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*異世界恋愛*

追放聖女、花泥棒に恋をする。

***




 ――大罪人・元聖女シンシアを辺境領の石牢へ幽閉する――




 その知らせは、瞬く間に国中に行き渡った。


 聖女シンシア。建国以来、最も強い癒しの力を持つ人間。

 彼女は勇者パーティーの一員として魔王討伐の任務についていた。しかし旅の途中で、癒しの力というのは偽りで、実際には何の力もない人間だと判明したのである。

 シンシアはパーティーから追放され、偽証罪で幽閉されることになった。


 幽閉先は、辺境領。

 その地を治めるシュナイダー卿は石魔法の強力な使い手で、彼の瞳を見た者は石化してしまうと言われている。

 そんなシュナイダー卿が館の奥にある森に作り上げたのが、決して脱獄できない、魔力に満ちた石牢だ。




***




「本日よりシンシア様のお世話をすることになりましたアルバと申します。旦那様からは、シンシア様に不自由のないよう仰せつかっておりますので、御用があれば遠慮なくお申し付けください」

「え?」


 はしたないと分かっていても、シンシアはぽかんと口を開けずにはいられなかった。

 閉じ込められたばかりの薄暗い石牢。

 突然現れた表情の乏しい女性から告げられた内容には、驚きしかなかったのである。


「ちょ、ちょっと待って!」


 シンシアは石格子を両手で掴み、アルバと向き合う。


「意味が分からないんだけど」

「意味とは?」

「わたしは大罪人で、いつ殺されたっておかしくないのに」


(餓死でもさせられるかと思ったら、手枷も足枷も外してもらえた。窓こそ高い位置に一つだけしかないものの、牢内にはちゃんとしたベッドが置かれているし、隅には間仕切りつきのトイレもある。そこへ世話係の登場だなんて。至れり尽くせりで、かえって怪しい。怪しすぎる)


「分かった。油断させておいて、辺境領伯の石魔法で殺そうっていう寸法でしょ」

「仰っている意味が分かりません。とりいそぎ、夕食をお持ちしましたのでお召し上がりください」

「……湯気が……湯気が立っている……?」


 アルバの持つ木のトレイからは細く湯気が立ち昇っていた。

 ぐぅ。

 シンシアのお腹が鳴り、恥ずかしさで頬が朱くなる。

 しかし、アルバは気に留める様子もない。


 格子の端には石牢内へ物を渡せるように棚がついていた。

 アルバはそっと棚へ食事を載せた。


「それでは、お召し上がり終わった頃にまた参ります」


 淡々と去って行くココア色のワンピースを見送り、シンシアは大きく息を吐き出した。


「……信じられない!」


 元聖女、シンシア。

 豊かだった金髪は肩上で不揃いに切られてしまい、滑らかだった肌は荒れ、指先は黒く汚れている。

 聖女の証だったローブは王都を出るときに目の前で燃やされ、今身に着けているのは薄っぺらい黒のワンピース。


 澄んだ青い瞳はゆっくりと木のトレイを映した。

 湯気の立つポトフと、やわらかそうな白パン。

 ごくりと喉が動く。


(毒でも入っているのかしら。それでも、久しぶりにまともな人間の食べ物を見た。温かいものを口にして息絶えるなら、それはそれで)


 躊躇わず、シンシアは木の器とスプーンを手に取った。

 そして肉のかたまりを口に運ぶ。


「……!」


(美味しい……! お肉がほろっと崩れていく……)


 不意にぽろっ、と涙が零れる。


(野菜も甘くて、やわらかい……。染みる……)


 大きな根菜、くたくたに煮込まれた葉野菜。

 泣きながらシンシアはポトフを平らげ、白パンに手を伸ばした。ふたつに割ると、こちらも湯気が立ち昇る。

 鼻を近づけて、香りを思い切り吸い込んだ。


(あぁ……。パンって、こんなに優しくて、甘い香りだったのね)


 白パンもあっという間に胃へ収め、シンシアはベッドに寝ころんだ。

 ちゃんと柔らかい、ふつうのベッドだった。

 シンシアは口元に笑みを浮かべて瞳を閉じる。


(たとえ毒入りだとしても美味しかった。最期の晩餐としては完璧。……ちゃんと人間らしい死に方ができて、よかった)


