第4話 「佐藤家は見えないところでてんてこまい!」
花さんは、空き箱に入れられた天使と家雀が、すごく気になったのですが、自分から話しかけるのは怖かったので、メイのケージに近寄って、「ねえ、メイちゃん、お客さんは、どんな様子?」と、聞きました。
メイは、「花ちゃんに頼まれた!嬉しい!」と、ほこほこしながら、スロープを登って、二階のロフトから空き箱の中をのぞき込みました。
チュッチュは壁に当たったショックと人間につかまった恐怖で震えていましたが、ママヌエルがずっと抱きしめてくれていたので、少しずつ落ち着いてきました。
「ママヌエル、ありがとう。もう大丈夫よ。」
ママヌエルはチュッチュの羽や脚を見ながら、
「けがしてない?」と聞きました。
「うん。ちょっとぶつけたくちばしが痛いけど、けがはしてないみたい。あなたこそ、人間に見つかったらまずいのに、この状況は大丈夫?」
「まずいよ~。あの子たちが、『他の人間に見つかったら、連れて行かれる。』って言ってたでしょう?大人の天使たちは、それを心配して、『人間に見つかってはいけない。』って、僕らに言い聞かせていたんだと思う。」
それでか~と、チュッチュはようやく合点がいきました。
でも、子どもたちの話を聞く限り、自分たちをすぐに他の人間に引き渡したりも、しなさそうです。
「あの人間の子どもたち、まだ絶対的に安心できるわけではないけれど、優しくて賢い子たちだと思う。」
チュッチュは、そうであってほしいという願いも込めて、つぶやきました。
「おーい!」
その時突然、上の方から、甲高い呼び声が聞こえたので、二人は顔を上げました。メイがケージの横手の柵につかまり立ちしながら、「僕はジャンガリアンハムスターのメイ!」と名乗りました。
「僕は天使のママヌエル!」
「私は家雀のチュッチュよ!」
二人の名前を聴いて、メイは振り返ると、隣のケージで心配そうにこちらを見上げる花さんに、
「天使の名前はママヌエル!家雀の名前は、チュッチュ!」、と教えました。
花さんは、うなずきはしたものの、『天使ってなんだろう?』とか、『助けるってどうするんだろう?』という疑問が頭の中をぐるぐるめぐって、おまけにメイの事が心配でたまらなくなって、いつものくせで、ひまわりの種を落ち着きなくがりがりし始めました。
メイが、ママヌエルとチュッチュに、「あの子はハムスターの花さん!」と紹介しました。
そして、
「ねえ、きみたちはどこから来たの?」と聞きました。
「僕は、お空の上の上の、天上という場所から。」
「私はお隣のオコーナーさん家のチェリーの木から。」
「二人とも飛べるの?」
「私は飛べるけど、ママヌエルは小さくなってしまって、飛ぶ力が弱くなったので、今は飛べないの。」
「二人は仲間なの?」
「そう。この家の煙突に、別の天使が二人、落っこちちゃったから、助けに来たの。」
メイは、また振り向いて、花さんに「ママヌエルは、お空の上の上の、天上という場所から来たの。チュッチュは、お隣の……」と伝えようとしましたが、花さんはひまわりの種を握りしめたまま中腰になって、
「メイちゃん!聴こえてるから伝言はしなくて大丈夫よ!」と教えました。
チュッチュが、「ねえ、あの人間の子どもたちは、私たちに危害を加えるような事は、ない?」と尋ねました。
メイは、言葉の意味が分からずに、「きがい?」と聞き返しました。
代わりに花さんが、勇気を振りしぼって、大きな声で答えました。
「お姉ちゃん達は良い子よ!」
「他の二人の天使は、見なかった?」
「僕は見てない。」メイが振り返って、花さんを確かめると、花さんも、「うーん。見てないわ!ごめんなさい!」と答えました。
そして花さんは、「メイちゃん。どうしよう?」と聞きました。
メイは、ロフトのすみに貯めておいたひまわりの種の山から二粒とって、小脇に抱えて持ってくると、「これ食べる?美味しいよ!」と、お近づきのしるしに、ふたりに勧めました。
一方、一階のリビングでは、みんなの会話に上の空のゆいたんを、るきあが見つめながら、こんなことを思っていました。
『……おなか、減ったのかなあ?ゆいたんは、あたしと同じくらい、食いしん坊だもんなあ。そういえばあたしもおなか減ってきたなあ……。』
その時、外でハッシュがさかんに吠える声が、聞こえてきました。
「わたあめちゃんっ?!」
るきあは、時々ハッシュと戯れに来る白兎が、今日も遊びに来たのだと思いました。
(るきあは、白くてふわふわの毛並みのうさたんの事を、勝手に〝わたあめちゃん〟、と呼んでいました。)
