第10話 「天上にいちばん近い場所」
紗矢と真琴は通りを今度は右に曲がって、道なりに自転車を走らせ始めました。
このあたりなら、チュッチュも仲間に連れられて、休み休み飛んで、何度か遊びに来たことがあります。
入り口に赤と白の縞々の日よけを出した、小さなお店が見えて来たので、チュッチュが言いました。
「あれはジュディのパン屋さんよ。あのお店のパンはいつも焼きたてですごく美味しいの。」
「パン!美味しいよね!真琴ちゃんにもらって、ちょこっと食べたことがある!」メイが食べたそうに口をもぐもぐさせました。
「僕もパンは大好き!雲とお砂糖を混ぜたクリームを塗って食べるの。」ママヌエルが頬杖をついて、味を思い出しながら言います。
「天上にはそんな食べ物があるの?いいなぁ。」チュッチュも空を見上げて、あの白い雲で作ったクリームってどんな味だろう、と想像してみました。
「きっと、ふわふわ、あまあまにゃ~。」見張り番をしていたるきあも、つい両頬を押さえて、うっとりしてしまいます。うさたんのお家も、たぶん、そういうおいしいものでできているのです。
そんな話をしているうちに、ショーウィンドウに並んだいろんな形の美味しそうなパンは、次第に通り過ぎて行きました。
今度は、庭に大きなもみの木が生えている、古い家が見えて来たので、チュッチュは、
「もうすぐ、あのもみの木に、赤や青や黄色の明りが灯されて、キラキラ輝くの。クリスマスという、お祝いがあるんだって。あのお家のおばあちゃんは、るきあちゃんと一緒で、うさたんの大ファンなの。庭の菜園を毎日荒らしに来ていたカラスたちをうさたんが驚かして追い払ってくれたので、おばあちゃんはニンジンを山ほど、うさたんにプレゼントしてくれたの。」と教えました。
「わたあめちゃんは町の人気者にゃ。」
るきあは、自分以外にもうさたんのファンがいると知って、すごく誇らしい気がしました。
「クリスマスの前には、お家の形の〝カレンダー〟というものを買って来て、一日一日、箱を開けて行くの。箱の中には、クッキーや、チーズや、コーンが入っていて、花さんと僕がもらえるの。もうすぐだ、わーい!」メイが万歳してはしゃぎました。
チュッチュは、今まで仲間に遠慮したりして、一人でいることが多かったので、誰かと一緒に過ごしてお話するのが、こんなに楽しかったなんて、初めて知りました。
これからもずっと、みんなとお話がしたい、佐藤家に遊びに行きたい、チュッチュはそう強く思いました。
紗矢や真琴と知り合いにはなれたので、窓をコンコンすれば、もしかしたら、覚えていてまた開けてくれるかもしれません。
「ねぇ、メイちゃん。るきあちゃん。私とお友達になってくれる?ゆいたんと花ちゃんにも言うつもりなのだけれど……。」
チュッチュはおずおず、たずねてみました。そして、
「ママヌエルも天上に帰っても、私と友達でいてくれる?」と、勇気を出して聞いてみました。
ドキドキしながら、返事を待っていると、メイが真っ先に答えました。
「もうとっくに友達だと思ってたよ!これからも、ずーっとずーっと友達だよ♪花さんや他のみんなもきっとそうだよ!」
メイは、さっきからチュッチュがしてくれるお話を聞くのが、楽しくて仕方がないのです。とりわけ、うさたんの武勇伝には、大興奮でした。
時々でも、チュッチュが佐藤家に遊びに来て、いろんな話を聞かせてくれたら、こんなに嬉しい事はないのです。
がんばって見張り番をしながら、みんなの楽しいおしゃべりに耳を傾けていたるきあも、ふいに、「友達になってくれる?」という、うれしい言葉が聞こえて来たので、おもわず、飛び上がってうしろを振り向きました。
るきあは、佐藤家に拾われるまでの記憶があまりありません。
だから、家族じゃない人や動物とは、これまでそんなに接していないのです。
つまり、お友達を作る、というのは、るきあにとっても、生まれてはじめての事だったのです!
だから、笑顔で承諾したメイちゃんにつづいて、るきあもウキウキしながら勢いよくお返事します!