 勇者パーティーを追放された聖女は、それまでが偽りだったかのような冷遇で石牢に閉じ込められた。

 今のシンシアは誰のことも信じられない。信じない。


 ……どれだけの時間、まどろんでいただろう。

 うっすらと瞳を開き、ぼんやりと石の天井を見つめたときだった。


 はらり。


 小さな窓から白い花が降ってきて、顔に乗った。

 シンシアはゆっくりと上体を起こした。


「……?」


 小さくて可憐な白い花が床に落ちる。

 淡く輪郭が光っていた。


「これは、魔法花(シュテルンブルーメ)?」


(昼に光を貯めて、夜に発光する貴重な花。国から保護されているはず)


 シンシアは花を手に取って窓を見上げた。

 ここへ閉じ込められたときにはわずかに光が射していたものの照明のない石牢。

 今や、唯一の光源は魔法花となっていた。

 かすかに甘い香りが鼻をくすぐる。


(一体、誰が)


 至るところに自生しているような花ではない。

 誰かが投げ入れたのは確実だった。


「ど、どなたか存じませんが、ありがとうございます!」


 シンシアは窓の外へ声をかけた。

 しかし、返事はなかった。




 魔法花はその後も、一日に一輪ずつ投げ入れられた。

 普通の植物と違って枯れることがないので、暗い石牢は少しずつ明るくなっていった。




 そして、十本目の魔法花が石牢へ落ちてきた日。

 再びシンシアは声を上げてみた。


「親切な花泥棒さん。あなたはどうして、こんなことをしているの?」


(……やっぱり、今日も返事はないか)


 シンシアは諦めて、ベッドに寝ころんだ。


「この石牢に幽閉されている御方が、冤罪だと考えているからです」


 なんと、初めて声が返ってきた。低く耳に残る、男性のものだった。

 驚いたシンシアは飛び起きて窓を見上げた。


(もしかしたらアルバかもしれないと思っていたけれど、違った)


「え、冤罪、というのは?」

「あなたは紛れもなく、本物の聖女だ」

「それは、どういう」


 シンシアは震えながら訪ねる。

 しかしそれ以上、声は聞こえてこなかった。


(冤罪だと、知ってくれてるひとがいる……)


