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トリオ  作者: 毘沙門天
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三重奏

 3人と見た朝はそれぞれ違う朝に見えた。

時に優しく、時に切なく、時に妖艶だった。

だが、それらは全て俺の幻覚だったのかもしれない。

それでも俺はあの人に間違いなく恋をしていた。その事実は絶対に変わらない、そして色褪せることはないんだ。

「颯太!下に戦いに行こうや!」

そう俺は呼ばれて、下の階のバーS1に行く。とてもバーとは言えない騒がしい店だ。

自分がバーテンダーということもあり、正直バーとしてS1を認めてはいない。だが、自分自身が楽しむ分にはちょっと騒がしいくらいがちょうどいい。

休みの日は大体このビルで飲んでいる。6階のダイニングバー春風は落ち着いた雰囲気で、オーナーの橋本蓮が友達だからゆっくりすることができとても好きな店だ。

だが3階のS1は別話だ。

「大輔まじで?あの店行ったら誰か1人は死ぬじゃん、流石にキツいって。」

そんな会話を交わしながらエレベーターで下の回に降りる。正直S1は落ち着いている日じゃなければ行きたくない。

今まで何度も地獄を見ているからだ。

「いらっしゃいませ!スピリタス直瓶でいいですか?」

悪魔の声が聞こえてきた。店長の斎藤智也だ。昔はバンドマンをしていた24歳で僕の3個上だ。

店に入り、カウンターに2人座っていたため、右側にあるボックス席に大輔と2人で座る。

「はいスピリタスでーす。」智也がスピリタスをバーカウンターから持ってきながらボックス席に座る。

「いや、何してんのよ、ボトルなかったっけ?それでお願い。」

俺がいつも下ろしているボンベイサファイアをスピリタスと入れ替えながら悪魔がニヤニヤと笑っている。

「今日もせなちゃん可愛かったなー。絶対次こそご飯誘うから俺は。せなちゃんのタイプってどんな人なんだろうなぁ。」

中山大輔は春風のスタッフの鈴木世那に恋している。僕より大輔は5個上で春風のビルの近くで飲食店で仕事をしている。だが、無邪気で子供っぽく一緒にいて楽しいからとても心地良い。

「大輔そう言いながら一回もせなちゃんに話しかけてないじゃん。俺聞いておこうか?どうせ仕事前明日も春風行くだろうし、なんなら蓮伝いでも聞けるじゃん。」

「こういうことは自分で聞くから意味があんの!わかってねぇなぁお子ちゃまは。5個違うだけでこうも変わるか。」

「うるさいなぁ、大輔はいいよなぁ。素直に好きとかそういう気持ちになれてさ。羨ましいよ。」

正直僕は好きって気持ちがどういう事なのか全然理解していなかった。それなりに遊んでそれなりに彼女もできたこともあるが、言葉で説明しろと言われてもできる気がしない。しかし、高校3年生の頃文化祭で一目惚れを経験したことがある。正直それが好きって事だったのかはわからないが。他の人と違う感情を抱いていたことに変わりはなかった。

