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攻略難易度が高すぎて挫けそうです  作者: 灯月 更夜
第三章 鳴らないアルペジオ
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3-8 大魔皇帝様の降臨

「リリ、式次第の印刷はどうなっている!」

「はいっ、今持ってきます!」

「リリ、名簿のチェックはどうした! 誤記が多い」

「すぐ直します!」

「リリ、設営の準備報告はまだか? いつまで待たせる!」

「今確認中ですッ。もう少し待ってくださいッ」

「リリ!」

「ふあぁぁっい!」


 一体……私は、何をしたんでしょうか。

 新学期早々、大魔王様の大魔王様っぷりが、もはや鬼畜大魔皇帝様です。


 ◇◇◇



「トリシアせんぱぁぁい。私、殿下に何かしましたかぁぁぁ」

 ぐだぁ、とテーブルに肘をついて頭を抱えるリリに、一つ呆れたため息を溢したトリシアは、リリの目の前のティーカップに砂糖を多めに加えてあげた。

 ささやかな優しさである。

「こちらが聞きたいくらいよ、リリさん。貴女、殿下に何をなさったの?」

「ワカリマセン……」

 心当たりがあるとすれば、二通目の手紙に返事を書かなかったこと? でもユリーは、私通なんだから返事を書くも書かないも好きにすればいいと言っていたし、その後アンブロシア使節の見送りで顔を合わせた時は普通だった。

 じゃあその見送りの時に何かしでかしたのか?

 うーん……アデリアおば様いわく、やり過ぎ感はあったけどまぁいいわ、ってことだったみたいだし。いや、ドレッセン側としては望ましくなかったのか?

 でもそんなことでわざわざリリに仕事を押し付けまくるだなんて鬼畜対応にはならないよな。

 じゃあ何? 何なのだ?!

「取りあえずお菓子と紅茶で、ご休憩なさいな。オリエンテーションの準備も終わって、殿下も今はお留守だから」

 テキパキと小皿に取り分けられたケーキとクッキーの山に、相変わらずの面倒見の良さが胸に沁みる。

「ううっ。大好きです、トリシアせんぱい」

「なっ、何言ってるの、貴女」

 あぁあぁ、真っ赤になっちゃって。可愛いなぁ先輩。

「おいしい……」


「そういえばリリ様。私ちょっと気になっていたんですが……新しく生徒会寮にご入寮なさったネルフォン卿とは、どのようなご関係なんですか?」

「ンえッ?!」

 突然のエマの問いに、ビックリしてケーキがのどに詰まりかけた。

 ネルフォン卿って……ゼノのことか? え、なんでゼノ?

「そうね。殿下の不機嫌の理由として有りそうなのは、ネルフォン卿のことくらいね」

「えっ。ゼノが殿下に何かしたんですかッ!? あの子、その辺の要領はものすっごくいいはずなんですがッ」

「あの子……扱い、ね」

 うっとりと様になった様子で紅茶を飲むトリシアの意味深な呟きに、リリはハラハラとエマを窺う。

 あの子に限ってまさかとは思うが、何かしちゃったのだろうか。

 いや、でもあの子だし。

「リリ様、ネルフォン卿とは一緒にこちらに戻られたようでしたし、食事の時もいつも時間を示し合せていらっしゃいますよね?」

「えっ……と。え?」

 だって姉弟だし。同じ屋根の下にいて、食事の時間をずらすのも変な気がして、示し合わせたわけではないけれど、何となく朝はどちらともなく声をかけ、夕方は自然と実家にいる時の時間でお互い食堂に向かうので、一緒になる。

 それが“普通”なので、今更何故だと言われても言葉に困る。

 『弟だから』でいいと思うのだが。いや、ちょっと待て? ゼノは何やら意図があって学校ではネルフォンを名乗っているわけだから、ここで『弟』とか言ったら駄目なのか?

