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第三十話 はるとからの電話

『おやすみ』


「ああ、おやすみ」


 姫宮との電話を切って、俺は切ない気持ちになった。


 前の放課後で感じた姫宮の体温や彼女の鳴き声が愛しくて、一時間くらいの電話じゃもう満足できそうにない。


 なにを話せばいいかなんて考えなくても、俺と姫宮の会話は途切れなかった。すごく心地よくて、心が満たされていく。


 だが、俺も姫宮もお互いの隠していることには触れなかった。いや、触れようとしなかった。これは優しさなのかそれともただ目を背けているのかは俺には分からない。


 俺に分かるのは、俺は姫宮にとってただの雇い主で彼氏(おもちゃ)であっても、姫宮は俺にとっては愛しい雇われの彼女だということ。


 なら俺にできるのは彼女を見守ることなんじゃないか。いや、昔の俺だったら、もっと別のやり方をしていたのかもしれない……





 また携帯が鳴った。姫宮なんじゃないかという薄い期待を持って、俺は着信番号を確認した。はるとからだ。


『よっ、まだ起きてる?』


「起きてなかったら電話に出れなかったと思うが?」


『さすがいつき』


 さすがの意味が分からないが、この時間に電話をかけてくれたということはなにかあったのだろう。


「どうしたの? この時間に電話かけて」


『それよりさ、』


「うん?」


『覚えてる?』


「なにを?」


『中学校のことさ、クラスでお前が拳なんて握って神様に祈り捧げていたこととか』


「あれは黒歴史だから、忘れてくれ」


『いや、それはなかなか面白かったよ。そのおかげで、俺とれんはお前に声かけたわけだ』


「それが理由だって知りたくなかったなあ」


『にしてもさ、初日から美少女と一緒に下校するとは、こいつなめてるなって思ったわ』


「美少女とは?」


『芽依のことさ、お前の幼馴染だって知る前は、こいつなに見せびらかしてんだって思ったわ』


「そんなこと思っていたのか」


『ああ、めっちゃ思った! こいつ、俺好みの巨乳の彼女連れてよ、いつかいじめてやろうと思ったわ』


「まじで知りたくもなかったわ」


 知らないほうが幸せなことってほんとにあるんだな……


『けどよ、お前はいいやつでさ、一途に思ってた人がいて』


「……」


『ごめん、掘り起こすつもりじゃないんだ。ただ、今に思えば、俺はお前のそういうところに惹かれて親友になったのかも。れんも同じだと思うよ』


「ありがとうな……」


 なぜか涙が出そうになる。はるとにはっきりと親友という言葉を言われて、俺は多分感動を覚えたのだろう。


『一緒にご飯食べるようになってさ、楽しかったなあ。でもお前には芽依が弁当を作ってくれるからほんとに羨ましいと思ったぜ!』


「そいつはほんとに申し訳ない」


『芽依にさ、美味しそうって言ったらおかず分けてくれたじゃん』


「そうだな、芽依もはるとにマジで美味しいよって言われて喜んでたよ」


『それが今になってさ、おかず頂戴って言ってもくれないから、俺が隙を見て奪うしかないじゃん?』


 まるで仕方なく芽依の弁当のおかずを奪ってるみたいな言い方をして、自分の行動を正当化しているはるとはさすがと言ってもいいだろう。


「言い方もあるんじゃない? まじで美味しそうだなって言いながらよだれたらしとけば、芽依もくれるかもしれないよ」


『そんな無様な姿を晒せるか!』


 さすが親友、思考回路まで似ている。


「こっそり取るのは無様じゃないんだ?」


『それは作戦だからいいんだ』


 前言撤回。まったくはるとの思考が分からない。


「ただの嫌がらせにしか見えないがな」


『ぐっ、お前になら分かってくれると思ったんだけどな!』


「申し訳ない、理解しかねる」


『だって好きな女の子の注意を惹けるじゃん』


 やはりか。はるとはまだ芽依のことが好きなんだな……


「それで作戦はうまくいってるのかな」


『全然だめだ、まったく響かないぜ。戦果はせいぜい芽依がいやそうにくれた卵焼きやらだよ』


「十分じゃないかな? ちゃんと芽依からおかずもらえたし」


『俺は芽依のこと好きになってどれくらい経ったと思う?』


「中二に告白したから、もう三年か?」


『ブーブー! 一目ぼれだったからもう四年で~す』


 なにこのノリ? うざい。電話切っていいかな……


 それにしても、はるとは俺と同じ時期に好きな人ができたのか。俺は結月で、はるとは芽依。二人とも幸せになれなかったけどね……


「そうですか。俺はクイズ番組に強制出演させられているのですか? もうそろそろ退室してもいいですか?」


『ちょっまってよ! ノリ悪いな、ったく』


「いや、乗ってるからこうやって返したじゃん!」


『違いない』


 俺とはるとは爆笑した。はるととはいつもこんなくだらない話で笑いあってたな。


「なあ、芽依のどこが好きなんだ?」


『巨乳なとこ』


「芽依にチクるね……」


『ま、待って! ちゃんというから』


「ちゃんと言ってもらおうか」


『一目惚れってさ、よく分からないじゃん? 相手のいいところなんかを理解する前に、心がもう相手のものになったわけじゃん? そのあと人は自分にここがいいから好きになったんだとかで理由を足していくものさ』


 確かにはるとのいう通りだ。一目ぼれに理由なんてはないのかもしれない。運命といってもいいし、生物の本能といってもいい。とらえ方は人それぞれだから。


 俺も結月のことを好きになったのに理由なんてなかったのだから……


『けど、敢えて、今から理由を付け足すと、多分芽依の笑顔で好きになったのかも……』


「笑顔?」


『しっくりくる言葉はこれしかないんだよ。可愛いなと思ったら、横顔が綺麗で、ロングがタイプだったのに、なぜか芽依のショートカットが魅力的に思えた。そして、お前にだけじゃなく、俺とれんに向ける笑顔もほんとに天真爛漫で素敵だった……』


 あながち間違ってはいない。天真爛漫かどうかは分からないが、芽依は誰に対しても分け隔てなく接してるし、おまけにド天然。


『だから……』


「だから?」


『俺の一生に一度の賭けに付き合ってくれないか……』


 はるとはようやく本題を切り出したのだった。

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