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攻略難易度が高すぎて挫けそうです  作者: 灯月 更夜
第一章 ヴァイオリンと王子様
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1-5 試験勉強

 その日寮に帰ってすぐ、隣の部屋の前に立ってみたら、確かに、いつの間にかエマの表札が無くなっていた。

 生徒会寮に引っ越したんだと思うが、一体いつ引っ越したのだろうか。

 そんなことさえ知らないなんて、恥ずかしすぎる。

 部屋に帰ってキリエにそう溢したら、「隣のおせっかいなら、先月の大茶会の前に引っ越したにゃ」と言われた。

 猫すら知っているのに……なんて恥ずかしい。

 大茶会というのは、茶月(ちゃづき)と呼ばれる先月の、国で一番のお茶会シーズンの季節の中日に行なわれた、この学校の行事の一つだ。

 生徒会主催のお茶会をはじめとして、生徒達はみな必ずどこかしらのお茶会に出席するか、あるいはお茶会の開催をしなければならず、当然そこでのマナーや(たしな)みが成績に反映されるという、いわゆる課外授業みたいなものだ。

 社交性が問われるものでもあり、正直知り合いというものがほとんど存在しないリリにとっては一番最初の難関イベントだったのだが、そう相談をしたら、スオウが呆気なく何処からか招待状を持ってきて渡してくれた。

 なんだか反則な気がしないでもなかったけれど、おかげさまで不参加だけは免れた。

 スオウがくれたのは、正直お茶会なんて面倒くさい、と思っている彼のクラスメイト達数人が、ごく小規模で催す小さな茶会の類の招待状で、出席者も十名そこそこ。皆似たり寄ったりな人達が参加していたらしく、特にエスコートも必要ないような気楽なもので、大変に助かった。

 多分そんなに評価は高くない規模の茶会だったけれど、交わされた会話も、「いやぁ、本当にこの課題が一番面倒」「不参加だけはまずいからね」みたいなものばかりで、リリも大変気楽に乗り切ることができた。

 そんな自分のことで手いっぱいだったせいもあり、そういえばエマがどうしたのかなんて知る由もなく、多分凄まじく忙しい生徒会主催の茶会の準備で、姉のノマあたりに手伝いを頼まれて、そのまま生徒会に引きずり込まれたのだろう。

 ご愁傷様としか言いようがない。

「そんなことより、もう来月は試験にゃ。勉強しなくていいのか? リリ」

 そうトテトテと机に飛び乗って、使われた形跡の薄い教科書をパシパシと尻尾で叩くキリエに、「ちゃんとやるわよ」と頬を膨らませる。

「そんなこと言って、最近は三十分と座り続けられていないにゃ」

「う、うるさいなぁ。キリエ、小うるさいお母さんみたいだよ」

「僕は紳士だにゃ!」

 なんか最近、ますます語尾がニャーになって来ているのだが。

 あぁ、猫を被るのはもうやめるんだったか。

「大体、この国の授業って変なのよ。政治とか経済とか。提示された予算でどこからどこまで街道を整備するのに必要な具体的な予算立てと手続きと諸々の手配、すべてを考察してレポートにしろーとかっ。政治家かよ!」

「それが貴族ってものにゃ」

「……」

 うん。まぁそうなんだけどさ。

 この国では貴族は皆、有職貴族として中央政治に参画するか、有領貴族として国から預かった領地の経営をするか、あるいは副業などをして生計を立てる。

 貴族だからといって無知無職でいていいわけではなく、諸々の特権は存在するものの、男子であろうと女子であろうと、等しくそれ相応の知識と経営手腕が求められるのであり、そんな貴族の子弟達のための学校であるここの授業内容としては、極めて妥当なものだ。

