久地部えむりに関する報告
久地部えむりは、口笛が吹けない。
「クチビル尖らせすぎじゃない?」
「息を強く吹きすぎなのかも」
「舌を下の歯にくっつけて」
「唾を飛ばすな」
友だちが色々なアドバイスをくれたが、えむりの口から笛の音が鳴る気配はまるでなかった。
『えむりのクチビルは何か構造的な問題を抱えている』という説が有力視されはじめ、みんなは彼女に口笛を吹かせるのを諦めてしまった。
えむりは、その後もひとりでしばらく練習を続けたが、やがて口の周りの筋肉が疲労によりプルプルしだしたので、結局彼女も吹くのを諦めた。
その日の夜。えむりは布団のなかで『口笛誕生の歴史』を考えた。
口笛とは何か。口から笛のような音を出す技法である。
昔、笛を吹きたいのに貧乏で笛を買えなかった男が、なんとか口から笛の音色を出そうと努力して、成功した。
その技法は笛を買えない貧しい人たちの間で流行し、遺伝子を通じて現代まで継承された。
お金持ちは笛をいつでも買えたから、口笛を吹く技法など必要なかった。だから子孫にもその技法は継承されなかった。
(私の祖先は、きっと貴族だったのよ。だから私は口笛が吹けない口をしているのだわ)
彼女はそんなストーリィを思い描きながら、寝た。
この日えむりは、誰よりも美しい音色の口笛を吹き、友だちから「えむりちゃんスゴい」「えむり天才」「クチビルゴッド」などと称賛される夢を見た。
口笛が吹けなかったことがよほど悔しかったのだろう。




