序章:クビになってネトゲを始める編②
村田曰はく、次の仕事があるらしい。何だろう。
「教えてくれよ。村田。次の仕事って。」
「仕事をクビになり、会社で働くのも向いていなさそうな。そんなお屋形様にお勧めです。」
心臓が、バクバクとなる。
『そんなお屋形様にお勧めです』
村田の提案のセリフだ。この提案は僕も半信半疑、大成功をしたものもあれば、大失敗したものもある。
バン、とテーブルに紙袋が置かれた。
中身はパソコンソフトと紙が入っていた。
パソコンソフトの内容は動画編集ソフトだった。
「動画編集ソフト、一体何に使うんだ。」僕は村田に問いかける。
「たけだブログですよ。お屋形様。」
「ん、たけだブログ。僕がやってるブログ。」
僕はそう答えた、村田はうんうんとうなずく。
このたけだブログと開始しましょうと提案したのも村田だった。
大学のグリークラブ入団当初、グリークラブは、男声合唱団という意味で、当たり前であるが、男性しかメンバーがいなかったため、彼女もできず、4年間、大学生活するのかと深いため息をついていた。
学部学科の友達は、語学の小クラスで出会った異性友達、異性の居るサークルで彼氏、彼女の関係に次々と発展していった。
そんな時に声を掛けてくれたのは親友の村田だった。こんな悩みをグリークラブの先輩に言えば怒られるに違いないと思い、言わなかったが、同期の村田だけは別だった。
「そんなことで悩んでるのですか。そんなお屋形様にお勧めです。」
と言って、ブログを紹介してきた。
「お屋形様は、これまでに演劇部の演出で、作曲されてたという素晴らしい経歴があります。どうですか。自分の作曲した曲を楽譜だけでもアップロードしましょうよ。」
と提案し、おすすめのブログサイトを紹介し、作り方を教えてもらい、ブログを開設したのだった。
一番決めるのに時間がかかったのはユーザ名、いわゆるこのブログを利用するためのあだ名だった。
上杉、お屋形様から導き出されるユーザ名はと考えてみると、そうだ、ブログでは上杉謙信のライバルの武田信玄を名乗ろう。そう思って、ブログのあだ名は「たけだ」とした。
ブログを解説し、自分で作曲した楽譜を何曲かアップロードしてみる。そして、曲のアップだけでなく、その日あったことなど日記形式で写真もアップしてみる。
そうすると、徐々にフォロワーが増えてきた。そして、コメントがいくつか来た。批判されるようなコメントもいくつか来たが、大多数は、僕の音楽の趣味を褒めてくれるような、コメントが来た。
そしてついに、ブログを始めて、数週間で、事態は動き出したのだ。ある日のコメントで。
【たけださんの曲、素晴らしいです。お願いします、よかったら、直にメールしましょ。お話しませんか。byさおりん。】
おお、来た。これが、ブログを通じてできる出会い、彼女なんだ。とっさそう思った僕は、さおりんという人のプロフィール画像を見る。おお、なかなか可愛らしい写真が載っている。よし、と決めて、メールの連絡先を教えた。
初めはメールでやり取りしていたのだが、別のSNSサイトでメールがしたいとのことで、そのサイトを紹介してもらい、登録をした。
しかし翌日になると、別の女性らしき人から、メールが来る。もちろんさおりんという人もだが。どれもあなたが運命の人です、ぜひ会いたいです。と記されている。
そしてSNSサイトの運営側のメールで、このようなメールが来た。
【試用期間が過ぎました、本日より、本サイトで、メールを送信する際は、月会費10000円を頂くことになります、以上、よろしくお願いします。】
急いで、村田に相談した。
「おめでとうございます。お屋形様。さっそく騙されましたね。これは、悪質な出会い系というモノです。」
なんと、あの出会い系サイトだって。僕はヒヤッとした。
「あの、お前が、ブログを通じて女性とやり取りできる、と、言ったのだから、僕はブログを始めたんだけれど。これじゃ、夢物語で終わりじゃないか。」
僕は、ブログを勧めた村田を呪うような言い方で、尋ねた。
「たしかに、やり取りできます。でも、このさおりんというユーザの、プロフィールの画面を見てください。彼女が、フォローしている人はかなり多いのに、彼女をフォローされている人は格段に少ないですね。しかも、彼女が、誰をフォローしているか見ることが出来ます。こちらの画面をみると、フォローしている人数が多いので、有名人を沢山フォローしているのかと思うかもしれませんが、そんなでもありません。皆、お屋形様と同じ、一般の方ですね。そして、極めつけは、この人自身ブログに何も投稿してません。こういう方はすぐに、出会い系目的の確立が高いということを知っておきましょう。現に、お屋形様をフォローして、すぐに連絡が来ましたよね。そして、お屋形様は、彼女のプロフィール画像は見ましたが、彼女の投稿の画面をチェックしていませんよね。」