「はい、ボンベイでジントニック2つね。好きなんてね、わかんないもんよ。俺だってわかんないしさ。俺は可愛いおっぱいでかい子が隣にいればそれで最高。」

俺はやっぱ智也とは分かり合えない。そう思いながらジントニックを一気に飲み干す。

それに釣られたのか大輔も一気に飲み干した。

「大輔、カラオケしよ。智也くん黙らせる。」

「おっけいよ好きなの歌いんしゃい。」

正直歌には少し自信があった。小さい頃から歌うことは好きでカラオケとかもよく行っていた。

好きな曲を歌い、とても気持ちよくなれる。そして周りから上手いねと少しだけでも言われるのが快感だった。

そして僕は数曲カラオケをした。

「歌上手なんですね!よかったら私とも一緒に歌ってくれませんか?」

僕は突然声かけられたことに驚きを隠さなかった。

カウンターに座っていた2人のうちの1人が声をかけてきてくれた。小柄で可愛らしい元気な子だ。

「私、大薗環って言います!お兄さんおいくつですか?あ、お名前は?」

「あ、21歳の花宮颯太です。全然僕でよかったら一緒に歌いましょ。」

突然すぎて僕は戸惑ったが、一緒に歌うことになった。

大輔も智也も気を遣ってくれたのか、さっとボックス席からカウンターに行き2人の空間ができた。

「颯太くん!同い年なんですね!よかったら仲良くしよ!」

そして少し話をしてカラオケを一緒にした。

環は少し遠くから来ていて終電の時間には帰らないといけないらしい。

「金土の夜だったら朝まで遊べる!大体空いてるから誘ってよ!」

と言い残し最後に連絡先を交換して帰っていった。

「環ちゃん可愛かったじゃん。」

大輔が智也と目を合わせながらニヤニヤしながらこっちに来た。

「まぁたしかに可愛かったよね。いい子だったし。」

「今度遊びに誘ってみたら?恋が芽生える?いや、颯太の場合は好きが何か掴むきっかけになるかもよ?」

「茶化すなよ、まぁ誘ってみるくらいいいよね。断られたら断られた時だし。」

そう言いながら、俺は今日のお礼と次の土曜日にご飯に行こうと誘ってみた。

 次の日朝携帯を見ると環から連絡があった。

「いいよ!楽しみにしてる!」

まさかこんなにすんなり言われると思ってなかったため、少し嬉しく、気分が高揚した。

バーテンダーで基本夜が仕事なため夕方まではベランダでタバコを吸いながら読書をしたり、気分転換にランニングしたりする時間にしている。

昨日のことを思い出しながら本を読んでいると携帯が鳴り出した。

「うい!颯太!今日夜春風行く?俺は今日も安定に春風からのS1コースよ。」

中学高校校の同級生だった樹だ。蓮と樹と俺は中学の頃から3人でいることが多かったためか、よく春風で鉢合わせる。

「仕事前顔出すか迷ってる。でも昨日も行ったから迷いどころ。」

「てか、聞いたよ!環ちゃんの話!智也くんがいい感じだったって。いやー、スカしてる颯太にも春の風が吹くってか?やだねぇ。」

智也くんはやっぱり悪魔だ。口が軽いにも程がある。前日の話がこうもすぐ広まるとは思ってなかった。

「今夏だし、別にそんなんじゃないよ。」

「まぁまぁ、とりあえず頑張れ。」

そう言い残して樹は電話を切った。

 土曜日になり、少し緊張しながらも俺は環に会いに行った。

集合場所は駅の時計台だったが、人混みがすごかったため時計前のエレベーターの裏にした。

「ヤッホー!待った?」

前と変わらない雰囲気の環が元気に走ってきた。

「全然待ってないよ、俺も今来たところ。じゃあ行こっか」

土曜日ということもあり人がごった返している。正直人混みは息苦しくて嫌いだ。

俺たちは人混みを避けるように近くの店に入った。

一通り注文をして、やっと落ち着きを感じた。

「そういえばさ、今大学生なの?」

他愛もない話をして俺は場を和ませようとする。

「んー専門学生だよ!服のデザインとかそういうの!」

「そうなんだ!かっこいいじゃん!」

「でしょ!正直私もそう思うんだよねぇ。颯太は?」

「俺は今年の春大学辞めてバーテンダーしてるんだよね。俺母子家庭で学費自分でバイトして稼いでって言ってたんだけど、それしてるうちにバーテンダーの仕事にめっちゃハマっちゃってさ、そのまま春から就職って感じ。」

「え!そうなの!私は母子とかじゃないけど親がギャンブル依存でお金なくてさ、私も自分で学費払って専門行ってるんだ!」

同じ境遇とまでは言わないが境遇が少し似ていて親近感を感じたように思えた。

それと一緒に凄く近い存在にも思えた。

「マジか、なんか似てるね。俺も近い経験してて辛さも分かるし応援するよ。」

「ほんと!ありがとう!いやー頑張るモチベーションが増えますわ。」

そんな話をしていたら料理も届き、俺らはゆっくり食べ始めた。

「今年も夏終わっちゃうね。私働き詰めだったから何もできてないや。」

ふと環が言った。

「俺もそうだな。バーテンダーしてるとさ、昼夜逆転しちゃうって言うか周りと生活スタイルが違いすぎて予定も合わないし、週6で働いてると休みが無さすぎてどこにも行けない。」

「仲間だね!」

そう環に笑いかけられた俺は、何か夏を感じさせてあげたいと思った。

「花火しない?近くで買ってさ、すぐそこの川行って。」

俺も夏を感じたかったし思いつきで誘ってみた。

「いいね!!やろうよ!」

そして2人で店を出た後花火を買い川へ向かった。

川に着いた俺たちは河川敷に降りて行き土手まで行ってバケツに水を汲んだ。

そして花火を始めた。

「綺麗。」

環はそう言いながら笑っていた。

無言の時間が続いた。でも、その無言は辛いものではなく、むしろ心の中が透き通るようで気持ちいいものだった。

色とりどりな花火を眺めながら過ぎていく時間はとても心地良いものだった。

最後に線香花火をする頃には時間は朝の3時をまわっていた。

「今日はありがとう。めっちゃ楽しかった。」

環が土手に座り言った。

「こちらこそ!楽しかったよ。」

俺もそう言いながら隣に座った。

「始発待たないとだ。」

「そうだね。俺も待たないと。」

正直この後何を話したか俺は覚えていない。ただ、いつもの疲れが癒やされていたのだけはよくわかった。

2人で朝を待ち、明るくなり始めた空はとても優しい気持ちにしてくれた。

これがこれから見る3つの空のうちの1つだった。

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