3-2 大ミサ(1)
『一体どこの誰に代筆を頼んだのか知らないが、君から非常に真っ当な返事が来たことに驚いている。
ところで、こんな身に覚えのないものを押しつけやがって、と書いていないということは、あの夜の事はすべてきちんと記憶にあるという事だろうか? だとしたら真っ当な礼状の前に、反省すべき点が多々あったはずだが、何度読み返してもその手の言葉が見当たらない。
君の優秀な代筆者には、その辺のことも詳しく説明をしておくべきだったな―― 』
◇◇◇
これはもう一体、何の嫌がらせなのでしょうか。
王子様の手紙には検閲が? いや。そんなもの、多分、というか絶対入ってないよな、ってくらい、大魔王様の大魔王様っぷり甚だしい二通目の手紙を前に、リリは深い唸り声をあげた。
やっぱり手紙には真正直に、『なんですか、この身に覚えのない一方的な贈り物は』と文句を書いておくべきだったのだ。切実に。
「お嬢様、お返事の便箋をご用意いたしますか?」
なのにそんな空気を読まない言葉をかけたのは、ふわっとしたオリーブ色の短い髪の若い侍女で、赤みの強いオレンジの瞳がキラキラと好奇心に疼いていた。
「ハル、なんでそんなに楽しそうなの?」
「神聖なるご家門にお雇い入れていただいた時は夢かと思う心地でしたが、ましてやお嬢様と王太子殿下の恋の仲立ちをすることになるだなんて、乙女心がキュンキュン……いえ、家門の誉れです!」
「えーっと。ハルさん? この皮肉しかない文面のどこに、乙女心をくすぐる要素が?」
何やら一人で勝手に頬を赤くしてときめいているハルさんは、今年からアリストフォーゼ家に見習い採用されたばかりの新米メイドだ。
ハル・クインツ騎士爵令嬢、二十歳独身。貴族の中でも最下級にあたる騎士爵家の三女として生まれたが、成人後もお嫁の貰い手が無くくすぶっていたところを、アリストフォーゼ家の前侍女長であり、ユリーの母であり、また姉リザの乳母でもあったコリー・フレイヤー女男爵に見初められ、当家に来た。
ハルの実家のクインツ家は騎士爵家の中でも比較的新興の弱小家門だったが、昨今、優秀な娘婿を迎え入れることになり、婿殿が栄えある大聖堂付の護衛任務に就いていたらしい。そこで彼は教会助祭司でもあるツアレ子爵と知り合い、子爵の義姉であり前子爵夫人でもあるフレイヤー女男爵が侍女を探していると聞き、末の義妹を紹介したのだ。
コリーは、彼女が持ってきた刺繍や繊細なレースの手仕事の見事さに目を付けると、自分の家の侍女にではなく、すぐにアリストフォーゼ家への推薦状を書いた。
教会家門の家には、教会家門だけに許された門外不出の特別な刺繍を施した儀式用の祭服などを仕立てる必要があるため、各家で独自の針子集団を抱えているのが普通だ。しかし昨今、アリストフォーゼの刺繍の腕が落ちていることを憂えていたコリーは、ハルの腕前を見て、思い切った決断をしたらしい。
それがハルがこの家に来た経緯である。
そんな子だからか、貞淑で清廉としたこの家の他の侍女達とはちょっと毛色が違っていて、とても素直で単純で、よく言えば歯に物を着せないフレンドリーな人柄。悪く言えば、いささか軽率で口が軽い性格だ。だからか、一国の王子からの手紙に対し、政治的な思惑やドレッセンの真意、家と国との関係をいの一番に考えるユリー達と違って、彼女は真っ先に、お仕えするお嬢様のラブロマンスを妄想したらしい。
残念ながら、リリにはどんなに頑張っても、この手紙からそんな文面を読み取ることはできなかったけれど。
「馬鹿なことを言ってお嬢様を煩わせるくらいなら、仕事を手伝ってちょうだい、ハル」
そんなリリの思考より更に冷めた物言いで、ラブロマンスを馬鹿なことと言い切ったのは、朝から早々と休暇を切り上げて戻ってきたユリーだった。
ユリーは休暇最終日の午前中に戻る予定と言っていたが、早朝、リリが目を覚ました時には何故かもう家にいた。流石に早すぎではと驚いたのだが、今朝は夜明け前から禊をする司祭様方の手伝いに叩き起こされたので、そのままアリストフォーゼ家に戻ったらしい。
眠月の最終日である今日は、他の使用人たちもどんどんと戻ってきているけれど、やはりユリーがいてくれるのとそうでないのとでは安心感が違う。
でも馬鹿なことって。馬鹿なこと、って……。
「でもユリー様。先日はすぐにお返事を書くようお嬢様に仰っていたではありませんか」
「先日は、贈り物に対する謝礼という常識的な範疇でのお返事ですが、今回のお手紙はお嬢様への私通です。お返事を書くかどうかとその内容は、お嬢様がお決めになることですよ。私共が口を挟むことではありません」
