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第十七話 お泊り会

 カレーをテーブルに置いたら、いつきくんと秋月さんが目をキラキラさせていた。


 なんでしょう。いつきくんのために作ったカレーなのに、秋月さんが美味しそうな顔を見せると悪い気はしなかった。


 秋月さんはきっといつきくんと過去でなにかあったはず。私の直観がそう告げている。いつきくんからは中学校の同級生だっただけって言われたけど、いつきくんの態度は明らかにおかしい。秋月さんに対して、憎悪にも期待にも似たような視線を向けるから。


 彼女もいつもポーカーフェイスで、言葉に感情がこもっていない。それはお母さんを亡くしたからなのかは私には分からない。でも、これがもしいつきくんが原因だったとしたら……


 私たちは「いただきます!」と言ってカレーを食べ始めた。


 いつきくんと秋月さんが物凄い勢いで私と有栖さんの作ったカレーを食べてくれた。なんだか微笑ましくて思ってしまった。だから、ここは秋月さんと一時休戦をしようかしら。


「今日は特別に秋月さんにサラダを食べる権利を与えるわ〜」


 別に高飛車な言い方をするつもりはなかったのだけど、長年の癖でついこんな上から目線になってしまった。


「あ、ありがとう……」


 秋月さんは少し言いよどんで、サラダに手をつけ始めた。


 ほんとにうまそうに食べてくれるわ。見てるこっちがうれしくなる。


「私の煮込んだ肉も食べてみて!」


 有栖さんもつられて自慢げに肉を勧めた。実際、肉に調味料を丁寧に施し、温度の調節をして、煮込んだのは有栖さんだわ。


「美味しいかしら?」


「美味しい?」


 思わず聞いてしまった。有栖さんも便乗して秋月さんに聞いた。


「ええ、とても美味しいよ」


 私は一瞬耳を疑った。これってほんとに秋月さんかしら。いつもの無感情な返答と違って、彼女は涙ぐんで、感動したように見える。


 秋月さんには一体なにがあったのでしょう……





 カレーを食べ終わるころに、いつきくんの両親が次々と帰ってきた。


 私と有栖さんはキッチンに戻り、カレーを温めなおして、それを皿に載せて()()()()()()()()()()の前にゆっくりと置いた。


「どうぞ、食べてください」


「おじさん、おばさん、今日のカレーは芽依が作ったんだよ!」


「いや、私も作ったんだわ」


 有栖さんは相変わらず能天気なことを言い出した。この子ってほんとに脳みそあるのかしら。


「ありがとう! 愛ちゃん、芽依ちゃん! 結月ちゃんのためにケーキ買ってきたけど、二人も食べる? いいわね、結月ちゃん」


「はい、お義母さん」


 なぜかケーキが三つあった。結月ちゃんのために買ったというには少し多すぎる気がする。


「残りのふたつは母ちゃんが食べるんだよ……」


 急にいつきくんが呆れた声で話してきた。


「母ちゃんってケーキとか大好きだから、たまに自分のご褒美にケーキを2つや3つ買って食べるんだよ。自分の息子には買ってくれないくせに……」


「だって、いつきは家事してないもん」


「勉強は頑張ってるからいいじゃん!」


 お義父さんがお義母さんといつきくんのやり取りを見て、少し微笑んだ。私もつられて、思わず口角が上がった。





 いつきくんが帰宅部だけど、GPSでいつきくんが家にいないとき、私はよく遊びに来た。お義母さんともこんなやり取りをしていたな。結婚するならまず嫁姑問題を解決しないとね。でも、思ったよりお義母さんは私のことを気に入ってくれた。


「愛ちゃんってほんとに綺麗だね。いつきにはもったいないよ」


 綺麗って言われた瞬間、自分の顔が少し強張ったのが分かった。


「いつきくんはとても素敵な人ですわ」


 こう言って、私は話題をそらした。


「いつきくんのどこが好きなの?」


 お義母さんは興味津々に聞いてきた。


「秘密です♡」





 私、有栖さんと秋月さんがケーキを食べ終わると、お義母さんは面白そうに提案してきた。

 

