第六十九話 ほんとの愛
「おい、姫宮、起きなさい」
先生は机に突っ伏してぐっすり寝ている愛を起こそうとしてる。
愛がボイスメッセージを聞いて以来、授業で居眠りすることはなくなった。
教師の間は歓喜の色に染まった。
あの姫宮が本気を出したぞとか、これなら○大も行けるんじゃないかとか先生方がしょっちゅうそんなことを口走った。
その矢先に、これだから、先生もため息をつかずにはいられなかった。
「うん?」
愛は手で目を擦りながらゆっくりと上半身を起こす。
「姫宮、なんで居眠りしたんだ?」
「だって、昨日幸せな夢を見て、目が覚めたあともずっとわくわくしてたから、あんまり眠れなくて……ふあぁ〜」
蕩けた顔で欠伸をした愛を見て先生だけじゃなくて、生徒もざわついた。
「可愛いな」
「さすが姫様だ」
「ああ、彼氏と別れないかな〜」
そんな生徒たちの反応を見て、先生も諦めたのか、「あ、ああ、気をつけてね」と呟いて黒板のほうに戻った。
あれから、愛は「魔王」の代わりに「姫様」と呼ばれるようになった。
なんでも、誰に対しても優しくて、意地悪する時はフラットな口調をするとこが姫様みたいだそうだ。
加えて、その見た目ときたら、「魔王」という呼び名より「姫様」という呼び名があっという間に生徒の間に浸透していった。
それだけではない。俺という彼氏がいながら、愛に告白する男子は途切れない。
そんな男子たちに、愛は従来の辛辣な断り方をしなくなった。
「わ、私には、そ、その、大好きな人、結婚したい人がいるので、ご、ごめんなさい」
そんな可愛らしい断り方にますます心を打たれて何度も告白してくる人もいる。
男子の間で、そんな恥ずかしそうに断る愛を一目見たいと、告白してくる人もいるのだから、愛の人気は目に見えて上がっていく。
俺としてはちょっと不安を感じる。
「愛ちゃん、シャーペン貸して?」
「はーい」
「愛ちゃん、最近人気のファッション誌の新刊が出たんだけど、見る?」
「見たいー」
「彼氏とデートするときにこんな服着たらどうかな?」
「えっ、ちょっとあざといよ」
愛はすっかり女子たちの間の人気者になった。
「男子はあっち行ってよ」
「そうだそうだ」
その代わりに、変わった愛に声かけようとする男子たちは女子たちの鉄壁の守りを突破できずに悶絶している。
愛はもう、きつい態度で自分を武装して辛辣な言葉という鎧を身につけなくなった。
これが本来の彼女かもしれないが、彼氏としてはちょっと寂しいかな……
でも、昼休みのときは相変わらず、いつもの7人でご飯食べてるし、放課後は芽依と言い合いしながら、俺と一緒に下校をする。
変わったものもあれば、変わらなかったものもある。
「いっき、あーんして〜」
芽依はわざとらしく、お箸で卵焼きを掴んで、俺の口に運ぼうとしている。
「有栖さん、だめ!」
「姫様よ、魔王の力を失った今のあなたなら、私と張り合うことはできますまい!」
2人してノリノリだな。
「ごめん、芽依、それは食べれないかな」
「そんな! なにがいけないの? 彼女じゃないから? 彼女にしかあーんしてほしくないから?」
「まあ、そういうとこかな」
「有栖さん、どうやら私の勝ちみたいね〜」
「そんな……」
「私は義妹だから、あーんさせて貰えるよね?」
「結月ちゃん? また秋月さんと呼ぼうかなー」
「ごめんなさい!」
「ねえねえ、いつき、また本屋に行ってお宝探そうぜ!」
「ごめん、はると、1度もお前と宝探ししたことないよね」
「姫宮さん、いつきばっかでずるいよ、そろそろ俺にもおっ……痛っ」
「れんは黙ってろ! まじでセクハラだからな!」
「はーい」
そんなれんと葵のやりとりを見て、愛はクスクスと笑った。
「ねえ、愛」
「なに、いつきくん」
「俺を捨てたりしないよね……?」
とうとう不安がとめどなく込み上げてきて、俺は思わずそれを口にした。
「大丈夫だよ! いっき、姫宮さんに捨てられても私がいるもん!」
芽依はそんなの期待しているぞと言わんばかりに口を挟んできた。
「私をそんな女の子だと思ってるのかなー 結婚したいと思ってたけど、考え直したほうがいいのかなー」
「えーっ!」
「冗談だよ〜 ずっといつきくんのことが大好きだから」
「愛……」
「いつきくん……」
「「ちょっ!」」
「はいはい、これ以上は家に帰ってからしてね!」
葵がそういうと、俺と愛は我に返って、恥ずかしさのあまりにお互いに俯いた。
「ほんと、おしり夫婦だね〜」
「葵、それをいうならおしどり夫婦だよ」
「れんの癖に、国語の成績だけはいいんだよね!」
葵もまさかれんに国語のダメ出しをされる日が来るとは思わなかったのだろう。狼狽えながらも、れんに逆ギレした。
「そりゃ、えっちの本ってよく難しい単語が出てくるから、調べてたらいつの間にか……痛っ」
葵の平手打ちはまたれんの頭上を襲った。
よほど悔しいのだろう。自分より国語ができるのはえっちな本を読み漁った結果だというのだから、葵じゃなくても、怒るだろう。
「こっちには生きたエロ本がいるのに!」
何故か急に芽依が視線を俺と愛に向けた。
「2人ってめっちゃえっちなことしてるの見たからな!」
多分夏休みに海に行ったとき、芽依が俺と愛の部屋に侵入して目撃した光景を言ってるのだろう。
芽依がそういうと、みんなの視線が一斉にこっちに向いた。もちろん、ほかのクラスメイトも。
愛は顔を紅潮させて、両手で顔を覆った。
「だ、だって、有栖さんがいつきくんに迫ったから、追い返そうと、つい……」
「芽依にだけはえっちだって言われたくないな、はあ」
いつも変態じみたことを言ってる芽依にえっちなんて言われたら複雑な気持ちになる。
しかし、愛は「魔王」じゃなくなって、すっかり普通の女の子になった。「姫様」って呼ばれたり、照れたり、笑ったり、からかったり、意地悪をしたり……そして、芽依に言い負かされたり。
これがほんとの愛だと、俺は愛しい気持ちを覚えたのだった。




