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つみきげえむ

作者: 鯣 肴

---始点?---


『こえ、なぁに?』


【そう、ぼくは、きいた。】


 だった、だろうか。


 毎年一度。それをもう、何度迎えただろうか。


 数えるのを止めたのが不味かったのだろうか。


 はっきりと思い出せないが、2桁の範囲であることは間違いない。


『つみきゲームだよ』


【めのまえの、しらないおんなのこは、わらっていた。】


 御姫様のように座って、首を傾げるように微笑んでいる、影が反転したかのような光の塊であるようなそれに、本当に姿形はあったのだろうか?


 年々、きっと、薄れていっている。


 だから、白い背景に、微かな輪郭、影が反転した一際白い、何かがいた、と記憶しているこの光景は劣化しているに違いないが、その程度は定かではない。


 最初はどうだったのだろうか。


 始まりのそのとき、幼な過ぎたのだと思う。


 ほぉら。記憶の中の私の掌すら、輪郭だけの真っ白だ。






--げえむ?----


 目線の高さまでが大きく変わる訳はない。


 欠損するにしても、どういった情報から削れていくか。


 細部からだ。


 印象に残っていない細部。


 重要でないと、自身が下した細部。


 どこからかは知らない。基準を自覚しているなら、このようなやるせないことになってはいない。


 やるせ、ない?


 どうしてそう思うのだろうか?


 こう考えるのは何度目なのだろうか?


 小難しい言葉を使うようになって。


 小難しい論理構造に酔いしれるようになって。


『げえむ?』


【ぼくはどうして、と、たずねた。だって、つみきってげえむだし。なのに、つみきげえむ。つみきのげえむ。 ? ……。 …………。 ひょっとして――】


『そぉよ。げえむ。だって…―』


【おんなのこは、いじわるそうにわらいながら、ぼくに、いやなおとをいおうとしたんだとおもう。どうせ、いわれるんだ。なら……、じぶんでいってしまえばいい。そうしたらちょっとだけ、いたく、ないから】


『かちまけを、きめる、ってこと……?』


【ぼくは、きらい、だった。げえむってつくものが。だって、それって、しょうぶ、だから。……。かち、まけ、があるから。そうじゃなかったら、わざわざ、げえむ、なんていわない……】


『そうよ! いや、だった? げえむじゃなくて、ごっこがよかったの? くすくすくす』


【とってもはずかしかった。だって、なきむし、いくじなし、っていわれてるんだから。ぼくはそれを、ひてい、できない。だってぼくは、なきむしで、いくじなしって、みんないうから……】


『……や、やるよ。やろうよ……。か、かてばいいんだ。か、かてば。ぼくは……、っ、か、かつんだ。かてば……、いいんだ……!』


【あとでないてもしらないよ。みんなみたいに、このこもきっと、いうんだ】


()()()()。』


 色濃く、強く、こびりついているらしい。その一言は。


 ……。だが、少なくとも、前回見たときは、引っ掛かりすら覚えなかった。いつからだろうか? それの声色を思い出せない。


 声色のない、だが、確かに、思い返される、他者から発せられる声。


 そも、本当に、当時の幼子程度の私と、その存在は、同じ程度の齢だったのか? 少なくともそう見えたのか? 引っ掛かる。


 前回。前々回。兎に角、思い返す限り覚えている過去数回では、私はそれに引っ掛かりを覚えていない。


 忘れたのか? それとも…―


『るーる、おしえてよ』


『ばつげーむ、きかなくていいの?』


『るーる』


『ふふっ』






---勝負---


 この辺りは、圧縮されている。


 碌に覚えていない、というのとはまた違う。


 要約を、覚えているから、なのだろうか。


 基本的なルールは、そう複雑ではない。


 積み上がった、白いナニカの塊の山。


 積み木? なのだとは思う。形もそんなだから。幼児の手に握って自在に積み上げられる程度の、大きさ、重さだったのだと、その重さと、握り易さ、掴み上げ易さを覚えている、気がする。