「愛ちゃんも芽依ちゃんも今日泊っていけば?」


 ありがたい申し出。これで大義名分を得て堂々といつきくんと一晩過ごせるわね。


「「はーい」」


 もちろん、答えはイエスよ。有栖も泊まるのか。ここはひと悶着ありそうね。





 私と有栖さんは秋月さんに案内されて、秋月さんの部屋に入った。秋月さんから借りたパジャマを見て、少し不思議な気持ちになった。


 彼女のパジャマはどれも質素で、安物だった。とても花の女子高校生が喜んで着るものじゃないわ。でも、貸してくれたのだから、ありがたいわ。


「ありがとう」


 私がお礼を述べると、なぜか秋月さんが動揺してしまった。


「いいの……可愛いいパジャマがなくて……」


「ええ、貸してくれるだけで、ありがたいわ」


「夢咲さん、ありがとう!」


 芽依はなぜか秋月さんの昔の苗字で呼んでいる。多分、昔の癖が抜けてないのだろう。


 ここで、やはり問題が勃発した。風呂に入る順番だわ。やはり、有栖さんも私と同じ考えなのね。最後風呂に入って、自分が浸かってたお湯にいつきくんに浸かってもらいたいみたい。


「有栖さん、先に入ってもいいわよ。ほら、私が浸かった後のお湯なんて嫌なんでしょう?」


「姫宮さんこそ先に入ってよ! 私、全然、これっぽちも嫌じゃないから!」


「あら、有栖さん、そんなに私の残り香を嗅ぎたいのね。別にレズに偏見はないけど、ここまで執着してくると少し引きますわ~ 明日、みんなに有栖さんは私の残り湯に浸かりたくてしょうがない変態って言ったほうがいいかしら?」


「それだけは!」


「じゃ、先に入ってね~」


「はい……」


 やったー! これでいつきくんに私の残り香を嗅いでもらえるわ。いつきくんはもっと私にメロメロになるかしらね。





 風呂に入り終わると、私が秋月さんの貸してくれた下着に着替えた。これもスーパーのバーゲンセールで買ったような下着で、すごくシンプルだった。大丈夫なの? これじゃ、秋月さんに彼氏ができたとき、困らないかしら?


 私が二階に、いつきくんにお風呂に入るように伝えに向かった。


「あっ、俺は女子全員が終わってからでいいよ。男子の入ったあとに入るのはいやだろう」


 しまった。とんだ誤算だったわ。秋月さんがなにも言わずに部屋にいたから、すっかり存在を忘れてしまった。


「結月ちゃん! 先に風呂に入ってきて!」


 いつきくんの言葉がとどめを刺した。秋月さんは黙って、部屋から出てきて、風呂場に向かった。


 ここで、私が止めたら、絶対怪しまれるわ。これこそ、明日、姫宮さんって彼氏に残り香を嗅いでほしい変態らしいよって言われるに違いないわ。


「はあ」


 私はあきらめてため息をついた。今日のところはここまでにしよう。


 秋月さん、侮れないわね。もしかして、これが秋月さんの策かしら? まさか、秋月さんもいつきくんのことが好きで、残り香を嗅いでほしいから、わざと存在感を薄めたのかな……だとしたら強敵ね。





 私と有栖さんが秋月さんの部屋に敷かれた布団に潜った。いつきくんのにおいしないのかしらと思いつつ、枕をくんくんしたけど、柔軟剤のにおいしかしなかった。残念ね。


「秋月さんっていつきくんのことどう思っているの?」


「それ、私も知りたい!」


 思わずに女子トークみたいに秋月さんの気持ちを確かめようとした。もし、ほんとに好きなら、私も本気を出さなきゃいけないかもしれない。有栖さんは隣の家だし、秋月さんは同じ屋根の下だ。物理的な距離が一番遠いのは間違いなく私。


「そうね、いいお兄さんと思っているよ」


「ほんとかしら」


「でも、夢咲さんは……」


「それ以上言わないで、私はただお兄さんの義妹(いもうと)なんだから……」


 有栖さんは何を言おうとしたのかしら。気になるわね。


「私もいつきくんと一緒に暮らしたいわ」


「私も!」


「うふふ、これは義妹(いもうと)の特権なんだから」


 秋月さんは嬉しそうで、そして、せつなそうに微笑んだ。

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