第3話 「ハッシュのハッスルで危機一髪!」
うさたんは、オコーナーさん家の庭の、チェリーの木のそばを通りかかった時に、上の方から、話し声が聞こえたので、立ち止まって、誰かいるのかと見上げました。
目を凝らすと、家雀のチュッチュが枝にとまって、横に置いた小さな人形に、何やら話しかけています。チュッチュが生まれつき羽が小さく、他の家雀たちのように上手くは飛べない事を知っていたうさたんは、仲間から置いてきぼりにされたチュッチュが、とうとう拾った人形を話し相手にして、気を紛らわせるようになったのかと思って、ちょっとかわいそうになりました。
でも、すぐに、
「いや、あれは人形なんかじゃないぞ。」と気が付きました。
そうです。人形が、身振り手振りを交えながら、熱心にチュッチュに返事をしたりなんか、しませんからね。
「やあ きみたち どうしたの? なにかこまっているのかい?」
うさたんは、その珍しい生き物の事がもっと知りたくなって、声をかけました。
「あ、うさたん。あのね……」
チュッチュは、これまでにママヌエルから聴いた、煙突に落ちた天使たちの事や、天使はなるべく人間に見られてはいけない、という決まりごとの事などを、うさたんにも話して聞かせました。
そして、
「ママヌエルが、佐藤さん家に行って仲間を助けたい、と言うから、私がハッシュに事情を話して、襲わないように頼んでみようとしていたところなの。」と言いました。
「げげ、ハッシュかぁ……。」うさたんはあからさまに嫌そうな顔をしました。
それもそのはず。うさたんにとってハッシュは、佐藤さんがあの家に引っ越してきた二年前から、ここらのなわばりをめぐって争う、ライバルだったからです。
「あいつは話して分かる相手じゃないからなぁ……。」
さっきまでふたりの助けになってやろうと考えていたうさたんですが、ハッシュと関わるとなると、急に億劫になって来ました。
「ともかくお願いしてみる。」チュッチュは、そう言い置いて、ポロンと飛び立つと、ふらふらよろめきながら、佐藤家の屋根の上まで滑空しました。そして、屋根の低い所から、おっかなびっくり、
「ハッシュ。ハッシュ。」と、寝ているハッシュに声を掛けました。
ハッシュは、すぐにピクンと耳を動かして、チュッチュの方を見て、「やあ!君かい?僕を呼んだのは?」と聞きました。
「そうよ。今日は相談事があって来たの。」
チュッチュは、ハッシュを刺激しないように、穏やかに言いました。
「あのね。困っている天使がいるの。仲間があなたのお家の煙突の中に落っこちちゃったんですって。ママヌエルという小さな天使なんだけれど、お庭に来ても襲わないで、仲間を探させてあげてほしいの。」
ハッシュは、それを聴くや否や、飛び起きて、尻尾をピッピと振りながら、
「いいぞ!ちょうど退屈してたんだ!どっからでもかかってこい!」と叫びました。
「天使はあなたに何もしやしないわ。悪さもしない。ただ、仲間を探すために、庭を通してあげてほしいだけなの。」
「だめだめ!ここを通りたかったら、僕とプロレスごっこをする事!君が相手でもいいぞ!さあ、降りてこい!」
ハッシュが興奮してピョンピョン飛び跳ね始めたので、怖くなったチュッチュは、よろよろ飛んで、チェリーの木に舞い戻って来ました。
すると、ママヌエルはもう木の下に降りていて、うさたんと並んで立って、手招きしていました。
「ね。ダメだったろう。」垣根の向こうの佐藤家を見やるようにして、うさたんが言いました。
「うん。どうしよう。」チュッチュは芝生に降り立つと、心細そうなママヌエルと顔を見合わせました。
しばし腕組みをして考えていたうさたんが、「危ない橋を渡ってでも佐藤家に近づきたいなら、手がない事もない。」、と切り出しました。
「どんな手なの?」
「まず、俺がおとりになって、ハッシュを遠くに引き付けておく。その間に、君は庭を突っ切って、家の壁に取り付けられた雨どいのパイプにたどり着き、そこにもぐり込んで、屋根に登る。そして、煙突から家の中の仲間に呼びかける!って寸法さ。」
「すっごい!名案だよ!」
「さすがうさたん!」
二人から褒められて、うさたんはまんざらでもない顔をしました。
「じゃあ行くぞ、俺が飛び出したら、全力で走るんだぞ。」
「うん!分かった!」
うさたんが、佐藤家をぐるりと囲む生垣の向こう側へ、背をかがめながら歩道を通って回り込むと、ママヌエルは、こちら側の垣根のそばでスタンバイしました。
「二人とも、頑張って~!」チュッチュもはらはらしながら、小声で応援しました。
バサッ!
