男の娘は強いです
あれからしばらくして実戦訓練の時間になった。
時計を確認した4人は同時に裏口のそばにある広い訓練場を目指した。
そこは大抵の異能者が戦いにくいように調整された戦闘フィールドになっている。
そこに着くと早速戦う順番の話になった。
そこで煙寿は戦闘に自信があるので挑発した。
「私は1人で3人を相手してあげますよ。負ける気はしませんから」
いい笑顔でそう言うと全員から敵意が煙寿に向けられた。
そして、咲彦から口を開いて売られた喧嘩を買った。
「いい度胸ですわね。たたきのめしてやりますわ」
「後悔したってしきれないほどに泣かしてやりまーす」
「本気でやってやります!」
全員がやることを宣言し終えるといきなり煙寿が咲彦に蹴りを入れた。
それで咲彦は吹き飛ばされたが時間を止めて真昼がキャッチした。
それから3人して煙寿に驚きの目を向けると厳しい言葉を返された。
「現場ではルール無しの戦いが普通だ。そんなところで戦うと言ったのなら、油断したら死ぬぞ」
戦いの場でしか見せない真剣な殺意溢れる顔とその言葉に、3人は簡単に埋まることのない経験の差を感じさせられた。
その中で咲彦だけがすぐに戦う状態に切り替えた。
ハッとなってから後の2人も集中して切り替えたが、あまりにも遅いので煙寿はため息をついた。
その時、煙寿の頭には油断したら攻撃を入れてくる師匠の顔が浮かんで思わず苦笑いをしてしまった。
その隙に気づいた闇広は即座に煙寿めがけて鎖を一本発射した。
「はぁー、どうしてそんな発想で当たると思うかな」
煙寿がため息交じりにそう言うと鎖は180度方向を変えて闇広の横を通り過ぎていった。
その時の闇広は思考が追いつかず固まってしまった。
そこに煙寿は無情に蹴りを入れてやった。
「驚いてる暇は無い。現場でそうなったら相手は逃げるか殺しに来る」
その言葉で我に戻った闇広は蹴り飛ばされた先で無数の鎖を用意した。
「忠告ありがとうでーす。身に染みたんでお返しでーす!」
そう言い終えるのと同時に鎖を多方向から襲うよう操作した。
しかし、それは煙寿に近づいた時点で錆びて砕けてしまった。
「反転『絶対なる世界』は半径2mに入った物だけをこっちの都合のいいように反転する」
それを聞いて今度は真昼が前に出て動いた。
「それなら殴るまでです!」
そう言うと殴りに行く構えをして時間を止めた。
そして、止められる10秒の間に片をつけるようにすぐに走って殴りかかった。
「見え見えなんだよ」
その声が聞こえた直後、煙寿だけが動いて真昼の拳を受け止めた。
それに真昼はあり得ないと言わんばかりに大げさな驚きを見せた。
煙寿は時間を心配して反応してやる前に殴ってやることにした。
それは左頬に命中して真昼をくるくると吹っ飛ばす結果になる。
真昼が一発でやられて停止が解けると残る2人は驚愕した。
「この程度が同期なんてがっかりだな。せっかくかわいさを捨てて相手してんのに無駄になりそうだ」
そうやって嫌みを言ってやると今度は咲彦が本気で相手を始めた。
「今度は私が相手をしますわ!舞桜の名にかけてあなたを倒しますわ!」
そう言いながら彼女は満開の桜とたくさんの花びらを召喚した。
それは仲間をやられたことに少し怒っている咲彦にあわせて紅に染まって見せている。
それを纏うように見える咲彦は怒りで血に染めた復讐者のように見える。
「美しい。その美しさでも勝てはしないけど、2人より可能性はあるよ」
あれのあまりの美しさに思わず煙寿は褒めてしまった。
そうして少し見惚れていると、突然体の動きが鈍っていることに気づいた。
「これは?」
驚きと戸惑いでそう呟いてしまうと、咲彦は誇らしげに言い放った。
「それは『鈍化桜』の効果ですわ!対象が花びらに触れるとそこから全身の動きを鈍らせますの!」
それを聞いて煙寿は久々にやばいと感じた。
どんなに反転が能力を突き破る万能なものでも、敵意をなくすような見た目でエグい効果を持つものには油断でやられる。
もしかしたら、この桜の見惚れる効果も能力なのかもしれない。
そう思って顔をしかめると咲彦がニヤリと笑って言った。
「もうお気づきでしょうけど、『鈍化桜』に紛れさせて『見惚れ桜』も発動してましたのよ。このコンボを見た人は見惚れて警戒心を削がれてそのまま鈍化して遅くなりますのよ」
そう説明するとふふっと笑って見せた。
この時、咲彦はまだまだ奥の手があると言わんばかりに余裕を見せている。
それで煙寿は本気をちょっと出そうかなと思わされた。
その本気はタイプ的にいじれない人体の奥底に手を出せるようになる。
これを数秒だけだが発動した。
「やりたくないけどやらないと強さを見せられないからね。これを見た奴はほとんどいないから光栄に思え」
そう言うと光に包まれてその中で一瞬だけツノや美しい衣を見せた。
その直後、3秒間の出来事の中で咲彦を素早くて力強い拳がノックアウトさせた。
終わるとすぐに煙寿は通常の戦闘状態に戻った。
「反応できないなんて情けない。いや、ただの発症者ならこの程度が限界か。で、闇広はまだ来るかい?」
何かをボソボソと呟いてから動けそうな闇広にやるか尋ねた。
すると、あまりにも差がデカすぎる相手に恐れを抱いて首を横に何度も振った。
それを見てふっと鼻で笑った煙寿は「だよね」と言って戦闘モードを切った。
ただ、普通の状態でも闇広にはさっきの状態が重なって見えて怖いらしい。