第一話 受験
after story〜始まりました。
2月に入ってから、受験は本格的になった。
滑り止めの大学を一通り受験して、本命の私立と国立大の試験が控えているのが現状だ。
三学期になってから、自主登校になった上に、愛と話し合って、受験が終わるまで会わずにたまに電話で連絡をとることになっているから、もうかれこれ1ヶ月以上愛に会っていない。
だから、携帯が鳴って、発信者が愛だと確認したときは、嬉しくてすぐに電話を繋いだ。
『もしもし?』
「もしもし、愛、声聞きたかった〜」
『私の彼氏さんは甘えん坊さんになったのかなー』
「好きに言っていいよ! 久しぶりに愛の声が聞けて嬉しくて」
『じゃ、好きに言わせてもらうよ〜 好き、好き、大好き〜』
「それってちょっと意味が違くないか?」
好きに言うのって好きって言葉を言うんだっけ? 思いがけない愛の好きの連呼に俺の顔に熱がこもってきたのは触れなくても分かる。
『私の言いたいことを言っただけよ?』
「ううっ」
愛が可愛すぎて、もはや唸ることしか出来ない。久しぶりに愛の声が聞けたのも大きいと思う。
『ところで、受験は順調そうだね』
愛とは1週間以上電話していないが、お互いの状況はRINEで報告しあってるから。
「愛のおかげだよ。一緒の大学に行きたいって無茶言って、なのに、愛は嫌な顔せずに勉強を教えてくれてたから」
『大好きな人が自分と同じ大学に行きたいって言われて、嫌な顔する女の子っているのかなー』
「好きって言いすぎ……」
とうとう恥ずかしさがゲージを振り切れたのか、俺の声は消え入りそうなくらい小さくなった。
『嫌?』
「嫌じゃないけど……」
『じゃ、もう一生言わないでおこうかなー 嫌じゃないだけで、言われて嬉しい訳でもないでしょう?』
「そんな極端な……意地悪だよ」
多分、俺が思ってるより、今の自分が甘えん坊になってるような気がする。
『じゃ、もう一度聞くよ? 言われて嬉しい?』
「嬉しい……です」
『いい子ね〜』
「愛も滑り止めが受かってよかったね」
これ以上こんな話をすると、熱が出そうなので、俺はさりげなく話題をそらした。
『うん、共通試験の点数がよかったから、そのまま合格にしてくれたの』
「いいな〜 俺、共通試験のとき緊張しちゃって、数学の点数がダメでさ」
『でも、滑り止めは受かったでしょう?』
「うん、なんとか一般で合格したよ」
『これで2人とも滑っても一緒の大学に入れるね〜』
「あんまり考えたくないことだね、はは」
一緒の大学に行けるのはいいけど、受験生が声高らかに「滑る」前提で話を進めるのに対して、俺は苦笑いを禁じえなかった。
『いいじゃん! そしたら日給を貰いに毎日別の大学にいかなくて済むんだよ?』
「週末にまとめて貰うって発想はないんだね、はは」
『ないかなー』
いじらしすぎる。そう思うと、寂しい気持ちになってきた。もし今が受験じゃなかったら、愛に会って抱きしめていたところだった……
愛、会いたいよ……
「愛、風邪ひかないように気をつけてね」
なんとか寂しい気持ちを押さえ込んで、俺はそう言った。
なんか、男って、強がるとこうなっちゃうんだなと俺はまた少し苦笑いした。
相手の女の子に好きとか、会いたいとか、寂しいとかを伝えられない状況になると、男みんながこうなのかどうかは分からないけど、少なくとも、俺は体調の話をする。
「会いたい」の代わりに「体気をつけてね」という言葉をかける。「寂しい」の代わりに「風邪ひかないでね」の言葉を綴る。
不器用というより、男っていう生き物自体が強がりなのだとしか言いようがない。強がってかっこつけてるのだと思う。
実際、会いたい、寂しいという言葉をぐっと堪えて、愛に心配の言葉をかける自分に少し自己満足に似た感情を覚える。
ハードボイルドとはいかないけど、俺も男なんだなという自己陶酔。
そう思うと、俺はまた苦笑いをしてしまった。今日だけで苦虫を100匹噛み潰したような感じがする。
『風邪ひいたら、いつきくんにうつすから大丈夫よ?』
