1-25 謝罪の在り処(2)
結局のところ、『君は、私の“何”だ?』という問いへの答えは、良く分からなかった。
何と言われたって困る。
出会いがしら無礼を働いて逃げ出して、ついでに忘れ物をしたけれど未だにそれを取りに行くことも無いままになってしまっていて、その忘れ物の件で王子様相手に虚偽の申告までしてしまった。
おかげさまでいらないことに巻き込まれる羽目になってしまって、なぜか生徒会の大茶会だなんて華々しいものにお呼ばれしてしまったどころか、バックミュージックなんかやらせていただいて。調子に乗って、ちょっとどの過ぎた演奏をしてしまった気がしないでもなくて。そのせいで何故か生徒会に任命されて。
でもそれから逃げ回ってろくに手伝いもしないまま、謝罪がわりの契約書に自らサインした学芸祭での演奏を、あろうことか無断ですっぽかして引き籠り、謝罪すらせず今に至る。
何だと言われたら……ただの厄介者。面倒をかけた無礼者としか言いようがない。
でも無礼者なら、咎めてしまえばいいだけの話。
なのに王子様は咎めもせず、『考えろ』と言った。
リリが、ユーシスにとっての“何”であるのかを。
「生徒会第二書記? それとも自分の面を汚した汚点? 他人から咎めを被る方が楽、みたいな真正直なことを言ったせいで、ふざけんな、自分から咎めに値することをやってみろ、みたいな感じ?」
だから咎めてくれなかったのかしら、なんて項垂れて、教室の机に突っ伏す。
選択授業の課題のレース編みが、おかげさまで微塵も進まない。
「それって、自主退学とか」
そう呟いてみたところで、多分そういう事じゃないのだ、ということは何となく分かっていた。
何も言わずに通り過ぎたその人の姿が、何度も脳裏をよぎる。
理由も意味も分からないままに向けられた背中への不安が、いつまでたっても拭い去れない。
でもそれって。
それって、要するに。
「私は貴方の……」
要するに。
そういう、こと? と。
ぽつりとつぶやきながら、窓の外の真っ青な空を見やる。
あぁまさか。そんな馬鹿なことと思うのに。何でこんなにも、頬が熱いのか。何で、心臓が痛いくらいに弾むのか。
自分は咎めを被らなきゃいけないはずなのに。何でこんなに浮かれたりして。
「リリ・クラウベル・アリストフォーゼさん!」
突然の教室の扉を開け放った音と甲高い大声量に、びくーっっ! と慌てて肩を跳ね上げる。
ざわざわ、ざわざわ、とざわめきあうクラスメイト達の声色と、「どうして?」「あらまた?」と騒ぐ言葉に、リリの顔が早速青ざめた。
ものすっごく嫌な予感しかしなくて、絶対に振り返りたくない。
今度は何だ?
ユーシスじゃない。その声は間違いなく女性の声色。
ノマじゃない。えーっと……考えたくないけど。なんか、嫌な予感しかしない声。
「聞こえているのでしょうっ、アリストフォーゼさん!」
もう一度名前を呼ばれて、そのうえカンッカンッと踵を鳴らして教室に入ってきた女生徒に、おずおずとリリも後ろを覗き見る。
その瞬間、かつんっ! と机の隣に腕組みをして立った威圧感を感じて、思わず肩をすくめてしまった。
鮮やかな縦巻きのゴールドブロンド。ほんのりと芳しい香油の香りと、でも絶対ものすごく怒っている存在感が、上からビシビシと降り注いでくる。
「ご……ごきげんよう。フラートラ様」
仕方なくチラリと見上げてみたところで、ピクリと形の良い眉が吊り上るのを見た。
トリシア・アンチェス・フラートラ嬢。生徒会副議長にして、名門と名高いフラートラ侯爵家の長女。一年でも有名な、ド迫力美人。
突然生徒会長がこの教室にリリを訪ねて来てから、もう六日。もしかして、痺れを切らせた会長が、なんか仕掛けて来たとか……。
「貴女、一体何をしていらっしゃるの!?」
「えっ。あ、はいっ。すみませんっ!」
何で私、謝ってるんだろう。
いや、でもなんかこう。勢いで、つい。
「何を謝っていらっしゃるの!」
「ですよね!」
でもほら。お姉さんが、なんかちょっと圧強すぎて……。
「あぁ、もうっ。貴女……ッ」
えーっと。どうしてさしたる面識もないお嬢様に、頭を抱えてため息とか吐かれているのだろうか。
意味が解らないのだが。
「何でもいいから、すぐにいらっしゃい!」
「えっ?! あ、あのっ。すぐにってっ」
ぐっ、と引っ張られた腕に、ちっとも進んでいなかったレースが机に落ちる。
かとおもいきや、フラートラ嬢が早々とそれを引っ掴んで道具と一緒にざっと箱に押し込めると、教科書と一緒に鞄に押し込め、右手に鞄。左手にリリを引っ掴んで。
「行きますわよ!」
「っ、て、うぇぇぇぇっ?!」
そのあまりにも早急な一連の動作には呆気にとられるばかりで、周りも皆ポカンとしている内に、かくしてリリは教室を引っ張り出されることになってしまった。
このお嬢様……見かけによらず、ものすごい剛腕である。
「あ、あのっ。フラートラ様っ? 一体私に何のっ」
「貴女のせいで、大恥をかく所だったではありませんか!」
「え、え?」
意味が解らない。
何故リリのせいで、彼女が恥をかくことになるのだ?
