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第13話 「奇跡の夜」

 栗パーティーで話が弾んだ事もあって、気が付かなかったのですが、時間はすでに、午後の六時を回っていて、シュガー、・マウンテンには、静かに夜のとばりが下りようとしていました。

 登山道もすっかり薄暗くなっていて、特に、樹木が頭上を覆うように茂ったところでは、足元さえよく見えなくなっていました。

 ママは、スマホの明かりを灯して、それを頼りに、紗矢と真琴にオーバージャケットを着せると、転ばないように寄り添いながら、登山道を登って行きました。

「みんなちゃんとついて来てるかな?」

 ママが心配でふり返りましたが、意外と、動物たちは暗さが平気なようで、天使たちのようにリュックに入れてもらったり、チュッチュのように真琴の肩にとまらせてもらう事もなく、トコトコと後ろからついて来ていました。

「平気だよ~。」

 ハムスターたちも、ゆいたんの背中につかまって、運んでもらっています。


「夜行性だったり、薄暗い方が活動しやすい動物が多いんだよ。」

 動物に詳しい紗矢が解説してくれます。


「私は暗いのは駄目なの。作戦を手伝えないかもしれない。ごめんね……。」チュッチュが、申し訳なさそうに言ったので、真琴が、「いいよ。無理はしないで。応援しよ。」となぐさめてくれました。


 山頂に着くと、みんなはサトウカエデの根元に集まって、あらためてこの立派な大木を、感心しながら見上げました。

 スマホのライトでは、低い位置の枝までしか照らし出せないと分かって、ママは、「懐中電灯がいるって気が付いたパパは、やっぱりえらい!」と言いました。


 花さんと一緒にゆいたんの背から降ろしてもらったメイが、サトウカエデに走り寄って、あらためてごつごつした幹の、薄暗い上の方を見上げました。

「まるでお空に突き刺さってるみたいだ!」

 今日はみんなとお出かけして町を見たり、紅葉を楽しんだり、うさたんたちから焼き栗をごちそうになったりと、初めて体験する事が色々あって、素晴らしい一日でしたが、最後にこんな立派な大木にまで登れるのです!

 嬉しくて大興奮するのも、もっともというものです。

「さあ、やるぞ!」メイは大張り切りで言いました。

 花さんは、やはり心配でたまらない様子で、メイのそばに寄り添うと、「ぜったいに無理だけはしないでね。」と、お願いするように声をかけました。


 ゆいたんも、みんなで立てたすごい作戦の実行を前に、尻尾をぱたんぱたんと揺らしていました。なんて楽しそうな、わくわくする計画でしょう。ゆいたんはこういう大冒険が、実は大好きなのです。

 ぐいーっと身体を伸ばして準備は万端!

「さあ、いつでもOKよ!」

と、目を爛々(らんらん)と輝かせています。


 るきあは、いざ大木を目の当たりにすると、ちょっと怖気おじけづきそうになりましたが、「あたしだって、猫又のはしくれだもん!低い枝に登るくらいなら、たぶん大丈夫だもん!」と、自分に言い聞かせて、ちょこんと座り込みました。


 念のために、ツタを両手で引っ張って、強度を確かめていたうさたんが、「まあ、大丈夫だろう。天使たちは軽いようだし。手こずりそうなら、俺も上から引っ張ってやればいいんだからな。」とひとりごとを言うと、見物でついて来ていたラクたんが、「僕も手伝うよ。困った時はお互い様。生き物はみな兄弟、と言うしね。」と、協力を申し出てくれました。

「おう、ありがとな。じゃあ、木の下で、人間たちと一緒に、ツタを引っ張る役をやってくれよ。」

「分かった。それにしても、まさか君や僕のような野生動物が、人間と仲良くする日が来ようとはね。」

「あいつらは話の分かる人間だからさ。誰でもこうはいかないよ。」

「まったくだ。」


 二匹がそんな話をしていると、ママたちのいるあたりで、「あー!」と声が上がったので、みんなはいっせいに「どうした?どうした?」と言いながら集まりました。


 ママと紗矢と真琴が、リュックから出てきた天使たちを、心配そうに見下ろしています。


「背中の翼が……。」チュッチュがつぶやいたので、みんなも天使たちを見てみると、三人の翼が、半透明になって、今にも消えてしまいそうなのです!