「あたしも、お友達だよ!チュッチュちゃん、よろしくね!!」
そして、前を行く紗矢の自転車の方に向き直ると、
「ねえゆいたん、花ちゃん、チュッチュちゃんがおともだちになろうってっ!」と声をかけました。
花さんは、ナナエルとキキエルににこにこ見つめられて、もじもじしながら「お願いします!」と、チュッチュの方へ小さな手を差し出しました。もじもじしていますが、本当はとても嬉しいのです。なぜなら、チュッチュの今までの行動を見ていて、あんな風に自分から動いていけるって素敵だな、という憧れの気持ちが芽生えていたからです。
チュッチュは、翼を前に伸ばして、「花ちゃん、ありがとう!」と言いながら、握手する仕草をしました。
るきあはそれを見て、ほわぁっと幸せな気持ちになりましたが、同時にはっと気がつきます。
いままで夢中で同行していて、きちんと確かめられなかったけど、天使ちゃんたち。
三人ともお友達になれたら、もっとうれしいよね!
るきあは天使たちにそれぞれ目を向けると、ドキドキしながら、「ねえ、天使ちゃんたち、あたしとも、お友達になってもらえる?」 と問いかけました。
ママヌエルが、「チュッチュちゃんも、るきあちゃんも、みんなも、もうとっくに大切な友達だよ~!」と言いました。
ナナエルが、「私もだよ~!みんな、私たちに力を貸してくれて、本当にありがとう~!」と、花さんのお腹に抱きつきながら叫びました。
キキエルも、「友達になれて嬉しい!みんな!大好き~!」と反対側から花さんに抱きついて言いました。
「あっ!ゆいたん!」
チュッチュが、紗矢の自転車の前かごに乗って前を向いたままのゆいたんに気が付いて、飛んで行きました。
紗矢の肩に舞い降りると、チュッチュは「ごめんなさい。もし、難しかったら、断ってもいいの。」と、申し訳なさそうに声をかけました。
ゆいたんは、黙ってうつむいて、自転車の振動に身を任せています。
他のみんなだけで話していたので、怒ったのでしょうか?
チュッチュは、ゆいたんの事も大好きだったので、しょんぼりしてしまいました。
すると、紗矢がいきなり手を伸ばして、ゆいたんの肩を揺さぶりながら言いました。
「こらっ、眠ったら落っこちるぞ~。」
ゆいたんはびくっと頭を上げると、「うにゃぁ~あ!」と大あくびをして、「いつの間にか、まぶたがなかよしになっちゃってたにゃ……。」と眠そうな声でつぶやきました。
この通り、ゆいたんはみんながわくわくはらはらの大冒険に胸を躍らせている間も、どこまでも、ふにゃあと食欲と睡眠欲に素直な、マイペースなにゃんこなのです。
何度も聞くのは悪いかもしれないと、とまどっているチュッチュの代わりに、ナナエルが、「ゆいたん、チュッチュがお友達になってもらえる?って聞いてるよ。なってあげられる?」とたずねました。
「お友達?なったら遊んでくれる?」ゆいたんがチュッチュを見て、目をぱちくりさせながら聞きました。
「ええ!猫の遊びって、どんなのかまだ分からないけど、教えてくれたら、遊びたい!」
チュッチュの答えを聞いて、ゆいたんは、「あのね、猫の遊びは、追いかけっこと、かくれんぼと、だるまさんがころんだ、と……、あと、戸棚や本棚の一番上にのぼる事と、木の床で寝ころんで、くねくねする事と、空き箱にもぐりこむのと……、あと、あと、〝ねこじゃらし〟!!」と教えました。
「『ねこじゃらし』って、どんなの?」
「先っぽにぽわぽわした毛が生えた枝を、つかまえる遊びよ!真琴ちゃんと遊ぶときは、つかまえやすいけど、紗矢ちゃんの時は、シュッシュッって、すごく早くて難しいの!」
チュッチュは、真琴の時なら、少しはできるかもしれない、と思ったので、
「うん。やってみる!」と言いました。
「やった!じゃあ、明日来てね!」
さっそくのお誘いに、チュッチュはどぎまぎして、
「いいの?上手くできないかもしれないけど……。」と、急に自信がなくなって来ました。
「いいよ~。るきあちゃんと一緒に教えてあげるから。ね、るきあちゃん!」ゆいたんから問い掛けられて、るきあは、
「もちろん!大歓迎だにゃ!楽しみにゃ~!!」