別に恥をかかせるようなことをした覚えはなのだが。
「あの。せめて、何処に行くのかっ……」
「生徒会室ですわ!」
「いやいやいや!!」
待て待てっ。それは困る。
まだ何も心の準備ができていない上に、よもや自分からそこに近付くなんてありえない。
でもどんなにか頑張って抵抗したところで、フラートラ嬢の手はちっとも緩むことなんてなく、それどころかぷんぷんと怒り心頭している顔が真っ赤なのを見ると、何と言葉をかけていいのかさえよく分からない。
これは一体全体、何事なのか。
「あのっ……生徒会室は……一般の生徒は、その……」
立ち入り禁止なはず。
一般の生徒が立ち入れるのは、生徒会館一階のホールと、一、二階の会議室のみ。
先だって生徒会室で彼女に遭遇した時点でこの言い訳が通用しないことは理解していたが、とにかく生徒会室に行きたくなくて適当なことを口にしたら。
「貴女、生徒会の第二書記なんですってね!」
速攻で論破された。
「あー……いえ。あの。それは」
そもそもその件については承認した覚えが無く、サインしてしまったとはいえ、それもなんだか有耶無耶となっていて、むしろもう無かった話になっているに違いなくて。
やっぱり生徒会の他のメンバーはその事を知らなかったようだし、あるいは否定してみるのもアリなのではなかろうか。
「大体、貴女のせいで、私がどれだけ惨めな思いをしたことかっ」
はて。やっぱりよく話が見えない。
そもそも、自分はこのフラートラ嬢という人の事を良く知らない。
このカレッジの二年生で、王太子殿下やスオウ達の同級生。フラートラ侯爵家のご令嬢で、生徒会の副議長。知っているのは精々その程度。
なのに一体全体、どこでどうリリがそんなお嬢様を惨めにさせたというのだろうか。
まったく思いつかないのだが。
「と、とりあえず、落ち着いてっ。生徒会室には、私はっ」
「いいからいらっしゃい! 先輩命令ですわ!」
「先輩、命令……」
え、この学校、そんなものもあるの? なんて首を傾げている内にも、いつの間にやら生徒会館まで引きずられてきてしまって、いやいややっぱりと扉の前で必死の抵抗はしてみたものの、バンッと扉をあけ放ったフラートラ嬢の足は止まらない。
「で、ですからっ。待ってくださいッ。まだ心の準備がっ!」
「あれ? 何してるんですか? 副議長」
そうキョトリと首を傾げたのは、ちょうど一階ホールを通過中だったらしいディーン君で、しめた、助けてもらおうと思ったのだけれど、そんなリリの思惑よりも早く。
「良いところにいましたわ、ディーン卿! この鞄を預かっておいてくださいませ!」
「鞄?」
「いやいやいやっ! それ私のッ」
リリの困惑も余所に、思わず鞄を受け取ったディーンは、キョトリと首を傾げて二人を見やる。
「えーっと。ようするにリリ嬢が逃げ出さないように、質に取っておいてほしい、という意味ですか?」
「そうよ!」
「えぇーっ」
何でそんなに堂々としているんですか、先輩! と突っ込みたい。
ましてやディーンときたら、あたふたして手を伸ばしているリリをチラリと見るや否や、一つ二つ目を瞬かせたかと思うと、すぐに返してくれる……のではなく、ニコリと微笑んで。
「分かりました。じゃあお預かりしておきますね」
なんていうものだから、「はぁ?!」と絶句した。
なんだ、これ。敵か? ここには敵しかいないのか?