まずは、うさたんが、向こう側の生垣から佐藤家の庭に飛び出しました。
「やい!ハッシュ!今日こそここらのボスは誰だか、はっきりさせてやろうか!」
ハッシュはさっきのチュッチュとのやり取りで、侵入者を待ち構えていたので、「ようし!うさたん!かかってこい!」と答えるやいなや、全速力でうさたんに突進して行きました。
そこで、ママヌエルは「今だ!」、とばかりに、垣根の外から一気に佐藤家の庭へ駆け出しました。
うさたんは、ハッシュがあんまり勢いよく迫って来たものですから、とりあえずマーガレットの花が咲くプランターの後ろに回り込んで、「まあちょっと待て!準備運動からだ!」と、なだめにかかりました。
ハッシュは聞く耳を持たずに、「準備はできてる!いざ取っ組み合いの大げんかだ!」と、左右に反復横跳びしながらプランターを飛び越えようとしました。ところが、そこでふと、まだ庭の半分くらいの場所をせっせと走っているママヌエルの姿が目にとまりました。
さあ大変です。
小さい生き物ほど大好きなハッシュは、「新しい侵入者だあ!」と雄たけびを上げると、きびすを返して、ママヌエルに目標を変えて走り出したのです!
一方その頃、佐藤家のリビングでは、外でそんな大騒ぎが起きているとはつゆ知らず、三毛猫又のるきあがぴょんっと飛び起きて、はーいと前脚を上げると、ゆいたん、ナナエル、キキエルを見回して、「ゆいたんにこの部屋のドアをあけてもらって、とりあえず、廊下にでてみない?」と提案しているところでした。
天使がもう一人いると知って、ゆいたんは『どんな子だろう、きっとこの子たちみたいに白い羽が生えていて、ちっちゃくてかわいいんだろうなぁ。会ってみたいな。』と考えていました。でも、ナナエルたちと今はあそべない、という事が分かって、ガッカリもしていたので、うつむいてしょんぼりしていたら、しだいにお腹が空いてきました。『そういえば、おやつまだだったな。ママたち、遅いな~。』ゆいたんは、今度はなにか食べたくなってきました。というわけで、ゆいたんはドアを開けてほしいというるきあの提案も、ちょっぴり上の空で聞いていました。
すると、外でハッシュが何か盛んにわめいている声が聞こえてきたので、ゆいたんは「あ、ママたちが帰って来たのかも!」と言いました。
切らしていたゆいたんの大好きなおやつを、買って来てくれたかもしれません。
でも、庭ではそれどころではありませんでした。
うさたんが必死にハッシュを追いかけますが、大口を開けたハッシュはすでにママヌエルのすぐそばまで迫って来ていました。
もう駄目だ!
うさたんは目をつぶりかけましたが、その時、何かがパッと空を横切って、ハッシュの鼻先をかすめて通り過ぎ、佐藤家の壁にぶつかって落ちました。それは、ママヌエルを助けるために無我夢中で飛び出したチュッチュでした。
ハッシュの気が、一瞬そちらにそれました。そのすきに、うさたんはハッシュに追いついて、背中を抱えてタックルすると、二匹そろってもんどりうちながら芝生の上を転がって行きました。
ママヌエルは、ようやく佐藤家にたどり着くと、壁際でもうろうとしているチュッチュをいたわりながら、雨どいのパイプの中に逃げ込みました。
ハッシュがすぐに起き上がって、すがりつこうとするうさたんを振り払って雨どいに駆け寄ると、パイプの中に鼻を突っ込んで、「おーい!出てこい!勝負だ!」とほえたてました。
そこへ、通りの角からエンジン音が聞こえて来て、ママたちの車が帰って来ました。
後部座席に乗った姉妹のうち、姉の紗矢がすぐにハッシュの異変に気が付きました。
「ママ!ハッシュがまた小動物を追い回してるみたいよ!」
「あらあら!早く行って止めてちょうだい!」
紗矢が車を降りて駆け出すと、妹の真琴も、「お姉ちゃん待って~!」と言いながら追いかけました。
雨どいに駆け寄る途中で、紗矢は時々ハッシュにちょっかいを出しに来る白兎が、あわてて植え込みの中に逃げ込むうしろ姿を、ちらっと目にしました。
「ハッシュ!待て!」
紗矢が命じると、ハッシュは「クゥ~ン……。」と言い訳するように鳴いて、パイプの方を鼻先で示すと、ヘッヘと笑って、少し後ろに下がりました。
「真琴、ハッシュを押さえてて。」
紗矢に言われて、真琴はハッシュを抱きながら、「またリス?」と聞きました。
芝生に伏せて、パイプの中をのぞき込んだ紗矢は、中から何かが転がり出て来たので、「きゃ!」と悲鳴をあげてのけぞりました。でも、すぐにそれが、家雀と、小さな天使の人形だと分かって、胸をなでおろしました。
しかし、そのほこりまみれの天使の人形は、寝返りを打つと、顔をごしごしして、気まずそうに紗矢を見つめ返してきたのです!
