第8話 「内緒の冒険のはじまり」
佐藤家の子ども部屋に話を戻すと、やっといろいろな事が落ち着いて、みんなで話ができるようになったのを見たチュッチュは、まだきちんと挨拶もできていなかった猫たち、ゆいたんとるきあに、あらためて自己紹介をする事にしました。
本来猫は、家雀にとって怖い存在なのですが、天使を一緒に守ってくれた連帯感で、今ではすっかり怖くなくなっていました。
「挨拶が遅れてごめんなさい。はじめまして。私は家雀のチュッチュよ。オコーナーさん家の納屋の軒下に住んでいるの。さっきは、天使ちゃんを一緒に守ってくれてありがとう。」
ゆいたんが、「にゃん!」と鳴いて答えます。
「わたしは佐藤家の白猫、ゆいたんよ~。こちらこそ、ありがとう!チュッチュちゃんかわいい!よろしくね~。」
お姉ちゃんやハムスターたちとも仲良くできるゆいたんは、小動物を見ても爪を立てたり追いかけたりしない、お利口さんのにゃんこなのです。
るきあが、
「あたしは同じく佐藤家の三毛猫又、るきあ!さっきは危なかったにゃあ。書斎にみんながいる!って気が付いて、なんとかごまかそうとしたんだけど、逆に怪しまれちゃった。でも、結果オーライ。お姉ちゃんたちと一緒に、パパの目をごまかしちゃったもんね。」と、挨拶もかねて胸を張りました。
そこで、よく考えると、みんな誰が誰を知らないのか、よく分からなかったので、とりあえず全員が自己紹介を済ませておく事にしました。
「僕はジャンガリアンハムスターのメイ!五月の晴れた日に、佐藤さん家にやって来たの。好きな食べ物は、もちろん、ひまわりの種!」
「わたしはハムスターの花さんよ。あの、メイちゃんのお隣のケージのお家に住んでいるの。わたしもひまわりの種が大好き!」花さんとメイは手をつなぎます。
「僕は天使のママヌエル!天上で小瓶を開けたら、小さくなって、飛ぶ力を失って地上に落っこちちゃったの。佐藤さん家の煙突に、仲間の二人が落ちちゃって、僕だけ外に落ちたから、チュッチュとうさたんに協力してもらって、助けにやって来たってわけ。メイちゃんと花さんにも、助けてもらったよ!」
「私は天使のナナエル!私とこのキキエルは、外に落ちちゃったママヌエルを探しに行こうと、家から外に出ようとしていたの。」
「私は天使のキキエル。ええと……、私もナナエルと一緒に、外に出ようとしていたんだけど、ママヌエルが人間の子どもたちにつかまって、二階に連れて行かれるのを見たので、猫さんたちに協力してもらって、さっきようやくのぼって来れたの。」
これで、やっとそれぞれが、これまでの経緯を理解できて、「なるほど~。」と言いました。
「人間の子どもたちにも、自己紹介してもらえないかな……。」
ママヌエルが言ったので、みんなは子どもたちを見上げました。
でも、彼らが何を話しているのか分からない紗矢と真琴には、小動物と天使たちが、ただ一斉に見つめ返して来たようにしか見えなかったので、声をそろえて甲高い声で、「かわいい~!」とつぶやき合いました。
「大きいお姉ちゃんが紗矢ちゃん、小さいお姉ちゃんが、真琴ちゃんっていうの。とっても優しくていい子たちよ~。」ゆいたんが、代わりに紹介してくれます。
「そう!佐藤家の子どもたちは、優しいいい子たちなの!あたしのしっぽがちょっぴりふたまたでも、ふつうの子猫としてこのおうちに迎え入れてくれたんだから。そして、パパもやっぱりいいひと!『天使たちをつかまえて、発表する。』と聞いた時にはどきどきしたけど、そのまえにちゃんと話をしてくれる、と言っていたし、ますます惚れ直したにゃん!このぶんなら、いつかきっと、あたしが一人前のねこまたになっても、安心そうだにゃ。」と、今度はるきあが熱弁をふるいます。
でも、今のところは、別の安心を手に入れる事に、みんなでがんばらないといけません。
天使たちは、このままでは天上に帰れないのですからね。
目指すは高い山のてっぺん。うさたんのねぐらです!