「どうしてこうなっちゃったの?」

 紗矢が聞くと、ママヌエルは、「分からない。こんな事、今までなったことないもん。」と、とまどった様子で答えました。

「小さい体で、力を使い過ぎたのかもしれない……。」ナナエルが、キキエルの薄くなった翼をなでながら、言いました。

「翼が消えちゃったら、どうなるの?」キキエルが、不安そうに聞きました。

「天使じゃなくなって、コロポックルというのになっちゃうのかも。」ママヌエルが想像で言ったので、キキエルは「天上には、もう帰れないの?」と、今にも泣きだしそうになりました。


 そこへ、パパが懐中電灯で足元を照らしながら、登山道を駆け足で登って来ました。

「ねえみんな、考えたんだけど、今日、こんな夜に、あわてて危ない作戦を実行して、天使たちを天上に帰さなくても、明日の昼間にでも、もっと高い山に車で連れて行って、そこで落ち着いて、天上に帰る儀式をさせた方が、安全でいいんじゃないかな……。」

 肩で息をしながら、みんなに歩み寄って、そう提案したパパですが、どうもみんなの様子がおかしい事に気が付いて、「どうしたの?」とママに聞きました。

「天使たちの翼が、消えちゃいそうなの。」

 ママが悲しそうに教えたので、パパは懐中電灯で、天使たちを照らして、確かに、背中の翼が霧のように薄くなっているのを見て取りました。

「天使たちにも、理由が分からないんだって。」

「コロポックルになるかもしれないって。」

 紗矢と真琴が、矢継ぎ早に説明します。

「こりゃあ、悠長に明日まで待たない方がよさそうだな。すぐ、作戦に取り掛かろう。」

 パパがうながしたので、みんなはいよいよやる気になって、自分の分担ごとのグループに分かれて集まりました。

 おろおろ歩き回る花さんは、安全のために、真琴がオーバージャケットのポケットに入れてあげて、顔だけ出させて、みんなを見守らせる事にしました。


「その強い明りで木を照らしてくれたら、たぶん飛んで、足場にちょうどいい枝を見つける事ができると思う!」

 チュッチュがパパに頼んだので、パパは「うん、じゃあ、気を付けながら試してみて。」と言って、懐中電灯をサトウカエデにかざしました。

 チュッチュは、真琴の肩からパッと飛び立って、まずは手前の、太い横枝まで上ると、そこにとまって、「最初は、この枝が良いわ!まっすぐで頑丈そうよ。」と教えました。

 そこで、パパは、懐中電灯で照らす役を紗矢と交代して、るきあとメイを抱きあげると、「二匹とも、頼んだぞ。」と言いながら、腕を伸ばして、幹の高い所につかまらせました。

 そして、車から持ってきた毛布をあごで示しながら、「ママと真琴は、毛布を広げて、万が一動物が落ちた時に、受け止める役目を頼む!」と指示しました。

「了解!」

 ママと真琴が毛布を広げて持って、準備が整うと、パパは、「スタート!」と言って、るきあとメイのお尻を、ぐいっと押し上げました。

 るきあは、無我夢中で爪を立てて、幹をよじ登り始めましたが、案外順調に登れる事に気が付いて、「あ、すごい!やっぱりあたし、猫だ!」と言うと、その後は、せっせと少しずつ登るメイに手を貸してやりながら、余裕を持って、一緒に最初の横枝までのぼり切りました。

「メイちゃんこっち!」

「うん!」

 手を取り合って、横枝に移ると、二匹は一安心しましたが、見下ろしてみると、下から見るよりも、けっこうな高さです。


「じゃあ、ツタを投げるよ、落ちないように、気を付けながら受け取って!」パパがツタを持って構えたので、るきあとメイとチュッチュも、「いいよ!」と言って身構えました。

