第六十三話 夜這い再び
夜のビーチを愛と一緒に散策していると、まるで俺らがここを歩いたことを永遠に刻むかのように、砂の上に2人の足跡が残る。
星は異様に輝く。その中でも月は一際大きかった。海に反射されている星の影は白砂のようにどこか幻想めいてる
「月が綺麗ね〜」
「それ確かに前もどこかで聞いたような」
「箱根温泉に行ったとき、私が言えなかった言葉よ」
「あっ、そのとき月が見えなかったよね」
「だから、今言えた」
そう言って、愛は小走りで俺の前にきて、踵を返して、俺に向き直った。
「返事は?」
「返事?」
「まさか、分からないの?」
「えっ?」
月を誉められたら返事をしなければならないルールってあったっけ?
「えっと、確かに、今日の月、いつもより丸くて綺麗だね」
8月の月は中秋の名月ほどではないが、それなりに丸みを帯びている。
「いつきくんってまさかばかなの?」
「えっ?」
いきなり恋人にバカって言われる男の心境が少し分かった気がする。理不尽だ。
「ほんとに、分からないの?」
「ごめん、教えてくれたら助かる……」
「月が綺麗というのは『愛してる』って意味だよー 奥ゆかしい日本人のために、夏目漱石は『I love you』を『月がきれい』と訳したの」
「へえ、愛って物知りなんだね」
「いつきくんが無知なだけかなー」
「返す言葉もない……」
「だから、返事を待っているのだけれど……」
「返事?」
「愛してるって私から言ったじゃない!」
愛はぶぅと膨らんで、怒ってるふりをした。なるほど、3ヶ月前に箱根温泉に行った時、愛は既に俺に気持ちを伝えていたんだ……
「俺も……愛してる」
「ありがとう」
そう言って、愛は俺の唇に自分の唇を重ねた……
旅館に戻ると、俺は愛と自分の部屋に戻った。
部屋割りははるととれん、葵と芽依、俺と愛の三部屋だったが、俺と愛はみんなが寝たであろう時間に旅館を飛び出して、ビーチの上で散歩をしていたわけだ。
部屋に戻って、俺と愛は隣あって敷かれている布団の中に潜った。
ちょうどこの瞬間、ドアの方から小さな声が聞こえてきた。
「いっき……」
芽依の声だ。俺は愛のほうを見ると、愛は目を閉じている。もう眠ったのかな。
俺はドアにゆっくり近づいて、それをゆっくりと開けて、芽依を部屋に入れた。
すると芽依は玄関から一気に寝室に向かった。隣あって敷かれている布団を見て、芽依は悔しそうに爪を噛んだ。
俺は芽依のあとを追うように、寝室に戻ると、芽依は俺の布団を指差した。
「横になって?」
「えっ?」
「いいから……!」
芽依の口調はいつも通りだが、声はやたら小さかった。
俺は言われるがままに布団の上で横になると、愛は寝ぼけたのか、俺の腕を抱きしめた。
「くっ……」
それを見て、芽依は余計に悔しそうに唸った。
「何しに来たの?」
俺はちっちゃい声で芽依に尋ねる。
「お願いを叶えてもらいに来たの……!」
「お願い?」
「何でも1つ言うこと聞いてくれるって言ったんじゃん……!」
「それは言ったけど、それが今?」
「うん……!」
「分かった。お願いってなに?」
「私を抱いて……!」
耳がおかしくなったのかと思って、俺は思わず自分の耳をつねってみた。痛い。
「自分が何言ってるのか分かってるの?」
「分かってるよ……!」
「じゃ、なんで?」
「今がチャンスだと思ったの……!」
「チャンス……?」
芽依は自分で何言ってるのか分かってないのかな……俺の隣には愛が寝てるんだよ?
そして、眠っているはずの愛はゆっくりと俺の手を自分の胸の上に置いた。眠っているはずだよね……
「ううっ……姫宮さんの前で私を抱いたら、いっきは罪悪感を感じて私と付き合わなきゃいけなくなるの……!」
「なにその理屈……まず、そんなことしないよ」
「いうこと聞いてくれるって言ったじゃん……!」
今度、愛は俺の手をもっと際どいところに持っていく。ほんとに眠ってるはずだよね……
「それは言ったけど」
「男なら自分の言葉に責任を持ってよ……!」
「この状況で責任もなにもないと思うよ」
芽依は痺れを切らしたのか、俺の上にジャンプしてきた。
ボリュームのある胸が俺の心臓に直撃して、一瞬ショック死するかと思った。
そして、部屋が暗くて、近くに来たからやっと見えたのか、芽依は少し悲鳴じみた声を上げた。
「な、何してるのよ……!」
「多分、愛が寝ぼけてるだけだと思う……」
芽依の視線の先は、俺の左の腕が愛の胸の上に乗って、左手は布団の中、いかにも際どいところにある様子だった。正直、俺の理性がこれ以上持ちそうにない。
愛ってほんとに眠っているのかな……
「ハレンチ……!」
「愛が隣にいるのに、俺に抱いてって言ってきた芽依に言われたくないかな……」
「うぐ……このままでもいいから抱いて……!」
「えっ!」
俺の悲鳴と同時に、愛は寝ぼけて、布団を蹴り飛ばした。
そして、芽依は俺の左手の行方を見て、悲鳴を挙げそうになったが、慌てて自分の手で口を塞いだ。ごめん、多分芽依じゃなくても、誰でも悲鳴をあげると思うけどね……
愛って本当は起きてるんじゃないかな……
「ふ、2人はいつもこんなことしてるの……?」
「わ、割と、最近は、いつも、かな……」
俺はどもりがちにいうと、芽依は目眩でもしたかのように、ふらふらして立ち上がって、ドアの方に向かった。
そして、ドアが閉じる音を聞いて、俺はほっと息を吐いた。
「また、言っちゃったね……お仕置かなー」
愛の寝言だよね……危機はもう去ったと思いたい。