あのもふもふわたあめみたいなしっぽをひとくち、『ぱくっ』とするのはさすがにだめでも……。
「ちょっぴりぺろぺろしてみたーい!」
思わずこんな言葉が、腹ペコのるきあの口から飛び出しました。
一方のゆいたんは、ハッシュの吠え声は、ママたちが帰って来た知らせなんだと思って、テテテッと駆け出すと、ドアの前でジャンプして、ノブを引き下げて、いとも簡単にドアを開けてしまいました。
そして、「おやつもらいに行こっ!」と、早くものどをゴロゴロ鳴らしながら振り返って、るきあを誘いました。
ゆいたんが返事も待ちきれずに、廊下に飛び出してしまったので、るきあは、
「あたしもあたしもっ。」と、後に続こうとしましたが、そこで外から車のエンジン音も聞こえて来て、やっぱりママたちが帰って来たんだ、という事がはっきりすると、ふと、このままでは天使たちが人間に見つかってしまう、という事を思い出して、ハッとしました。るきあは、
「あわわわわわわ、どどどうしようどうしよう~!そうだ、どっか、かくれるとこ……あわわわわわ~。」と、にわかに慌て出して、ナナエルとキキエルの周りを、にゃんにゃんくるんくるん走り回りました。
とりあえず、天使たちが隠れられそうなところを、急いで探しはじめます。
暖炉の中だと、また閉じ込められるかもしれないし、椅子の下は丸見えだし……。困り果てたるきあは、廊下に出たゆいたんに、「へるぷ、み~。」と甘え声で呼びかけてみますが、ゆいたんの頭の中は、おやつの事ですでにいっぱいらしく、すぐには戻って来てくれそうにありません。
ナナエルとキキエルは、るきあの動揺した様子に、顔を見合わせると、ナナエルが、「心配してくれて、ありがとう。ともかく、この部屋を出て、玄関の近くで外に出るタイミングを待ってみる。」と言いました。
「じゃあ、じゃあ、早く早く!あたしの背中に乗って!」るきあは、身をかがめて、二人の天使を背中に乗せると、おぼつかない足取りながら廊下に出て、ゆいたんがにゃあにゃあ言いながらうろついている玄関の靴ぬぎまで歩いて行きました。
天使たちは、背中から降ろされると、すぐに靴箱の下の隙間に駆け込んで、その脚の陰に隠れました。
るきあがほっとしたのもつかの間、鍵がカチャリと開く音がして、ドアが開き、紗矢と真琴が、なんだか真面目な顔つきで家に入って来ました。
ゆいたんが、甘えて紗矢の足にすり寄ろうとしましたが、紗矢は「ごめん!ゆいたん!」と言いながら屈まずに靴を脱いで、廊下に上がろうとしました。
靴箱の下の天使たちは、そのすきに、開いたドアから外へ出ようとしましたが、用心して紗矢を見上げたナナエルが、彼女の手に見たのは、小鳥と一緒に隠すように握られた、ほこりまみれのママヌエルの姿だったのです!
ナナエルは、キキエルの衣のすそを引っ張って、再び靴箱の下に連れ戻すと、とまどうキキエルに、「ママヌエルが人間の子どもに捕まっちゃった!」と、小声で伝えました。
紗矢と真琴は、ママからの「変な生き物持ち込んじゃだめよ!」という言葉に、「うん!」とだけ返して、階段を二階へ駆けあがって行きました。
ママは、「もう~。小動物も大事だけど、私の事もいたわってほしいわ。」と、大きなエコバッグを両手に提げて、ぶつくさ言いながら家に入って来ました。
ゆいたんとるきあは、ママの足にすりすりしながら、特別可愛い声でにゃあ、にゃあ~と鳴きました。
「はいはい。チルルーでしょ、買ってきたよ~。」
チルルーとは、日本で猫に大人気のウェットフードで、カナダでも売られています。
もちろん、ゆいたんとるきあも大好物で、買ってきてくれたと聞いて大喜びです。
ママにピッタリくっついて、一緒にリビングに入って行きました。
ナナエルはキキエルの手を握って、「二階に行くよ。」と言いました。キキエルは、不安そうな顔で、「うんっ。」と言って、ナナエルのあとに続いて、再び廊下に上がりました。そして、階段の方へ一目散に走って行きました。
すると、二階から、今度はドタドタと人が下りてくる音が聞こえたので、二人は大あわてで、階段の横の廊下に逃げ込みました。
階段を下りてきた紗矢と真琴は、リビングに入って、戸棚から救急箱を取り出して、持って行こうとしました。
椅子に座って、ひざに伸びあがるゆいたんとるきあにチルルーを食べさせていたママは、「こら、荷物運びちょっとは手伝ってよ~。」と不満を言いました。
「ごめん!けがしてないか心配だったから。」二人が謝ると、ママは「ハッシュめ、今度は何をつかまえたの?」と気を取り直して聞きました。
