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攻略難易度が高すぎて挫けそうです  作者: 灯月 更夜
第二章 好感度カプリチオーソ
41/186

2-4 綿花祭(2)

 綿月(わたづき)十五日、綿花祭(わたばなさい)

 春の花祭りに比べると(いささ)か落ち着いた雰囲気ではあるものの、しかしその年の実りを沢山振舞って盛り上がる町中の賑わいは結構なもので、いたるところに飾り付けられたふわっふわな綿花飾りと(あい)()ったそれは、とても楽しげなものだった。

 二人で相談して、あまり目立たない落ち着いた格好のドレスに、カレッジの学生であることを示す校章の彫り込まれたブローチを胸に。行きがけは同じくクラスメイトと町にでるというトリシア達と寮の馬車に同乗して町に向かった。

 胸の校章は、町中での面倒に巻き込まれたりしないよう、あるいは何かあった際の身分証として、着用を義務付けられているものである。

 こんなのが有ってはお忍び気分も何もあったものではないとは思うのだが、流石に生徒会役員が自らその規律を侵すわけにはいかないので、大人しく、こっそりと目立たないよう、胸元のコサージュに添えて付けておいた。


「まずは人が少ない内に、神殿に参りましょうか、リリ様」

 馬車を降りてトリシア達と別れると、早速、エマがそんなことを言ったので、神殿? と首を傾げた。

「神殿に、何か用事でもあるの?」

「え?」

 出がけから早々顔を見合わせて沈黙した二人の間で、ハァ、と、朝から散々リリにブラッシングをせがんでおめかししたキリエがため息を吐く。

「リリ。今日は国家の祭日にゃ」

「え? あ、ええ。え?」

 だから? と首を傾げたリリに、もう一度ため息を吐いたキリエは、クイ、とリリのドレスの裾を噛んで引っ張る。

 その促す方を見てみると、ちょうど子供達が花籠を手に、綿花を売っているのが視界に入った。

「綿花……」

「あの、リリ様? もしかして、ご存知ない、なんてことは……」

 困ったようにおどおどっとするエマの様子に、慌てて足元のキリエを見やったリリは、眼力だけで、速攻解説を求める! と訴えかけた。

 それにちょっと呆れた顔をしながら。

「春の花祭りは一年の実りが豊かになるようにと神様に祈願して。秋の綿花祭は、今年も実りが豊かであったことを神様に感謝するお祭りにゃ」

 ただの休日じゃなかったのねっ。知らなかったよ!

「ご、ごめんなさい、エマっ。私あまり、作法に詳しくなくて! こういう日って、神殿に綿花をお供えに行けばいいのかしらっ?」

 取りあえずそう慌てて取り繕って見せたところで、ほっと表情を和らげたエマは、こくりと頷いてみせた。

「すみません、リリ様。そういえばリリ様のお家柄ですと、お祈り“する側”ではなくて、“される側”ですものね。お祭りの日に神殿にお供えになんて、行ったことはありませんよね。私としたことが、失念していました」

「は、はは、はは……」

 へ、へぇ。そうなんだ……。知らなかったよ。

 というか、カレッジに入る前しかり、祝日の日に何か特別なことをした覚えは、過去一度もないのだが、もしかして常識的なものなのだろうか?

「あの、エマ。できればその作法というのを教えていただいても?」

「はい、勿論です。まずはお供え用の綿花を買い求めましょう」

 そう促したエマに、近くのワゴンで花を売っていた大人が、目を輝かせて声を大きく勧誘の声をあげたけれど、その声におどおどと離れて行った子供を追いかけたエマとリリは、そちらの可愛い女の子の方から、可愛らしくリボンのかけられた綿花を買い求めた。

 いかにも自家製といった小ぶりなものだったけれど、こちらの方が何となく、心がこもっていて良い。


 ◇◇◇



 それからエマの案内で、この町一番の教会に赴いた。

 確かに、皆綿花を手につめかけていて、教会の周りの賑わいは結構なものである。

 そういえば、教会なんてところに来るのも、ほとんど初めてだ。アリストフォーゼ領に有る実家の聖堂と、カレッジの寂れた旧聖堂の他に、きちんとした教会なんかに行ったことは一度も無い。

 ユーシス曰く、リリの父はそういう教会関係の統括を担っているような立場だというが、それにしたって、これまで微塵(みじん)も教会に縁が無かったというのもどうなのだろうか?

 教会での作法も何も存じていないというのも、何やら不安な気がする。

 そのせいか、居並ぶ市民に交じって列に並び、遂に教会に入る順番となったところで、少しばかり足がすくんでしまった。

 入っても、大丈夫だろうか?

 教会典礼家の娘が、作法の一つも知らず、この敷居をまたいでもいいのだろうか?

