第5話 「はるかなる二階を目指して!」
花さんが、前脚を握り合わせてプルプル震えているのを見て、メイは、『あっ!花ちゃんがショック受けてる!?』と気が付きました。
すぐに駆け寄って、となりに寄り添って座ります。
花さんがメイの行動力を頼りにしているのと同じように、メイも花さんの思慮深さにいつも感心して、頼りにしているのです。
特に、ケージから出されたとき、二匹はたいてい、ぴったりくっついて過ごします。誰かの温もりは、心が弱った時の何よりのお薬ですからね!
チュッチュも、花さんを心配して、メイにたずねます。
「ね、さっきもらったひまわりの種だけど、もし、がりがりしてると気が休まるなら、花ちゃんにあげてもいいかな?」
「もちろんさ!ありがとう!」
メイは、チュッチュが「花ちゃん、どうぞ。」と種を差し出すのを、見守りました。花さんは、「ピ!」と鳴いて、おたおたとメイの後ろに隠れましたが、普通のハムスターの花さんは、ジャンガリアンハムスターのメイの1.5倍くらい大きいので、ほとんど隠れられませんでした。
「さあ、落ち着くよ。がりがりしよ。」メイが優しく言うと、花さんはようやく、チュッチュが差し出した種を受け取って、遠慮がちに口にくわえると、無心にがりがりしはじめました。
しばらくそうしているうちに、花さんもやっと余裕が出てきたようで、みんなを見回すと、「ありがとう。」とつぶやきました。
チュッチュは、さっきから、うさたんに言われたように、人間の子どもに窓を開けてもらうには、どうしたらいいかを、考えていました。
「私が窓をくちばしで『トントン』すれば、この真琴という子は、『出たがっているのかな』と思って、開けてくれるかもしれない。」
ママヌエルが、面白そうにみんなを見下ろしている真琴を見上げて、「そうだね。開けてくれそう。」とうなずきました。
「うまく外に出られれば、うさたんが持ってきてくれた薬草もママヌエルと分け合うことができるでしょう?そして、真琴ちゃんがいる時に外から『トントン』とくちばしで窓をつついたら、窓を開けてまた家の中に入れてくれるかもしれない。そうすれば、外にいるうさたんとママヌエルの連絡役にもなれるし、外への出口を一つ確保できる事にもなるのよ。」
「うわぁ、すごい!よくそこまで考え付いたね。」感心しきりなママヌエルを見て、チュッチュは照れ隠しに肩をすくめて見せました。
でも、すぐに顔を少し曇らせて、「一つ心配なのは、人間に見つかってしまって、まだ絶対的に安心できない状況のママヌエルのこと。」と言いました。
メイと花さんに向き直ったチュッチュは、「もし、私が外に出られたら、家の中でママヌエルを助けてあげてくれる?」と聞きました。
花さんは、ママヌエルとチュッチュの様子を近くで見ていて、『いい子達みたい。』とずいぶん安心できるようになっていたので、メイの肩に手を置くと、「メイちゃん、一緒にまもってあげましょ。」と言いました。
メイは、『やっぱり花さんは頼りになるなぁ!』とあらためて思いながら、ほくほく笑顔で、「うん!」と答えました。
さて、小動物たちの作戦が成功するのか、気になるところですが、ここでひとまず、一階がどうなっているか、ようすを確かめておく事にしましょう。
リビングで、ごろごろのどを鳴らしながらおやつを食べ終えたゆいたんは、今度は紗矢と真琴の姉妹が帰ってきたことを思い出しました。
ゆいたんは猫なので、普段子ども部屋にハムスターだけしかいない時は、部屋に入れてもらえません。
(扉は自分で開けられるけど、『だめだよ。』って言われているのです。)
でも、今なら姉妹がいるので、ハムスターと遊ばせてもらえます。
花ちゃんもメイちゃんも小さくてかわいいし、ひまわりをガジガジ食べるのもかわいい、とゆいたんは思っているので、さっそく遊びに行ってあげる事にしました。
同じく、おやつを食べ終えて、大満足でソファーで毛づくろいをしていたるきあは、ゆいたんが廊下に出て行くのを見て、姉妹の部屋に遊びに行くのかな、と思いました。
もちろん、るきあも姉妹やハムスターたちと遊びたいに決まっています。
そこで、すぐにゆいたんを追って廊下に出ようとしたのですが、念のために、天使たちが外に出られたかどうか、確かめておこうと思って、コーヒーを淹れてテーブルで一服しているママの注意をひかないように、そ知らぬ顔でのんきに歩きながら、くつ脱ぎの方を見に行ってみました。
