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第六十五話 2年前のクリスマスイブ

 喧騒な商店街を、俺は愛と一緒に歩いていく。


 クリスマスイブは冬休みの間にあるから、学生のカップルにとってはありがたい。


 ジングルベル、ジングルベルの音と人々の談笑が混ざりあって、まるで装飾品のように、イルミネーションと一緒に聖夜を彩っていく。


 ほんとはシャレたフレンチの店を予約して、豪華な晩飯を食べたあと、愛とナイトショーで、映画館の1番後ろにある個室のソファーに座って、恋愛映画でも見て、そのまま高級ホテルの一室でゆっくり2人の時間を過ごしたいところだが、あいにく、俺はまだしがたない高校生である。


 そんなのは働いていつか金持ちになったときに取っておこう。


 ただ、フレンチという条件を除けば、晩飯は食べれるし、個室という条件を除けば、映画も見れる。ワンランクダウンどころじゃないけどね……


 イタリアンのファミレスでパスタを食べて、2人で行列のできるたい焼きの店で、クリーム味とカマンベールチーズ味のたい焼きを買って、熱っ、熱つっと言いながら、俺と愛は歩き食いをしていた。


 正直、クリスマスイブは愛する人と一緒にいるだけで十分だと思う。


 もちろん、フレンチも映画館のソファーつきの個室もいいが、愛する人となにをしても幸せな気分になれる。


 今日の愛は、自身のスタイルの良さを引き立てるような、厚いタイツに、白いニットのセーターを着ていて、その上に薄いピンク色のコートを羽織っている。


 多分、恋人の俺じゃなくても、愛はどこかの女優かアイドルに見えるだろう。


 「魔王」こそ呼ばれているものの、学校一の美少女の呼び名は伊達ではないと思い知らされるように、薄く化粧をした愛はイルミネーションよりも美しく見えた。


「クリームうまいっ」


「いつきくんはまだまだかなー カマンベールチーズこそ王道だよ」


 いや、王道はあんこだろう。そう思ったけど、嬉しそうにドヤ顔している愛が可愛すぎて、口には出せなかった。


「そこまで言われたら、俺も1口食べたくなったなー」


 もちろん、俺はわざとらしくこう言った。愛とは、その、いっぱいキスしてきたけど、やはり間接キスとなると、それはそれでドキドキする。


「いやらしいこと考えてる人にはあげませんー」


 俺の心を見透かしたのか、愛は意地悪モードのフラットな声で俺の願望を一蹴する。


 昔なら、ここで諦めたけど、今の俺はそう簡単に引き下がらない。


 俺は愛が食べた直後のたい焼きを目掛けて、がぶっと一口頂いた。


 すると、愛はぶぅと怒ってる感じで俺を睨みつけてきたけど、そんなのいつものことだから無視。


「熱っ、でも、美味しい! 愛の言う通り、カマンベールチーズって美味しいよ!」


「ほんと? 確かめさせてもらうわ〜」


 気づいたら、愛は背伸びして、自分の唇を俺の唇に重ねた。


「ほんとね、美味しい……」


 今さっき食べたし、自分から勧めてきたのに、改めてカマンベールチーズ味が美味しいかどうかを確かめる必要なんてないだろう……


「あっ、うっ……」


 俺はただただ慌てふためくことしかできない。


「やはりいつきくんが勝手に食べた部分のほうが美味しい気がするかなー ずるい!」


「そんなわけないでしょう」


 ほんと、俺の前だと、「魔王」っていうより小悪魔だな……


「だから、いつきくんが食べさせて?」


「えっ?」


「いつきが私のたい焼きを噛みとって、それを口越しに私にちょうだい?」


「……」


 なぜか、最近、愛と一緒にいるときは、公開処刑やら羞恥プレイの類が増えてる気がする。


 嫌がってるふりをしながら、俺は口越しに愛にたい焼きを食べさせた。すれ違った人達はなぜか微笑んでいた。





 2人で公園のベンチに座ると、俺は思わず夜空を仰いだ。


 さすがに、ホワイトクリスマスは期待しすぎかもしれないが、でも冬の空に疎らに光る星々を見て、ふと思ってしまった。


「ねえ、星を雪だと思えば、今日はホワイトクリスマスかもしれないね……」


「いつきくん、大丈夫? 熱でもあるの? でないとこんなロマンチックなことは言わないかなー」


 口調からして、俺をからかってるのが手に取るように分かる。


 愛が行きたい場所があると言って、俺をこの公園に連れてきたときは、なにか企んでるとは思ってたけど。


 案の定、愛は意地悪だ……きっと、公園のロマンチックな雰囲気に俺が呑まれて痛いことを口走るのを待って、愛はそれをからかって楽しむつもりだろう。


 なんかそう思うと、懐かしい気持ちになる。付き合いたてのときは、しょっちゅう愛がなにか企んでるのではないかと考えてたっけ……


「ねえ、いつきくん、この公園は覚えてる?」


 急に愛の声は真剣さを帯びだした。


「この公園? 前に来たことあったっけ?」


「ううん、この公園でね、初恋の人に出会ったんだ」


 えっ!? 愛の初恋の人の思い出? めっちゃ聞きたくない! 今すぐ耳を塞ぎたい。てかもう塞いだ。


