第三十二話 嵐の前
「綾瀬くんは今日体調不良で休み」
担任の先生はそれだけを告げた。多分、はるとの親がまだはるとが行方不明になったことを学校側に知られたくないからだと思う。
「バカでも風邪ひくんだな」
斜め後ろから芽依の声が聞こえてきた。どうやらまったくはるとに無関心なわけじゃない。
れんと葵も特に体調不良なら大丈夫かって感じでつぶやいた。
確かに、今は梅雨の季節だし、体調を崩すのは珍しくはない。
だが、真実を知る俺としては、この平静がずっと続くものじゃないと分かっている。
「はるとってばかな癖によく風邪ひいたね。まあ、これで私の弁当が無事なわけだからいいけど」
昼休み、いつもより一人少ないメンバーで机をくっつけて、それを囲む形で昼食を取り始めた。
芽依はバカ、バカという割にはるとのことをよく口にしているなと思った。
「いつきははるとの様子知らないの?」
葵が聞いてくると、れんもつられたようにこっちを見てきた。
「俺は別になんも聞いてないけど」
「そう?」
嘘つくのは心地よいものじゃないなって今思い知らされた。なにか罪悪感とも背徳感とも呼べるような感情が蠢く。
「いつきくんはまた風邪ひかないでね?」
姫宮にそういわれると、前に風邪引いて、姫宮がお見舞いに来た時のことを思い出して、顔が少し熱くなった気がする。
「もう、言ったそばから顔が赤くなって、また熱出たのかしら?」
そういって、姫宮は額を俺の額にくっつけてきた。
「だ、大丈夫だよ」
俺は慌てて、姫宮から離れた。これ以上されるとますます顔が赤くなる予感しかしない。
「熱はなさそうだわ」
「ほんとに?」
芽依も便乗して、俺の額に手を当てた。
「うん、熱はなさそう!」
芽依はドヤ顔で言った。
「俺の心配よりはるとの心配してよ」
「心配してるよ? だから、今日は見舞いに行くつもりだよ」
「えっ?」
「どうしたの? いっき」
「いや……」
芽依がはるとの家に行ったら、すぐにでもはるとが行方不明になったって知ることになる。
複雑な気持ちだ。確かに芽依にはるとが行方不明になったことを早く知らせたほうがいいが、早く知られてもはるとの計画が頓挫してしまうような気もする。
ほんとに個人的な考えだけど、こういうのって時間をかけたほうがいいものだと思う。根拠はない。なんとなく心配する気持ちも恋と同じで、時間をかけて育てるものと思ったから。
芽依を心配させることになって悪いとはすごく思っているが、はるとの気持ちが報われてほしいとどうしても思ってしまう。
多分、友情もあるだろう。それより、自分が中学校にできなかったこと、掴めなかった幸せを、はるとが代わりに仇を討ってほしいと思っているのだろう。我ながら、最低だな……
姫宮を好きになったのに、どうしても過去の傷が消えない。だから、俺の行動は過去の記憶に引きずられてる節がある。
芽依はそれを理解してくれてるのに、俺は今回芽依の味方じゃなかった。このことはますます俺を苦しめる。
たまに思うことがある。世の中のおじいさんとおばあさんたちも、子供時代は同じような悩みを体験したことがあるのだろうかと。もしそうなら、その方たちはどうやって乗り越えてきたんだろうって。
「いつきくん大丈夫かしら?」
「「いつき大丈夫?」」
「いっき顔色悪いよ」
姫宮、れん、葵に芽依が心配の言葉をかけてくれた。気づいたら、俺は汗をかいていた。多分顔色も悪いだろう。
芽依への罪悪感、過去をどうにもできない無力感、そして、過去にとらわれたくないのにとらわれている苛立ち。それらが波となって、俺に押し寄せる。
「大丈夫だよ……ありがとうな、みんな」
俺は姫宮と芽依の弁当を無心に食べだした。
放課後、四人はやってきた。
「いつきくんもはるとくんのお見舞いに行くでしょう? なら私も行くわ」
「ああ」
「はるとのやつにグーパン食らわせて元気にしてやるんだから」
「おいおい、芽依、それはいくらなんでもひどすぎるぜ?」
「はるとのバカのあほ面を拝みに行こうか」
俺はカバンを持って、芽依たちについていった。葵にはバカかあほかどっちかにしてほしい。
はるとの家の前にパトカーが泊っていて、警察がはるとの親から事情聴取を行っている。
それを見た四人は不安そうな顔色になった。
「れんくん、いつきくん、芽依ちゃん、葵ちゃん……えっと」
「姫宮です。いつきくんの彼女です」
はるとのお母さんが俺らを見つけて急いで声かけてきた。
「ねえ、みんな、はるとを見かけなかった?」
はるとのお母さんは慌てて聞いてきた。
「はるとはどうしたんですか……」
芽依は質問に質問で返した。この状況を見て、だれでもなにかが起きてるって分かるはずだから。
「はるとがいないんだ……朝から……」
「はるとがいない……?」
「はると、うそだろう」
「えっ、はるとがいなくなった?」
俺だけは沈黙を保った。周りからしたら俺はショックのあまりに声が出なかったように見えるだろう。
「昼までお父さんと駆け回って探していたけど、どうも見つからなくて……捜索願を出したの」
「はるとがいない……」
芽依はなぜか同じことを繰り返す。
「「芽依、大丈夫?」」
れんと葵は芽依を心配していたが、その声は芽依に届かなかった。
「はるとがいない……」
芽依の声が空しく宙を通り過ぎて行った……




