第9話 「るきあのビビビ、再び!」
さて、紗矢や真琴や小動物たちが、今どこでどうしているのか、気になる所ですが、ちょっとその前に、山のねぐらに帰ったうさたんの、その後のようすを、のぞいてみましょうか。
うさたんのねぐらは、紗矢の言ったとおり、町はずれの、シュガー・マウンテンという小山の、てっぺんにありました。
ふもとからてっぺんまで、うさぎの脚で十分くらいの、こんもりとした山で、秋の紅葉が特に見事なので、ハイキングやピクニックで訪れる人も多く、町のシンボルにもなっていました。
うさたんのねぐらは、そのハイキング用の登山道から、ちょっとわき道に入った、ラズベリーの茂みに囲まれた草地にあります。
ほら、あの、黄色いキクイモの花の下に、ねぐらの入り口の穴が、見えるでしょう。
うさたんはさっき、その巣穴にもぐりこんで、枝分かれしたいくつかの部屋の一つの、寝床の部屋に戻ると、残りの薬草を再度体中のすり傷に塗りこみ、「あいたたたっ。傷の痛みよりも、薬草の染み方の方が痛いよ。よっこらしょ。」と言いながら、紅葉の落ち葉で作ったふかふかのベッドに横たわったところです。
体も頭もうんと使って、少し疲れたのか、すぐにうとうとし始めます。
夢の中で、うさたんは、蜂蜜のおすそ分けを持って訪ねて来てくれたくまたんを、おもてなししている所でした。
「今年はお日様が良く照って、雨も程よく降ってくれたから、花がたくさん咲いて、蜂蜜もひときわできがいいよ。」
くまたんに勧められて、うさたんはあふれ出るよだれを飲み込みながら、「どれどれ。味見させておくれ。」と言うと、棒にたっぷり付けた蜂蜜に、パクリ!とかぶりつきました。
すると……。
「いたっ! 」
痛みで飛び上がって、何事かとよく見ると、自分の手を、口に突っ込んでもぐもぐしていました。
「あーあ、夢かぁ。美味しい蜂蜜だったなぁ。ついうっかり右手を噛んじゃったよ。」
うさたんは、ベッドに座り込んで、ぼんやりしました。
「あんな夢を見たもんだからお腹がすいちゃったなぁ。なにか食べようかなぁ。」
そう言ってうさたんは、のそりと起き上がると、巣穴から外に出て来ました。
「今の気分は栗かな。」
うさたんは、後ろ手をしてゆうゆうと栗林へと向かいます。
ここシュガー・マウンテンには、動物たちの冬の食べ物となる栗をたくさん分けてくれる、立派な栗林もあるのです。
ところで、日本の皆さんは、栗というと、細かなとげとげがびっしり生えた、毛玉のようないがを思い浮かべると思うのですが、ここカナダの栗のいがは、丸いボールに、ところどころ長くてするどいとげが生えているという、ちょっと見るとスパイクのような物騒な形をしているのです。あれが、頭の上に落ちてきたら、日本のいがの何倍も痛そうです。
ですから、もし秋にカナダに来る事があったら、頭上には十分注意して下さいね。
さて、その栗林に来たうさたんですが、森一番のグルメなので、けっして落ちてる栗は食べません。ぎりぎり落ちかけている栗のみを、登ってとるのが好きなのです。
「あ、そうだ。あいつらが来るかもしれないから、少し多めにとっておこうかな。」
うさたんは、佐藤家にいる天使たちや、小動物たちの事を思い出して、こうつぶやくと、器用に木の幹によじ登って、食べ頃ないがを選んでは、とげに気を付けながら、丁寧にもいで、腰に巻いたツタに結んで集めて行きました。
しばらく夢中で集めているうちに、二十個くらいになったので、うさたんは木からおりて、巣穴に戻りました。
巣穴のそばの大きな石の上にいがを置いて、手に持った石で叩いて、中の実を取り出して行きます。
そこでふと、思いつきます。