靴箱の下をのぞくと、天使たちの姿がありません。
うまく外に出られたようです。
それでやっと安心したるきあは、今度は気兼ねなく「にゃっにゃっにゃっ。」と鼻歌までうたいながら階段の方へ歩いて行きました。
ところが、です。
ゆいたんに続いて、二階に上がろうとすると、猫又のあかしである二股のしっぽが、ぴぴぴ!とかすかに震えました。
これは、何か注意しなければいけないものが、近くにあるという知らせです。
るきあはチビですが、いちおう猫又なので、ごくたまに、こんな神通力が働く事があるのです。
まったくの勘違い、という事もないわけではないのですが、いつもの習慣で、念のために、るきあは近くで物音がしないか、しばらく耳を澄ませてみる事にしました。
すると、すぐ横手の、トイレに続く廊下から、こんな話し声が聞こえてきました。
「どうしてゆいたんに声をかけなかったの?」
「猫さんたちだって、したい事や用事があるんだから、もう頼りにしてはいけないよ。自分たちで探そう。」
「でも、どこが何の部屋なのかも分からないよう。」
「ともかく、二階に行って、人間の子どもの声か、ママヌエルの声が聞こえる部屋を探すの。」
「心細いよう。」
るきあは、階段の横の廊下を、そうっとのぞいてみました。
家を出たはずの、ナナエルとキキエルが、トイレ用品をしまう小棚の横に屈んで、ひそひそ話をしています。
「にゃにゃにゃにゃぁぁぁん?」
思わず叫んでしまったるきあは、あわてて口を押えてリビングを気にしながら、今度は声を抑えて、「なんでまだ家の中にいるの??」と問いかけました。
「あ、るきあちゃん!」
キキエルが気が付いて、ほっとした様子で、
「あのね、もう一人の迷子だった天使のママヌエルが、この家の子どもたちにつかまえられて、二階に連れて行かれるのを、ナナエルちゃんが見たのよ。」と、やはり小声で説明しました。
るきあは天使たちに近寄ろうとしましたが、いきなり目の前の脱衣室のドアがばたん!と開いて、紗矢が出て来ると、リビングのママに言いました。
「ママ、洗面台の下のバケツがないよ~。」
「パパがどこかで使って、そのままなのかも~。」
「もう~。ちょうどいい水入れ、ないかなぁ。」
「洗面器は野鳥に使っちゃだめよ~。」
「はーい。」
紗矢が小走りに玄関に行って靴をはき、別のバケツを探しに庭へ出て行ったので、驚きのあまり固まっていたるきあは、気を取り直して、天使たちを二階に連れて行くチャンスは今しかない、と思いました。
「おいで!連れてってあげる!」
るきあに呼びかけられて、天使たちは小棚の陰から嬉しそうに駆け出して来ました。
とはいえ、ちびのるきあでは、天使二人を背中に乗せて階段を上るのは無理があります。
「ゆいた~ん!」
るきあはまた、お姉さん猫の助けを求めたくなりましたが、大声を度々出せば、ママもさすがに気になって見に来てしまうでしょう。
やむを得ず、るきあは天使を一人口にくわえては、立ち上がって一段登らせ、もう一人を口にくわえては、立ち上がって一段登らせ……、という、ちび猫としては精一杯の運搬作業を、孤軍奮闘ではじめることにしました。
できるだけ急いで、階段の半ばにある踊り場まで、天使たちを連れて来る事ができましたが、さすがに口が開きっぱなしで息がへっへと切れはじめたので、「ちょっと休憩……。」と言って、よろめきながら階段のすみに座り込みます。
「何してるの?早くおいでよ~。」
見ると、二階から、何も知らないゆいたんが、首をかしげて見下ろしています。
「天使が二階で、ここにも天使がいて、あたしが連れて行ってて、あああっ、助けてぇ~!」るきあは半泣きになりながらうったえました。
ゆいたんはトトトッと降りて来て、ナナエルとキキエルがそこにいるのを見ると、「あらぁ、天使ちゃんたちも二階で遊びたいの?じゃあ、一緒に行こ!」と言って、二匹を背中に乗せると、軽々と階段をのぼって行きました。
るきあもやれやれと腰を上げて、後に続こうとしましたが、鳴き声を聞きつけたママが、リビングから出て来て、「るきあちゃん、さっきからなに鳴てるの?」と聞いたので、ギクッとして、「なんの事~?」というようにピョコピョコおりて行くと、「何でもないよ~。」というようにママの足元をすりすりしながら、少しずつまたリビングに誘導して行きました。
