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とんでもない一族に生まれてしまった。

作者: 長谷川

お読みいただきありがとう御座います。

 クソッ! どうして今回俺も爺さんの呼び掛けで親族の会合に集まらないといけないんだよ。


 俺が内心で悪態をついていると、目的の場所に着いてしまった。その場所は祖父の家。


 勿論、祖父と言っても俺の両親のどちらかの親って訳では無く、その祖父が本家だとすると、遠い親戚筋の分家で俺の両親曰く、分家の中で末端となっているとかなんとか、そんな色々と面倒くさい為、祖父さんではなく爺さんと呼んでいる。


 そんな爺さんの家に両親が泣きついてくる程の嘆願を受け、俺は嫌々で承諾し両親の車で連れて来られた。車で30分の距離を。どう言う訳か俺の家だけメッチャ近くに住んでいる。他の親族は車で2時間の距離だったり、隣の県だったりするのに。


 爺さんの家はその街では地主と言うこともあり、敷地は五千坪は軽く超えてあり、その敷地内には二千坪の平屋造りの豪邸がある。武家屋敷と言えば一番分かりやすいだろう。そんな造りの家屋となっている。


 だから爺さんの家や庭などの殆どがその屋敷にあった造りとなっていた。


 そして車で門をくぐり抜け屋敷の脇にある駐車場に停める。他の親族も既に来ている様で、軽く200台近くは停めてあった。


「さぁ、着いたぞ、陸斗りくと

「はぁ~。何で今回は本家の会合に参加しないといけないんだよ。ここ10年は何も言ってこなかったのに」

「仕方ないじゃない。お祖父様が今回の会合には必ず全員参加するようにって、仰ってきたんだから」

「だからって、よりにもよってどうして俺の誕生日の日にするかな? 今日本当はダチと遊ぶ約束があったのにさ」


 3月31日。今日俺が18歳になった日。ダチが前々から祝ってくれると言っていたから、結構楽しみにしていた。4月からはそれぞれ進学の準備や就職があるため、盛大にバカをやれる最後の日であったのだ。


 それを俺は今朝早くダチに断りをいれた。それに両親が意味の分からないことを口にしたから。『行かないと後悔する。それに明日から路頭に迷うつもりか?』と。いや意味分かんねぇよ? その意味を聞いてもはぐらかすだけだし。ホント今日は最悪の日だ。


「大丈夫よ。貴方が来てくれたから明日からは、陸斗がやりたいことが出来るわよ」

「いや、だからちゃんと説明しろって」


 親父もお袋も全く説明をしない。ホント嫌になる。


 そんな話をしながら俺達は車を降りて屋敷の玄関に着いた。


「ようこそお越し下さいました」


 親父が先に中に入ると、そこには着物姿のスッゴく綺麗な女性が出迎えてくれた。


「お、お邪魔します」

「し、失礼します」


 親父も俺と同様で見惚れたのかな? 声が震えている感じがする。それにお袋も何故か声が震えている様な気がする。


「お邪魔しま~す」


 俺も適当に挨拶をする。すると着物を着た女性は優しい笑みを向けてくる。


「久しぶりね、陸君」

「…………えっ?」


 突然の馴れ馴れしさに戸惑ってしまった。親族にこんな綺麗な人と親しい仲の人って居たっけ?


「ふふふ。その顔は全く思い出せないって顔だね? まぁ、無理も無いか。君がこうして家に来るのは10年ぶりだもんね」


 女性はどうやら俺の事を覚えていたもよう。でもそう言われると、つい最近俺も見たことがある様な気がするんだよな。


「り、陸斗、こ、こちらの方は、か、霞ちゃんだぞ。お、覚えて無いか?」


 だからね親父、どうして声が震えているんだよ? いくら何でも可笑しくない?


「そ、そうよ陸斗。つ、ついこの間、し、写真を見たじゃないの」


 お袋も同様で声が震えたままだ。


「ああ、思い出した。霞姉ちゃんスッゲぇ美人になったなぁと思っていたよ。それに髪もアップしているから全く分かんなかったよ。スッゲぇ綺麗な女性だなって思ってた」

「………も、もう、り、陸君ったら~~」


 何故か霞姉ちゃんは身悶えしだした。声も上擦っているし、なんか顔も紅潮しだしている。


「そ、それよりも、さあ、あがってあがって。始まるまでまだ時間があるから寛いでいて」


 霞姉ちゃんは紅潮したまま案内をする。


 その間は俺は兎も角、親父とお袋も無言で霞姉ちゃんの後を付いていく。と言うより、なんか奥に進むに連れ、親父とお袋が息が荒くなっている様な息づかいが聞こえてくるんだよな。