そりゃあそうだ!
「ほら、さっさと行きますわよ!」
「ま、待ってください、先輩っ。一体これ、どういうっ」
ずーる、ずーると引きずられて。
いってらっしゃい、なんて手を振っている悪魔の見送りをして下さっているディーンを恨めしく思う間もなく、流石に階段に差し掛かった辺りで、慌てて足を動かした。
つんのめってこけて無様を晒すわけにはゆくまい。
というか、ここまで来た時点で、多分もう逃げ出すのは無理だ。
でもだからと言って、大人しく生徒会室に連行されても困るのだが。
助けて、誰か。スオウ様――。
そう必死に願ったのだけれど、生憎頼みの人物が現れることは無く、呆気なく到着した三階で、一つ深呼吸をしたフラートラ嬢がゆっくりと扉を叩く。
その不安そうな。ぎゅっと引き結ばれた横顔を見た瞬間、リリもなんだか口を挟めずに立ちすくんでしまった。
この人は……何で、そんな顔をしているのだろうか。
「トリシアですわ。入ります」
顔色とは裏腹に気丈とした声色が、そう言ってドアノブに手をかけて、扉を開く。
カチャリと開いた扉。俄かに差し込む西日を遮るレースのカーテンの緩やかなドレープと、その日射しにチラリと瞬いた金色の髪。
積み上がった書類と、紙とインクの匂いと、それからゆっくりと顔を上げたその人の、逆光に影を落としたブルーの瞳。
その眼差しに、ドキリと足がすくんだ。
彼女は一体どういうつもりなのか。
こんなところに自分を連れてきて。
謝罪をさせるため? でもその件はまだ……保留中で。
まだ答えは、見つかっていなくて。
「殿下。お時間頂戴できますでしょうか」
「何だ、トリシア。どうして彼女をここに……」
「んなぁ!」
殿下の冷ややかな声色にかぶせるようにして響いた呑気な鳴き声に、ふと皆の視線が寄せ集まって、思わずリリも、「は?」と間の抜けた声を溢してしまった。
いや。もはや、どう驚いていいのかわからない。
何故そこの“黒猫様”は、生徒会長の机の隅っこで呑気に昼寝してるんだ?
「はぁ?」
繰り返し呆気に捕えてこぼした声に、思わずユーシス殿下も、頭を抱えてため息を溢した。
おい。何だ、これ。
「拉致、誘拐の類ではない。最近毎日のようにこの時間に現れる。器用に扉を開けて」
そうおもむろに言ったユーシスにトリシアが首を傾げたけれど、対するリリはため息を吐くしかなかった。
「どういうことなんですか、“キリエさん”」
「んなぁー」
まったく。今日に限って、猫みたいに鳴いてみせるだけで何も言わないだなんて。
どういうつもりなのやら。
「……まぁ。この際、“うちの子”のことはいいです……」
「え? あ。貴女の猫なの?」
キョトンとしているトリシア嬢に、何やら申し訳がない。
「それより先輩。一体、どうして私を……」
そう困ったように隣を見たところで、ようやくはっと我に返ったトリシアも、「あぁ、そうでしたわ。いいから入りなさい」と、強引にリリの腕を引っ張って部屋の中に引きずり込んだ。
そうしてようやくリリの手を解放したかと思うと、ユーシスの机の前まで歩を進めると、「殿下」と張りのある声で呼びかける。
「学芸祭のこと。本来、殿下のパートナーを務めるはずだったのが、このリリ嬢であったことは間違いございませんか?」
いきなり本題に入ったトリシアに、リリは思わずびくりと背をすくませた。
もしかして、それをすっぽかして生徒会に迷惑をかけたことを知ったトリシア嬢が、リリを断罪するためにここまで引きずって来たという事だろうか。
あり得る。
いやいやでもトリシアさん。その件はちょっと待っていただきたい。
一応あれからも色々とありまして……。
「何が言いたい、トリシア」
「お答えください、殿下。間違い、ないんですね?」
「……そうだ。その予定だった」
きっぱりと答えたユーシスに、ハァァ、と、静かに吐息を溢したトリシアは、おろおろとしているリリを一度チラリと見やったかと思うと、再びユーシスを見やって、唐突に、胸に手を当てて深く頭を下げたものだから、ぎょっとしてリリも目を瞬かせてしまった。
何だ、これ。
何が起こっているのだ。
「どうかお許しください、殿下」
「何のつもりだ、トリシア」
「私です。私のせいで、彼女は学芸祭に行けなかったのです」
「……」
ぴくり、と小さく眉を寄せたユーシスの眼差しが、チラリとリリを見やる。
その視線を受けながら、ただリリは困惑気にトリシアを見やった。
一体全体、どういうことなのか。
何故よく知りもしない先輩が謝罪をしていて。というか、自分はそのために彼女に連れてこられたということなのか?