「こ、小鳥。」紗矢がどもりながら答えると、小鳥好きなママは、「見せて見せて!」と嬉しそうに言いました。
「けがを調べた後でね。」
紗矢は早口に言うと、真琴に「先に部屋に行ってて。水とタオル用意して行くから。」と伝えて、自分はリビングの向かいにある洗面所の方へ行きました。
真琴は渡された救急箱を嬉しそうに抱えて、一人で二階に上がって行きました。
子ども部屋に戻ると、真琴はすぐに、シュークリームの空き箱の中のママヌエルとチュッチュを確かめました。
ふたりはなぜか、ひまわりの種を一粒ずつ持って、こちらを見上げていました。
「あれ、いつの間に?」
真琴は、ハムスターのケージを見て、空き箱を見下ろせるロフトに、メイがちょこんと立っているのに気が付くと、「へえ!メイちゃんがあげたの?」と感心しました。
そこで、真琴はケージの扉を開けて、メイを手のひらに乗せると、ママヌエルたちがいる空き箱の中に、そっと入れてやりました。
「ほら。近くに行けたよ。やったね~。」
メイは、ママヌエルやチュッチュとしきりにハグして、嬉しそうでしたが、シュークリームの空き箱の中では、さすがにみんな近すぎて窮屈なようでした。
そこで、真琴は空き箱ごと下におろして、みんなをカーペットの上に出してやりました。
ケージの中の花さんが、それを見て、明らかに挙動不審になって、「ピキュキュキュキュ!」と鳴きながら、ひまわりの種をしきりにがりがりしはじめました。
「花さんも『一緒に遊びたい~!』って言ってるのかな。」
花さんは、本当は紗矢がお世話を担当しているのですが、遊ばせる時は、真琴も触っていいという事になっていたので、すぐにケージから出してあげて、カーペットの上の小動物たちと、合流させてあげました。
花さんは、とうとつにお客さんのそばに置かれて、ちょっとぼう然としてしまいました。
チュッチュは、人間の子どもが、悪気はなくても、自分本位な考えで、小さな生き物をあつかう事に、あらためて驚かされました。
そして、「うさたんは大丈夫かなぁ。」と、手助けしてくれた仲間の事が気にかかると、「私、外にもう一度出られるかなぁ。」と、これからの自分の事も、心配になって来ました。
その、うさたんですが、彼はハッシュとのひと騒動が、人間の帰宅で幕となった後、佐藤家の庭を抜け出して、通りから家の様子をこっそりうかがっていました。
そこで、ママヌエルたちが人間につかまって家の中に連れ込まれたのを見届けると、
「ふぅ、どうやらうまくいったようだな。まったくハッシュのやつったら、いつも弱いものいじめばっかりしてるんだから。こんどあったらぎったんぎったんにしてやるんだからな。」と大見えを切って、山のねぐらに帰るために、元来た道を、ヒョコヒョコと歩きはじめました。
でも、考えてみると、天使は人間に見られてはいけないというルールがあったようですし、あんなにハッシュに追い立てられて、二人がひどいけがをしていないとも限りません。
侵入計画を立案した身としては、二人の無事くらいは確認しておかないと、寝覚めが悪そうです。
そこで、うさたんは行きつけの林にひとっ走りして、ハッシュとのけんかでけがをした時に自分がよく使う、愛用の薬草を何枚か摘むと、すぐに佐藤家に駆け戻って来ました。
ハッシュが大捕物に満足して、犬小屋の中で長くなって寝入っているのを確認した後で、うさたんは佐藤家の裏手に回り、家の壁の雨どいのパイプをつたって、屋根に登りました。
ひとりなら、このくらいの芸当は、お手の物です。
屋根伝いに四つの窓を一つずつのぞいて行くと、その一つは、勉強机の二つある子ども部屋でした。
壁際のテーブルには、ハムスターの飼われた二つのケージが置かれていて、その横の空き箱には、ママヌエルとチュッチュが入れられているのが、ちょうどよく見えました。
うさたんは、窓をコンコンとノックして、「おう、いるかい?」と声をかけました。
そして、ママヌエルたちが気が付いて、こちらに顔を向けると、ひらひらと薬草を見せながら、「これ、薬草ね。ここにおいとくから、人間がかえってきたらまどを開けてもらうんだよ。」と伝えました。
ママヌエルたちは、分かったというように、さかんにうなずいて手と羽を振りました。
これでボスの務めは果たしたな、と、うささたんは思いました。
すると、そこへ救急箱を持った真琴が部屋に戻って来たので、うさたんはいったん頭を引っ込めて、屋根の陰に身を潜めました。