「俺は栗を生でも喜んで食べるけど、来客にふるまうとするなら焼き栗がベスト!ならば、どうやって火を起こすか!」
隣町のカティカティ・マウンテンには、火おこし名人のラクーン(あらいぐま)の、ラクたんが住んでいます。
以前、遊びに行ったときには、たき火を起こして、焼きたてのじゃがいもをごちそうしてくれました。
ただ、ラクたんはうさたんの百倍は食いしん坊なので、もし手助けを求めたら、なんだかんだ言って集めた栗を全部食べられてしまう恐れがあります。(ラクたんは詩人で、口が達者なのです。)
だから、うさたんはラクたんを呼ぶことに、消極的でした。
でも、こういう時に限って、勘が働いて現れる人って、いますよね。
「やあ、ちょうど良い所に来たなぁ。」
聞き覚えのある声に、うさたんがはっとしてふり返ると、そこにいたのは、微笑みながらくりくりした目で栗を見つめるラクたんでした。
「そんなにたくさん集めて、栗パーティーでも開くの?」
「よう。」
うさたんは努めてそっけなく返事すると、「お客さんが来るかもしれないから、おもてなしのために準備してるんだ。」と、栗のいがに向き直って、実を取り出す作業にいそしみました。
「じゃあ、僕もおよばれしようか。」
ラクたんがうさたんのそばに腰を下ろしました。
「いいけど、全部はやれないよ。みんなで分けるんだから。」
「心外だな。そんな厚かましいこと、僕がするわけないだろう。」
「この前来たときは、せっかく俺とくまたんがせっせと集めたきのこを、一人で全部食べちゃっただろ。食べ物の恨みは、怖いんだぞ。」
「あれは、ねぇ、大好物のきのこだったからさ。」
「じゃあ、栗は好物じゃないのかい?」
「むろん、大好物さ。」
うさたんは、なんてふざけた奴なんだと目を丸くすると、「あぶない、あぶない。」と言いながら、取り出した栗の実を、股の間に集めて隠しました。
「はははっ、冗談だよ。あの時は、つい、空腹に耐えかねて、ね。カティカティ・マウンテンには、食べ物がここほど豊富にはないんだもの。君も知っているだろう?人間が家を建てるために木を切って、森が削られて行ってるのを。」
そうです。ラクたんは、食いしん坊さえわきに置いて考えれば、かわいそうな身の上なのです。
「ねぇ、栗は、焼いた方がだんぜん美味しいよ。万人受けするしね。良かったら、火を起こしてあげようか。あ、もしかして、火を起こしたくて、僕を呼びに来る予定だったのかい?」
うさたんは「くっ……、まあね。」と、火を起こしてほしい事を認めました。
「よろしい。君のその正直さが、僕は大好きさ。いっしょに焼き栗を作って、君のお客さんを、喜ばせてあげようよ。」
ラクたんはさっそく、落ち葉や枯れ枝を集めに行きました。
この通り、ラクたんは、決して悪いラクーンではないのです。ただ一つ、極度の食いしん坊である事をのぞけば……。
それでは、ここでいったん時間を戻して、紗矢や真琴たち一行がどうやって佐藤家を抜け出したのか、というところから、話をしてみる事にしましょう。
佐藤家の二階から、リュックを背負ってこっそり降りて来た紗矢と真琴、ゆいたんの背中にまたがったメイと花さん、それからるきあとチュッチュは、階段の途中で足を止めて、閉じられたリビングのドアの向こうから、テレビの音と、パパとママが話をしている声に耳をすませました。
「――いくらこの家が古いからって、小人や妖精が住み着くほどではないと思うよ。家主さんもそんなこと言ってなかったし。実際そうだったら嬉しいけどね。」
「パパは実物を見てないから、そんなに悠長に構えていられるのよ。あれはたしかに、人間の脚をした生き物だったわ。私、目は良い方だし。」
「ねずみじゃないなら、怖くないんじゃない?」
