第6話 「天使たちの再会!」
外に出てはみたものの、チュッチュは、真琴の事を心配していました。
自分を逃がしてしまってショックを受けているだろうし、沙矢が部屋に戻って来た時に、叱られやしないかと、そんなことを考えていたのです。
できれば、真琴に謝れたらいいのに、とも思いました。
そんな気持ちを知ってか知らずか、真琴は名残惜しそうな顔で、窓辺からこちらを見つめていました。
佐藤家の玄関先からは、ハッシュがまだ誰かとやり合っているらしい、うなり声や、ほえる声が聞こえて来ます。
言い返す声も聞こえますが、相手をしているのはやはり、うさたんのようです。
今後、天使たちが家から出ようとした際に、ハッシュに襲われるのを防ぐためには、腕っぷしの強いうさたんの協力が、必要になる事もあるでしょう。
とすると、今のうちに、もう一度協力してもらえないか、うさたんに相談しておくのが良さそうです。
ただ、一方で、家の中のママヌエルや小動物たちとも連絡を取れるようにしておきたいので、真琴が窓を閉めたタイミングで、もう一度飛んで行って、外から窓をコンコンする、というのが、まずは先決かもしれないな、とチュッチュは思いました。
ところが、真琴はいつまでも、戻って来てほしそうにこちらを見つめては、時おり「チッチッチ。」と舌を鳴らして呼びかけたり、手をさし出したりするばかりで、一向に窓を閉めてくれそうにありません。
チュッチュは、「戻ってはあげたいのよ~。」と、もどかしそうに電線の上を右往左往しました。
一方部屋の中では、ママヌエルと花さんとメイが寄り添いながら、窓際でチュッチュを呼び戻そうとがんばっている真琴のうしろ姿を見上げていましたが、ふとメイが、開けっ放しの部屋のドアの方から、「にゃんごろごろ〜♪」という鼻歌と喉を鳴らす声が聞こえて来たので、ふり返りました。
二人の天使を背中に乗せて二階に上がって来たゆいたんは、「子供部屋にはハムスターがいるんだよ~。」と、天使たちに教えましたが、そこで、「にゃにゃ?あれ、お姉ちゃんたちも人間だから会ったらだめなんだっけ?」と気が付いたので、二人に「どうする?」と聞いてみました。
ナナエルが、「そっとのぞいてみて、もしママヌエルがいたら、私たちが連れて逃げるわ。」と答えました。
「え?逃げちゃうの?遊ばないの?」ゆいたんは、またがっかりしてしまいました。
そこでキキエルは、「私たちを上手に逃がすのも遊びよ。鬼ごっこみたいなものよ~。」 と、ゆいたんを景気づけてあげました。
ゆいたんはそれを聞いて、うっすらシマシマの鍵しっぽをふりふりすると、
「そっか~。そう考えたら、面白そう~!」とすぐに上機嫌になりました。
「あっと、ちょちょちょ、ストーップ!」ナナエルが小声で叫んだのは、ゆいたんが話に夢中で、危うく部屋の中まで入ってしまいそうになったからです。
「ゆいたんだー!」
メイは、部屋の入口にゆいたんの姿が見えたので、喜びのあまり叫びました。
いつもやさしく遊んでくれるし、一緒にお昼寝もしてくれるから、メイはゆいたんが大好きなのです。陽だまりで、すてきな毛並みのゆいたんのお腹でお昼寝するのは最高の気分です。
「今日も花さんと一緒にお昼寝させて~!」メイはおしりを振り振りまっしぐらに走り寄りました。
あれ?
ゆいたんの背中にだれか乗ってるぞ?