「ここでおくつろぎ下さい。他の親族の方もここで休まれて居りますゆえ。私はここで失礼します。また後でね、陸君」


 霞姉ちゃんは手を軽く振ってその場から離れていく。


 何故か具合が悪くなっている両親を余所に、俺は部屋の障子しょうじを開けて中に入る。


 中に入ると一気に視線を浴びる。誰が入ってきたかと見るのは、まぁ俺もする行為だからそれは気にしないのだが、なんかそう言った雰囲気の視線じゃないんだよな。


 畳が敷かれている大広間にはザッと見て200人は居て、テーブルには豪勢な料理や酒類、ジュースなどが所狭しと並べられていた。


 その時に、親父とお袋に似た症状の人達が何十人か居て具合が悪そうに見えた。その具合の悪そうな人達はそれが何でも無いという感じに振る舞い、酒などをたしなんでいた。


 平気な人達も居るがよく見ると、額に汗をかいたりしていた。どうなっているんだ?


 俺はそんな事を余所に、腹も減っていないので部屋の片隅に座り込んで、スマホを取り出し時間潰しをした。


 両親は具合が悪くなっているのにも関わらず、親族に挨拶をし廻っていた。


 ふぁ~。今日はダチがどんなお祝いをしてくれるのか気になって寝付けなかったから眠い。それに何だか心地良い感じがするんだよな…………ふぁ~~。



「───ん。────くん」

「…………ん」


 ん。誰かが呼んでいる。女性の声だ。


「陸君起きて」

「んん」


 どうやらスマホをイジりながら寝落ちしてしまったようだ。


「くぁ~~…………霞姉ちゃんどうしたの?」

「時間になったから起こしに来たのよ」


 それを聞いて俺は辺りを見回す。そこには誰1人として居なかった。おいおい。俺の両親はあまりにも白状だな。泣きついてくるから来たのに、どうして息子をほっぽり出してさっさと行くかね。


「さあ、陸君。案内するから付いてきて」

「はいよ~」


 返事をしながら立ち上がり霞姉ちゃんの後を付いていく。


「それにしても陸君、格好良くなったね。やっぱり10年も会ってないと男の子って分からないもんだね」

「いやいや。霞姉ちゃんこそかなりの美人でビックリしたよ。やっぱり写真となまで見るのとでは全然違うって。さっきも言ったけど、誰、この綺麗な女性は?って思ってた位だからね」


 自分で言うのもアレだけど、俺なんて身長は高めで、目元なんてつり目だし、黒髪は切るのが面倒だから前髪以外肩より長めに一纏ひとまとめに伸ばしているし、体型は細いだけだし、うん、取り分け何の特徴もない一般男性並みじゃね?


 それに比べると霞姉ちゃんは顔立ちは薄化粧はしているが、それを差し引いても、結構の美人顔をしている。着物姿で体型は詳しくは分からないけど細身と言うのは分かる。身長も女性にしては高めな位かな。


「も、もう~。そうやって素直に褒めてくれるなんて、陸君はそういうことに慣れてるのかな? そうやって褒められるって事は、陸君って彼女っているの?」

「居ないよ。悲しいことにね。俺なんて精々友達止まりらしいから。そう言う霞姉ちゃんは? 彼氏いるの? もしくは旦那が居るとか?」


 霞姉ちゃん位の美人だと、男の方が言い寄ってくるだろうから、既に結婚もしていたりするかな?


「残念ながら彼氏も旦那さんも居ないよ。まだ独り身です。それも今日までなんだけどね」

「ん? 今日までってどうして分かるのさ?」


 霞姉ちゃんは答える前にどうやら目的の部屋に着いたらしく、人差し指を口に当て、内緒と言わんばかりにウインクも混ぜて見てくる。


「それじゃあ陸君、私の後に続いて入って」

「分かった」


 返事を聞き霞姉ちゃんは障子を開け中に入る。俺も続いて中に入った。


 霞姉ちゃんは何事もなく進むが、俺は入った瞬間、ほんの少しばかり空気が重たく感じた。


「お祖父様、お連れしました」


 霞姉ちゃんは、上座に座る白く染まった髭をはやし、しわくちゃな細身の老人に恭しく一礼の挨拶をして、その老人の隣に座った。


「久しいな、陸斗よ。まずはそこに座れ」


 老人──もとい爺さんは、俺に爺さんの正面に座る様に促してくる。


 えっ、可笑しくねぇ? どうして他の親族が後ろで綺麗な列で纏まって正座して居るのに、その人達を差し置いて俺1人が爺さんと対面になるように座る事になるんだよ?