 シンシアは魔法花の茎をぎゅっと握りしめた。







「アルバは知らない? 花泥棒の正体」


 世話係とほんの少しだけ打ち解けたシンシアは、何の気なしに尋ねてみた。


「いえ、存じ上げません」

「そっか」


 宣言通りアルバはシンシアの世話係となっていた。

 無表情だが、それが彼女の常であるらしい。

 アルバは石牢へ入ることすらないものの、体を拭くための水や布、石けんを用意してくれた。今も、髪を漉く櫛や油を持ってきてくれたところだ。

 艶のある櫛を撫でて、シンシアは息を吐き出す。


「ねぇ、アルバ。お願いがあるんだけど」

「何でしょうか」

「どんなに薄くてもかまわないから、本を借りることはできるかしら? せっかく灯りがあるんだもの、文字を読みたいの」

「かしこまりました」




 しばらくしてアルバが持ってきたのは、古代の詩人が諳んじた愛の言葉を集めた分厚い本だった。

 シンシアも王都の書庫で見たことがあるベストセラーだ。アルバらしくない選択に、シンシアは本とアルバを交互に見た。


「歯が浮きそうな愛の詩ばかり。どうしてこの本を選んだの?」

「私は文字が読めないので、いちばん美しい表紙の本を持ってきました」


 ぱたん。

 シンシアは本を閉じ、指先で表紙の装丁に触れた。

 金の縁取りがされた光り輝く表紙には、女神と国王の向かい合う様が宝石の欠片で描かれている。

 誰もが知っている建国神話の一場面だ。


「たしかに、美しい表紙ね」


 ほぅ、とシンシアは息を吐き出す。

 それからぱっと顔を上げてアルバを見た。


「そうだ! あなた、文字を読めるようになってみない? いろいろとお世話になっているから、何かお礼がしたいの」

「よ、よろしいのですか?」


 アルバの瞳が輝き、表情がぱっと明るくなる。

 シンシアは、アルバのそんな瞬間を初めて見た。


 この国の識字率は決して高くはない。

 使用人として働いているアルバにとって、魅力的な提案だと受け入れてもらえたらしい。


「もちろんよ、アルバ」

「すごく嬉しいです。ありがとうございます」


 その日から、シンシアはアルバに読み書きを教えはじめた。







 毎晩、魔法花は窓から降り続けた。

 今や部屋の三分の一は枯れない魔法花で埋め尽くされた。

 淡く優しい光は、シンシアの心を確実に癒していた。


 はらり。


「こんばんは、花泥棒さん」


 返事はないのが、常だった。


(今日はまだ、石牢の外にいるような気がする)


「アルバやあなたのおかげで、ようやく心が落ち着いてきたような気がする。よかったら、わたしの話を聞いてくれないかしら」


 シンシアはぽつぽつと語った。


 地図にも載っていないような田舎の村で生まれ育ったこと。

 聖なる力があると言われて突然王都へ連れて行かれたこと。

 訳も分からぬままに勇者パーティーに入り、旅をしながら癒しの力を使い続けたこと。


「この地にも魔物討伐のために来たことがある。仮面をつけ、人付き合いを避けているという辺境領伯にはお会いすることが叶わなかったけれど。街の人々は穏やかで、きっといい領主さまなんだって思ったわ」


 石牢の外から反応はない。それでもかまわず、シンシアは続けた。


「あなたはこの街のひと?」


 しばらくして、声が返ってきた。


「はい。生まれてからずっと、ここで暮らしています」


 柔らかな話し方に、何故だかシンシアの胸は高鳴った。

 喜びを押さえて言葉を返す。


「教えてくれてありがとう。ずっとあなたと会話をしたかったの。ようやく、ささやかな願いがひとつ叶ったわ。女神に感謝しないと」


 ――それから、二言三言ではあるものの、シンシアと花泥棒は毎晩会話を交わすようになった。


「今日は何をしていたの?」

「働いていました。書類が多くて、目が疲れました」


「最近アルバに文字を教えているんだけど、飲み込みが早くて教えていてとても楽しいわ」

「きっとあなたの教え方がいいんでしょうね」


「昼間の雨はすごかったわね。花泥棒さんは、濡れなかった?」

「ちょうど室内にいたので大丈夫でした。あの後、とても大きな虹がかかりました。あなたにも見せたかったです」


(それは、どういう意味で?)


 花泥棒もシンシアの幽閉理由は知っている。

 その上での発言に、シンシアは揺れ動いていた。


(一体、何者なのかしら。わたしがここから出ることは叶わないけれど、あなたのことが知りたい……)







 格子を挟んで、膝の上で詩集を広げているのはアルバだった。


「『あなたの雨が上がったならば、大きな虹を架けましょう。あなたの心のふもとへと行けるように』」


 シンシアが花泥棒へ報告したように、アルバは少しずつ文字が読めるようになっていた。

 教材はアルバの持ってきた詩集だ。


「シンシア様?」


 無反応のシンシアを、アルバは覗き込む。


「間違っていましたでしょうか?」

「合ってるわ。ごめんなさい、少しぼーっとしていたみたい」


(虹……)


 花泥棒との会話を思い出して、シンシアは尋ねた。


「そういえば、この前の大雨の後に虹が架かったみたいね」

「はい。私は初めて見たのですが、とても立派なのに儚い自然現象だと思いました。旦那様が――」


 アルバは言葉を続けようとしたが、入口へ顔を向けると立ち上がって背筋を伸ばした。


「どうしたの?」

「旦那様がいらっしゃいました」

「……シュナイダー卿が!?」


 言葉通り、石牢の創造主はシンシアの前に姿を現した。

 アルバが数歩下がり、深く頭を下げる。


 辺境領伯は顔の上半分を仮面で隠していた。

 仮面をつけていても分かるすっと通った鼻梁。菫色の髪は後ろに流し、整った唇はきゅっと結ばれている。

 詰襟の黒いコートを羽織っている彼からは厳かな雰囲気が滲み出ていた。

 ただ、表情こそ見えないものの、決して笑ってはいないのは明らかだった。


(この御方が……!)