「それっ!」投げ上げられたツタは、るきあの伸ばした手に少し触れましたが、つかみきれずに落ちてしまいました。

「もう一度!」パパがすぐに拾って、二投目を投げましたが、今度は、三匹でつかんだものの、力が足りずに、放してしまって、また落としてしまいました。

「パパ、わたしが登って受け取るよ!」順番が待ちきれないゆいたんが、抱っこを求めてばんざいしました。

「そうしてもらおう。」

 パパがゆいたんを抱き上げようとすると、木の上の方で、「待って!」と言う声が聴こえたので、みんなはそちらを見上げました。

 るきあたちとちょうど同じくらいの高さの細い枝が、がさがさと揺れています。

『蛇じゃないかしら!』

 チュッチュは、小鳥の天敵がにょろりと出て来る姿を想像して、ギクッとしました。

 でも、野生の厳しさをまったく知らないメイは、何だろうと進み出て、声をかけました。

「はじめまして!君は誰?僕はジャンガリアンハムスターのメイだよ!」

 すると、枝がバサッと音を立てて、中から小さな動物が飛び出してきました。それは、縞模様の毛並みの若いリスでした。

「僕はシマリスのマップ。この木のほらに住んでるの。」

 マップは、ハムスターを初めて見るらしく、「リスの仲間のようだけど、しっぽはどこへ行ったの?」と聞きました。

「あるよ!ほら。」メイは、お尻を向けて、ちょこんとついた短いしっぽを見せました。

「ごめん。聞いちゃいけない事もあるよね。」マップは、立派なしっぽを持っていないのは、かわいそうな事だという考え方だったので、素直に謝ると、「さっき、君らがたき火を囲んで話しているのを、近くで聴かせてもらったから、事情は分かってるよ。僕もその、天使を助ける作戦というのを手伝ってあげる。その代わり……、僕にも、〝とげまる〟を分けてほしいんだ。」と言いました。

「とげまるってなに?」

「ほら、君らが美味しい美味しいと言って食べていた、例の焼いた〝とげまる〟だよ。」

「ああ、焼き栗の事?」

「そうそう!僕、生の〝とげまる〟しか食べた事がないからさ、一度でいいから、その甘い甘い焼いた〝とげまる〟を、食べてみたくなったんだ。ねえ、良いだろう?」

「もちろんだよ!ね、うさたん!」

 メイからたずねられて、うさたんは、「いいぜ!まだ残ってたよな?」と、ラクたんに確かめました。

「うっ、僕のお土産用にとっておいたのなら、あるよ。」

 ラクたんはしぶしぶ正直に答えました。

「頼む。ラクたんのはまた別の日に好きなだけ焼きに来ていいから。」

「いたし方ない。名残惜しいが、譲ろう。」

 交渉が成立して、シマリスのマップにも、手伝ってもらえる事になりました。


 あらためてパパが投げ上げたツタは、四匹が力を合わせる事で、落とさずに受け取る事ができました。


 今度は、ゆいたんが登る番です。

 先に、チュッチュが飛び立って、枝葉の奥の太い横枝にとまって、「ここなら、しっかりしていて、良さそうよ!」と教えてくれたので、パパは抱っこしたゆいたんに、「頼んだよ!慎重にね!」と言いながら幹につかまらせました。

 後脚を押して、送り出してやると、さすが、木登りに自信のあったゆいたんです。リズミカルに、ハシッ、ハシッ、と爪で幹を抱きかかえるようにしながら、ぐんぐん登って行って、早くもるきあたちのいる最初の枝にたどり着くと、そこを素通りして、さらに上の方へ登って行こうとしました。

「ゆいたんストーップ!ツタを受け取るんだよ!」みんなから呼び止められて、ゆいたんは、危なっかしくズリズリ下りて来ると、横枝に飛び移って、「登るのが楽しくて、忘れちゃってた~。」と言いました。