と、かごから身を乗り出して答えました。ゆいたんも、笑顔でしっぽをピッピと振って、とても嬉しそうです。
「ありがとう!じゃあ、真琴ちゃんに、窓を開けてくれるように、お願いしてみるね!」チュッチュは、早くも遊ぶ約束までできて、胸がドキドキしましたし、まるで夢でも見ているような気持ちでした。
「チュッチュちゃん、良かったね!」隣でやりとりを聴いていた花さんが、我が事のように喜んで、声をかけます。
「うん!嬉しい!家に入れたら、花ちゃんも、遊んでね!」
「うん!わたしやメイちゃんからも、お姉ちゃんたちにお願いしてみる。きっと、喜んですぐに開けてくれるよ!」
花さんとチュッチュは、あらためて羽と前脚を握り合って喜びました。
「お姉ちゃん、花さんと家雀が、握手してるよ~。」真琴がそれを見て、前を行く紗矢に教えました。
「さっきから、みんなで話してたから、何か相談がまとまったんじゃないかな。ああ!私たちにも言葉が分かれば良いのに!」紗矢は後ろの仲良しな二匹をちょっと振り返ってから、残念そうに言いました。
やがて、家々の屋根の向こうから、全体が紅葉に染まった、こんもりとした見事な小山が、見えてきました。
あれが、この町のシンボル、シュガー・マウンテンです。
「きれいねぇ~。」花さんとナナエルとキキエルが、ため息交じりに見とれます。
「あの山のてっぺんの、ひときわ高い木の下に、きっとうさたんのお家はあるのよ。」そう言ったチュッチュは、ゆいたんがまたうつらうつら、舟をこいでいるのに気がついて、「ゆいたん!シュガー・マウンテンが見えて来たよ!」と教えました。
「ふぇ?ああ~!すごい!あのお山!赤と黄色で、キラキラしてる!かわいい~!!」
ゆいたんも、初めて見るシュガー・マウンテンの美しさに驚いて、ようやくぱっちり目が覚めました。
人目を避けながら、わき道を通って、登山道の入り口の駐車場まで来てみると、夕方が近いとあって、止まっている車は数えるほどでした。
紗矢と真琴は、駐輪場に自転車を止めて、天使たちや動物たちを、いったん前かごやリュックから出して、地面に下ろしてやりました。
紗矢は、勢ぞろいしたみんなに、「さあ、到着したよ。これからどうするの?」とたずねました。
ママヌエルが、衣の中から折りたたんだ薬草を取り出して、地面に広げ、そこに描かれた地図の、山のてっぺんの木が生えたあたりを指差すと、その場で「えっさ、ほいさ。」と、足踏みして見せました。
「分かった!サトウカエデのところまで登りたいって言ってる!」真琴がすぐに正解しました。
天使たちと動物たちが、さすが!と言うように、「ピャイ!」と口をそろえて言いました。
「そこに天使たちの住みかがあるのかな。」天使たちがここに来たがった理由がまだ分かっていない紗矢が、とりあえず思いついた理由を言ってみます。
キキエルが、背中の翼を触って、ピョンピョン飛び跳ねながら、「また飛べるようになって、天上に帰りたいの~!」と教えましたが、真琴は今度は、「うーん、背中がかゆい!」と言ったので、みんなは「違う~!」と言ってもどかしそうに地団太を踏んだり、キャッキャと笑ったりしました。
「ともかく、頂上まで行ってみよ。日が暮れちゃう前に、帰らないといけないから。」
さすが、しっかり者の紗矢です。みんなをうながして、リュックに入れようとします。
「僕はゆいたんの背中に乗って行く~!」「僕も~!」メイとママヌエルが、ゆいたんに駆け寄りました。
でも、ゆいたんは、少しお腹がすいてきたので、紗矢の足にすりすりして、「ナァ~ン。」と甘えた声で鳴きました。
「あら、はいはいおやつね。持って来てるよ。」紗矢がリュックを開けようとすると、すでに中に入っていたナナエルが、「これでしょ?」というように、チルルーの包みを抱えてリュックから出て来て、差し出しました。食いしん坊のゆいたんとるきあのために、紗矢は子ども部屋にも、チルルーを常備していて、それを持って来ていたのです。
ゆいたんは、包みを開けてもらうと、大喜びでペロペロ食べさせてもらいました。
「ありゃ、るきあが元気ないよ。」真琴が、るきあの様子がおかしい事に気が付きます。
