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猫皇子




 ランドルが最後に見たものは、間近に迫った男の覆面から覗く濃い茶の瞳だった。

 ランドルはその瞳に見覚えがあった。

 そうか、こいつはこうやって、私に平気で剣を向ける奴だったのか。

 ランドルは驚きながら、地面に沈んでいった。

 怒りが頭に駆け上ってくる。しかし体が動かない。


 あっけない。


 怒りとともにそんな気持ちが湧いて出た。

 ここで死ぬのか。

 なんということだろう。

 自分は何も成し遂げていないのに──ランドルの頭に兄の顔が浮かんだ。

 自分は──まだ──。

 そして、それきり何も分からなくなった。


 それから自分はどうなったのか。


 死んだのか。


 ────。


 次に目を開けたとき見えたのは、茶の瞳ではなく、緑色の瞳だった。

 緑と──金。

 それだけを見て、ランドルの意識はまたどこかへ沈んでいった。


 次に目を開けたときも、やはり見えたのは緑の瞳、それと金色。

 金色は顔を縁取る髪の色だった。

 それと、瞳の中にも。

 金が散っている──。

 そしてまた、分からなくなった。


 何度かそんなことを繰り返した。


 何度目だろう。

 目を開けると、今度は違うものが見えた。


 かなりの高さのある石造りの天井。

 絶えず火に炙られていたかのように黒ずんだ煉瓦の壁。


 そして、誰かがすぐ側に立って、こちらを見下ろしていた──。


 その瞬間、ランドルは自分を襲った奴らのことを、斬られた自分のことを思い出した。

 するとその誰かが

「お、目が覚めたか?」

 と言った。

 男は長い髪と明るい水色の瞳をしていた。

 知らない男だった。

「そろそろ、って俺の読み通り。すごいな俺」


 ランドルはただ男を見つめた。この男は自分に向かって話しているのだろうか。ランドルは初対面の者から、今まで一度もこんな風に話しかけられたことがなかった。


 そっと辺りを見廻す。

 半地下?

 細い窓から日差しが入る。

 何か食べ物の匂いがする。


「目が覚めたら厨房(キッチン)って、驚いた? ちょうど朝飯の準備中なんだよ、フェリはまだ眠ってるから」

 そして男はランドルの眼を覗き込んだ。

「大丈夫だと思うけど、取り乱されたりすると面倒だからな」


 厨房──朝飯──フェリ──?

 聞こえるが、上手く意味が掴めない。


「あ、俺の(あるじ)は皇子じゃないんで、こんな話し方で失礼致します」

 男は最後に敬礼の真似事のように片手をあげた。

 だがにやけている。

 ふざけている。でも、今は怒る気にもなれなかった。


「皇子」

 男は言った。

「殺されかかったんだよな? 誰にかは知らねえけど」

 ──そうだ。その通りだ。

「いいか」

 男は続けた。

「忘れちゃならないのは一つだけだ。皇子は生き延びた。そして、皇子を助けたのはフェリ……フェリシアだ」


 ──意味がわからない。


 ここはどこでこいつは誰で──フェリシア?

 誰のことだ?

 これは敵じゃないのか? 襲った奴らは?


 ランドルは立ち上が──。

 立ちあがろうとして、奇妙なことに気づいた。


 体がおかしい。

 立とうとしたはずなのに、どうして自分は両手をぐっと突き出して、お尻をあげて、体を伸ばしているんだ?


 目の前にあるこの手はなんだ?


 自分は──、この手は──。


 なんだか猫に似ている。

 この猫の手は自分の手なのか?


 これではまるで──、自分は──。


「あのな皇子、猫になったんだよ」


 さっきの男がそう言った。


 ──なんだって?


「だから、猫」


 ──猫。

 ランドルは呆然とした。

 夢なのだろうか──。


「苦情申し立ては却下。どうせならカッコいい鳥がよかったなんてのも却下」


 ──猫。


「とにかく人の体のままだったら死んでたから」


 ──ほんとに猫──。


 ランドルは戸惑った。

 どうして猫なのかよくわからない。ただ、あのままなら自分は死んでいた、というのはよく分かった。

 あれは確かに深手だった。

 今も体がだるい。これはこの体のせいなのか、それとも傷を負ったせいなのか。

 死ぬよりは良かった──のだろうか。


「まあ──、一つ希望を言えば、元の体に戻れるかもしれない。時間はかかるだろうけど」


 ──人の体に。

 ランドルはまぶたが落ちてきた。

 やはりまだ眠い。

 体力を取り戻さなければ。

 ──これが夢じゃなければ──。

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