 初めて間近で大きな猫を見たマップは、怖くなって、「ひゃあぁ!食べられるぅ!」と叫びながらツタを投げ出して、横枝の先まで逃げてしまいました。危うくツタがすべり落ちそうになったので、るきあとメイが、「あぅ!」と必死で前脚で押さえ直したので、ゆいたんが急いで咥えて、なんとか事なきを得ました。


 安堵あんどのため息をもらしたメイとるきあが、

「がんばってね!」「気を付けてね!」

と、あらためてゆいたんを励まします。

 ゆいたんは、しゃべれないので「フム!」とうなずくと、再び幹を登り始めました。

 やはり、ツタを咥えながらの木登りは、先ほどよりもだんぜん難しいようです。

 フーフー息をついて、途中途中で休憩をはさみながら、ツタをしっかりくわえて、一生けん命によじ登って行きます。

 やがて、チュッチュが「あと少しよ!」と声をかける横枝までたどり着くと、ゆいたんは、腹ばいに横枝に抱きついて、「ニュー!」と、喜びの声を上げました。


 逃げていたマップが戻って来て、るきあとメイが持つツタを恥ずかしそうに持ちながら、「ごめんね。焼いた〝とげまる〟、もう、もらえないよね?」と聞きました。

「大丈夫!まだ、もらえると思うよ!小さな動物が、大きな動物を怖がるのは、仕方のない事だもん。でも、ゆいたんは優しいから、マップちゃんを食べたりはしないよ!」るきあが、気にしないでというように言います。

「今度逃げる時は、『逃げる!』って言ってから逃げてね!」メイが頼んだので、マップはその時のために、「逃げる!逃げる!」と、口の中で練習しはじめました。


 さあ、いよいよ、うさたんが登る番です。

 その前に、チュッチュがもっと高い枝を調べに行こうとしましたが、懐中電灯の明かりが届くのは、今チュッチュたちがいる枝くらいまでだったので、「ごめんなさい!これ以上は暗くて飛べないわ!」と、下にいる者たちに伝えました。

「いいさ!自分で探すから大丈夫!チュッチュはもう下りて来いよ!」うさたんが声をかけたので、チュッチュはふらふらと降りて来て、ママと真琴が広げた毛布の中に落ちました。

「十分役に立ったよ。ありがとな!」うさたんからねぎらわれて、チュッチュは「うん。気を付けてね。」と、疲れと充実感がにじんだ声で答えました。


 パパが、

「今ゆいたんのいる枝の高さで、君たちをもとの姿に戻せないかな。それが可能なら、無理しててっぺん近くまで登る必要がなくなるからね。」と、天使たちにたずねました。


 天使たちは、どうだろうと、お互いを見つめ合っていましたが、やがてナナエルが、「たぶん、あの高さでは、足りないと思う。私たちの力も、かなり落ちて来ているから、もっと高くに登らないと、天上からの力を、十分には受け取れないと思う。」と答えました。


「僕が、良い枝を探して、教えてあげるよ!」マップが、名誉挽回とばかりに、はりきって申し出ました。


「大丈夫?また途中で逃げ出さない?」るきあが、心配してたずねると、マップは、「うさたんは、この山に住む仲間だし、草食動物だから、怖くないよ。任せて!」と自信満々で答えて、さっそく幹を駆け登って行くと、ゆいたんのいる横枝も目をつぶって駆け抜けて、茂った枝葉の向こうの暗闇に、あっという間に消えてしまいました。

 間もなく、「この枝が、猫の真上で具合良いよ!」という声が聴こえたので、うさたんは「よーし!行くぞお!」と応えて、幹につかまりました。


 パパが、「抱え上げてあげよう。」と手を差し伸べましたが、うさたんは、「ありがたいが、俺は自分の力で登るよ。それが自然界に生きる者の定めってもんだからな。」と言って、登り始めました。