なれない神通力を発揮するために、ずっと神経を張り詰めていたせいで、るきあはすでにふらふらになっていました。
「おやつは、た、食べるにゃ~。」それでも、食欲はあるようで、真琴にチルルーを開けてもらって食べさせてもらいます。
一足先に食べ終えたゆいたんが、また元気になって、「さあ冒険よ~!背中に乗って~!」と言ったので、メイとママヌエルが、喜んで、ゆいたんの屈んだ背中に乗せてもらいました。
「花ちゃんも一緒に乗せてもらおう?」メイが誘いましたが、花さんは、「危ないよ~……。」と不安そうにリュックの口から顔を出しただけでした。
「ええ?ゆいたんたち、それで行くの?」紗矢も、気が付いてあきれましたが、彼らの変わった行動に、何か意味があるのなら、邪魔しない方が良いかもしれないと思って、今はできるだけ任せる事にしました。
「あ、そうだ、他の子たちにも、食べさせておこうよ。真琴、お願い。」紗矢から頼まれて、真琴は「ほいきた!」と、ひまわりの種をポケットから出すと、メイと花さんに配りました。
そして、チュッチュと天使たちには、紗矢がポケットからビスケットを出して、砕いたのを少量ずつ配りました。
「おいしいねぇ~。」メイとママヌエルはゆいたんの背中の上で、チュッチュと花さんとナナエルとキキエルは、リュックのふちに座って、仲良く並んで食べました。
「よかった~。天使の食べ物って、ビスケットでよかったんだ。」うれしそうに食べているのを見て、紗矢も安心しました。
さて、みんなの腹具合も落ち着いたところで、あらためて出発です。
まだ疲れた様子のるきあは、真琴のリュックに、ナナエルとキキエルは、紗矢のリュックに自分で入りました。
チュッチュは、るきあを心配して、真琴の肩に乗せてもらいます。
「あれ?花さんは?」
紗矢が探してみると、花さんは、ゆいたんのそばに行って、屈んだ背中に登ろうとしていました。
「危ないよ!リュックの方が良いよ!」ナナエルが声をかけますが、花さんは、メイとママヌエルに引っぱり上げてもらって、ゆいたんの肩の上に登る事ができると、「無理かもしれないけど、やってみる!」と言いました。
ひまわりの種をかじって、不安が和らいだのと、チュッチュを見習って、これからは難しい事にも挑戦してみよう、という気持ちになっていたのです。
「花ちゃん、なるべくペターッと平らになって、しっかり毛につかまってるんだよ。」後ろに乗ったメイがアドバイスしてくれます。
「そんなに乗せて、大丈夫?」さすがに、紗矢も心配になりましたが、ゆいたんは、「ママヌエルはほとんど重さがないから、まだ平気よ。花ちゃんも、さっき階段で乗せてあげたから、要領は分かってるわよね。じゃあ、出発ー!」
と言って、登山道の方へ向けて歩き出しました。
葉が黄色く染まったポプラや、朱色に染まったメープルが、左右からアーチを描いて彩る登山道は、さながら別世界への入り口のようでした。
それに、丸太を組んで作った登山道の階段は、段差が緩やかだったので、天使とハムスターを背中に乗せたゆいたんでも、楽に登って行けました。
「ちょっと寒いから、みんなで温め合おうね!」
舞い散った紅葉の落ち葉を踏みしめながら、ゆいたんが背中のみんなに言います。
「ゆいたんの背中、ふかふかで温かいよ~。ね、花ちゃん。」メイが花さんにも聞きます。
「うん、私たちもお礼に温めてあげよ。」少し揺れに慣れて来た花さんも、お腹が広く当たるようにぎゅっと抱きつきました。
「あ!まずい!人が来た!」ママヌエルが、登山道の上の方から、老夫婦のハイカーが下りて来たのを見て、声を上げました。
紗矢が素早く、ママヌエルの衣をつまんで、背中のリュックにつかまらせたので、ママヌエルは、ナナエルとキキエルに急かされながら、リュックの中にもぐりこみました。
「こんにちは。おや!猫がお供なのかい?」おじいさんが、挨拶しながら、ゆいたんに気が付いて言いました。
「ニャン!」ゆいたんが元気よく返事しました。
「はい。ついて来ちゃったんです。」紗矢が落ち着いて答えます。