「えっ?」
『だって、人に風邪うつしたほうが治りが早いっていうじゃん。ほかの人に迷惑掛けられないから、いつきくんにうつすしかないかなー』
「俺には迷惑かけてもいいんだ」
思わず口角が緩んだ。多分、愛の屁理屈に俺は笑ってしまったと思う。
『「そうだよ」』
「あれ、なんか電波悪いみたいだね。愛の声がはうってる」
『「それは……私がいつきくんの後ろにいるからだよ!」』
振り返ると、俺は思わず椅子から飛び跳ねてしまった。
そこには、俺の愛する女の子、愛の姿があった。
「ええぇ?」
「びっくりした?」
愛は携帯を閉じてにやにやしだした。
「びっくりした! まさか会いに来てくれるなんて思わなかったから」
「びっくりしたならよかった〜 来た甲斐があったね〜」
びっくりさせるためだけに会いに来たみたいな言い方に俺は少しムスッとした。
「もう、その口はどうしたのかなー なんで唇を尖らせてるのかなー」
「ちょっと拗ねただけ」
「もう、空気を入れ替えないから、拗ねちゃうんだよ、窓開けるね〜」
いや、換気と拗ねることには関係がないだろう……てか、今暖房効いてる状態で普通窓開けるのかな。
愛が窓を開けた瞬間、悲劇が起きた。
恐らく、芽依が投げた小石なのだろう。なにかが愛の額に当たって、愛はそのまま後ろに倒れ込んだ。
「愛! 愛! 大丈夫か! 愛!」
いくら叫んでも、愛は俺の声に反応しなかった。愛の額から赤い液体が滴り落ちて、床にまでシミを作ってしまった。
「愛! 返事して! 愛! 芽依、なにを投げたの!」
窓の向こう側に、芽依は「やっちゃったな、てへぺろ」な顔をして、口笛を吹いてる。
なんで、こうなった……愛が死んで、芽依も犯罪者になってしまう。
「愛! 愛! 聞こえたら返事して! 芽依、いますぐに救急車を呼んで!」
「別に呼ばなくてもいいかなー」
「いや、愛に意識がない……あれ?」
意識のないはずの愛がなぜか起きていて、自分の指で額の液体を少し拭き取って、それを自分の口の中に入れて舌ずりをした。
俺もそれに習って、指をその液体につけて、そしてゆっくりの口の中に入れた。
ケチャップじゃん!
「「ドッキリ大成功!」」
俺の呆れた顔を見て、愛と芽依は同時に声を上げた。
「少しは息抜きしないとだめよ? いつきくん。芽依ちゃんから、いつきくんが相当張り詰めているって聞いたから」
「そうよ! いっき全然構ってくれないもん!」
窓越しに芽依の声が響いてくる。
「いや、受験生だからね……」
「いっき、ちょっと待ってて、今いっきと愛ちゃんのところに行くから」
「いや、来なくていいよ……」
芽依はそういって、窓を閉めた。多分、物凄い勢いで俺の部屋に向かってるのだろう。
「愛、ほんとに心配したよ……」
「ありがとう、でも、私の方が心配よ?」
「えっ?」
「普段のいつきくんならそれが冗談だとわかるはずなのに、今のいつきくんはそれが冗談だと判断できないくらい張り詰めているもん」
「そうかもね……」
「いっき! これあげる!」
芽依が勢いよく、俺の部屋のドアを開けて、ラッピングされたなにかを渡してきた。
「本命チョコだよ!」
「今日はバレンタインだよ? もしかしていつきくん気づいてない?」
俺の呆然とした顔を見て、愛は説明してくれた。
「あっ!」
2月に入ってから、入試の日程しか頭になかった。そう言えば今日は14日だったな。
「はい、これは私のチョコね」
愛から渡されたのは芽依のそれに勝るとも劣らないようなラッピングされた綺麗な箱だった。
「手作りよ?」
「私だって手作りだよ!」
「えへへ、それこそ私のライバルだね、芽依ちゃん」
「えっへん、愛ちゃんこそ私に負けないようにせいぜい頑張ってね!」
この2人ライバルとか言ってるけど、めっちゃくちゃ仲良くなったな。昨日の敵は今日の友というやつか。にしても今もまだ敵なんだけどね。
俺は2つのチョコを胸に抱きしめて、張り詰めていたなにかがその温かさで溶かされていった。