 うーん……うぅぅーーんっ。


「ネルフォン伯爵家は旧キリエンヌ公王領の一つですわね。教会のご家門なのかしら?」

「あ、はい。それです」

 トリシアの言葉に、リリはすかさず首肯する。

 ゼノの位置付けをどうするのかは置いておいて、取りあえずネルフォン家自体についてまで隠す必要はないはずだ。

「父の弟が婿に行っているので、アリストフォーゼの分家筋です」

「猊下の……では、ゼイラン大司教様の?」

 あ、叔父様、大司教さんなんだ。初めて知った。

「あら。ではネルフォン卿はリリ様の……」

従弟(いとこ)です」

 まぁ義弟(おとうと)である前に従弟だし、これも嘘ではないか。なんて勝手に納得していたら。

「リリ様の父方の従弟……ということは、猊下がご養子になさっていらっしゃるのではありませんでしたか?」

 エマさん!

 いや、まぁアリストフォーゼ家とは縁の深い家のお嬢様だもんね。知ってるよね!

「あら、では何? ネルフォン卿……いえ、あの方は、アリストフォーゼ家の世継の君でいらっしゃるの?」

「っあー……」

 どうしよう。どうする? 助けて、ゼノ様。

「トリシア先輩、エマ。理由は良く分からないんですが、ゼノは中等部時代から、なにやらアリストフォーゼという色眼鏡をかけられずに過ごしたいと、わざわざネルフォン姓を名乗り、学内でも私の事をお嬢様と他人行儀に呼ぶくらい徹底しているんです……」

「まぁ……何? 貴女達、姉弟なの?」

「義理ですが、紛れも無く」

「それは、仲睦まじいはずですね」

 クスクスと朗らかに笑っていらっしゃるエマさんはなんてことないような顔をしているけれど、一方のトリシアさんの方は、呆れたように深いため息を吐いた。

「いち教会家門の伯爵令息と、キリエンヌの教公猊下のお世継ぎとでは、天と地の差よ。まったく、なんてこと……」

「あぁ、やっぱりそういうの、取るべき態度とかも変わるんですか?」

「カレッジ内では過度な拝礼や規律も緩和されているから、大きく態度を変えねばならないということはないわ。でもリリさん。教公猊下の養子ということは、あの方が次の教公猊下なのでしょう? そう言われたら……えぇ、そうね。誰であっても、嫌でも色眼鏡をかけざるは得ないでしょうね」

「そういうもんですか」

 へぇ、と呑気に紅茶を啜るリリに、これにはトリシアばかりでなくエマも、苦笑を溢した。

 まったく無自覚なようだが、去年と違ってリリも、この年の瀬に盛大に社交界デビューしてしまっている。

 授業が始まったら、きっとすぐにでも去年とは違う学生達の反応に気が付くはずだ。

 よく何者かわからないぽっと出のリリ嬢は、今やもう知らぬ人もいない、アンブロシア王室とドレッセン王室に連なる血縁にして、“リリアンテ勲章”という国家勲章を陛下から直接賜った、キリエンヌ教公猊下の姫君なのだから。

「まぁ、ネルフォン卿の……アリストフォーゼ卿のそういうお気持ちは、分からないでもありませんね。私たちも、胸に秘めておいた方が宜しいのでしょうか?」

「別にゼノも何が何でも身バレしたくないというわけではないと思うんですが、一応本人の意思みたいですし。そうですね。本人が望む限り、ネルフォン伯爵令息として接してあげていただけたらと、姉的には思わなくもないかなと」


「でもリリさん。貴女、それ、殿下にはきちんと仰った方が宜しいわよ」

「あ、やっぱり自国の王太子殿下に身分詐称は不味いですか?」

「……いえ、そういうことではなくて」

 思わず頭を抱えるトリシアに、リリはキョトリと首を傾げる。

「そもそもそつのない殿下ですし、もうご存知なんじゃないですか?」

「それは……いえ、多分ご存知ないのではないかしら? 元々教会家門は秘密事が多いのよ。リリさんも、昨年度中ご経験あるでしょう? お名前を名乗って、教公猊下の姫君だと認識された覚えがあって?」