「まあ、見て!この猫ちゃん、本物のハムスターを二匹も背中に乗せてるわ!」おばあさんが、ゆいたんをなでようとして、ぬいぐるみだと思っていた花さんとメイが、ひょこっと顔を上げたので、信じられないという様子で、おじいさんに教えました。
「ええ。猫について来ちゃったんです。」真琴が紗矢の真似をして、落ち着いて答えました。
「すごいなぁ。この歳まで、いろんなものを見てきたが、まだまだ世の中には、目にしていない不思議な事が、いっぱいあるものなんだねぇ。」
「ほんとにねぇ。猫ちゃんもハムスターちゃんたちも、気を付けて行くんだよ。」おばあさんは、ゆいたんの頭を優しくなでてから、おじいさんと何度も振り返りながら、山を下りて行きました。
「ふぅ~。危なかったあ。天使ちゃん、うかつ過ぎだよ~。」紗矢が、リュックの口から顔を出したママヌエルに注意しました。
「ねえ、お姉ちゃん、こんな人が大勢来るところに住んでいたら、天使たちすぐに見つかっちゃうよね。」真琴が、さっきから気になっていた事を口にしました。
そうなのです。ここに天使たちを帰してあげても、決して安全ではないのです。
ただ、紗矢にはそれでも、天使たちが望むなら、この山に放してあげるのが良いと思う、理由がありました。
「前に、カカポの保護の失敗の事を、話したことがあるよね。」紗矢が真琴にたずねます。
「うん。カカポを守るために、無人島に引っ越しさせたら、そこに天敵の動物がいて、みんな食べられちゃった、て話でしょう?」
「そう。良かれと思ってしたことが、かえって悪い結果を招くってことも、あるんだよ。家で、真琴がさ、女の子の天使をつかまえた時、『さっきの天使を助けに来たんだね。』って、言ったの、覚えてる?」
「ん~、忘れた……。」真琴は、えへへっと苦笑いを浮かべました。
「それ聞いた時、私思ったの。『自分たちがしている事は、カカポを守ろうとして、失敗した人たちと同じだ。』って。天使たちの気持ちや都合を考えないで、守ってあげようとしても、上手くいかないんじゃないかって、思ったんだよ。」
「ふぅん。」真琴は、紗矢がそこまで考えて天使たちをここに連れて来たことを知って、感心しました。
「天使たちは、カカポより深く考える力があるだろうから、それを実現する手助けをするのが、私たちにできる、一番いいサポートなんだと思う。」
「お姉ちゃん、すごい。」真琴は心からその通りだと思って褒めました。
紗矢のリュックから顔を出した天使たちも、身を乗り出して、「すごい!」「えらい!」「かっこいい!」と言いながら、紗矢の頭をなでました。
「ありがとう!」紗矢は、照れながら笑いました。
そうこうするうちに、みんなは山の頂上にたどり着きました。
紅葉の落ち葉が敷き詰められた小さな広場のまん中には、サトウカエデの大木が、ひときわ鮮やかな朱色に輝いて、まっすぐに空に向かって伸びています。
「すごいなぁ。」メイも花さんも、こんなに大きな木を見るのは、生まれて初めてでしたし、それが全体燃えるように明るい朱色なのですから、ただただぽかんと口を開けて見上げてしまいました。
山頂には、まだ何人かのハイカーがいましたが、日がだいぶ西に傾いて、寒くなって来たので、みんな帰り支度をして、山を下りるところでした。
若いカップルのうちの女性が、ゆいたんを見つけて、「かわいい~!」と言いながら近づいて来ました。
ゆいたんはかぎしっぽをピッピと振って、「ウニャン!」とあいさつをしました。
女性は、すぐにメイと花さんに気が付いて、「ええ~!エリオット見て!この猫ハムスターがくっついてる~!」と、近くに来た彼氏を呼びました。
「まじか!すげぇな。君たちが教え込んだの?」
エリオットに聞かれて、紗矢が、「いいえ。自分たちで自主的にくっついて来たんです。」と答えました。
「面白ーい!この猫さん、何て名前なの?」彼女が聞きます。
「ゆいたんです。ハムスターは花さんで、ジャンガリアンハムスターは、メイといいます。」
「ゆいたん、仲間を乗せてあげて、お利口だねぇ~。花さんとメイも、クールだよ~!」彼女は笑いながら、ゆいたん、花さん、メイと、順々になでなでして行きます。動物たちも、褒められてすごく嬉しそうに、鼻をひくひくさせました。
