第九話 温泉での女子会
私はいっきのことが好き。
いっきはとてもやさしい。私がわがまま言ってもいつも譲ってくれる。私の誕生日に必ず一番にプレゼントを渡してくれる。男の子に泣かされたときも何時間も私のそばにいてくれた。
だから、怖いんだ。いっきが私に向けてるのは恋愛感情じゃなくて、ただの幼馴染に対する愛情なんじゃないかって。
その不安が私を縛り付けて、中学校になっても告白できずにいた。
だけど、中三になって、いっきがあの女の子に告白した。そして、あの女の子はうなずいた。
悔しかった。なんで早くいっきに好きって伝えなかったんだろうって毎日後悔してた。だから、私は必死にいっきを取り戻そうとした。弁当を作ったり、花火大会に誘ったりした。せめて、もう遅いってことにならないように。
いくら時間を重ねても、いっきの心があの女の子のところにあると感じた。いっきは毎日あの女の子に金を渡していた。そこまでしてあの女の子との関係を繋ごうとしているいっきを見て心が痛んだ。
しかし、ある日、あの女の子はいっきに別れを告げた。チャンスだと思った。それから私はもっといっきに話しかけたり、一緒に下校したりした。でも、いっきはそれから変わってしまった。
優しくなくなったわけじゃない。ただ、誰も信じていないような目をするようになった。普通に会話しているはずなのに、いっきの心が遠くに感じてしまう。
それは高校に入ってからも変わらなかった。私はあきらめた。もういっきの窓をたたいたり、外出を誘ったりしなくなった。一緒にいるとつらい。でも、昼休みは一緒にご飯を食べるし、下校も一緒にする。家が隣同士だからだけでなく、一緒にいるとつらいけど、一緒にいたいという矛盾な気持ちが私を苦しめた。
高2になって、いっきは少し明るさを取り戻した。今なら告白したら前に進めるかな。そう思ったとき、いっきは罰ゲームに負けて、姫宮さんに告白した。そして、姫宮さんがオーケイを出した。
また取られてしまった。悔しさより、タイミングの悪さと自分の馬鹿さ加減を恨んだ。だから、私はまた弁当を作り出して、いっきの窓を叩いたり遊びを誘ったりした。
つくづく神様に見放された気分だ。私はただいっきの恋人になりたいだけなのに。幼馴染からいっきの彼女になりたいだけなのに、いつも違う人にいっきを取られてしまう。
だから、今度こそ、絶対に奪い返す。いっきのことを一番わかってるのは私だから、小さいときからずっと一緒にいたから。ずっと好きだったから……
こんなことを思いつつ、私は温泉に入った。溜息をつくと姫宮さんの声がした。
「有栖さんがため息つくなんて珍しいわね~」
姫宮さんも先に温泉に入ったのか。そういえば部屋にはいなかったね。
「私だって悩みくらいあるよ」
「そうね、悩みは誰にだってあるものね」
「姫宮さんにも悩みが?」
「私をなんだと思っているかしら?」
「魔王」
あれ、私ってなんか変なこと言ったのかな。なぜか姫宮さんが黙っちゃった。
「好きでそう呼ばれているわけじゃないわ……」
「じゃ、なんでみんなに辛辣な言葉を言うの?」
「……ごめん、この話は終わりにしよう」
話したくないのかな。姫宮さんにもなにかあったのかもね……
にしても、姫宮さんはほんとにきれいな人だ。透き通る肌が湯気に当てられて少し赤くなっていて、長い髪が濡れて無造作に肩に垂れている。すっぴんでも圧倒的な美しさを感じさせる。私が男の子なら多分告白していただろう。
でも、そしたらなんて言われるか想像するだけで震えてきた。今なら姫宮さんに告白した男子たちが勇者と呼ばれる理由が分かった気がする。
「なんでいっきなの?」
「うん?」
気づいたら、私が口を開いた。
「なんでいっきと付き合ったの? 今まで色んな男子が告白してきたじゃない!」
「それは私も聞きたいわ。有栖さんにもたくさん男子が告ってきたはずなのに、なんで全員を振ったの?」
「そんなの、好きじゃないからに決まってるじゃん」
「言い訳かしら?」
「言い訳?」
「有栖さんが男子を振るとき、必ず好きな人がいるっていうんだもの」
「なんでそれを知って……」
「企業秘密」
「てか、私の質問に答えてないじゃん? なんでいっきがよかったの?」
「多分、あなたと一緒かもね」
「私?」
「有栖さんもいつきくんのことが好きでしょう?」
「違うし!」
「そういうことにしとこう。でもね、私は絶対にいつきくんをほかの人に渡すつもりはないから」
「私だって……」
なんでムキになったんだろう。そもそも、いっきの今の彼女は私じゃない。渡すも何も、いっきは私のものじゃないから……そう思うと少し涙が出そうになった。
「有栖さん、私から言える義理はないかもしれないけど、いつきくんを大切にしてあげてね……」
「いわれなくたって!」
二泊三日の旅行はあっという間に過ぎ去ってしまった。ごはん食べるときにはしゃいでこぼしたら、いっきが優しく拭いてくれた。
夜もドキドキで眠れなかった。いっきまだ起きてるのかなってずっと考えていた、いつの間にか私も眠っていた。
もし、中学校に戻れるなら、私は迷わずにいっきに告白してただろう。でも、もう戻れない。
だから、なにがあっても、姫宮さんからいっきを奪い返す。私はそう誓った。