないってのは……?

 ……まさか誰か、手助けしてるのかしら……。ラティーシャ様とテルシェ様に報告した方がいいんじゃない?

 ……しかし、かえってテルシェ様にお咎めを受けるのでは……。

 ……様子をみる?

 ……そうだな。

 ……あのドレス、絶対高く売れるはずなのに。くそっ、見つけてやる!



 二人は苛立ちながら、厨房を出ていった。

 ランドルは驚いた。


 この館の使用人なのだろうか。

 あの娘というのは、フェリシアのことか?

 こいつらは一体何者なんだ。使用人? 賊? とにかく真っ当なものでないのは確かだ。

 こいつらがこの館の中の物を全部持ち去り、売り払っていたのか?


 そして──。

 そう。

 何より意外な名前を聞いた。

 ラティーシャ。

 ラティーシャ・ブロー・ラムズか。すると、テルシェとは母親のテルシェ・メリル・ラムズ。


 ラムズ公爵の夫人は、以前はリンジーの母だったが、数年前病で亡くなった。次に夫人になったのが側室だったテルシェだ。

 テルシェの娘ラティーシャは、その後ランドルの許嫁となった。

 皇室とラムズ公爵家が縁組することは過去にもあったことで、年回りから言っても自然なことだった。

 そしてその後、ランドルの兄が亡くなりランドルは皇太子に。ラティーシャはいずれ皇太子妃になるはずだった。


 つまり、テルシェと娘が自分以外の公爵の側室とその娘を疎んじたのか……。

 なるほど、とランドルは思った。


 と、そのときフェリシアの声が聞こえてきた。


「皇子? 皇子、どこです?」


 廊下から、それを聞いたさっきの二人の品性のない笑い声が聞こえてきた。

 話し声も耳に入った。


 ……皇子? ランドル皇子のこと?

 ……いよいよ頭がおかしくなったか?

 ……皇子はずっと行方知れずなのにねえ。

 ……生きちゃいないよな。

 ……おそらくね。


 ランドルはそっとそこを後にした。


 二階の廊下を進むと、フェリシアがランドルを見つけ、嬉しそうに駆け寄ってきた。グリッグも一緒だ。

「皇子、どこに……」

 とフェリシアが言いかけるのを、グリッグが止めた。

 そのまま無言で、手近な図書室へと手招きする。

 フェリシアに続いてランドルが入ると、グリッグは扉を閉めた。


「フェリ、今日は賊が入り込んでるから静かにしろ」

「賊……」

「あの盗人だよ。どうでもいいけど、あれってここの元使用人?」

「え、と……」


 フェリシアは困ったような顔をした。

「今もそうだよ。この館の執事と、あと家庭教師の……」

「執事? ……家庭教師?」

 グリッグはうっすら笑った。


「それ、俺の知ってる執事や教師とは随分違うな。ここで何か仕事してるの?」

「それは……あの、私に食べ物を届けてくれたり……」

「ああ、あのネズミの糞だらけの?」

「……」

 フェリシアは俯いて、スカートを握ったり引っ張ったりした。


「あんな輩、執事だ教師だなんてとんでもねえ。ごろつきだろう」

 グリッグが吐き捨てるように言うと、フェリシアは少し顔を上げた。


「でも、前はもっと食べ物を持ってきてくれたの。もしレオンがいなかったら……私、ずっと前に……」

 小さく言ってまた俯く。


 グリッグは言葉を詰まらせ、眉間に皺を寄せた。


「と、とにかく」

 グリッグは言った。

「あいつらにランドル皇子、なんて名前を呼んでいるのを聞かれるのはまずいだろ? どこで皇子の暗殺者と繋がっているかわからないんだから」

「あ……」

 フェリシアの顔がみるみる青ざめた。


「ほんとだ。ここに皇子がいるのがバレたら、大変だった」

「ま、猫だけどね」

 グリッグはそう言って笑った。


 猫、猫というが、自分は鳥ではないか。

 言葉使いのせいか、ランドルは時々この男にはムッとしてしまう。


「どうしよう。でも、じゃあなんて呼べば……」

「まあ、普通にランディとか?」


 ──ランディ!