そう言いながら、衣裳部屋から持ってきたドレスを並べてゆくユリーに、ホゥと一つ吐息を溢したリリは、手紙を置いてそちらに歩み寄った。
ユリーのお許しもあったことだし、お返事は保留にしておこう。そうしよう。うん、それがいい。
「お嬢様、本日のドレスはこちらで宜しいでしょうか。年の瀬の大ミサですから、教会御家門の色合いのものを。先日の音楽祭のご一件で随分と衆目を集めたともお聞きしておりますので、少々格式のある型に致しました」
正直リリにどんなドレスが最適なのかなんてちっとも分からないから、文句なんてあるはずがない。ただ一つ言わせていただくなら、相変わらず着るのが面倒くさそうなドレスだった。
「なんでこの国の正式なドレスって、こうも着にくそうなんだろう」
ハァ、とため息をつきながら手に取ってみたところで、しかし先日とは随分と違う厚手のしっとりとした質感のドレスに、ん? と首を傾けた。
今日のものは形もシンプルなようだ。すべらかな白練色の生地に、胸元や裾にびっしりと入った紅紫の刺繍と銀色の飾りがとても美しい。ガウンも締め付けるものではなく、首元のボタンの他は着流せるようになっている。先日の音楽祭の時より、かなり教会の司祭さんたちに似た雰囲気な気がするが、これがユリーの言う所の“格式のあるもの”ということだろうか。
確かに、ドレッセン淑女らしいというより、教会家門らしい仕立てかもしれない。
「あれ。思ったより楽そう。それに、とっても綺麗な刺繍」
「お気に召していただけましたか?! 私が三ヶ月かけて刺した自信作なんです!」
そうパッと隣から覗きこんで、「実は裏にひっそりと猫のシルエットが!」なんて説明をするハルに、思わずパチパチと目を瞬かせてしまった。
こんな子だけど、やっぱり刺繍の腕はすごいのだ。
「キリエンヌ風のお衣裳は少々華やかさに欠けますが、お嬢様はこちらの方がお好きなようですね」
クツクツと笑いながらリリの手を引いて定位置に連れて行ったユリーが、さっそくテキパキと昼のドレスの編み上げを解いてゆく。
前回は三人がかりだったけれど、今日はユリーとハルの二人だけ。前回とは違い、すでに幾つものペチコートが縫い付けらたワンセット型の下着は着るのが楽で、「これいい!」と絶賛したら、ハルに、「先日のお着付けの際は、今にも逃げ出さんばかりの形相だったとお聞きしたので、工夫してみました」と言われた。
我儘しているつもりはなかったんだけど……なんかスミマセン。
今日は、ドレスの上着も前当てが分離していない楽なタイプだった。パニエが控えめなだけで随分と軽やかに感じるスカートに、コルセット型の上着を背中でぎゅっと縛り、やんわりと飾り帯を巻く。あとはガウンを羽織って首元のボタンを止め、飾り物を添えるだけで完成だ。
相変わらずガウンの袖はだらっと長いものだったけれど、先日と違ってレースがわさわさしていないので着心地もいいし、動きやすい。温かいけれど軽いベロアのようなすべらかな質感の布地も、とても気持ちがいい。
なるほど。ドレッセンのドレスがバロックやロココ風なら、キリエンヌは前期ルネサンス風だろうか。所々の意匠がドレッセンの流行に似通っているので、まったく知識の中の型と照らし合わせられるわけではないけれど、キリエンヌ風の方が百年はクラシカルな感じがする。
「刺繍やレースを贅沢に重ねるのは特権階級の権威の象徴として、ますます華美にしてゆくのが今の流行なんですが、お嬢様はお好きではないようですね。先日のドレッセン風もとても素敵だったのですが」
「そもそもどうして上下や前身頃が別なのか分からないわ。上着もスカートも全部一つに縫い合わせてしまったら楽なのにって、本気で思ってる」
つまり、ドレス、もう全部ワンピース型にしてしまおうよ、という提案だ。
「ですが着付けの容易いドレスは、夜の催しでは避けるのが慣例ですよ。良いことばかりではございませんから」
「あら、どうして?」
ユリーはクススと言葉を濁して笑顔だけで誤魔化そうとしたけれど、そこはすかさずハルが口を寄せる。
「あらお嬢様。一人で脱ぎ着できるドレスだと、こっそりと殿方と逢瀬して、不貞を働くレディやご夫人がいるかもしれないじゃないですか」
「……はい?」
「こら、ハル。お嬢様になんてことを」
えーっとつまり、女性がドレスを脱がなきゃできないようないけない火遊びをしちゃわないか心配だ、ってこと? 複雑なドレスだと、一度脱いだら一人じゃ着付けられず、不貞ができないから安心?