 前世の勉強といえばほとんどが暗記物で、文系だけでなく理系も大抵は公式さえ暗記すれば何とかなったものだが、こっちではそれがあまり通用しない。

 嫌気がさして机から遠ざかるのも無理もない。

「元々私、あんまり考える感じの学問って、好きじゃないのよ……」

「あー。直感型だもんなぁ、リリは。でもこれまでの課題は、その直感でなんとなくなってたにゃ」

「すっごいギリギリな感じがしないでもなかったけど……」

 こんなその場しのぎじゃ、じきにボロがでる。

「キリエ、この国の事詳しいんだから。教えてくれない?」

「猫に試験勉強の手伝いができると本気で思ってるにゃ?」

 くそう。こういう時だけ猫を自称しやがって……。

「はぁ……」

 困った。もはや自分で勉強できるレベルではないのだが。

 スオウを頼るのは……流石に迷惑だろうか。エマは……うぅん。自分のことでいっぱいいっぱい、という雰囲気だし。

「いっそ潔く諦めるか……」

「留年したら、来年は“弟”と同じ学年にゃー」

 よかったにゃ。優秀な弟に懇切丁寧に教えてもらえるかもしれないにゃ、なんていうキリエの間延びした声に、おぉぉぉ……と頭を抱えて項垂れた。

 駄目だ。それは駄目だ。

 姉の威厳が……(いや、最初からないけれど)。

「どうすれば……」

「だから、諦めて地道に勉強するにゃ」

「……」

「……」

「……はぁい」

 ですよね、と机について、三十分。

 もう無理です、と項垂れたリリに、キリエが冷めた顔で尻尾をペシペシさせた。


 ◇◇◇



「そんなことなら、もっと早く頼ってくれたらよかったのに」

 クスクスと笑いながら、手の甲に預けた頬を緩ませる、目に毒なくらい様になっているスオウに、ムムムと頬を膨らませたリリは、大人しくカリカリとペンを走らせる。

 雨ばかりの季節が過ぎて、緑月(りょくづき)。この国の長い夏の中でも最も熱さが加速する、緑萌える季節は、学生にとっては魔の季節である。

 最初の一週を過ぎると、それから五日間、レポート試験の準備や試験勉強のための授業のない日々が続き、月の半ばから五日間筆記試験、次いで五日間実技試験と、試験が続く。

 そんな試験直前の休暇期間になって、ついに勉強を放り出して聖堂で一日中ヴァイオリンを弾きまくっていたら、夕暮れ時、息抜きに来たらしいスオウに遭遇して、ちっとも勉強がはかどっていないことを白状させられたのである。

 現状、聖堂の隅のカウンターに並んで座り、レポートを見ていただいている。

「これって、不正にならない?」

「私は書き方とか調べ方の助言をして、参考書を紹介してあげただけだよ。言葉にしているのはリリだから、問題ない」

「あの……ちなみに、大変申し上げにくいのですが……」

「他の勉強も見てあげようか?」

「ッ。神様っ」

「ふふっ。聖堂でそう呼ばれると、なんだかな」

 神様に嫉妬されないかな? と、スオウは聖堂の奥を見やったけれど、生憎と、この聖堂には神を象る類の石造などは一切ない。

 まぁ神様が見ていなくても、そのお使いであるらしいキリエさんが、そこで大きな欠伸をしながら聞いていらっしゃるけれど。

「リリは、記憶力と発想力はいいんだけどね。基礎知識(じょうしき)が足りてないのと、あとあれこれ複雑になると、すぐに混乱しちゃうよね」

「……右手で料理して左手で楽器を弾いて、これを融合しなさいなんて言われたって無理でしょう?」

「右手で弓を扱って、左手で弦を抑えることはできるのに?」

「それはほら。考えなくても勝手に動くというやつで」

 うん。どう違うのかはわからないが。

「きっとリリのそれは単純な好き嫌いなんだよ。君は本当は、もっと出来る子だと私は知っているよ」

「出ましたね、スオウ様の魔法の言葉。何度その言葉に惑わされてきたことか」

「ただの事実だけど」

「いいえ、忘れもしません。私がダンスレッスンをさぼりまくってちっとも踊れないことを知ったセリアおばあさまが目くじらを立ててスオウ様に私のレッスンを任せた時も、ふてくされる私を何度もそう言って引っ張り立たせて」