 るきあとメイが、目をキラキラさせながら、「カッコいいー!」と、黄色い歓声をあげました。


 やはり、普段からボスとして体をきたえて、ハッシュとも互角にやり合うほどの腕力があるうさたんです。

 とてもうさぎとは思えない身のこなしで、ぐんぐん幹をよじ登って行きます。

 途中の横枝で休憩をはさむこともなく、一気にゆいたんの待つ横枝まで、のぼり切ってしまいました。

「ゆいたんよ、よく頑張ったなぁ。家猫らしからぬ度胸にも、感心したぜ。」

 ずっしり重いツタを受け取って、体に巻きながら、うさたんはゆいたんをねぎらいました。

「うん。家にはこんなに高い木がないから、すごく面白かった!リュックにつかまって降りるのも、すごく楽しみ!」

 ゆいたんは、疲れてはいますが、あっけらかんとしています。きっと、この冒険を心から楽しんでいるのでしょう。

 うさたんも、小難しい事は考えずに、この挑戦を、楽しむ事にしました。


 長くて重いツタを腰からたらして木を登るのは、さすがのうさたんでも大変でしたが、途中途中で、動物たちがツタを持ってくれていますし、上からはマップが、「あと少しだよ!がんばれ!」と声をかけてくれたので、底力がわいて来て、へとへとになりながらも、とうとう、目的の枝まで、登り切る事ができました。

「さすがシュガー・マウンテンのボス!頼りになるぅ!」マップが、横枝にうつぶせになって休息するうさたんの頭を、わしゃわしゃとなでました。

「思ったよりきつかった!でも、これだけ鍛えれば、ハッシュにも勝てそうだぜ!」うさたんは、自分の成し遂げた仕事に、満足そうでした。


「おおい!たどり着いたぞぅ!今から、引っ張る側のツタを垂らすからな!」

 こずえ近くの暗がりの中から、うさたんの声がして、間もなく、引き上げたのとは反対側のツタが、するするとたれ下がってきました。


「よくやった!じゃあ、今からリュックを結んで、天使たちを上に上げるからね!」

 パパがそう答えて、紗矢のリュックを、片方のツタに結び付けました。


 天使たちが、リュックに入って、顔だけ出して、「準備、OK!」と言いました。


 紗矢とパパとラクたんが、反対側のツタを引っぱって、リュックを引き上げて行きます。


「ゆっくり、ゆっくり!」「慎重に!」ママと真琴が、ハラハラしながら声をかけます。


「天使ちゃんたち!また会える?また会いたいよ!」真琴の肩にとまったチュッチュが、遠ざかる天使たちに、涙声でたずねます。

 だって天使たちは、チュッチュに佐藤家みんなと友達になるきっかけを与えてくれて、仲間のためにがんばる勇気を与えてくれて、自分たちの事や、素敵な天上世界の様子をたくさん教えてくれて、友達にまでなってくれた、とても大切な存在なのです。お礼を言っても言っても足りません。


「うん!また会えるよ!チュッチュちゃんや、みんなの事、大好きだもん!」ママヌエルが答えます。


「お願い!上手くいって!」チュッチュは、心の底から、天使たちが天上界に帰ることができますようにと、お祈りをはじめました。

 花さんも、真琴のポケットの中で、「天使ちゃんたちが元に戻れますように!」と、強く強く願いました。

 ママと真琴、それに、パパと紗矢とラクたんも、それぞれの役目を務めながら、心の中で何度も「成功して!」と祈りました。

 みんなの期待と祈りの気持ちを受けながら、天使たちの乗ったリュックは、さらに高みへ上って行きます。


 横枝から見守るるきあとメイが、そばを通り過ぎる天使たちに、

「天使ちゃん、気を付けてね!」

「きっとうまくいくよ!」

と、声をかけます。

「ふたりとも、色々ありがとう!」

「がんばって来るね!」

「ふたりの木登り、かっこ良かったよ!」

 天使たちが元気よく答えます。


「来た来た。天使ちゃ~ん!」

 サトウカエデの半分くらいの高さにある横枝では、ゆいたんが手を振って、待っていました。

「ゆいたん、がんばってくれて、ありがとう!」

「お昼寝、気持ち良かったよ!」

「落っこちないように、気を付けてね!」

 天使たちが口々に、声をかけると、ゆいたんは、「私も、みんなのおかげで、面白い事たくさんできて、楽しいよ~!上手く行ったら、またお昼寝や、かくれんぼをして、遊ぼうね!」と言って、通り過ぎるリュックを、前脚でポンポンと叩きました。


