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第六話 結婚

 社会人になって二年が経った。


 それは愛との同棲生活が二年も過ぎたということでもある。


 いつものように、会社の最寄駅で降りて、会社のほうへ向かう。


 ここらへんもだいぶ変わったな。


 昔、通勤路で本屋のあった場所は飲食店になったし、逆に飲食店のあった場所はアパレルショップになっていたり。


 うん? ウエディングドレス?


 ある店の宣伝ポスターが目に付いた。


 この店は今まであったのかな。


 おそらく新規オープンした店で、俺の今までの記憶にはなかった。


 少し興味が湧いたので、俺は立ち止まってウィンドウ越しに店の中にあるウエディングドレスを見比べていた。


「御覧になっていきますか?」


 店の前に立ち尽くしている俺に店員の女の子が話しかけてきた。


「あっ、いや、その、これから出勤です」


「そうなんですね」


「でも、退勤したらまた来るので、そのときは案内していただけますか?」


 俺がそう言うと、女の子は嬉しそうに笑った。


「お待ちしております!」




「あの……」


「あっ、今朝の方!」


 朝出会った店員の女の子は俺を見つけて、すたすたと歩み寄ってきた。


「いくつかウエディングドレスを見せてもらってもいいですか?」


「もちろんです!」


 店員の女の子はえへへと笑った。


 話を聞くと、この店はウエディングドレスを売っているわけではなく、これから夫婦となる方々の結婚式をプロデュースしてくれる店だ。


 ウエディングドレスの貸し出しから、結婚式のプランの作成、会場の予約、新婚旅行の案内まで、いたれりつくせりだ。


「彼女さんはどんな方ですか?」


 結婚式のプランを説明されている間に、店員の女の子が急に聞いてきた。


 実際、面と向かって聞かれたら、答えに困る。


「そうですね。昔は口が悪くて、強引で、でもいつの間にかやさしくなって、いつも可愛くて、怒ってるときと意地悪するときはフラットな口調で、すごく綺麗で……あっ、すみません。しゃべりすぎましたか?」


「いいえ、とてものろけていらっしゃったので、こちらも微笑ましい気持ちになりました」


 のろけてたのかな?


 わりと愛について思ってることをそのまま話したような気がしなくもないのだが。


「プロポーズはもうしましたか?」


 店員の女の子に聞かれて、愛にまだプロポーズしていないことを思い出す。


「……まだです」


「それなら指輪も見ていきます?」


「はい」




「ただいまー」


「おかえり~ 今日は遅かったけど、残業でもしてたの?」


「いや、残業じゃなくて……」


「えっ?」


 いきなり俺に手を引かれて、愛は戸惑いの声を上げた。


 愛の左手を引いたまま、俺はポケットの中に入っていたケースを器用に片手で解いて、指輪を愛の薬指にはめた。


 せっかくラッピングしてもらったのに、もったいないことをしたなって自分でも思ってる。


 でも、なぜかこの瞬間、愛に渡さなきゃと思った。


「こういう時はなんていえばいいのかよく分からないから……ほら、俺ってプロポーズの経験ないし」


「あったら私は困るかな……」


 愛の声が小さかったので、彼女の顔を覗き込んでみたら、彼女の頬を伝って、涙がとめどなく雫となって滴り落ちていく。


「あの、泣かないでよ……恥ずかしいから」


「こんなときになんで泣かないでっていうのかなー」


「だって……」


「泣かないなんて無理に決まってるじゃん……中三のあの日からの夢なんだから」


 そうか、愛は中学三年生の時に俺がいじめっ子に石を投げたその日から、俺の嫁になりたいと思っていたんだ。


「なんでいつきくんまで泣くのかな……」


 どうやら、俺も泣いてたらしい。


「愛してるよ、愛……」


「ばか……なんでこんな時にそれをいうのかな……」


「返事を聞かせてくれないかな? 愛」


「そんなの決まってるじゃん……なんで分からないのかな」


 愛は終始泣いていた。


 そして、俺のプロポーズに応じてくれた。




『そうか、お兄ちゃんは愛ちゃんと結婚するのか』


『うん。結月は結婚式に来てくれる?』


『行く。私……』


『うん?』


『私後悔していないから……』


『うん』


『中学校のときにお兄ちゃんとちゃんと向き合わなかったこと、後悔していないから……』


『うん』


『ほんとに後悔していないから……』


 電話の向こうで、結月が泣いているのは簡単に分かった。


 何度も繰り返される結月の言葉に、俺の胸は締め付けられた。


 それは彼女の本心でも、強がりでも……




『なんで私の許可なしにプロポーズしたのよ!』


『いや、プロポーズするのに芽依の許可はいらないでしょう』


『いるの! そんなの却下よ! 今すぐ結婚式の予定を取りやめなさい』


『無茶いうなよ』


『だって、だって、私まだいっきのことあきらめてないのに……』


『ごめんね、芽依』


『謝らないでよ! それじゃ、私が愛ちゃんに負けたみたいじゃん!』


『芽依はだれにも負けてないよ。俺の中じゃ、芽依は誰にも代えられない存在だから』


『ずるいよ……そういう言い方』


『ごめん』


『まあ、結婚したからって離婚しないとも限らないしね。体の相性とかマンネリとかで』


『ちょっと芽依、そういう際どいこと話すのやめて。それにそういぅたことは大丈夫かな』


『は? そこを詳しく!』


『また今度ね?』


『最悪愛人でもいいから』


『その単語今すぐ忘れろ!』


 幼馴染として、芽依のことが少し心配になった。


 ほんとに芽依にも幸せになってほしい。


 誰にも負けないくらいに。


 ずっと支えてくれた女の子が幸せになれますようにと、俺は神様にお祈りした。




 一か月後、俺は愛と入籍して、半年後、俺と愛の結婚式はみんなの祝福のもとで行われた。


 そして、「姫宮愛」は「秋月愛」になったのだった。

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