 シンシアは自らの鼓動がどんどん速くなっていくのを感じていた。 

 辺境領伯は口を開こうとせず、シンシアの前に立っている。


(お話しにならないというなら、わたしから挨拶するべき?)


 ふわりと、シンシアは辺境領伯へ微笑みかけた。


「お初にお目にかかります。シンシアと申します。わたしのような者に対しての厚遇、シュナイダー卿には大変感謝しております」 


 意を決して話しかけたシンシアを一瞥して、辺境領伯は静かに去った。







 辺境領伯が訪れた日の夜も、魔法花は降ってきた。


「こんばんは、花泥棒さん」

「こんばんは」


 返事があったことにシンシアは密かに安堵する。

 そして、安堵以上に喜びを感じていることに気づく。

 想いを悟られないように、咳払いをしてから話しはじめた。


「今日、初めてシュナイダー卿にお会いしたわ」

「そうですか。どんな御方でしたか」

「とても威厳のある御方だった。お話しをすることはできなかったけれど、きっと、お優しいんだと思う」

「視線が合った者を石に変えてしまうのに? ……すみません」


 不敬でした、と小さな声がした。


「だからこそ、石に変えてしまわないように仮面をつけていらっしゃるのでしょう?」


 シンシアは外に面している壁に触れた。


「この石牢もシュナイダー卿の魔法でできている。だけど、ふしぎなの。石って冷たいはずなのに、一度もそう感じたことがない。ここにいると、穏やかな気持ちになれる気がする……」


 額をつけて瞳を閉じる。


「それに、嵐の日でも暗い夜でも、あなたの運んでくる魔法花のおかげで怖くない。人間に絶望していたけれど、ここでまた希望を持つことができた」


 シンシアは指先に力を込めた。

 僅かに光を帯びる。まるで魔法花のような煌めき。少し前まで、聖女として人々を癒していた力だ。

 忘れていた力の使い方を、きちんと思い出せていた。


「……ありがとう」


(いつの間にか、顔も知らないあなたのことを好きになっていた。ここから一生出られないとしても、この想いだけで生きていけるような気がする)


 返事はなかった。

 恐らく、花泥棒はもう石牢の外にはいないだろう。

 シンシアはそれでも、落胆していなかった。

 きっとまた明日も魔法花は降ってくると信じていた。


(もう外にいないだろうし、話してしまってもいいだろうか)


「ある日、見てしまったの。勇者と高位の魔物が親しく話しているのを」


 ぎゅっ、とシンシアは拳を握りしめる。


「その晩。勇者を問い詰めたら、ありえない言葉が返ってきた。実は、勇者と魔王は裏で手を結んでいたの。魔王は王国を攻めない代わりに、都合が悪くなって不要となった魔物たちを勇者に倒させていたの。それで均衡が保たれているという点において、自分は正しい勇者なんだって言われた。しかも、知らないのはわたしだけだった……」


 溜め息を吐き出し終わるのと同時に、声がした。


「教えてくれてありがとうございます」

「……!」


 花泥棒はまだ石牢の外にいたのだ。

 聞かれてしまったことにシンシアは青ざめる。


「ごめんなさい! もうあなたがいないと勝手に思い込んでいたわ。今の話は忘れてちょうだい。あなたの身にも危険が及んでしまう」

「どうして? あなたはあなたの正しさを貫こうとしただけなんでしょう?」


 それはいつもよりも柔らかくて静かなのに、強い声だった。


「僕はかつて、あなたに会ったことがあります。そのとき、誰にでも分け隔てなく接する姿に胸を打たれました。だからこんなところに閉じ込められてしまったのが信じられなかった」