「それはそれで、気になるじゃない。寝てる間に、顔に落書きなんかされたらどうするの。」
「寝たふりをして、つかまえてやるさ。それで、引っ越してもらえないか交渉する。」
パパとママが、こんなやり取りをしている間に、紗矢たちは気が付かれる事なく、客間から猫用のキャリーケースを持ち出して、玄関から抜け出すことができました。
チュッチュ以外の小動物をキャリーケースに入れたところで、ハッシュが犬小屋から出て来て、「猫たちとお出かけ?僕も出かける!ピクニック行く!!」と、ピョンピョン飛びついてきました。チュッチュはパッと飛び立って、隣のオコーナーさん家のチェリーの木まで逃げました。真琴が、「しぃ~!」とハッシュをなだめながら、キャリーケースを持った紗矢を守ってガレージまで移動します。
でも、そこで問題が発生しました。
キャリーケースが大きすぎて、自転車の前かごに収まらないのです。
「どうしよう。」
ひとまず、真琴は興奮してはしゃぎまわるハッシュをつかまえて、犬小屋のそばに連れて行き、「今日はハッシュはお留守番!」と言いながら綱につなぎました。
紗矢がキャリーケースの扉を開けると、動物たちに出て来てもらってから、言いました。
「ごめんね。みんなは運べそうにないよ。天使たちだけ、連れて行くね。」
紗矢が背負ったリュックの、少し開いた口から、ナナエルとキキエルが顔を出して、残念そうに動物たちを見下ろしました。動物たちも、「ミューミュー……。」「キュンキュン……。」と悲しげに鳴きながら見上げます。
すると、ゆいたんがぴょんと軽やかにジャンプして、紗矢の自転車の前かごに登ると、中にゆったり腰を下ろして、「にゃん!」とほがらかな声で鳴きました。
それで、るきあやメイや花さんも、後に続けとばかりに、かごの下に集まってピョンピョン飛び跳ねはじめました。
「ちょっちょっちょ!そこまでしてついて来たいの?」
紗矢の問いかけに、みんなは声をそろえて、「ピャイ!」と返事をしました。
真琴がくつくつ笑いながら、「あと少しでしゃべれそうだよ~。」と言いました。
「もう~。おまわりさんに見つかったら、自分たちで説明してよ!」
紗矢は仕方なく、真琴の自転車の前かごにるきあを乗せると、花さんは自分のリュックに、メイは真琴のリュックに入れて、一か八か、出発する事にしました。
自転車に乗ってヘルメットをかぶった紗矢と真琴が、門扉のゲートを開けて、表通りへ走り出すと、ハッシュはそれを見つめながら、「アオ~ン!ずるいよう!僕も連れて行ってよぅ!」と、後ろからいつまでももの悲しげに遠吠えしていました。
花さんは、一緒に紗矢のリュックに入っていたナナエルとキキエルから、「さあ、いよいよ出発よ。」「外を見てみようよ!」とうながされて、リュックの口まで登って、顔を出してみました。
広い道路を挟んで、色とりどりの屋根の家々が点々と立ち並んでいます。お日様はずいぶん西に傾いていましたが、空はまだ明るく澄んだ水色で、行く手の空には、真っ白でふわふわしたわた雲が二、三個のどかに浮かんでいます。
家々の生垣やしっくいを塗った白い塀、庭の大きな木々などが、ぐんぐん後ろに通り過ぎて行きます。
一台の車が、大きなエンジン音を立てながらすぐ横を通り過ぎたので、花さんは「ひゃ!」と言って首をすくめました。
佐藤さん家に初めて来た日のほかは、一度も外に出た事さえない花さんです。見るもの聞くものすべてが新鮮すぎて、さっきから、胸がドキドキしっぱなしです。
「メイちゃんはどうしているのかしら。やっぱり、怖がっているんじゃないかな。」
気になって、恐る恐る後ろを振り向くと、嬉しそうに自転車をこぐ真琴の肩には、なんと、メイがつかまって、「わーい!花ちゃーん!」と叫んでいるではありませんか。