 天使たちは、次第に、懐中電灯の明かりが届かない、薄暗い枝葉を通り抜けて、さらに上へ上へと、登って行きました。


 けれど、そこで、運悪く、枝が二股に分かれている場所があって、リュックはそこにはさまって、動かなくなってしまいました。


「強めに引いてみるかい?」ツタを引き上げるのを手伝っていたうさたんが、大声で下にいるパパにたずねました。

「いや、無理はしない方が良い。下りて行って、外せないか見てくれないか?」

 うさたんは、すぐにするすると幹を下って、引っかかったリュックのところまで来ました。

 夜目の利くうさたんには、暗がりの中で、天使たちが不安そうに身を寄せ合っているのが分かりました。

「ちょっと揺らすぞ。つかまってろよ。」

「あ、うさたんだ!」「うん!」「お願い!」

 左右に揺さぶると、リュックはすぐに二股から外れました。

 そこで、うさたんはまた高い横枝まで戻って行って、「いいぞ!引っぱってくれ!」と、下のパパたちに頼みました。

 リュックはまた徐々に引き上げられて、やがて、うさたんのいる横枝まで到着しました。

 待ち構えていたマップがすぐに駆け寄って、「足元に気を付けてね!」と言いながら、天使たちの手を引いて、横枝に移動させてやりました。

「ああ、怖かった!」

「でも、面白かったね!」

「うさたん、マップ、ありがとう!」

 天使たちは、寒さとスリルで、ぶるぶる震えながら、横一列に並んで、手を握り合いました。

「いいってことよ。さあ、天上に頼んでみな。」

 うさたんにうながされて、ママヌエルは、頭上の暗がりを見上げました。そして、

「ああ、ここなら、天上の力を、いっぱい受け取れそうだぞ。」と言うと、目をつむって、またあの、透き通った不思議な声で、遠くまで響く天使の歌を、三人声をそろえて、歌い始めました。


 するとすぐに、三人の体が、桃色、青、黄色、の光に包まれて、かがやき出しました。


 それは、前の時よりも、強い光だったので、まぶしそうに目を細めたうさたんやマップ、それに周りを取り巻く枝葉まで、くっきりと照らし出されたほどでした。


 ところが、いくら歌い続けても、それ以上の変化はなく、それどころか、一生けん命歌えば歌うほど、徐々に光は弱まって行くようでした。

 ナナエルが苦しそうに、「ああ!あと、ほんの少し、力が足りない!」と、天をあおいで叫びました。

 三人の背中の翼は、もうほとんど見えないくらいに、薄くなってしまっていたのです!


 下から見上げていたみんなも、こずえ近くで輝いていた美しい光が、だんだん弱まって行くのを見て、「そんな!」「がんばって!」「お願い!」と、悲鳴のような声をあげました。


「もうだめなんだ!天使じゃなくなっちゃうんだよぅ!」キキエルが、あきらめて泣きべそをかきました。


「もう一度雲のクリームが食べたいよう!」ママヌエルも、今にももらい泣きしそうです。


 その悲しい声を聞いて、るきあがたまらなくなって、メイと一緒に木の幹にすがり付きながら、「お願い!力をあげて!」「天使ちゃんたちを助けて!!」と叫びました。


 バアアアッ!


 突然、稲妻のような銀色の光が、サトウカエデの木の根元からほとばしり出て、一気にこずえまで駆け登りました。


 地上にいたみんなは、あまりのまぶしさと衝撃で、のけぞりながら地面にしゃがみ込みました。


 銀色の光は、天使たちにぶつかると、バアン!とはじけて、七色の光の粉を空一面にまき散らしました。

 それは誰もが今まで見た事がないくらい、美しくて色鮮やかな、夜空から降り注ぐ大輪の花火でした。


 音と光に驚いて、ゆいたんが「フーッ!」と叫ぶと、横枝から飛び降りてしまいました。それを見て、紗矢も「きゃあっ!」と悲鳴を上げました。

 でも、ゆいたんは、下でママと真琴がかまえた毛布の上に落ちる事はなく、空中に浮かんだまま、ふわふわとゆっくり下りて来るのでした。


 いったい、何が起きたのでしょう?


