表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/71

グリッグ


 

 

 翌日、厨房でフェリは、グリッグの淹れてくれたお茶を飲みながら、困ったような顔をしていた。

 

 お茶の葉はもうなかったと思ったのに、どこにあったのだろう。しかもこんなに美味しい、いい香りのするお茶。

 そしていつも使ってる、受け皿がない縁の欠けたカップではなく、とても素敵な茶器。薄いピンクの地に薔薇の蕾の模様だ。

 

 テーブルの上には、舘の中で一番柔らかい毛布……といっても古くて毛羽立っていたが……を敷いたかごの中でランドル皇子が眠っている。

 

「なあ、今の話、わかった?」

 

 お揃いの薔薇の蕾のティーポットで、二杯目のお茶を淹れながらグリッグが尋ねる。

 

 グリッグは、鳥ではなく青年の姿になっていた。

 フェリをじっと見ている水色の瞳は、優しそうに見える。

 長い髪を一つに束ねて、生地をたくさん使ったゆったりしたブラウスを着ている。まるで貴族のお兄さんのようだ。

 でも言葉使いはぞんざいだった。

 

「ほら、分かったなら言ってみな」

「う、うん」

「……」

「え、ええと……、昨日のあのきれいな女の人は、妖精の女王……なんだね」

「そう。お名前はエイディーン様だ」

「そして、ええと、私の……」

 フェリはそこで困ったように、くちごもった。

 

「私の……お母さん……?」

「ああ」

「ええと……お母さん、は、お父さんと恋人になったのだけれど、私を産んでから妖精の国に帰ってしまった……んだね?」

「そうそう。エイディーン様は、すぐ戻られるおつもりだったけど、その、ちょっとあちらでのんびりされていたら、まあ、時間が経っちゃったってことだな」

 グリッグは笑った。

 

「エイディーン様はほんの少しお休みになったおつもりだったけど、こちらでは十三年経っちまってた。まあ、時々あることだ」

 

 そうなの?

 グリッグは笑っているけれど、フェリは驚くことばかりだ。

 

「何か質問は?」

「あの、……ほんとに妖精……なの?」

「そう」

「グリッグと、その、緑の女王と、……」

 そこでフェリは、かごの方を見た。

「ランドル皇子も……?」

 グリッグは、両手をあげた。

「こいつは違う」

「私……は?」

「うん……、……まあ、違うな」

 それからグリッグはにこっとした。

「でも、なりたきゃなれるけど」

 その笑顔は、フェリをそわそわさせた。

 

「妖精に?」

「そう」

「このままでもいられる?」

「そうだな」

 フェリはうつむいた。

「急に妖精とか、聞いても……」

「困る?」

「だって、妖精がいるなんて、知らなかったし……」

「え?」

 グリッグは目を見開いた。

「知らなかった?」

「え?」

 今度はフェリが驚いた。

 

 グリッグは笑顔を引っ込めて辺りを見回す。

「なー。ここ、食器も食べ物も何もないから運んだけど、お前が寝てた部屋もここも、廊下とかも、燭台ないよな。それともどっかにあんの?」

「燭台……蝋燭?」

 

 ある……。手持ちのが……。でも蝋燭はたまにしかレオンは持ってきてくれない。

 

「なあ、お前もしか、ここにずっと一人でいたの?、夜、怖くなかったのか」

「……え?」

「真っ暗じゃないの? 蝋燭なくてどうしたの?」

「……あ。それは……」

 それはなんか、キラキラが……。


 キラキラ……。

 

「……キラキラ?」

「それそれ」

 グリッグは笑みを浮かべた。

 

 そうだ、一人ぼっちの真っ暗い夜。蝋燭をつけなくても、いつもフェリの周りを明るく照らしてくれる光があった。

 その光は、フェリが泣いたり、元気がないと、フェリの周りを瞬きながらくるくる回ってくれた。フェリはそれをじっと見てるうちに泣くのも忘れて、少し楽しくなったりしたものだった。

 

 そうだ。ステラが怒ってフェリを探しているとき、キラキラする場所に隠れてじっとしてると、見つからなかったこともあった。

 今まであるのが当たり前と思っていたけれど……。

 