「わたあめちゃんのおうち……。」
るきあの口から、思わず大好きなうさたんへの想いがダダモレです。
「きっとあそこもここもふわふわでまふまふで、あまーいあまーいおうちにちがいないにゃー……。」
ひとりごとを言いながら、うふうふ、にこにこ、ごろごろ。
「みんなでさっそくいこうにゃー! まふまふにゃー! あまあまにゃー!」
ついには、こんな掛け声まであげましたが、家から出るには、子どもたちの協力が欠かせません。
紗矢と真琴を振り返って、
「ねえねえ! 紗矢おねえちゃん、真琴おねえちゃん!みんなをお山に連れてってほしいの! わたあめちゃんち!!」
と、ハイテンションでうにゃうにゃ言います。
しかしいかんせん、猫語なので、熱意のわりにちっとも伝わりません……。
紗矢も真琴も、「かわいい~!」と言いながら、ニコニコして見守っているだけです。
メイが、「僕も一緒にお山へ行きたい!」と言って、姉妹の前に歩み出ました。
メイの世界は文字通り狭いので、それはとてつもない事に感じられました。どうすれば辿り着けるのか、想像する事も出来ません……。
でも、天使達がおうちに帰るには、このお家を出て、お山に行かなくてはならないのです。
小さな天使たちがそのためにがんばるのですから、自分だって、何か手伝える事があるはずです。
メイは、ふり返ると、花さんの気持ちを確かめるように、「一緒に行こ?」と誘いました。
花さんは、不思議と、怖さよりも、うれしさが勝って、「うん!行く!」と二つ返事で答えると、メイのそばに駆け寄りました。
もし、お姉ちゃんたちの協力が得られなければ、小動物たちだけで山に向かう事になります。でも、メイと一緒なら、いつもよりがんばれる気がしました。
ただ、さっき自分たちがいなくなってお姉ちゃん達が心配していた様子を思い浮かべると、小動物たちだけで行くにしても、お姉ちゃん達にはちゃんと伝えてから出発できたらいいのにと、その点だけが気になりました。
その時、チュッチュがうさたんの住みかへの地図が描かれた薬草をくわえて、紗矢と真琴の前に出て行くと、しきりにつつきながら、「これを見て!」と、伝えようとしはじめました。
そこで、花さんも、チュッチュのとなりへ行って、「ここへ行こうとしているの!」と言いながら、小さな手で地図を指さして教えようとしました。
「葉っぱで遊んでるよ~!かわいい~。」
真琴が、チュッチュと花さんの仲の良さそうな仕草を見て、くつくつ笑いました。
でも、じきに紗矢が、葉に描かれた絵のようなものに気が付いて、顔を近づけました。
「何だろう。天使の国の絵文字かな。」
真琴も隣からのぞきこみます。
「小さな三角と、毛が一本生えた大きな三角。」
「毛じゃないよ、ほら、横に枝みたいなのも伸びてる。これ、木が生えた山じゃない?」
「ほんとだ。じゃあ、こっちの三角には、丸い窓があるから、家だね。」
「この三角が、私たちの家だとすると、この山は、北にあるシュガー・マウンテンかも。」
「学校の遠足で行った小山?」
「そう。ほら、てっぺんに描いてるのは、あのサトウカエデの大木だよ、きっと。」
天使たちが、「大当たり!」と言っていっせいに拍手をしたので、紗矢はその様子から、これが、山の場所を教えるために描かれた、地図なのだと分かりました。
「あなたたちが、ここに行きたいってこと?」
紗矢が聞くと、天使たちはいっせいにうなずき、動物たちは、「にゃんにゃん!」「チュンチュン!」「キュイッキュイッ!」とさかんに声を上げました。
紗矢と真琴は、天使や小動物たちと意思疎通できている事があらためて分かって、「うわぁ~!」と感動すると、胸が高鳴りました。
ゆいたんも、いよいよ、お姉ちゃんたちに天使たちの目的地を伝える事ができて、みんなで山のてっぺんにあるサトウカエデの木を目指せそうになって来たので、嬉しくなりました。
背中に天使ちゃんとハムスターちゃんを乗せて、大自然の中で大冒険するのです。想像しただけでわくわくしちゃう……!