 その答えは、すぐに分かりました。


 上空から、人間の子どもくらいの大きさに戻ったナナエルが飛んで来て、ゆいたんを抱きかかえると、一緒に地上に舞い降りて来たのです。


「私、元に戻れたわ!」


 続いて、やっぱり元の大きさに戻れたママヌエルが、うさたんとマップと紗矢のリュックを抱えて、地上に舞い降りて来ると、「だめだと思ったけど、なぜだか成功したんだ!!」と言って、嬉しそうに跳ねまわりました。


 大きくなったキキエルも飛んできて、ばんざいしたるきあとメイを抱きかかえると、地上に下ろしてあげてから、「見て、すっかり元通りよ!」と、背中の美しい翼を、みんなに広げて見せました。


 七色の光の粒は、まだ空からゆっくり、粉雪のようにあたりに降り注いでいます。


 みんなはようやく、驚きが喜びに変わって、その光のシャワーの中で、お互いに駆け寄って、肩を抱き合って祝い合ったり、落ち葉の中を「やったー!」と転げ回ったり、そこらを駆けまわったりして、大はしゃぎしました。


「儀式が失敗して、花火になって消えちゃったのかと思ったよ~!」紗矢が半泣きで、ナナエルを抱きしめながら言いました。


「私も、元に戻る時に、こんな素敵な事が起きるなんて、知らなかったの!」


「でも、どうして力が足りなかったのに、元に戻る事ができたんだろう?」

 ママヌエルが、どうもおかしいというように、首をかしげています。

「それはね、きっと、みんなのお祈りが通じたのと、るきあちゃんの神通力のおかげよ!」チュッチュが、るきあの横に舞い降りて来て言いました。

「え?あたし?」るきあは、自覚がないようで、きょとんとしています。

「そういえば、るきあちゃんが叫んだ時に、稲光がバアー!って地面から出て来たよね。」真琴が思い出してうなずきます。

「そう!わたしも見たよ!るきあちゃん!」ゆいたんも同意します。

「すごいなぁ!」メイがあこがれの目で見つめると、その隣に寄りそった花さんも、メイと腕を組んで、「ありがとう!るきあちゃん!」とお礼を言いました。

「えっ、えっ、違うんじゃないかな……。ねえ、ママ?」るきあは、とまどってママに助けを求めます。

「いやぁ、これは確率高いよ。るきあちゃん。いずれ大物になるっていう伏線かもしれないよ。」

 自覚のない事で褒めちぎられて、るきあは恥ずかしさに前脚で顔をおおいながら、「分かんないよう~。」とつぶやきました。


 降り注いでいた光の粉が、明るさを弱めて、やがてちらちら見える程度になって来ました。

 すると、サトウカエデの真上の、高い高い夜空に、お月様くらいの金色の穴が開いて、そこからみんなの方へ、スポットライトのような黄金色の光のすじが、まっすぐにさし込みはじめました。


「帰っておいでって、呼んでいるんだね。」紗矢が、別れの時が来たことをさとって、こみ上げるさびしさを感じながら言いました。


「うん。僕たち、行かなくちゃ。」

 ママヌエルが、リュックを紗矢に返しながら、残念そうに言いました。


「本当にありがとう。みんなの親切や、楽しかった冒険の事、天上で仲間たちにも話してあげるね。」

 ナナエルが、ふわふわ浮き上がると、言葉に詰まって見上げるみんなを、なごり惜しそうに見渡しました。


『帰っちゃうんだ。』

 花さんが、悲しくて、メイの腕をきゅっと握りました。天使たちと出会ってから、ずいぶん恐い思いもしたし、新しい体験ばかりで、ドキドキしっぱなしでしたが、以前のように逃げたり隠れたりばかりしないで、こんなに頑張れる自分になれたのは、いつも明るく一生けんめいだった、天使たちのおかげなのです。