「危ないわよう!リュックに入ってぇ!」花さんが必死で呼びかけます。
メイは素直にしたがって、リュックの口から顔を出したママヌエルの隣にもぐりこむと、二人で「大丈夫だよ~!」と手を振りました。
ナナエルが、花さんに「男の子たちって、はしゃいじゃうとああなのよねぇ。」と肩をすくめながら言いました。
信号が赤になったので、紗矢と真琴は白線で止まりました。すると、隣の車線にバスが来て、並んで止まりました。
「うわぁ~。走るお家だぁ!」
メイは、バスのあまりの大きさに、さすがに度肝を抜かれて縮こまりました。
バスに乗っていた人たちも、猫を自転車の前かごに乗せている紗矢と真琴を見て、あぜんとするやら、面白がるやら、様々な表情でこちらを見ていました。
お母さんらしい人と座席に座っていた幼稚園くらいの子どもが、真琴のリュックから顔を出しているメイに気が付いて、窓越しにさかんに指差して手を振りました。
メイも喜んで、「僕初めてのお出かけなの!君たちもお出かけなんだね!」と言いながら手を振り返しました。
信号が青に変わったので、バスは行ってしまいました。
紗矢と真琴も、動物たちが落っこちないように気を付けながら走り出します。
すると、空からチュッチュがふらふらと舞い下りて来て、真琴のリュックにぶつかるように不時着しました。
「わっ、驚いた!」
いったん自転車を止めた真琴が、「家雀さん、空にいたんだね。疲れたの?」と聞きました。
そうです。チュッチュは一生けん命、みんなを追って空からついて来ていたのですが、さすがに、チュッチュのか弱い翼では、目的地の山まで飛び続けるのは、難しかったようです。
「ピィ、ピィ……、ちょっと、休ませて。」
再び真琴が自転車を走らせ始めても、チュッチュはぐったりリュックにうつぶせたままでした。
「ここにとまって、連れて行ってもらったら?」メイが心配して、アドバイスします。
リュクの口から、隠れていたママヌエルも出て来て、「そうしなよ。先は長いよ。」と言いました。
「空から、危険がないか、周りを見回していたの。」チュッチュが、飛んでいた理由を説明すると、前かごに乗って、首を伸ばしてあたりをきょろきょろ見回していたるきあが、振り向いて言いました。
「チュッチュちゃんは休んでいていいよ!あたしが、神通力で、周りに気を配っているから。」
なんと頼もしい子猫ちゃんでしょう!
そう言っているうちに、さっそく、るきあの二又のしっぽが、ビビビ!とかすかに反応しました。
「前方から、何かくるにゃ!横道を行くにゃ!」
るきあは、立ち上がって、真琴ににゃーにゃー声でうったえました。
「お姉ちゃん!ストップ!るきあがなんか言ってる!」
真琴から呼び止められて、先を行っていた紗矢が、方向転換して戻って来ました。
るきあは、「あっちにゃ!あっち!」と、交差点を曲がった方の道を前脚で示します。
「まっすぐ行っちゃだめって言ってるんだ。こっちから行こ!」
紗矢たちは、るきあの指示通り、交差点を左に曲がりました。
二人がしばらく走ってから、振り向くと、さっきの交差点を、巡回中のパトカーが通り過ぎるのが見えました。
「あぶなかった~。見られたら絶対止められてたよ。」
「るきあ、やる~!」真琴になでられて、るきあは誇らしげに「うにゃにゃ、にゃにゃん!」と言いました。
「るきあちゃん、すごい!頼りになる!」疲れが癒えて来たチュッチュが、真琴の肩の上にぴょんと飛び乗って感心しました。
「わたあめちゃんのふわふわまふまふなお家にたどり着くためなら、力の限りがんばれるにゃ!」るきあはそう言うと、見張り番としての仕事に戻るために、前方を向いて小さな背中をピンと伸ばして座りました。