え、そんな理由?
「すごく馬鹿馬鹿しい!」
私は全力でワンピースタイプを推そうと思う。
「まぁ……お嬢様に限って、その心配はございませんけれど」
そう苦笑するユリーが、いつものようにやんわりと髪を結わえてくれて、少しばかりお化粧を施してくれる。最後にドレスと同じ色の刺繍が入った立派な布を頭にかけてベールの代わりにしたら完成だ。
「とても素敵でございますよ、お嬢様」
「私はちっとも素敵にならないでくれた方が有難いわ。目立ちたくないから」
すかさずそう答えたら、案の定ユリーに困った顔をさせてしまったけれど、これはただの本心だ。
先日のパフォーマンスのことも、すべての人の記憶から消し去りたい。どうせなら貴族という貴族が勢ぞろいする今日のミサからも逃げ出したいのだけれど、仮にもリリが『うちのママさんをドレッセンの辺境伯夫人って認めてよね!』と国王様に直談判してしまった以上、まだドレッセンの社交界で正式なお披露目になっていない母を放って、リリだけ欠席するわけにもいかない。
それはいくらなんでも無責任だし、取りあえず一緒に教会に出向くくらいはしないとね。
リリにだってそのくらいの配慮は出来るんです。
かくして部屋を出て、南の母屋に入ったところで、目に留まった麗しの美少年に、ハァとうっとりと吐息を吐いた。
「神様、絶対ゼノのこと好きでしょう……」
教会家門らしい白練に深い紅紫の刺繍が入ったキャソック風の服に、銀色の飾具を付けたロングケープ。
ゼーレムやリリのピンクアッシュ系のブロンドは、白と紅紫を基調とする服装を纏うと上から下までほぼ同色で、どこか浮世離れしたふわっとした雰囲気になるが、ゼノは夜の闇のような艶やかな紫紺の髪だから、衣裳の色がよく映えきりっとした雰囲気が引き立つ。
正式な司祭ではないから、重々しく威厳高いローブや豪奢なストラは纏っておらず、意匠を控えめにしたケープだけれど、それがまだ中性的で未成熟な少年の容貌にはよくあっていて、姉ですらなにやらいけない気分になる。
これ、外に出して大丈夫なんだろうか?
「お姉ちゃんは、世のご婦人方……と変態なおじさま方に、ゼノさんがいけない悪戯をされないか、とても心配です」
「姉上……いきなり何なんですか? 一体」
「とっても素敵ですよ、っていう話です」
「まったくそうは聞こえなかったのですが」
ハァとため息をつきながらも差しのべられたエスコートの手に、有難く手を借りて、玄関への階段を下りた。
キリエンヌ風とやらは確かにボリュームは控えめで着心地がいいけれど、かわりにわっさわさのパニエが足さばきを良くしてくれるドレッセン風と違って、裾が足に絡むのが怖い。今更ながら、パニエの大切さに気が付いた。
でもゼノに手を借りながら乗り込んだ馬車の座席への座り心地は、断然こっちの方が上だった。ノーパニエ万歳。
とか思っていたら、リリとゼノと、ついでキリエを乗せた馬車の扉が閉ざされ、動き出したものだから、今更ながらにキョロキョロと馬車の中の足りない人数を見回す。
「お母様は?」
「昼過ぎに国王陛下からのお呼びがあり、先んじて王宮に向かいましたよ。今年はアンブロシアの使節団がドレッセンでのミサに参加されるので、その案内役を任されたそうです」
「そうなの?」
家の中の事なのに、ちっとも知らなかったよ。
てことは何か。リリが気を使わなくっても、母の件は国王陛下自身がドレッセン貴族として遇している態度を内外に自ら知らしめる舞台をご用意くださっていたわけか?