こんな風にして、天使たちは猫たちの助けを借りて、無事に二階にのぼり切る事ができたのですが、そういえば、もう一匹、二階の窓の外から、子ども部屋の様子をうかがっていた、うさたんは、どうしたでしょう。
うさたんは、用心しいしい、再度窓をのぞきこんでみて、真琴が天使たちの入ったシュークリームの空き箱に、小さなハムスターも入れてやっているのを見ました。
「ちっこいあいつらをいじめたらゆるさないからな。」
うさたんはすでに天使たちを子分にしたつもりになっているのです。
ただ、こっそり見ていると、真琴はシュークリームの箱をカーペットにおろして、中のママヌエルや家雀や小さなハムスターを、そっと外に出してやっていました。
どうやら、心配はいらなかったようです。
「ようし、これならもう大丈夫かな。かーえろ。隣の山のくまたんちに遊びにいーこおっと。」
うさたんは、状況に満足して、雨どいのパイプに戻ると、屋根からおりようとしました。
でも、そこで、さきほどハッシュに追い回されて逃げっぱなしだった、という事を、思い出しました。
普段なら取っ組み合いの大立ち回りをしているのに、今回は時間稼ぎ目的で逃げ回っていただけだったのです。
事情があったとはいえ、もし別のウサギに見られでもしていたら、後々うわさにされて、自分の名誉にもかかわりそうです。
「帰るまえにハッシュのやつをからかってやろう。あいつのん気にねてたもんな。子分をいじめたお礼もしないとな。」
雨どいを伝って庭におりたうさたんは、なんと、大胆にも犬小屋に近づき、眠っているハッシュをしり目に、水飲み皿にむしった芝生をしこたま入れてやりました。これはいけません。ハッシュが起きたらきっとプンプンです。
いいえ、その心配は、いらなかったのです。
なぜなら、ハッシュはすでに起きていて、うさたんを驚かせるタイミングを、笑いをこらえて狙っていたのですから。
いくら、遊び疲れて眠っていたとはいえ、ハッシュの敏感な嗅覚を、あなどってはいけなかったのです。
仕返しで気が済んだうさたんは、今度こそ満足して、佐藤家を後にしようとしました。
そこで、ハッシュはガバッと起き上がると、うさたんの後ろ姿に、有無を言わさず飛びつきました!
「えいえいえいえい!どうだ!まいったか!」
うさたんはハッシュからしばらくもみくちゃにされましたが、さすがは百戦錬磨のボスウサギです。
身体をひねって体勢を立て直すと、ハッシュの肩に手を置いて、真っ向から組み合う姿勢に持ち込みました。
「不意打ちとは卑怯だぞ!」
「汚した水を入れ替えろ!」
両者互角の押し合いがはじまります。
庭でこんな決闘が起きたころ、子ども部屋では、チュッチュが意を決して飛び立って、ケージが載ったテーブルにぶつかりそうになりながらも、かろうじて窓のふちにとまりました。
真琴がおどろいて、「けがで飛べなかったんじゃないんだね。」と立ち上がると、チュッチュが窓をしきりにコンコンつつくのを見て、「外に出たいのかな。」とつぶやきました。
チュッチュは、うさたんをさがしましたが、見える範囲にはもういないようでした。
ただ、子ども部屋の窓からは見えない、玄関先の庭の方で、何やらハッシュがまた騒いでいるようだったので、相手はうさたんかもしれないな、と思いました。
ともかく、チュッチュは窓をくちばしで繰り返しコンコンして、うさたんが置いて行ってくれた薬草を、真琴に気が付かせようと頑張りました。
そのかいあって、真琴はやがて、窓の外にそろえて置かれた、数枚の葉っぱに目が留まりました。
むしったばかりらしく、青々しているので、落ち葉ではなさそうです。
「誰が置いたんだろう。」
気になりますが、今窓を開けると、チュッチュが逃げ出してしまいそうです。
困った真琴は、開けっ放しの子ども部屋のドアの方も、「小鳥が飛べるなら閉めなきゃなぁ。」とチラチラ見ながら、チュッチュをいったんつかまえて、カーペットの上に下ろしてから、窓を開けてひとまず気になる葉っぱを手に取ってみました。
チュッチュはそのチャンスを見逃さずに、力いっぱいはばたいて、真琴の服にぶつかりながらすり抜けると、窓の外に飛び出して行きました。
「あー!逃げちゃった!お姉ちゃーん!」
真琴は窓枠から身を乗り出して行方を追いましたが、チュッチュは通り沿いの電線まで飛んだところで、そこにとまると、こちらに向き直って、何か言いたそうに、真琴をじっと見つめました。