 ランドルの尻尾が思わず跳ね上がった。

 ずっと幼い頃そう呼ばれていた。しかし、もう子供じゃないんだ、それは──。


「ランディ!」


 しかしフェリシアは嬉しそうな声をあげ、それからちょっと困ったように俯いた。


「でも、ちょっと畏れ多くないかな……」

「大丈夫!」

 グリッグは確信に満ちた声で答えた。

「今は猫なんだから!」

「そ、そうか! ランディ……」

 フェリシアは最初はためらいがちに、そして次は嬉しそうに呼んだ。

「ランディ!」

「そうそう」

 グリッグもなぜかとっても嬉しそうにしている。


「ほら、皇子も嬉しそうだ。きっと抱っこしてあげるともっと喜ぶだろうな」

「ええっ」

 フェリシアの顔がパッと赤くなった。

「それは無理。無理無理無理無理」

「どうして? 前は時々抱っこしていただろ」

「あ、あれは……」

 フェリシアはますます顔を赤らめた。

「あれは、王子がずっと眠ったきりだったからだよ……。だから、グリッグが皇子の様子を見るときかごから出しただけで……。い、今はもうこんなに元気なんだから……」


 するとグリッグは、悲しげにランドルの背中を撫でた。ランドルの尻尾がぴくっと上がる。

「そうか? でも多分、皇子の傷はまだ完全には治ってないなあ」

「えっ」

「あんまり無理はさせられないよな……」


 いや、別にもう大丈夫──。

 

 そうランドルが思ったとき、ランドルの背中に乗っていたグリッグの手がグッと力を増した。そのままランドルは静かに押さえつけられる。


 フェリシアはひどく心配そうな顔になった。

「そう? あ、まだ痛むのかな……」

「多分ね……まあ、皇子は我慢強いから言わないだろうけど」

「そうか、なら……、抱っこしてあげた方がいいよね……」

「そうだなあ……皇子のためにはいいだろうな」

「そうだよね……」

 ランドルの背中に置かれたグリッグの手が、さらに力を増した。


 ──こいつ──。


「とにかく、今は猫なんだから」

 グリッグの最後の言葉に、フェリシアは頷いた。

「そうだよね!」

 そしてさっとフェリシアの手が伸び、ランドルは抱き上げられた。

「ランド……じゃなくて、ランディ!」

 そしてそのまま、ぎゅっと抱きしめられる。


「ふわふわ……。気持ちいい……」

 一瞬逆立ったランドルの体は、思いがけず穏やかに静まった。


「ウサギみたい……、ううん、もっとふわふわ……」

 ランドルもまた、なんだか気持ちよかったのだ。

 後ろでグリッグが何やらほくそ笑んでる気配が気に入らないが──。


「世界で一番綺麗な猫の皇子様!」

 フェリシアは囁くようにそう言うと、ランドルの背中を優しく撫でた。


 思った以上の気持ちよさに、ランドルは逆に不安になる。

 少しもがくと、フェリシアがハッとした。


「あっ、どこか痛いかな。もっとそっとしないとだめかな……」


 その心配そうな顔に、ランドルは思わず

「大丈夫だ」

 と答えていた。


 一拍置いて、フェリシアが、

「え? えええ??」

 と声を上げた。

「皇子……いや、ランディ、話せる、の?」


 つい話してしまった。

 話せるような気はしていたが、本当に話せた。


 フェリシアは目をきらきらさせてランドルの顔を覗き込んでいる。思わずランドルは顔を逸らした。


「ランディ……」


 湿っぽい声に、フェリシアを振り返ると、フェリシアは涙をぽろぽろこぼしていた。

「よかったあ」

 そしてランドルはもう一度ぎゅっと抱きしめられた。

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