あれ。リリいらなくない? マジで。
「あのう、ゼノさん。今から予定を変更、なんてことには……」
「アンブロシアからの国賓も居並ぶ大ミサに、母と弟だけ放り出して、堂々と欠席するんですか? 私は一体、姉上がどうしたのかを問うてくるであろう周囲と国王陛下に、何とお答えしたらいいんですか?」
「ですよね」
ドレッセンとアンブロシアの正式な和平の調印式典は、明日の年明け最初の日、本来は貴族という貴族すべてが登城し国王に拝賀する儀礼の場となる所を、その予定を変更して行なわれることになっている。
なので眠月といえども、この数日間も宮中ではおそらく両国間での外交交渉が続いていたはずで、また本国での年末の大ミサに参加できないアンブロシアの使節達を、ドレッセンの大聖堂での大ミサに国賓として招くことは、ドレッセン王国国王の重大な任務の一つである。
その重大な一役に、ドレッセン貴族として母を招いてくれた国王は、おそらくリリに対しても、先日リリに宣言した言葉が嘘偽りない物であることを示そうとしてくれているわけだ。なのにリリがいなかったら……王様、流石に怒るよね。
よし、何も言わなかったふりして、話題を変えよう。
「えーっと。アンブロシアでもドレッセンと同じようなミサがあるのよね?」
「ええ。例年はネルフォン家の方の父が派遣されてとり行っています。五年に一度は、猊下がアンブロシアに自ら出向いて、代わりに私の父がドレッセンでのミサを」
「知らなかったわ……ゼイラン叔父様、毎年わざわざアンブロシアまで? それって往復するとひと月以上の移動になるわよね?」
「うちの父は日頃からアリストフォーゼ領の方の大聖堂に詰めていますから。あそこからなら、行って帰ってくるのにちょうどひと月程度でしょうか」
「五年おきってことは、私が生まれてこの方、お父様も二度三度、行っているはずね。その場合はドレッセンの王都からだから……」
「姉上はこれまで年末年始、家に養父上がおられないことを何だと思ってたんですか?」
「いやー……だってほら。お父様、日頃からあんまりうちにいらっしゃらないし」
二、三ヶ月顔を見ないことだってざらにあったので、まさか国境を越えてお勤めをしに行っているだなんて思いにもよらなかった。
それを考えると、ほぼ毎年いかないといけない叔父は大変だ。
「あれ。じゃああの子は? ほら。えっと……」
えーっと。何だっけ。名前が出てこない。えーっと。
「ミナ。ミナちゃん」
確かそんな名前だったはず、とゼノを見たところで、ゼノが不思議そうに首を傾げたものだから、名前間違えたかしら? と不安になった。
「ミナが、どうかしましたか?」
間違ってなかったらしい。間違ってはいなかったが、その反応もどうなのだろうか。
ミナ、ことミナ・レイヴォス・ネルフォンは、ゼノの双子の妹だ。生憎とネルフォン家は、日頃アリストフォーゼ領か隣のネルフォン領で、領地内政や、あちらでの祭祀を司っているため、王都住まいのリリも顔を合わせる機会がほとんどない。
ゼノとは、いつかは教会での職に就くだろうからと幼少から叔父のゼイランが連れ回していたので、リリも王都で何度か会ったことがあったが、ミナの方とは数えるくらいしか会ったことが無い。おかげさまで、従妹なのに名前すらうろ覚えなほどだ。
ただ、ゼノとはよく似た美少女だったように記憶している。
「叔父様はアンブロシアに長期出張中なんでしょう? だったらミネア叔母様とミナはどうしてるのかな、って。叔父様がいないなら、寂しくないかしら。それに例年ならネルフォン領かアリストフォーゼ領あたりの教会で年を越すんだろうけど、ゼノと同い年なら、ミナも来年はカレッジでしょう? 年末の大ミサにも参加できる年齢だし」
「ミナなら、女学校の中等部に通っていましたから、ここ三年ほどは王都にいますよ」
「それ、早く言ってよね!」
知らなかったよ、おい!