よく見ると、それは背中に羽が生えた小さな人間のような姿をした、二人の天使でした。
近くに寄って来たメイに、天使たちが気が付いて、お互いに目が合いました。
「ああ、この子たちがママヌエルの言っていた、はぐれた仲間なんだね。」
メイは好奇心旺盛なので、ゆいたんが連れてきた天使たちとも、お話がしたくてたまらなくなりました。
チュッチュとの約束通りママヌエルを護らなくちゃと寄り添っていた花さんは、メイがゆいたんの所に大喜びで行ってしまったので、ちょっと不安になりながら、「大丈夫よ。あの白猫さんは、やさしいからね。」と言って、ママヌエルを抱きしめました。いつもなら、花さんもゆいたんのふかふかのお腹が大好きなのですが、今の花さんは天使のママヌエルをまもらなくっちゃ、で頭がいっぱいなのです。
そんな中、ゆいたんの背中にいる天使二人とメイがお話しし始めたことに気が付きました。
「あれ?ママヌエルちゃん、あの子たちが、探していた天使ちゃんたちじゃない?」
「あ!ほんとだ!来てくれたんだ!ナナエルー!キキエルー!」
ママヌエルは盛んに手を振ると、花さんをふり返って、「一緒に行こう!あの天使たちも、良い子たちだよ!」と言いました。
花さんも、ママヌエルの嬉しそうな様子に、ちょっと勇気が出ました。
「ええ。行きましょう!」
ママヌエルと花さんは、手をつないでゆいたんの方へ走って行きました。
ナナエルとキキエルも、駆け寄るふたりを見つけると、「ママヌエル~!」と叫んで、ゆいたんの背中から飛び降りて、無我夢中で走り寄ると、お互いにきつく抱き合いました。
「良かったねぇ~。また会えたねぇ~。」メイも花さんと手をにぎり合って、天使たちの再会を目を輝かせて見守りました。
「ありがとう!君たちのおかげだよ!」
ママヌエルにお礼を言われて、花さんは嬉しくてちょっぴり涙が出ました。
こんな風に、二階で天使たちの再会が実現した頃、一階のリビングでは、るきあが子猫の特権のなにくわぬプリティーフェイスで、さりげなくママを誘導して、ソファーまで連れて行こうとしているところでした。
『やっぱり、ゆいたんお姉ちゃんはたのもしい!あたしもいっぱいたべて、もっとビッグなにゃんこにならなくちゃ!』
天使たちを背中に乗せて、軽々と階段を上るゆいたんのかっこ良さを思い出しながら、るきあはつくづく思いました。
「るきあちゃん、今度はどこに連れて行くの?」
ママが面白そうに後について来るのを振り返って、るきあは、『ママがリビングにいてくれたら、すぐにでも二階に行ってみるのにな~。』とも思いました。でも、たぶん、今、二階に行けば、ママも気になってついて来てしまうでしょう。
ママの優しいところはだーい好きだけど、こういう時にはちょっぴり困ってしまいます。
ソファーにぽんと飛び乗って、座面をおててでぺしぺし。
『ママもすわるの~。』と伝えます。
ママは、「はいはい。なでなでね~。」と言って、笑いながら横に座ってくれました。るきあは、さっそくママのひざの上に登ると、なでやすいように背中を丸くしてかがみました。
ママの極上のマッサージ、〝なでなで〟の始まりです。
るきあは心地よい手の温もりにとろけながら、「ついでに自分も、ほんのちょっと、ちょっぴりだけ休んで。そしたら、二階に行こうっと……。」と、ぼんやり考えました。
ここの家の子は優しい子たちです。天使たちを悪いようにはしない……でしょう。
るきあはとりあえず、子供たちを信じることに決めました。
すると、うとうとし始めた意識の中で、ハッシュがさかんに吠える声が聞こえてきました。
『パパが帰って来たのかなぁ……。』るきあはおぼろげに思いました。
「ちょっと、るきあちゃんごめんね。」ママが、突然なでなでをやめて、るきあを抱っこして立ち上がりました。
るきあは、もうちょっとなでなでしてほしかったので、「ミャウ~。」と小声で抗議しました。
「ほら~、パパかもよ~。」ママは窓際に歩いて行って、るきあと一緒に外を見ました。
すると、庭ではハッシュとうさたんが、四つに組んで、うなりながら押し合いへし合いをしている最中でした。