「お姉ちゃん!それ生きてるっっ!!」真琴が叫ぶと同時に、紗矢は家雀とその小さな天使を両手で隠すように包んで立ち上がり、ひそひそ声で、「真琴!家の鍵開けて!」と言いました。
真琴は紗矢のスカートのポケットから鍵を取って、玄関に走って行き、ドアを開けました。
買い出しの品が詰まったエコバッグを車から降ろしていたママが、急いで家の中に入る紗矢と真琴を見て、「変な生き物持ち込んじゃだめよ!」と声をかけましたが、二人は、「うん!」と言っただけで家に上がり、そのまま階段をかけ上がって行きました。
子ども部屋に入って、ドアを閉めた二人は、あらためてカーペットの床に座ると、紗矢が手のひらで包んでいた家雀と小さな天使を、そっと床に下ろしました。
丸まってぶるぶる小刻みに震えている家雀を、天使が守るように優しく抱きかかえていました。
「これ、妖精?」真琴が聞きました。
「天使、だと思う。美術の授業で絵を見たことがある。」
「どうするの?飼うの?」
「怪我してなければ、元居たところに返してあげる。」
「元居たところって?」
「分からない。調べてみる。」
「言葉しゃべれるのかな。天使さん。しゃべれるかい?」
天使は何か言ったようですが、モニョモニョモニョッという感じで、よく聞き取れませんでした。
「言葉が通じないんだね。」
「うん。カナダに来た頃の私たちと同じ。」
「そうだね~。」
「真琴。」
「なに?」
「このこと、パパには絶対に話しちゃダメだからね。ママにも。」
「何で?」
「パパにばれたら、どうなると思う?」
「驚くと思う。」
紗矢は、ガクッと大げさに首を下げると、苦笑いを浮かべながら顔を上げて、
「パパは、新聞社の特派員でしょ。すぐに、天使の記事や写真を日本に送るよ。そしたら、世界中で大ニュースになって、この家に大勢の人が押しかけて来る。テレビ局とか政府の人とか、大学教授とか、宗教の人とか、ファンタジーマニアとか、科学者とか、密猟者だって来るかもしれない。天使だって、なんだかんだもっともらしい理由を付けて連れて行かれて、どうされるか分からないよ。」
そして、壁にかけてある、黄緑色の羽毛の、丸々したオウムの写真を指差して、「カカポみたいに、守れる人が守ってあげなくちゃ。」と言いました。
カカポは、ニュージーランドで保護されている、貴重な飛べない鳥です。
紗矢はおとなしくて可愛いカカポの事を、日本にいた頃に知って以来、ずっと大好きなのです。
人間がニュージーランドに持ち込んだ動物に襲われたりして、カカポが絶滅しかけている、という話を、紗矢から聴いていた真琴は、「分かった。」と、使命感に目覚めた顔でうなずきました。
ところで、この部屋には、姉妹の他にも、同居者がいました。
ほら、壁際のテーブルの上の、二つのケージの中にいます。どちらも、アクリル板に前脚をついて立ち上がって、姉妹の肩越しに、家雀と天使の姿を見ようと、頑張っていますね。
ご紹介しましょう。
二匹の名前は、ハムスターの花さんと、ジャンガリアンハムスターのメイといいます。
花さんは小心者だけど普段はほわんとしている女の子、メイは五月のある晴れた日に佐藤家にやって来た、男の子です。
どちらも、ひまわりの種が大好物です。
紗矢がけんかを心配して、念のためにケージを分けて飼ってはいますが、二匹は大の仲良しで、よくケージ越しに向き合って世間話を楽しんでいますし、ケージから出してもらった時も、じゃれ合ったり、ひまわりの種を融通しあったりして気づかい合う、優しい子たちなのです。
そこでさっそく、メイが話しかけました。
「ねえ、花さん。」
「なあに?メイちゃん。」
「いつもは、ハッシュにケガさせられたリスや小鳥が運ばれて来るけど、今日来たあの子は、〝天使〟というんだって。」
「うん。珍しいね。守ってあげなきゃいけないんだって。」
「僕たちにできること、あるかなぁ。」
「そうねぇ……。」
二匹がそんな話をしている間に、紗矢と真琴はチュッチュとママヌエルを、シュークリームの空き箱の中に入れて、メイのケージの横に置くと、体をふく水や傷薬を取りに、二人で一階に降りて行きました。
今回で、六名のプレイヤーさんのキャラクターがすべて出そろいました。
各キャラクターの行動によって、物語がいよいよ大きく動きはじめます。