 三角や四角。各種多角柱。円柱。おでんの具のような各種造形。高低ありながらも共通するのは、柱である、とういこと。


 そして、それらが、安定不安定な面関わらず、乱雑に積み上げられて、ゴミ山のように。その頃の背丈よりも、見上げる程度に高い。


 勝負なのに影が無い。光と影ではなく、光だけだ。


 白黒つけるのではないのか? そのゴミ山にすら、影はない。光の偏向か? その彼女と同じように、積み木たちは、一際白く輝く輪郭で、形状を主張している。


 だから、その山は、遠近を、長短を、高低を曖昧にさせてくる。


 だが、きっと、そう高くは無かったのではないかと思う。


 単純な話だ。幼児の頃。自身の背丈が低かった頃。見上げるありとあらゆる何かはひどく巨大に不気味に、聳え立っているように見えていたことを。


 久しく忘れている感覚だ。大概を見下ろすばかりの私は、ふもとではなく、頂に近しいところから見下ろすばかり。


 子供の遊び。戯れ。なら、その山が、もし、崩れたとして。子供たちを生き埋めにするような馬鹿げた質量を体積を誇る訳がない。


 最初から積み上げてある。積み上がってある。


 積み木の山の積み木崩し。


 崩せば、どうなるか。


 正確には、自身が崩してしまったならば、どうなるのか。


【つみきくずしだもの。くずしたほうがまけよ。】


 当たり前だ。


【まけたら……?】


 当たり前だ。


【まけたらねぇ、きえるの。まけたほうがね、きえるの】


 当たり……前だ……。






--揺らぎ揺さぶり----


 そこから――自分には言葉は無い。


 こちらを揺さぶるように、尋ねてくるのは彼女だ。


 尋ね……て?


 ……。


 自身の身より高い、聳える積み木。積み木崩し。


 代わる代わる、一つずつ抜いてゆく。


 表面から、浅く。


 小さく、できる限り上の方の。


 背伸びして倒れないように気をつけて。


 四つん這いで身を乗り出して、底にありつつも、安定して抜けそうなものを。


 上ばかり、見ている。


 彼女は、下ばかり。


 攻めているのは彼女。私は守りに徹している、といえる。


 怖がりはこの頃から変わらないらしい。


 子供の遊びだ。


 どうして始めた何ぞ、分かりようもない。


 理由なんて、きっとない。葛藤なんて表現で形容するに値しない。


 軽々しいものだ。


 当時は……、どうだったのだろうか。


 山は音を立てた。


 山肌が僅かに崩れた。


 彼女が、四つん這いならぬ三つん這いになって、地面に接する、ひとつを、その伸ばした手で掴み、抜き取ったそのときに。


『どう?』


『ううん。』


【ぼくはくびをふって、やまのまえにたって。ぼくしかとどかないうえのほうから、せのびしながら、てをのばして、やさしく、つまんで、ひきぬいた。ほそながい。ちょっと、おおきい。けっこう、ずっしり。もうそろそろ、かたてじゃあ、きついのかもしれない】


 どうやら、決定的な倒壊? 崩壊に至らなければ、崩してしまった扱いにはならないらしい。実に子供の遊びらしく、曖昧で、その場の空気で決めているかのように見える。


 だから、まだ当分は続くのだろう。


 ……。


 手に掴んだままのそれを、記憶の中の私は翳し、見た。


 はっとした。


 大きく、なっている? 掘り進め、内に迫るにつれて?


 彼女が抜いて。記憶の中の私が抜いて。


【ぼくのては、ぷるぷるふるえている。だって、だって……】


『くずしちゃっていいのよ。』


 耳元で囁くように、都度都度邪魔をされながらも。


『まだまだ!』


 そんな風に気を張っていたらしい。


『あら残念。』






---巨大化?---


 指先三寸の域はとうに越えている。


 まだまだ山は、その高さを失っていない。


 山は、その側面を削られているだけだ。


 どんどんと、柱に近づいている。


 それでも、両手を伸ばして、抱えるには到底無理なほどに、その径はまだまだ大きなままだ。


 だが、柱に近づいている。ということは、決着はきっと、もう、そう遠くはない。


 守ってはいられないだろう。


 ここから先、どうやったって、楽にはならない。


 おまけに、抜くにあたって、指先ではなく、掌を。それも、片手ではなく、両の手のそれを。しかも、抱えるように、両足をしっかり踏ん張って、全力でなければ、引き抜けないところまできている。