「うーん……どう、でしょう?」

 そもそもリリは、父がどんな職業だったのかさえまともに知らなかったので、認識されたのかどうかの判断すらつかなかったというのが正しい。

 でもそう言えばいつだったか、ディーンが、『なんで皆アリストフォーゼと聞いてピンと来ないのか不思議です』みたいなことを言っていた。

「正直、私も最初は分かりませんでしたわ。教公猊下は日頃“キリエンヌ猊下”と呼ばれておいでですし、ご所領も大半の地図には“キリエンヌ教公領”だとか“聖地アリスト”と記されていますもの。猊下の本来のご家名がアリストフォーゼで、俗世での爵位が辺境伯様であることなど、すっかり失念しておりました。スオウ殿下がリリさんを“ハトコ”だと仰らなければ、私も気が付かなかったでしょう」

「でも流石に殿下ですよ?」

 そう軽く口にしてみたところで、少し顎に手を添えて考え込んだトリシアが、「いえ、やはりご存知ないのだと思うわ」と言った。

「ゼイラン大司教様も、日頃はキリエンヌを名乗っておいでだわ。閣下が教公猊下の弟君でいらっしゃって、分家に婿入られておられることは私も存じていたけれど、婿入り先のご家名はやはり聞いたこが無いわね。教会のご家門は元々、独自の神職階級に則して過ごされるから、俗世の身分階級にとらわれることをお厭いになるでしょう? 司祭位以上の方は皆、家名ではなく所属する教会名を姓として名乗るほど徹底しているわ。だから教会家門の家名や爵位は一般の口にはのぼらないものなのよ。禁句に近いわね」

「そうなんですか?」

 言われてみれば、教会の神職についている貴族達は、俗世の階級よりも教会内での位を重んじる傾向が強い。侯爵様だろうが公爵様だろうが、聖職者であれば教公である父辺境伯より下。王家に連なるはずのルドルフセン公爵も、アリストフォーゼ家に訪ねて来た時は父より下座にかけた。

 昔は単に親戚で、父の方が年上だから、くらいに思っていたのだが、今になって思えば、それも父が“教公”という職にあるからなのだと理解できる。

「私も一応実家では、王族に嫁いでも遜色ないようにと厳しく学ばされてきたのよ。その私が、ネルフォン伯爵家がキリエンヌ地方に領地を持つことは知っていても、教公家の分家であることも、ゼイラン大司教様の婿入り先であることも、存じていなかったのだから、やはり公にはされていない事なのではないかしら」

「な、なるほど」

「ましてやネルフォン卿自身はリリ様を『お嬢様』などと他人行儀に呼んでいらっしゃるのですものね。義理の弟君がいらっしゃることを知っていたはずの私ですら、ゼノ卿がそうだなんて思いもしませんでした」


 なるほど。ゼノの事は何となく分かった。

 でもそれでどうして殿下の鬼畜っぷりを買うことになるのだろうか?

 何が良くなかったのか、ちっとも分からない。


「取りあえずリリさん。貴女、これ以上殿下のお怒りを買う前に、早く『弟です』と言っておしまいなさい。それで……まぁ、三割程度は、仕事を減らしてもらえるのではないかしら」

「たったの三割なんですか?!」

 あれ、思いの外低すぎないか。

「トリシアせんぱぁぁいーっ」

「……まぁ、少しくらいは手伝って差し上げますから。殿下のお気が済むまで、精々大人しくなさっていることね」

「リリ様、ファイトです」

 エマちゃん、可愛く拳とか握って見せても駄目なんだからね!


 どうやら今しばらく殿下の鬼畜大魔皇帝様ターンが続きそうです。





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