「リリ様?」

 そんな様子に気が付いたのか、隣でエマが不思議そうに首を傾げる。

 それはまぁ、エマにしてみれば、リリにとっての教会は我が家も同然に違いない、みたいな感覚なのだろうけれど……。でも。


「やぁ、リリ、エマ。君達もお供え?」


 今まさに、お次の方どうぞ、と促されようかというところにかけられた陽気な声色に、ふと顔をあげて。

「あ」

 いつもと変わらないニコニコと穏やかなスオウと、一緒に行動しているらしいのほほんとしたディーンの顔を見た瞬間、なんだか急に気が抜けて、安堵の吐息が零れ落ちた。

「スオウさま達もいらしてたんですね」

「ふふっ。何て顔してるの? もしかして、教会に入るのに緊張してる?」

 どうしてこの人は分かってしまうのだろう。

 はいそうです、だなんて恥ずかしいことは言えなくて俯いてしまったけれど、思わず肩をすくめたところで、急に手を取られたから、驚いて顔を跳ね上げた。

「えーっと?」

「大丈夫。君は世界で最も“神様に愛されている”んだから。遠慮なんてしないで、堂々とすればいいんだよ」

 促されるままに、トツ、と踏み出した足が堅い石畳を踏みしめて、大きな扉を潜る。

 その高い高い天井と、ひんやりと心地よい空気。小さな物音さえも響きそうな荘厳な佇まいに、思わずほぅ、と吐息が零れ落ちた。

「綺麗……」

「この町の教会は、今から三百年近く前。キリエンヌの技術者が派遣されて建てられた文化遺産でもあるんだよ。ほら。正面の薔薇窓とか、柱の上の方の唐草の彫刻とか。アリストフォーゼの聖堂と似てるでしょう?」

 そう言われてキョロキョロとあたりを見回してみると、なるほど、規模はまったく違うけれど、確かに、どことなく懐かしい雰囲気を与える。

「正面の神像の顔立ちも、キリエンヌ風だね」

「えーっと。左右の像は?」

 周りを見る余裕が出てきて、列に並んで歩を進めつつ尋ねてみたら、一緒に後ろからついてきたディーンが、クスクスと小さな笑い声をあげた。

「左は聖者アリスト様。右はアリスト様の御子で、教会の最初の大司教様であり、アリストフォーゼ家の初代でもあるクリスト様ですよ。周りのステンドグラスは、その後十二代までの教公猊下(げいか)を描いていらっしゃいます」

「うちのご先祖様達かっ」

 ハッ、と顔を赤くして肩をすくめたリリに、道すがらに立っていたシスターがギョッと肩を跳ね上げて、深々と頭を下げるのを見てしまい、慌ててスオウの背中にしがみついた。

 しまった。ここでの言動は気を付けないと。

「リリ、聖者アリスト様の像の足元を見てごらん」

 そんなリリにクスクスと笑いながらも話を続けるスオウに促されて、リリもチラリと顔をあげる。

 ゆったりとした衣と神杖を手にした左の像は、雄々しい老人の姿をしていて、どちらかというと厳めしい部類の表情をしている。右の、若く精悍な面差しと長い波打ち髪を結わえた若者として描かれているクリストの方はどことなく父に似ている気がしないでもないが、左の像にそんな面影はない。父も老いたらあんな感じになるのだろうか?

 それで。一体足元がどうしたって……、と視線をやったところで、思わずパチリと目を瞬かせてしまった。

 いかつい聖者様の像の足元に、はて、何故だろうか。衣にまとわりつくようにして、一匹の猫が彫られている。

 それを見た瞬間、なにやら思わずパッと、リリの足元でおすまし顔をして歩いているキリエを見てしまった。

 そういえば……猫なのに、教会に入る時にもちっとも咎められなかった。

 それだけじゃない。良く見ると、参拝する市民の中にも、猫を連れている人が見受けられる。

「えーっと。スオウ様?」

「猫はキリエンヌ神教において、神の御使いだとされているんだよ」

「そうなの?」

 その問いは、足元のキリエに投げかけた。

 当然、「僕を何だと思ってたんだにゃ」と言われたけれど。

 いやまぁ、確かにキリエはそうなんだけど。神様のお使いが猫の姿をしていたのは、昔からなのか。この世界では、所謂白い羽が生えた天使的なやつは存在しないということなのか。

 神様の……好みだろうか?