ハァ。なんでこう皆、リリには何も話してくれないんだろう。
ネルフォン伯爵家のタウンハウスはアリストフォーゼの王都宅ともそんなに遠くなかったはず。なのにこの三年間、一度も挨拶にも行っていない。薄情なのはリリの方だったか。
「じゃあ今日は久しぶりに会えるのかしら?」
「さぁ、どうでしょう。父も不在ですし、家の聖堂で過ごすんじゃないですか?」
「ゼノ。自分の実家の事なのに、淡泊すぎない? 叔父様がご不在なら、二人とも寂しくなさっているでしょう? 身内なんだから、何なら叔母様もミナもうちに招いて一緒に年越ししてもいいのよ?」
「そこまでしていただく必要はありませんよ。ネルフォン家は猊下の弟を婿に迎えたとはいえ、本来アリストフォーゼの分家です。アリストフォーゼ姓の父はともかく、ネルフォン姓の母や妹が軽々しく本家の敷居をまたぐのは、他の教会家門への示しとしても外聞のいいものではありませんから」
「そういう……もの?」
何だかいまいち釈然としないのだが、ゼノがそういうのであればそうなのだろうか。
それにしたって、何やら冷めすぎている気がしないでもないのだけれど。
「ゼノって、余り実家での家族仲、良くなかったのかしら?」
「そう見えますか?」
「うーん。少し、そんな感じかなぁ」
何とも曖昧に答えたところで、ゼノはくすと何やら口元を緩めた。
「別に、特別不仲なわけではないですよ。ただ私は昔から、勉強のため教会に通い詰めていましたし、おかげで猊下や父にもよく構ってもらっていました。それが贔屓されているみたいに思われたようで、ミナとは言い争ってばかりでしたね」
パパさんが忙しいからと好き勝手にボッチを満喫していたリリと違って、ミナちゃんはとても真っ当にお父さんの愛情を求めていたようだ。うん、普通はそうだよね。とても普通なことだと思うよ。
「そんな折に養子の話も出て、私も本格的に本家に出入りするようになりましたし、邪魔されたくなくて、邪険にしたような態度になっていた気がしないでもないですから……まぁ、ミナには好かれていないでしょうね。私も、あまりミナに対して特別な感情とか、親愛の情みたいなものは抱いたことがありません」
「そういえば、うちに来たばかりの時のゼノは尖ったナイフみたいな少年だったわよねぇ。うちのお父様のことが大好きで、私の事ギラギラ睨んでたわ。懐かしい」
昔を懐かしんで笑ったところで、耳を赤くしたゼノは、「そんなの覚えていないで下さい」と粗放を向いた。
どうやらゼノさん、十五歳にしてすでに過去の黒歴史を羞恥しているようだ。
「私だって……姉上でもなければ、こうも容易く絆されたりなんて……」
「まぁ。キリエさん、聞きました!? ゼノさんからとっても可愛らしいコメントを戴いてしまいました!」
膝の上で丸まっているキリエの背を撫でたところで、眠りを妨げられたキリエには「都合よく取りすぎにゃ」と苦言を溢されたけれど、気分がいいので聞き流しておこう。
あれ、ていうかリリのおかげでゼノさんは丸くなったの? もしかして、ゼノルートって調教されるルートじゃなくて、ゼノを調教するルートだったんじゃないの?! リリ、やればできるんじゃないの?!
「まぁ、だからこそ、姉上のそのほわんと抜けているところをどうにかしないとと、常々熟考しているわけですが」
はい、すみませんでした。リリは調教する方じゃないよね。される方だよね。
でもまぁ、『猊下の御子なのにそんなもんなんですか』みたいに冷めた目で見られていた頃に比べたら、すごく丸くなったよな。
ふあぁ……と、欠伸をかみ殺すリリに、「もうすぐ着くんですから寝てはいけませんよ」なんて言いながら、でもさりげなく肩を貸してくれるくらいには、とっても丸く。甘くなったよな、なんて、思わなくも無くて。
出来ることなら本当のお母様や妹とも、そうできたらいいのにね、なんて思うのは、ただのお節介なんだろうか。