 でも、愛は無理やり俺の耳を塞いだ手を引き剥がして、言葉を続けた。


「2年前に、ちょうど今日と同じクリスマスイブの日、私はお母さんに頼まれて、予約したケーキを受け取りに行ったの」


「……」


 愛の初恋の人のことが語られると思うと、気が気じゃない。


「するとね、クラスメイトの男子2人に捕まったの」


 ほら、絶対初恋の人が助けに来てくれたって話じゃん。


「2人は私をこの公園に連れてきて、地面に突き落とした」


 めっちゃひどい……まじで見てたら殴りたい。


「『()()な顔してるからって調子に乗るんじゃない!』って。私は彼らと関わりがなかったけどね」


 なにか引っかかる……


「いつものことだから、私は強がって、『別に好きで()()な顔に生まれてきたわけじゃないもん!』って言い返したの」


 点が線となって、俺は薄々愛が抱えているトラウマの正体がなんなのか分かってきた気がする……


「そしたら、1人は手を振りあげて、私を殴ろうとしたの。私は、また絆創膏が増えるなぁと思って諦めて項垂れた……でも、そのときにね」


 やはり、助けに来た初恋の人の話だ。聞きたくない、聞かせないで……今自分を思い切り殴ったら失神できるかな……


「なにか音がしたの」


 音?


「すると、1人の男子が頭を抱えて、痛って叫び出した」


 なにがあったのだろう……


「その後ろから、1人の男の子がね、『お前ら、その女の子に相手にして貰えないからって女の子に暴力ふるうとか最低〜 ムカついたらかかってこいや』って叫んでた」


 やはりヒーローっぽいな、俺も思わずため息をついた。そんな俺を見て愛もため息をついた。


「で、どうなったと思う? その男の子がね、いきなり逃げ出したの。2人の男子がその男の子を追っかけてったけど、その男の子はそれでも、『やあやあ、バカバカ! 図星だからってすぐ怒るなんてお子ちゃまだね、ばーか』って逃げながら叫んでたの」


「あれ? ちょっとださい?」


 俺の想像してたヒーロー像と少し違う気がする。いや、だいぶ違う。


「うん、とてもかっこわるかったよ……でもその男の子の一言に救われたの」


 なぜか、愛の顔は少し赤くなって、嬉しそうにしている。それを見て、俺は愛の初恋の人にとてつもない嫉妬を覚えた。


「あの男の子は逃げながら、最後に『お前も堂々としろや! 顔なんてどうだっていい! お前は悪くないし、人の顔を見て判断するこいつらのほうが悪いや!』って言いながら小悪党みたいに暗闇の中に消えていった。おかげで、私はクラスメイトの男子から逃げれたの」


 このセリフ、記憶にある……


 2年前のクリスマスイブに、俺は母ちゃんにずっと高校受験の勉強をさせられてて、息抜きに家から逃げ出した。


 その時は結月に振られたショックで、高校なんてどうでもいいと思った。


 受験勉強のせいもあって、俺はすごいストレス溜まってて、イライラしながら商店街を歩いていた。


 気づいたら、この公園にたどり着いた。


 そしたら、男子の怒声が聞こえてきた。


()()だからって調子に乗って、俺らを見下してんじゃないよ!」


「そうだよ、()()なだけで、俺様を振るなんて調子に乗りすぎ!」


「わ、私は別にそんなこと思ってないよ……恋とかよく分からないから、断っただけで……」


 どうやら、男の子2人が逆恨みで女の子を虐めてるみたい。


「うるさい!」


 男の子の1人が拳を振り上げて、それを女の子のほうに当てようとした。


 ちょうどいい、お前ら2人には俺の鬱憤ばらしに付き合ってもらうよ。


 俺は小石を拾って、その拳をふりあげたやつに目掛けて思いっきりなげた。すると、自分でもびっくり。それがそいつの後頭部に直撃した。


 こうなったら、あとは煽るしかない。


「振られたからって、逆恨みしてやんの」とか「女の子に相手してもらえないからって暴力ふるうとか最低」とか、思いつくだけの言葉をあの2人の男の子にぶん投げた。


 すると、その2人は女の子をほっといて、俺を追っかけてきた。おいおい、ますます男の風上にも置けないな……


 小石をあいつらになげながら、「やあやあ! バカバカ!」って煽ってたら、受験勉強のストレスが吹っ飛んだ気がする。


 最後に、そこに蹲った女の子に、俺は()()()()()()ことを叫んだ。


「お前も堂々としろや! 顔なんてどうだっていい! お前は悪くないし、人の顔を見て判断するこいつらのほうが悪いや!」


 そして、俺は家まで逃げたのだった……


 今思えば黒歴史のはず……だった。


 急にとんでもなく恥ずしくなって、俺は顔を両手で覆って唸り出した。


 ダサい、かっこよくない、小悪党みたいって言葉が胸にささる。


 ひとしきり唸ったあとに、俺は勇気をだして、愛に質問した。


「なぜ、その男の子が俺だとわかったの?」


 すると、愛はにやっとして、こう答えた。


「探偵って職業は知らないかなー」

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