「あのキラキラは妖精だったの?」

「そいつはな、エイディーン様が赤ちゃんだったお前の髪を撫でられる度、頬にキスなさる度、生まれてきた妖精」

 グリッグは嬉しそうな顔をした。

 

「ちっちゃなヤツらだけど、フェリシアのことが大好きみたいだな」

「え」

「ま、あと緑の館(ここ)は俺らの国と近いからな。それもあるんだろうけど」

「ふ、ふうん……」

 フェリはうつむいた。

「なんだ? 顔赤いぞ?」

「だって……」

 

 自分を大好きと言われて、フェリはなんとも言えない気持ちになった。自分を好きな者がいるなんて思ってもみなかった。それに……。


「名前、フェリシア……って」

「ん? 合ってるよな」

「うん……。合ってると思うけど……。ずっと、誰にも名前呼ばれなかったから、久しぶりで……」

 そう、久しぶりでなんだか恥ずかしかった。

 

 うつむいているフェリに、グリッグは「ふーん」と言うと、「あ、忘れてた」と続けた。


「これこれ」

 

 フェリが顔を上げると、グリッグはお皿を一枚取り出した。え、どこから出てきたんだろう……。フェリがぼんやり見ていると、そのお皿が目の前にトン、と置かれた。

 そこに並んでいたのは、いい匂いの、可愛い形の、薄茶と赤の……。

 

「キャウ☆!*×☆」

 フェリは、自分でも意味不明の声が口から漏れ出ていた。

 この匂い。甘そうな匂い。なんだかすごくすごくいい匂い……。

 これはもしや……。

 

「ビスケット、好きか? 俺作ったんだけど。知らねえだろうけど、これで結構料理は上手い……」

 フェリは座っていた椅子を後ろに蹴倒しながら立ち上がり、「好き!」と答えていた。

 

 そこからしばしフェリの記憶が消えた。

 

 気づいたときには、ビスケットの乗っていたお皿は空になっており、フェリは幸せな気持ちになっていた。

 

 グリッグが真顔でこちらを見ている。

 

「あ……」

 フェリは慌てて頭を下げた。

「ごめんね。私……、一人で食べちゃった……よね……」

 しかも、立ったままで……?

 

 フェリはひっくり返った椅子を直し、うつむいたままそっと座った。

 どうしよう……。

 

 そう思っていると、ぷっ。と吹き出すような声が聞こえ、フェリはそっと顔をあげた。

 グリッグが肩を震わせて笑っていた。

 

 怒って……はいないらしい。フェリはほっとした。

「ごめんね……」

「美味かった?」

「うん」

「また作ってやるよ」

「うん……」

 フェリは改めてグリッグを見上げた。

「なんだよ」

「妖精って……すごい」

 グリッグはまたぷッと笑った。

「すごいって、そこか。ビスケットかよ」

 フェリはうつむいた。

 

 だってとにかく、ビスケットは美味しかった。確かに鳥になるとかも凄いけど、ビスケットに挟んであったいちごジャムも美味しかったし、ほんとに美味しかったし、そしてランドル皇子は猫になったし。

 

 フェリは、カゴの中の皇子を見た。

 皇子は昨日からずっと眠りっぱなしだ。

 そう。なにより肝心なのは、皇子がこうして生きているということだ。

 フェリはそう思った。

 

 とにかく、あの皇子が血に染まっていた瞬間から比べれば、何も悪くなってはいない。

 

 皇子は、猫になっても天使のように綺麗だった。

 皇子の髪と同じ白金のふわふわの体。長い尻尾。

 目を開けたら、きっと皇子のような青い瞳に違いない。

 

 そう思った時、長い尻尾がぴくっと震えた。


 固く閉じられていた目が開く。


 そう。

 やはりその瞳は深い青で……。

 青で……。


 フェリは涙があふれ出た。

「ランドル皇子……」


 瞳はぼんやりとこちらを見上げ、すぐまた閉じられた。

 妖精だろうがなんだろうが構わない。皇子が死ななかった。それだけでもうなんだっていいんだ。

 早くお元気になりますように。

 フェリは祈った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