でも家の外に出るには、お姉ちゃん達に協力してもらわないと難しいかもしれません……。
それに、そろそろ夕方になりそうだけど、今行ったら晩ご飯はどうなるのかしら?と、おやつを食べたばかりなのに、ちょっとだけ気になるゆいたんなのでした。
紗矢が壁掛け時計を見ると、針は午後四時半を回るところです。
日が暮れるまでには、まだ二時間くらいはあるでしょう。
シュガー・マウンテンまで、自転車でひとっ走りして、天使たちを送り届けてから戻って来るくらいの余裕は、十分にありそうです。
そこで、紗矢は、「私たちが連れて行ってあげようか?」と、天使たちに提案したのですが、そこで、妹と二人で行動するには、問題がある事に気がつきました。
ここカナダには、十二歳未満の子どもは、出かける時に大人の付き添いがないといけない、という決まりがあるのです。
州によって細かな違いはあるものの、子どもだけで出かけさせるのは良くない、という考え方は、共通していました。
紗矢は十三歳なので、一人でも出かけられるのですが、真琴は十一歳なので、まだ大人の付き添いが必要です。
紗矢は、この決まりを知っている真琴に、
「私だけで連れて行くから、真琴は家で待っててくれる?」と言い直しました。
真琴は、すぐに顔をくしゃくしゃにして、「いやぁ!」と今にも泣きそうな声を上げました。
もちろん、紗矢だって、こんなすごい体験を、独り占めにしてしまうなんて、嫌でした。
「じゃあ、私が真琴の付き添いという事にして、出かけよう。それでもし、誰かから注意されたら、十二歳以上の人が付き添っていれば大丈夫だと思ったって、説明しよう。」と言いました。
真琴は鼻をすすって、「うん。」と言って笑いました。
天使たちや小動物たちも、姉妹に連れて行ってもらえると分かって、ハイタッチしたり、ピョンピョン飛び跳ねたりと、大喜びです!
「お腹が空くだろうから、ヒマワリの種を沢山持っていくー!」
メイが言って、ケージを載せたテーブルの下に走って行って、脚をよじ登ろうと四苦八苦しはじめしました。
「ケージに戻りたいの?」
真琴がメイを手のひらに乗せて、ケージの入り口に入れてやると、メイは、「閉めないでね!」と言うように、扉を押さえて見せてから、ロフトに貯蓄したひまわりの種のところに走って行って、頬袋に入るだけ詰め込みはじめました。
「お腹すいてたのかな。」
真琴が扉を閉めようとすると、メイは、「キュイ!キュイ!」と鳴いて、ふたたび入り口に駆け戻ると、閉じかけた扉に体を割り込ませて押し開きました。
「おやつをたくさん持って、私たちについて来るつもりじゃない?」紗矢が気がついて、指摘しました。
「そうかも~。え、もしかして、みんなも?」
真琴が足元を見ると、そこには、花さん、ゆいたん、るきあ、そしてチュッチュが整列していて、「キュイ!」「ニャン!」「チュン!」と声をそろえて鳴きました。
「たぶん、みんな天使たちと、特別な仲間になってるんだよ。自分たちも、天使たちを山まで送り届けたい!って、言ってるんじゃないかな。」
さすが紗矢です。動物たちの気持ちがよく分かっています。
「連れて行くの?」
「うーん。パパとママにばれたらすごく怒られそうだけど、今の天使たちには、この子たちの協力が必要な気もするし……。」
紗矢は覚悟を決めて、動物たちにこう伝えました。
「じゃあ、ゆいたんとるきあ、花さんとメイには、狭いけど、猫用のキャリーケースに入ってもらうよ。それでいい?」
動物たちは、声をそろえて、「ニャン!」「キュイ!」と返事をしました。
真琴は、メイをケージから出してやると、「私がおやつを持って行くから、メイは手ぶらでいいよ。」と伝えました。
すでに頬袋をぱんぱんに膨らませたメイが、お礼を言うように「ピフ!」と鳴いて、ぺこりとうなずきました。
それから三十分ほど経った頃、二階でそんな事が起きているなんて何も知らないパパが庭に出て来て、プランターの花や生垣にじょうろで水をやりはじめました。