でもどうして。
何故?
「どういうことだ。リリ嬢」
「どう……といわれましても。私も何が何だか……」
「何を言っているの、貴女っ! 私のせいでしょう! どうして私をお責めにならないの!?」
バッと振り返ったトリシアの権幕に、リリも思わずびっくりと肩を跳ね上げた。
何と言われても。えーっと。
「あの。先輩……? 何がどうしてこうなっているのか……分からないのですが。もしかして先輩は、それを言うために私をここに引っ張ってきたのでしょうか……?」
「そうよ。貴女が何も仰らないから!」
「えーっと……」
仰らない、と言われても。
「よく話が飲み込めないのですが……どうして、先輩が謝罪を? 悪いのは私で、謝罪をしないといけないのも私で、えっと。先輩には別に何も非は……」
「はぁ?! 貴女、おかしいの!?」
お、おぅ……。おかしいと言われてしまった。
あれ、今私は謝罪されているのか? それとも貶されているのか?
「貴女が学芸祭に出れなくなったのは私のせいよ! 貴女だって、分かっているでしょう!?」
「えっ?!」
いや。それはただ私がうじうじと布団の中に丸まって責任放棄したせいで。
この無責任きわまりない性格のせいで。
なのに、「そういうことか」と息を吐いた殿下に、きょとんと首を傾けた。
なにがどう、そういうことなのだろうか。
「リリ嬢。君が学芸祭をすっぽかした理由は何だ」
「何……って」
だから、自分の性格のせい。
それ以外に何がある。
「演奏できない理由があって。でも勝手に引き籠って、勝手にさぼって……ご迷惑を、おかけして」
「その理由とは怪我では?」
「怪我? あ。はい。あれ? でもどうしてその事……」
かくりと首を傾げるリリに、「保険医に確認済みだ」と言われた。
なんという調査能力……。とっくにその辺は調査済みなわけか。
でも別にそれは大した問題ではないはずで……。
「トリシア。君はその怪我の原因が、君に有ると言っているのだな?」
「はい、殿下。私のせいです」
「あ。そういうことですか?」
だから突然、この殆ど接点も無かったような先輩が、突然謝罪なんてことをしたのだろうか。
でも別にそれは大した問題ではなくて。
というかあれは、ただの不幸な事故だ。
「別に、先輩のせいでは。突然声をかけて驚かせたのは私で、勝手に焦って失言して先輩が切り出しにくい状況を作ってしまったのも私で、仕方がなかったと思っています。あれはただの事故です。それに問題は多分そのことではなくて……」
「そうだ。リリ嬢。“答え”は分かったのか?」
うぅん……どうしよう。
まだ分かっていないのだけれど。
でも少なくとも、「だけど……」と、困ったようにユーシスとリリとを見ているトリシアの様子に、ちっともユーシスが気を止めていないのだけは確かで、彼がリリに言いたいのが、リリ自身の過失に関する何かであることは間違いないのだ。
怪我をしたことじゃない。
そうではなくて。
多分……。
「どうして……すぐに、相談しなかったのか……ですか?」
演奏会へ行けない理由ができた。
仕方がないからうじうじと引き籠って、演奏会をさぼった。
でもリリがそうやって何も言わずに勝手に引き籠っていた間、この人はそれをどう思っていたのだろうか。
「私は殿下を頼りにもせず、身勝手な自己完結をしてしまった」
「……それで?」
「すぐに事情を説明して、対策を立てる手伝いをすべきでした。それが、私の過失の取り方だったのに……私は」
そう。何も言われず。咎めてもらうこともできず。
ただ無慈悲に背を向けて去って行ったその後ろ姿を見た時に、何となく分かった気がした答え。
何も言わず。何も教えてもらえないことへの、不安。
王子様だって人間だ。ただの、十六歳の、一人の学生。
ちょっと規格外ではあるけれど、でもだからと言って何もかも知っているわけでもなければ、リリの心の内が全部分かってしまうわけでもない。
彼はリリが最後のリハーサルもサボって行方不明になった三日間、一体どんな思いでいたのだろうか。
聞きたくてもリリは雲隠れしていて捕まらず。
多分リリに何かあったのではと調べてくれたのだろう。
それで、保険医にも辿り着いて、リリが怪我の治療のための薬を貰って行ったことは、すぐに突き止めたのだ。
それで。それから三日間。
この人は、どうしたのだろう。
リリが説明に来るのを、待ってくれていたのだろうか?