図星だった、まさにその通りだ。村田に言い返す言葉はなく。
「そうです、すみません。」
と、言わざるを得なかった。
「しかし大丈夫です、逃げ出すことが出来ます。まず、彼女をフォロワーリストから外してください。次に、メールアドレスを変えましょう。」
と、村田に言われた通り、彼女をリストから消して、メールアドレスを変更した。
「ありがとうございます。」
「大丈夫です、ブログを始めたばかりですから、これから学んでいきましょう。」
と優しく、村田の言葉が返ってきた。
しかし、それから、作曲した曲をアップしても、コメントを返すだけで、実際にあおうともしなかった。おそらく、出会い系サイトに一度騙されてしまったので、疑ってかかるようになってしまった。
そして、大学を卒業して、社会人になってから、作曲をあまりしなくなり、最低でも3日おきに更新していた、たけだブログも、月に1回程度の更新になっていき、そして、今日クビになった会社に転職してからは、出張や会社に寝泊まりが多かったため、何も更新していなかった。
この、たけだブログの更新が最近されないのが村田は心配になり、僕に連絡をくれたのだ。そして、今までのことを話し、今日、会社をクビになったことを正直に伝えた。
そして、退職の日の今日、こんな自分のために飲み会を開いてくれたのだ。
しかし、このブログが一体何と関係しているのだろう。
「YouTubeですよ。YouTube。これまで、たけだブログでは楽譜だけアップしてましたよね。これでは音楽ができる人しか、あなたが作曲した楽譜を見ることはできませんよね。」
ああ、と僕は思った。
「作曲した曲、動画に保存していますよね。それをYouTubeにアップしましょう。そして、楽譜も自動再生される、楽譜編集ソフトで、作成しましたよね。これもこの動画編集ソフトで、楽譜ソフトで自動再生している動画を撮影、作成して、動画にアップしましょう。パソコンの画面内も撮影できますし、編集も可能です。」
村田は、どうやらこのソフトを自分に買ってきてくれたのだ。僕はお礼を言った。
「いえいえ、良いですよ。ただし、大学時代、グリークラブの滞納金などで、お屋形様に借金たくさんしましたので、少し帳消ししてくださいね。」
ああ、そうだ、すっかり忘れていた。こいつはバイトなどして、一人暮らしの生活に困っていたっけか。学生時代から、金欠のイメージしかなかった。僕と親友になり、金をいくらかかしてほしいと、頼まれていた。何割かは返してもらったが、たしかに、帰していない分のお金があったなあと思いだす。
「それに、稼げるユーチューバ―になれるかどうかは、実際にわかりませんし、次の仕事が決まるまでの数か月だけでいいですから、YouTubeやりましょう、お屋形様の才能もったいないですよ。一度試しましょう。」
確かにそうだ、いずれは自分も作曲した曲を楽譜だけではなくて、動画もやらないとなあと思ったが、会社の副業とか色々な問題で断念した。
学生の頃は確かに、ユーチューバ―という職業はあまり話題になっていなかったし、このころはやがて就職する身なのだから、少し恥ずかしさもあった。
だが、今の自分は無職。会社の副業も関係ない。大丈夫。大丈夫。次の仕事が決まるまでだ。僕はそう思い、村田の提案に快く承諾した。今後も作曲を続けられる。しばらくは今、未完成の作曲のものもあるのだから、色々な曲を書きつつ、YouTubeに今までのものもアップしようと思った。さすがは村田の提案。この提案はばっちり成功しそうだ。
そして、紙袋に入っていた紙を取り出す。この、動画編集ソフトの他に、村田が持ち出してきた紙袋には、紙が1枚入っていた。
『アルヴァマー大陸物語~女神と古の剣の王国~』と書かれていた。
「これで検索してください。」
言われるがままに、自分のスマホで検索する。
検索の結果、公式サイトがあるようだ。色とりどりのキャラクターがデザインされている。デザインのクオリティは高く、吸い込まれそうだ。背景にはお城のような外観の建物、海、山、そして敵のモンスターらしきデザインも、綺麗だ。
「ゲーム?」
僕が村田に尋ねる。
「はい、ゲームです。オンラインRPGと呼ばれる、仲間とチャットをして、冒険するゲームです。このゲームは通称、アルタイと呼ばれています。略してですが。」
「お屋形様は明日以降、自分のPCをひたすら眺める生活になると思います。作曲にしろ、YouTubeにしろ、自分のPCでひたすら作業しますね。」
僕は、頷く確かにそうだ。
次の瞬間、村田が両手をついた。
「お屋形様、一緒にネトゲ廃人になりましょう。」
僕は一瞬戸惑った。いや、まさかとは思ったが。