 何も言わずにお別れしたら、きっと後悔するでしょう。花さんはメイと一緒に一歩あゆみ出すと、勇気を出して、

「また、あそびにきてね!」と、天使たちに伝えました。


「きっと来るわ。それまで待っていてね!」キキエルが、ハムスターたちの前にしゃがんで、小指で約束の握手をしました。


「大天使様から、下界に降りちゃだめって言われたら、また、あの不思議な小瓶を開ければいいね。」と、ママヌエルが言ったので、うさたんが、「できれば、別の方法を探した方が良いんじゃないか。他になければ、仕方ないが。」と言いました。


 それで、みんなは、これまでのてんやわんやの大冒険を思い出して、おかしくなって笑い出してしまいました。


「さあ、また帰れなくなったら困るから、もう行った方が良いよ。」パパからうながされて、天使たちは、「うん。」と答えると、手をつないで、ゆっくりと空に舞い上がりはじめました。


「本当に、また来てね!」ママに抱っこしてもらったるきあが、ママと一緒に手を振りながら叫びました。

「きっと来るよ~!」キキエルが答えます。

「ばいば~い!かわいい天使ちゃんたち~!助けてくれて、ありがとう~!」パパに抱っこされたゆいたんも、パパと一緒に手を振ります。

「ばいばーい!かわいいゆいたんと、かっこいいパパー!」ナナエルがさかんに手を振り返します。

「ずっとずっと、待ってるわ~!」チュッチュが、真琴の肩の上でピョンピョン飛び跳ねながら叫びます。

「ありがとうー!約束だよー!」ママヌエルの元気な声が、もう遠く遠くに離れながら、かすかに聞こえてきました。


「さようならー!楽しかったー!」紗矢と真琴、それに、二人に抱きあげられたメイと花さんが、声を振り絞って、最後のお別れを言いました。


「あーりーがーとーうー!うーさーたーんー、ラークーたーんー、マーッープーもー、さーよーうーなーらー……」


 天使たちの声が、とうとう聞こえなくなり、黄金色の光線が、少しずつ、細くなって行って、やがて糸のようにかすかになり、ふっと消えました。

 気が付くと、もうそこには、いつもの美しい星空が、広がっているだけでした。


 うさたんが、最後に切なげな声で、「キューーーン!」と、鳴きました。


 その声で、紗矢は、もう自分たちが、動物たちの言葉を理解する事もできなくなっているんだ、と分かりました。


 でも、以前に比べれば、彼らの気持ちは、ずっとよく分かるようになっています。


「さあ、みんな、お家に帰ろう!」

 紗矢が声をかけると、動物たちは、

「キュイ!」「ニャー!」「チュンチュン!」と、元気よく返事をしました。


「お姉ちゃん、あれ見て!」

 真琴が指さすので、目を向けると、ちょうどラクたんが、焼き栗を三つ取り出して、マップに手渡しているところでした。

「マップ、手伝ってくれてありがとうね!」真琴が声をかけると、マップは大口を開けて、焼き栗を頬袋に押し込んでから、ニッと笑って、住みかのあるサトウカエデの木に駆け登って行きました。


「うさたんとラクたんも、今日はありがとう!今度ラクたんに、栗をたくさんご馳走してあげてね。」紗矢がお礼を言うと、うさたんとラクたんは、並んで肩を組み、ふんふんとうなずいて見せます。


 それで、みんなはめいめいの言葉で、お別れの挨拶を交わした後で、登山道を下り始めました。


 もう夜も更けて、あの天使たちの花火のような、色とりどりの星々が、空一面に輝いていましたが、紗矢も真琴も、パパもママも、そして一緒に帰る動物たちも、大冒険と難しい大仕事を力を合わせてやり遂げた、という達成感で、心がぽかぽかだったので、ちっとも寒くはありませんでした。

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