すると、隣のオコーナーさん家との境の垣根が、がさがさ揺れ動いたので、「誰だい?」と声をかけてみると、顔を出したのは、オコーナーさんの息子で、紗矢の同級生のオリバーでした。
オリバーが虫捕り網を持っていたので、パパは「ちょうちょでも探しているのかい?」と聞きました。
「ちがうよ。変な生き物。」
オリバーは、少し気まずそうに答えました。
「変な生き物?」
パパが聞き返すと、オリバーは、
「さっき窓から外を見ていたら、うちの庭に、小人みたいな生き物がいるのが見えたんだ。本当に、人間そっくりで、虫みたいに小さいんだ。この辺でよく見かける白兎と一緒に並んで立ってた。もしかしたら、佐藤さん家に入って行ったかもしれない。見かけなかった?」
パパは、おかしな事を言う子だな、と思って、苦笑いしましたが、ちょっと前に、紗矢から、コロポックルを見つけたらどうする、という質問をされた事を思い出して、しだいに真面目な顔になりました。
そして、「いや、見なかったが。君は、もしその小人をつかまえたら、どうするの?」と聞きました。
「そりゃあ、本物の小人だったら、インターネットに動画を上げて、テレビで紹介してもらって、世界的に有名になったところで、オークションに出すか、金持ちに売るよ。きっと一生遊んで暮らせる大金が手に入るよ。」
オリバーは、
「まあ、信じてはもらえないだろうけど……。」、と言い足すと、背をかがめて虫捕り網を構えながら、別の場所を探しに行きました。
パパは、じょうろを持って、しばらくその場にぼんやりたたずんでいましたが、「ふむ……。」とため息をもらすと、とぼとぼと家に帰って行きました。
家に上がったパパは、階段の下からこっそり二階をうかがってみました。
おとなしく遊んでいるのか、紗矢と真琴の声は聞こえません。
もし、紗矢たちが、オリバーの言うような、〝本物の小人〟を見つけて、かくまっているなら、パパだって、見せてもらいたいのです。
新聞記者としての好奇心から、というよりは、子どもの頃からあこがれていたファンタジーの世界と、もしかしたら現実に接点を持てるかもしれない、という、期待感の方が、大きいのでした。
それで、パパは意を決して、二階に上がって行きました。
子ども部屋の前に立って、ドアをノックして、「紗矢、真琴、ちょっといいかい?」と声をかけます。
ところが、少し待っても、返事がありません。
人が動く気配もなく、ひっそりとしています。
そこで、パパはドアを開けたのですが、部屋には、紗矢や真琴の姿はありませんでした。
ただ、カーペットのまん中に、紗矢がよくイラストを描いている落書き帳が開いて置いてあって、パステルカラーのペンで、何か大きくメッセージが書いてありました。
〝パパとママへ
大事な用事があるので、二人でシュガー・マウンテンまで行ってきます。
夕ご飯までには帰ります。動物たちも一緒に行きます。心配かけてごめんなさい。〟
パパはぎょっとして、すぐに壁際の二つのケージに歩み寄って、中を見ました。
ロフトにも巣箱の中にも、花さんやメイの姿は見当たりません。
そういえば、ゆいたんやるきあも、いつの間にか見かけなくなっています。
パパは落書き帳を持って、急ぎ足で一階に下りて行きました。
そして、キッチンで晩御飯のジンジャービーフを作っていたママに、「紗矢と真琴が、動物たちを連れて冒険に出かけちゃったみたいだから、探して来るよ。」と言って、落書き帳に書かれたメッセージを見せました。
「あらら!大変。ちょっと待って、私も行くから!」
カナダでの決まり事を知っているママも、あわてて料理を途中で切り上げて、出かける支度をはじめました。
大人の目を盗んで、子どもたちだけで遊びに行ってしまう、という出来事は、よその家庭でも時々起こるのですが、こんなにのどかな郊外の町でも、無事に連れ戻すまでは、親としてはやはり心配なものなのです。