「君たち、親と来てるのかい?」エリオットがたずねました。
「あ、いいえ。私が十三歳なので……。」紗矢がまごつきながら答えると、エリオットと彼女は、顔を見合わせました。
「あんまり遅くならないうちに帰るんだよ。俺も、子供の頃は家を抜け出して遊びに出かけたりしたけど、やっぱり、親は心配するものだからね。」エリオットに優しくさとされて、紗矢は「はい。気を付けます。」と素直にうなずきました。
「じゃあ、バイバイ!」
「さようなら!」
カップルが登山道を下りて行くと、山の頂上は紗矢たちだけになって、急にひっそりしました。
そこで、紗矢はリュックを下ろして、天使たちを外に出してやりました。
「さあ、これからどうするの?」
天使たちは、寄り集まって、相談をしているようでしたが、やがて手をつなぎ合って、輪になって、紗矢たちの知らない言葉で、歌を歌いはじめました。
その歌は、春の風のように柔らかで、しかも小さな声なのに、遠くまで届きそうな、不思議な音色をしていました。
しばらくその歌声に、耳を傾けていた紗矢と真琴は、次第に、天使たちが、青や黄色や桃色の淡い光を放ち始めた事に気が付きました。
けれど、光はすぐに弱まって、やがて消えてしまいました。
天使たちは、当惑したように、お互いを見つめ合って、ぼう然としていました。
「力が、まだ足りないんだ。」
紗矢の耳に、かすかに、そんな男の子の声が聴こえました。
真琴を見ると、やっぱり目を見開いて、こちらを見ています。
「あと少しなのに~。」
今しゃべったのは、白布で髪をくくった、女の子の天使です。
「大天使様~!助けてぇ~!」
巻き毛を二つ結いにした女の子の天使が、空に両手をさし上げてうったえる言葉も、はっきりと聴き取れます。
いったい何が起こったのでしょう!紗矢と真琴には、天使たちの言葉が、突然分かるようになったのです!
さらに驚くべきことに……。
「だめだったの~?あらぁ、それじゃあ、どうする?」
今の言葉は、明らかに、ゆいたんが発しました。
「みんなでお空に知らせてみようか。『天使ちゃんたちが落ちたよ~!』って。」
これはメイの声です。
「そうしましょう!きっと届くわよ!」
花さんの不安そうな声も聞こえます。
「私が力強く飛べたら、天上まで運んであげられたかもしれないのに。みんなごめんね……。」
気落ちしたチュッチュが、謝っています。
「チュッチュちゃんは悪くないにゃ!わたあめちゃんに助けを求めるにゃ!」
真琴のリュックの中から、るきあがしゃべっているらしい声も聞こえて来ます。
なんと、紗矢たちには、動物たちの言葉まで、分かるようになっているのです!
「みんな聞いて!」
紗矢が、舞い上がった声で叫びました。
天使たちと動物たちが、いっせいに目を向けます。
「あなたたちの、こ、言葉が、分かるようになったの。なんて言ってるか、分かるの。」
みんな、ぽかんとしています。
「なんかしゃべってみて。」真琴がわくわくしながら、うながしました。
みんなは、顔を見合わせましたが、メイがすぐに手を上げて、「こんにちは!」と言いました。
「こんにちは!」紗矢と真琴が、同時に答えました。
「わー!!」動物たちの喜びようったら、ありません!もう、みんな、我先に話しかけようとするので、何と言っているのか、うるさくて全然聞き取れないほどでした!
「ちょっと、ストーーープ!!」
紗矢がたまらずに、大きな声で制止したので、みんなは、「おい、黙ろうよ。」なんて言い合って静かになりました。
紗矢と真琴が動物たちや天使たちと会話できるようになった今回の展開は、物語の今後の方向性を定める、とても大きな出来事になりそうです。
プレイヤーさんたちの行動によっては、人間が冒険に参加しない筋書きも、あったからです。
「紗矢と真琴なら、分かってくれて、協力してくれるはず。」、という、小動物たちの願いや思いが、この展開を生み出しました。
動物と会話するという、動物好きの誰もが夢見た事のある出来事が実現する、という面白さとともに、プレイヤーが作り上げるプレイ・バイ・ウェブという物語の醍醐味が実感できる展開です。