「おかげで踊れるようになったでしょう?」

「ちっとも!」


 忘れもしない。小さな頃。

 元よりリリは、とにかく体を動かす系の才能が皆無と言っていいほど無く、婦女子の嗜みであるダンスなんて、壊滅的に駄目だった。

 それを知った大叔母が、『そんなのでは後々苦労しますよ』と、お見舞いに来たはずのリリにレッスンをさせるようになるまで時間はかからず、スオウはそれに巻き込まれて、リリの指導を受け持つことになったのだ。

 お陰様で、確かに人並みに踊れるようになった。

 そう、思っていた。

「今年も前期末の夏夜祭ではダンスパーティーが開かれる。あそこでのダンスは採点基準だから、必ず全員一度は踊らないといけない決まりだよ」

「私には無理です!」

 スオウ相手に散々練習して、いつの間にやら踊れるようになって。なんだ、私もやればできるじゃない! とホクホクと嬉しくなっていたのは過去の話。

 あれはただの錯覚で、実はちっとも踊れないままだった、なんてことに気が付いたのは、年の瀬のお祝いの会場で、見知らぬお坊ちゃんと踏んだり蹴ったりなダンスを披露してからの事だった。

 すなわち、踊れた気がしていたのは、スオウが桁外れにエスコートがうますぎたからであって、別にリリが上達したわけではなかったのだ。

 そう。ただスオウに操られていただけ。スオウ相手じゃないと、まともに踊れない。

 それに気が付いて以来、益々ダンスは苦手になった。


「リリ、音感やリズム感はものすごくいいんだけど。いや。良すぎるのかな」

「別に音楽を楽しんでダンスがおろそかになってるわけじゃないですよ?」

「うーん、そういう意味じゃないんだけど」

 クスクスと笑うスオウに、ハァとため息を吐く。

 何でもそつなくこなしてしまうこの人には、きっとリリの苦悩なんてわかりやしない。

「まぁそんなに憂鬱にならないで。私となら踊れるんでしょう? だったら夏夜祭でも、私と踊ろう。それならいいでしょう?」

 クスと口をほころばせながら、きっと世の中すべての女性がうっとりとため息でもついてしまいそうな艶めいた面差しで言うスオウは相変わらずの王子様で、流石と関心する。

 だがお生憎様。その必要はないのだ。

「ふっふっふ。スオウ様。私だって、考えてないわけではないんですよ?」

「ん?」

 最難関のダンス試験をどうクリアするか? そんなの、入学前から考えていたに決まっているではないか。

「実は私、この夏、正式なお国の外交ルートを通じて、お隣のアンブロシア王国からの招待を受けているんです」

「……リリ」

 すぐに察したように呆れ顔をしたスオウに、ふっ、とドヤ顔をして見せる。

「まぁおかげで、ちょちょっとあちらの王室にもご挨拶はしなければなりませんが……アンブロシアまではこの季節、早くても十日以上はかかります。数日滞在するとして、旅行は殆ど一ヶ月がかり」

「それを理由に、君は夏夜祭の“公欠許可”を得たわけだね……」

「あちらでの公務を完璧にこなしさえすれば、合法的に単位は自動取得です!」

「合法的って……あちらで踊ることにはならない?」

「お義兄様もお姉様も、私の運動神経が壊滅的なのは知ってますもの」

「あぁ……うん。そうだった」

 そんなの、姉夫婦が恥をかくだけなので。

「あぁ、でも……そうか。残念だ」

「残念?」

「珍しく、ドレスアップしたリリが見られるかと思ったんだけど」

「おかしなスオウ様。物珍しいのは分かりますけど、そんなの見て何が楽しいんです?」

 さてはからかうつもりで? なんて言って首を傾げたリリに、スオウは何やら含みのある顔でクスクスと笑っていたけれど、まぁ今はそんな公欠許可の出ている課題なんかよりも目の前の課題の方がずっと大事なのであって、「それよりここの展開部分の考察に関する意見なんですけど」と話しを切り替えた。


 どうにもスオウの様子がちょっとおかしかった気はしないでもないけれど。

 でもおかげさまで提出締め切りの近いレポートはさくさくと進んでくれて。

 大変に助かった。





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