「さぁ、ほら。順番だよ。祭壇に綿花を」

「あ、はい。えーっと。ただ捧げるだけでいいの?」

「お祈りの言葉は知らない? 多分、君の実家では日常的に唱えられてるはずだけど。食事の前とか」

「あ、知ってます。大丈夫」

 なんだ、それでいいのか、と、ほっとしながら、この教会の司祭様と思しき男性がニコニコと促してくれるのに従って、祭壇の前に立つ。

 えっと、確か。取りあえず花を捧げて。胸の前に手を組んで。

 そういえば食事の前とか。あるいは寝る前なんかも、小さな頃は母や姉なんかがいつも、この言葉を唱えてくれた。確か、神の祝福に感謝します、みたいな意味があるのだとか、姉が言っていただろうか。


「ランテ、フォーレ、フォル、アリステラ」


 そうポツポツと祈りの言葉を唱えたところで、「まさかッ、聖女様!」と突然叫び声がしたものだから、ぎょっとして顔をあげた。

 たちまちに、ざわ、ざわざわ、と教会の中が騒がしくなるのを見て、え、何、何!? と慌てて周りを見回す。

 せ、聖女? 何? 誰が!?

「あー……ごめん、リリ。だよね……君の家だと、そうなるよね」

 それを気まずそうに祭壇に上がってきたスオウが、そっとリリの肩に手を置いた。

「あ、あれ? もしかして私、間違えました?」

「いや、間違えてない。間違えてはないんだけどね」

 そう苦笑するスオウは、すぐそこでわなわなと感極まると言った感じで震えながら、両手を組んで膝をついた司祭様に、ニコリと微笑んで見せた。

「司祭様。“姫”は今日はお忍びでの参拝ですから。あまり大げさにはなさらず。この事は胸の内にお留めを願います」

「こ、これは殿下! え、えぇ、そうですね。そうでございますね。このような僥倖(ぎょうこう)を得ましたことは、この教会の内に秘めさせていただきます。あぁ、しかし何という光栄。何という誉れ! せめてこの敬虔(けいけん)なる神の(しもべ)に、ただ今ひと時、この僥倖に感謝する機会をお与えいただければ、もはやこの世に未練さえもなくならんかと」

 そう仰々しくリリを崇める司祭様に、え、えぇっ?! とドン引いているリリの背を、少しだけ、スオウが押した。

「スオウ様っ」

「有名税ってやつだよ。敬虔な君の家門とお父君の信者に、口づけの栄誉をあげてくれないかな?」

「く、口づけ?!」

 何の話?! と仰天したところで、「ちょっと右手を差し出してあげればいいだけです」とディーンが付け足してくれたので、あ、なるほど、と、おそるおそる、目をキラキラさせた紳士の前に、歩を踏み出す。

 なんかよく分からないけれど、ものすごい期待をされている気がして、後ろめたすぎる。

 別に自分、神様と面識とかないですし。ちょっと神様のお使いとか従えていますが、キリエはキリエ。私はただの女の子ですから。なんて思いつつも、取りあえずそれっぽく、ニコリと微笑んで見せながら手を差し伸べたら、「おぉ、なんという慈悲深き神の子よ!」と、大仰な言葉と共に、手を取られ、その甲に唇が掠めて行った。

 聖職者に(ひざまづ)かれてチューって。何だこれ?

 もしかして、何かまた変なイベントに入ってないか?

「スオウさま……」

「大丈夫。これでお役目終了だよ」

 これ以上目立たないよう、早く出よう、と手を引かれて、ほぅ、と息を吐いた。

 とはいえ、司教様の行動のせいでなにやらざわざわとなってしまった教会内の様子に、何も無かったように出ていくというのも中々至難の業で、「今確か聖女様って」「司祭様が膝をお付になるだなんて」「あの子は何だ?」なんて騒ぐ市民に、足がすくんだ。

 えーっと。こういう時は、どうしたらいいんだったか。

 あぁ、そうだ。そういえば実家の聖堂なんかにいる時は、よく父がこんな感じで人に取り巻かれていた気がする。

 で、そんな時は大体……。


「皆様にも、どうか神の御恩寵がありますように」


 そうニコリと微笑んで見せれば、収まるはず。

 いやまぁ、あの仏頂面の父がニコリなんてするはずはないのだが、でもこう言ったら大体皆大人しくなるのよねと、それを真似して見せたら、勝手に膝をついて、ありがたや、ありがたや~みたいな感じで拝みながらも、見事に道を開けてくれた。

 うん、効果(こうか)覿面(てきめん)だ。この方法、覚えておこう。



 取りあえずそのままニコニコとしながら、スオウにエスコートしてもらって教会を出ると、中での騒ぎなんて何も知らない外の市民がリリの事を気にするはずも無く、ようやく人々の視線から抜け出せた。

 そのことに、ほぉう、と息を吐いて見せたところで、少し遅れて、リリの後に祭壇に花を捧げてきたらしいエマが、ディーンと一緒に出てきた。

 とはいえ。

「ここにいると、教会から出てきた市民に取り囲まれかねないからね。まずは場所を移そう」

 そう促すスオウに、コクリと頷きながら、「ではこちらに」というディーンに連れられて、ひとまず、その場所から遠ざかることにした。





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