「ああ~!またあの白兎が来てる~!」
ママはあきれてしまいましたが、るきあは、ママの腕の中で、「わたあめちゃん! わたあめちゃんっ!!」と大興奮です。
「こらぁ!いたずらうさぎ!」
突然、小さい子供用バケツを持った紗矢が、ほうきを振り上げて、家の裏手から駆け出して来ました。
それを見るや否や、うさたんは、パッとハッシュから飛びすさると、「キュキュ!」と甲高く鳴いて、生垣の向こうに逃げ込んでしまいました。
まだ電線にとまって、真琴が子ども部屋の窓を閉めてくれるのを待っていたチュッチュは、紗矢のどなり声を聞いて、うさたんが追い払われた事に気がつきました。
そこで、窓のことはあとで考える事にして、電線から飛び立つと、「待って~!雀さ~ん!」と叫ぶ真琴の声を後ろに聞きながら、通りを歩いて山の方へ帰って行くうさたんを、まっしぐらに追いかけました。
当のうさたんは、背中をさすりながら、残念そうにつぶやきました。
「ああ、いたたた。まったくハッシュめ。また強くなってるよ。飼い犬のくせに。」
すりむいたらしく、真っ白な毛並みの所々に血がにじんでいます。
「あいつらが心配だけど、薬草を置いてきたし、地図もかいたし大丈夫だよね。」
なんとうさたんは、自分のねぐらの場所を示す地図を、薬草の裏に描き記していたのです。困ったらいつでも訪ねてこい、というメッセージのつもりでした。
「うさたん、待って~!」そこに、チュッチュが追いついて、空からふらふらと舞いおりて来ました。
「よう、うまいこと家から抜け出せたんだな。」うさたんは、息を切らしたチュッチュを見下ろして、「すると、ママヌエルも仲間を見つけて、無事に天上に帰れたのかい?」と聞きました。
「まだよ。私だけが外へ逃げられたの。これから、ママヌエルも、仲間を見つけて外に逃げなきゃいけなくなるわ。」
ようやく深呼吸の合間合間に、チュッチュは説明しました。
「うさたんに、脱出の時も力を貸してもらえると……」と、チュッチュは言いかけましたが、すりむいて血がにじんでいるうさたんの体を見ると、それ以上言えなくなって、口をつぐみました。
うさたんは、「その時が来たら、山のねぐらに呼びに来てくれよ。なに、けがは大したことないんだ。あのとっておきの薬草をすり込んでやれば、すぐに治るさ。」と言って、「詳しい場所は、薬草の裏に描いといたからな。」とも伝えました。
「ごめんなさい。いたい目に遭わせてしまって。でも、どうもありがとう。本当に助かるわ。」チュッチュはあらためて、いたわりの気持ちを込めてお礼を言いました。
うさたんは、「ハッシュとの決闘は、いつもの事なんだから、気にしなくていいよ。じゃあな!」と手をひらひら振ると、満足そうにまた山のほうへ歩いて行きました。
ちょうどそこへ、通りの向こうから、車が通りかかりました。運転していたのは、新聞社に勤める佐藤家のパパです。
パパは、歩道をよたよた歩くうさたんを見て、「まーたハッシュにちょっかい出したな。」と、苦笑いを浮かべました。
玄関に入ろうとしていた紗矢は、パパの車が生垣の向こうを走って来たのを見て、「やばい!」と叫ぶと、急いで靴を脱ぎ、家に上がりました。
るきあを抱いたママが、リビングから出て来て、「ウサギのプロレスが今日もあったねぇ。」と話しかけました。
「うん!私が追っ払った!」紗矢は早口に返事すると、洗面台でバケツに水を入れて、あわただしく二階にかけ上って行きました。
子ども部屋の小動物たちは、期せずして廊下に出る事ができたので、とまどいながらも、「このまま天使ちゃんたちを逃がしてあげよっか?」と、相談していました。
そこへ、階段をドタバタと誰かがのぼって来る音が聞こえて来たので、ゆいたんは、「かくれんぼよ!はやく隠れて!」と言うと、子ども部屋の向かいの部屋のドアノブにジャンプしてドアを開けて、小動物と天使たちを、まとめてその部屋に押し込みました。
そこは、多種多様な本がびっしり詰まった大きな本棚が両側の壁にそびえ立つ、パパご自慢の書斎でした。