もしかしたら。
そうなのでは、ないのだろうか?
「ッ……私は」
思わずこみあげてきた涙に、ぎゅっと唇をかみしめた。
あぁ、馬鹿だ。本当に自分は、馬鹿だ。
『さぼってないでもう一度通すぞ。学芸祭は明日から始まるんだ』
『仮装はやらんぞ』
『聖堂にいる。早く来なさい』
取り交わした言葉を、ただ上っ面なぼんやりとしたものとして捉えて、そこにあったはずの人と人の関係というものをちっとも理解しないで。
所詮は王子様の気まぐれだなんて、勝手に自分の中で決めつけて、与えられていたであろう信頼にも、どうしてリリを選んでくれたのかにも気が付かなくて。
『君は、私の“何”だ?』
何? そんなの最初から決まっていたのに。
その答えを出すのに何日もかかるなんて、それこそ本当の“不誠実”だ。
本当に。馬鹿らしいくらいの……。
「私は……貴方の、“対等な存在”だったのに」
王子様の気まぐれ?
違う。
やり方はともかく、彼は間違いなく、リリの“音”を聞いて選んでくれたはずで。
いやだいやだと言いながらも練習に付き合って、最終的に参加することを決めたのも、リリ自身なはずで。
「その責任を放棄して。相談もしないで、勝手に引き籠って。勝手に迷惑をかけて。ついでにそのことに、ちっとも気がつかないで、咎めてもらったらそれで終わりみたいな身勝手なことを言って……」
この人は最初からリリのことを、“対等”に見てくれていたのに。
なのに王子様だからと、彼にそのすべての責任を押し付けて、身勝手にこちらは責任を放棄して。
「ッ、ごめん、なさい。すぐに、相談しなくてっ」
おもわずポロ、ポロとこぼれ出した涙に、慌てて袖で目をこする。
それでも止まらなくて、ぽろぽろ、ぽろぽろと制服に涙がしみ込んで行く。
あぁ、何だこれ。
何なんだろう、これ。
まるで子供みたいに泣き止めなくて。
謝罪をしているはずなのに、でも悲しくも苦しくも無い。
相談したら良かったんだ、なんて今更なことに気が付いて、そうしなかったことが悔やまれて。
でもそれを待っていてくれたのだと思うと……たまらなく。たまらなく、嬉しくて。
「ようやく理解できたか。馬鹿者」
クツリと笑ったその人の顔に、なんだかきゅぅっと口を引き結んだ。
こんなことで良かっただなんて。こんなこともできなかったなんて。
情けなくって、恥ずかしくって。
でも。
「んにゃぁ」
すりすりと足元にすり寄ったキリエの温もりに、ふと下を向いて、手を差し伸べた。
ピョンと飛び乗ってきたキリエが、いつものようにだらりと肩に項垂れる。
あぁまったく。この悪戯猫め。
きっとキリエは全部分かっていて、何も言わず傍にいて。それでこうして、毎日生徒会室に入り浸って、リリが気が付くのを待っていたのだろう。
『うじうじしてないで、相談すればいいんだにゃ――』
『ここに来れば、いいんだにゃ――』
多分、そういうことなんだろうと。
今更ながらに、気が付いた。