 

 記憶の中の私も、もう背伸びなんてしていられない。自重を上手く使わないと、抜き取ることさえできないのだから。


 彼女と同じように、地面に接した、かつ、現存する最も外側のものしか、抜き取れない。


 音もなく、ぐらつく、塔。


 白い光の輪郭の積み木の、根腐れしていくかのような、喰われてすら、変わらず白い、塔。


 影も無く、熱もなく、触り心地も無く、けれども、重さだけは確かにあり、おかしなくらい、無音――ではない。


『ゆれるわ、ゆれる。おっきいものねぇ。そろそろかしら? なのかしら?』


『つかれたよぉ……』


 抜き終えた、等身大な煉瓦ほどの大きさの仮称積み木らしいそれは、投げ出すと、消えた。


 もぐもぐ、ごくり。


 霞を食する仙人の心地なのだろうか。


 何事もなかったように腹にも溜まる心地せず、消えてゆくものだからか、余計に果て無く見える。


 疲れるのに、しんどくはない、嫌になるくらい、退屈を知覚しそうになってくる。


 そう。楽しくすら無くなってきたら。


 要するに、飽きたらしい、ということらしい。


 負ければいいのに。そうすれば終わる。それか、もうやめる、と言ってやればいい。それでも負けだ。負けて終わる。


 今の私が勝敗に干渉することはできない。


 過去の私は過去の私。今の私とは、同じようでいて別の私。


 なら――これに何の意味があるのだろうか。






---飽き---


 投げ出す。


 それを結末と言ってしまっていいのだろうか?


 いけない、気が、する。


 それでは、意義を喪う。


 いいや、そもそも――意義なんて、最初から、あったのだろうか?


 子供の遊びだろう? 遊び。遊び。


 だが、されども、勝負。


 なら、私は、勝ち負けを見たい。


 少なくとも、私が勝ち負けを判断できる程度には、顛末といえる時点に到達して、それを観測せねば。






---同意?---


 子供らしい、とも思う。


 腑にも落ちる。


 その結果は。


 しかし、想定していなかった。盲点だったのだから。


 記憶の中の私も、彼女も、並んで、大の字になっている。


 その白い地面に伏して。


 塔は残ったままだ。


『しんどいね』


【ぼくは、おんなのこにそういった。】


『ね~』


【おんなのこもそういった。】


【ぼくたちは、あそびやめることにした。だってもう、たのしくないし、もう、つみき、くずせないし】


『ねぇ。そろそろ、くずさない?』


『え?』


『いっしょにやるの。きっと、たおせるわ。こんどこそ』


 起き上がっていく視界。彼女と手をつないで、ぶつかってゆく。


 音も無く――ぶつかった。


 揺れもしない。びくともしない。


 何なのだろう。そもそも、記憶の中の私も彼女も、交代で抜いていたときは、ぐらついていたではないか。





---未だ見果てぬ黒の影---


『もっと、ちいさくわけないとね』


『もっと、こまかく、くずさないとね』


 どちらが言ったか。


 どちらの声かすら。


 でも、確かに、一人一つ。合わせて二つ。


 まるで私。


 されど私。


 記憶の中の私も、彼女も、この私も、きっと私。


 私は見届けたい。


 白黒つけたい。


 私はどっちなのだろう。


 彼なのだろうか。彼女なのだろうか。どちらでも無いのだろうか。


 今の私から、過去という名の未来の私、いや、私たちへ。


 今宵はお終い。黒い帳で、黒に塗れて闇の中。


 また来年、逢いましょう。


 決着つくまで。


 白黒つけるまで。


 それは一人遊び。色の無い花占いのように。


 答えは決まっているとして。何に決まってるかは、まだ知らない。

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