「花泥棒さん……?」

「あなたを救い出したいのです。聖女シンシア」


 言葉にならない感情が心の奥に生まれて広がっていく。

 シンシアの頬を、ひとすじの雫が伝って落ちた。







 事態が動いたのは突然だった。


「シンシア様! シンシア様!!」


 慌ててやってきたアルバは息を切らせながらも瞳を輝かせていた。


「どうしたの? 何か面白い本でも見つけたの?」


 すると勢いよくアルバが格子を掴み、身を乗り出そうとする。


「違います。シンシア様の冤罪が晴れました。あなたはもう、自由です」

「えっ……?」


 アルバの後からゆっくりと現れたのは、仮面をつけた辺境領伯だった。


「シュナイダー卿……」

「真実を告白してくれて感謝する」


 話し方こそ違うものの、発せられた声にシンシアは聞き覚えがあった。

 毎晩楽しみにして心の支えにしていた声。

 嘘でしょ、と唇から動揺が零れる。


「まさか、卿が……」


(花泥棒さんの、正体だったなんて)


 青ざめ、口をぱくぱくさせるだけのシンシア。

 辺境領伯の口元に、ふっと笑みが浮かんだ。


「勇者と魔王の関係については前々から疑いを抱いていたが、積極的に動くことができなかった。あなたの告白を元に調査を行い、見事に証拠を押さえることができた。勇者パーティーには相応の処罰が下され、聖女の潔白は証明された」


 自ら鍵を開けて、辺境領伯が石牢へと足を踏み入れる。


「ずっと冤罪だと信じていた。かつて勇者パーティーの一員としてあなたがこの地を訪れたときのことだ。勇者をはじめとした面々が横暴な振る舞いをするなか、あなただけは彼らを諫めるなど毅然とした態度を貫いていた。面会こそしなかったものの、その気高さが印象に残っていた」


 向かい合ったシンシアは彼を見上げた。

 瞳こそ見えないものの、その雰囲気はとても穏やかなものだった。


 ……これまでとは違う胸の高鳴りを、シンシアは感じていた。


「幽閉当初こそ閉じていたあなたの本質を、壁越しで知るにつれてどんどん惹かれていった。あなたはもう自由の身だが、どうか、これからもこの地に留まり――」


 辺境領伯は片膝をつき、すっと左手をシンシアへと差し出した。


「私の傍にいてくれないだろうか。聖女シンシア」

「……」


 ゆるゆると。

 瞳に、涙を溜めながらも。

 シンシアは満開の花が咲くような笑顔になる。


「喜んでお受けいたします」


 疑いの晴れた聖女は迷うことなく、差し出された手を取った。







 石牢から出たシンシアは正式に辺境領伯の客人として迎え入れられた。

 やがて、髪も肌もかつての艶を取り戻した。

 聖女としての活動も再開した。

 教会で病に苦しむ人々へ癒しを施すだけではなく、子どもたちへ読み書きを教えるようにもなった。

 シンシアは、身も心も美しい稀代の聖女だと評された。


「すごい……。……きれい……」


 聖女たる証のローブを纏った彼女が馬車で連れて行かれたのは、辺境領伯管轄の広大な花畑。

 一面に咲き誇る魔法花は風と陽の光を受けて静かに煌めいている。

 それはまるで、光の海……。


 しばし見惚れていたものの、シンシアははっと我に返る。


「卿に向かって花泥棒だなんて、とんだ不敬を……。その節は申し訳ございませんでした……」


 縮こまるシンシアの横で、シュナイダーはくつくつと笑った。


「いや、いいのだ。あれはこちらもどのように接触するか考えあぐねた結果だった」

「最近気づいたのですが、卿は意外と悪戯好きですよね……?」

「その通り」


 シンシアは顔を上げた。

 仮面でこそ遮られているものの、シュナイダーの瞳はシンシアだけを映しているに違いない。


 今、シンシアはシュナイダーの瞳を見ることができるように、過去の文献を調査したり魔法の研究をしている。

 彼が素顔を晒すことは、本人だけでなく民の願いでもあると知っているから。

 勿論、そこにはシンシア自身も含まれている。


「シュナイダー様」


 シンシアはつま先立ちになり、シュナイダーへ口づける。


「!?」

「わたしも悪戯好きなんです。お揃いですね」


 満面の笑みを浮かべるシンシア。


「そうだな」

「!!」


 すると、今度はシュナイダーからキスが降ってくる。

 そのままシンシアはシュナイダーに抱き寄せられた。


「愛してる」


 シンシアは、温もりを感じながら両腕を彼の背中へと回した。

 そんなふたりを祝福するかのように、魔法花は穏やかに揺れていた。





  

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