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第三十一話 はるとの行方

『俺の一生に一度の賭けに付き合ってくれないか……』


 はるとの言葉が俺の頭の中で木霊する。いつも冗談半分でやってきたはるとらしくない真剣さを感じさせる言葉だ。


「どうするつもり……?」


『俺は行方不明になる』


「えっ?」


『行方不明になるって言っても田舎のおばあちゃんちに泊まるだけだけど』


「それって……」


『そう、お前以外に教えてない』


 やはりか……


「おばあちゃんは知ってるのか?」


『ああ、事情を話してみたら、はるとも男になったなあって喜んでくれたよ』


 年を取るとどうも価値観が変わるらしい。親の世代からしたら、勉強や就職とかがなにより大事で、恋愛とかは二の次だ。そんなの立派な大人になってからすればいいというのは大人の言い分だ。


 でも、往々にして、ほんとの幸せを掴めるのはそういう価値観にとらわれずに自分のほしいものに自分の人生を賭けるものがほとんどだろう。そして、はるとのおばあちゃんもそれを理解している。いや、理解させられたのかもしれない。


 俺らのおばあちゃんの世代はお見合い結婚とか家庭を築くことが大事だったから、普通に恋愛をしたことがないのかもしれない。そして、実際、親の世代だって金や生活を度外視して恋愛結婚した人間が少ないだろう。人生において大事なのはなんなのかはそういうことを体験してやっと分かるものなのかもしれない。


 今回のはるとの行動で、学校では欠席となり、内申点にも響くだろう。へたしたらはるとの親が警察に捜索願を出すかもしれない。いや、出すに違いない。


 ただ、よく考えてみたら、それだけのことだから。それ以上でもそれ以下のことでもない。


 だが、振り返ってみて、誰でも学生時代でなにかやらかしたし、子供、俺を含めて、それだけ未成熟なのだから。これだけで人生が破滅になることなんて滅多にないかもしれない。


 もし、それで人生が破滅になるのなら、世界は不寛容すぎるもの。そうなってしまっても俺ははるとを助けるつもり。


「ああ、なら俺もはるとの賭けに乗るよ!」


 俺は決意した。世界が寛容ならそれでいいが、不寛容なら俺がはるとの味方になると。


 なんせ、俺はまだ子供だから、ここではるとが行方不明になって将来にどういう影響を及ぼすかは分からない。不安はないと言ったら嘘になる。俺が考えていることも推測でしかない。


 無責任って言われるかもしれない。実際、責任の持ちようがない。でも、親友、そして、俺の価値観に沿ったら、金より、愛が大事だと思う。これは俺が中学校のときに散々思い知らされたことだから……


『いつきなら分かってくれると思ったぜ!』


「分かりたくもなかったけどね。ほんとは止めるべきだし、別の方法を一緒に考えるべきかもしれない。でも、俺はやはりはるとのやろうとしていることが正しくて思えて仕方ないんだ」


『そういわれると嬉しいな。なあ、いつき、知ってるか?』


「なに?」


『俺はこの人生が退屈だと思っているんだ』


「そんなふうに見えなかったけどね」


『まあ、それなりに学校は楽しかったからな。でも、俺らってなんかレールに敷かれた電車みたいじゃないか?』


 はるとの言葉に俺は激しい同感を覚えた。


『六歳になったら学校に入って、進学して、そのあとは就職したりする。みんな決まって同じゴールにたどりつく。振り返っても風景はみんな一緒。だから、俺はレールからはみ出してみたいんだ』


「はるとはとっくにレールからはみ出していると思うよ」


『えっ?』


「立派な弁当強盗だからな」


『ははは』


 はるとが緊張しているのは伝わってくる。はるとは俺に言ってるというより、自分に言い聞かせて自分を勇気づけてるように感じる。だから、俺にできるのははるとの緊張をつまらない冗談で吹き飛ばしてやることだ。


『そうだな、もう弁当強盗だから、今回は虚言行方不明をやってのけようか』


「うん、レールから外れてもきっと大丈夫だ。なぜなら、俺らは電車じゃない、人間だ!」


『いつき……』


「もし、俺が電車なら、きっと結月のことで壊れてガラクタになっているはず。今日まで進めたのは俺が人間だからだ」


 そう、電車なら壊れてしまっては終わりだ。でも人間は、人間は傷ついても心が少しずつ回復して前に進める。すくなくとも、俺はまた恋をすることができた。


 姫宮は俺のことどう思っているか分からない。いつか酷い振られ方をするかもしれない。またトラウマになって長い間落ち込むかもしれない。でも、すくなくとも、今、俺は姫宮に恋をしたんだ。もう二度とすることのないと思っていた恋を……


『なあ、大人になったら後悔するかな』


「たぶんね」


『やんきゃよかったって思うのかな』


「かもしれないね」


『でも、大人になって、芽依より好きになれる人に出会える保障もないね』


「きっとね」


 未来のことなんてかもしれないか多分としか言いようがないが、今好きな人より好きな人ができるのは神様に恵まれているほんの一握りの人たちだけなのだろう。だから、俺はきっとねと言った。もし、簡単に好きな人と出会えたら、恋に関する切ない小説も映画もないのだろう。恋がうまくいかなかったらさっさと割り切って、次に向かえたのだから。


 恋は錯覚という人もいる。今好きになっている人が一番素敵に見えるらしい。否定することは俺にはできない。実際、三年間も想ってた結月より、今は姫宮のほうが愛しく思う。


 姫宮と出会うまでは、どうしても結月のことが忘れられなかった。つらい思い出しかないのに、好きという気持ちはなかなか拭えるものじゃなかった。でも今になって、俺は姫宮が好きだ。だから、ほんとに錯覚だったのかもしれない。


 しかし、だれにも言えることでもない。きっとはるとはこれから芽依より好きな人に出会うことはないだろうという気がした。素敵な人がはるとの前に現れないってことではない。多分、はるとは芽依への錯覚から覚めないと思う。


 覚めない錯覚を名付けるのならば、真実の愛とでも言おうかな。真実の愛か、自分の中に出てくるこの言葉が恥ずかしく思ってしまった。でも、ほかにぴんと来るものがなかった。愛とはこういうものなのかもしれない。


『俺が行方不明になったあとの芽依のことを教えてね』


「もちろん」


『行ってきます』


「いってらっしゃい」


 翌日、はるとは()()()()になった。

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