「どうした陸斗よ。まずは座らんと話が出来ぬではないか」

「いやいや、可笑しくないです? 何で俺だけここ何です? もしかして10年ぶりに顔を見せたから説教ですか?」


 そんなことなら来たくなかったんだが?


「ほぉっほぉっほぉっ! 全く違うわい。そんな事を咎めるために呼んでは居らんよ」


 爺さんはとても愉快そうに話す。その言葉を聞いてから何やら後ろの方達がザワザワしだしたのだが?


 俺は取り敢えず、爺さんの前に用意されている座布団に座る。そして爺さんは何故か霞姉ちゃんを見て無言で頷き合っていた。


「さてこれで全員揃ったな」


 えっ? もしかして俺で最後だったのかよ! やっぱり俺の親は我先にと来ていたのか。最悪な親だぜ。


 爺さんが何処まで続いているか分からない後ろの方まで聞こえるように、声高らかに喋り出す。近くに居るため、かなり煩い。


「さて今日集まってもらったのは、明日4月1日からのおさが決まったからである!」


 へぇ~。爺さんとうとう隠居生活を送るんだ。そうなると跡継ぎは爺さんの子供──と言っても結構な年配者だが、その人になるんだろ?


「ワシは永らく後継者を保留にしてきた! だが、その後継者も決めた! 皆の者、心して聞け! 明日から我が一族を取り纏めるおさは、ここに居る陸斗である!」

「…………へっ!?」


 いやいやいやいや!! 一体全体何を言い出すんだよこの爺さんは! ボケてしまったのかよ!? 突然俺の名前を言うなんて!?


「爺さ──」

「皆も気付いて居ろう。この屋敷に入った時からの事を!」


 俺の言葉を遮るように爺さんは矢継ぎ早に言葉を続ける。というか、この屋敷に入った時、何かあったっけ? ただ霞姉ちゃんが出迎えてくれた位だと思ったけど?


「それからずっと、今まさに続いている事にも!」


 えっ? 本当に? 一体何が続いているのさ?


「爺さん!」


 俺は爺さんが喋り終えた瞬間に声を張り上げた。


「どうした陸斗よ?」

「どうしたもこうしたもねぇよ。何だよいきなり突然。どうして俺が爺さんの後継者に任命されないといけないんだよ。訳分かんねぇよ」

「ふむ。まず陸斗に尋ねたいが、先のワシの言葉に何か違和感を感じなかったか?」


 爺さんは髭の生えた顎をさすりながら、嬉しそうに尋ねてくる。


「違和感も何も、俺の名前が出て来たのが違和感位だよ」

「ん~。言葉もそうだが、その言葉になんか重み、みたいなモノを感じなかったかの?」

「あ? そう言われるとなんか鬱陶しい感じがしたな」


 そう答えると爺さんは嬉しそうな笑みをこぼす。


「ほぉっほぉっほぉっほぉっ! 結構結構。それなら後ろを見れば分かりやすいかの」


 そう言われて俺は後ろを振り向く。そこには顔色が悪く肩で息をしている者、横に倒れ気絶をしている者と分かれており、そこで初めて何処か遠くで泣いている赤ん坊の声に気が付く。


「…………何だよこれ…………」

「これがお主を後継者に選んだ理由じゃよ」

「いや、意味分かんねぇよ。ちゃんと説明しろって」


 俺は再び爺さんに向き直る。


「まずは、今もこの時もお主に向けて殺気を込めて話しておる」

「………はっ? ますます訳分かんねぇよ。俺、爺さんに殺されんの?」

「安心せい。それならお主は既にワシの前で気絶して居る」


 あ! 確かに。


「この屋敷に入ってから他の者はワシの少々の殺気を受けて居ったのじゃよ。お主が休んで居った場所はこの部屋から近いため、入り口から段々と休憩場、この部屋に近付いてくるに連れてワシの殺気の濃さを感じる事になって居ったのじゃよ。まあ、この部屋にお主が来るまでかなり加減をしていたがの」


 道理で親父もお袋も顔色が悪くなるわけだ。とんでもないことするな、この爺さんは。


「でも霞姉ちゃんは何ともないんだな。おじさんおばさんは苦しそうなのに」


 改めて見るとまだ苦しそうであった。その点、隣に居る霞姉ちゃんは平然としていた。


「霞には生まれてからの耐性があり、予め幼少時からその手の訓練はしておったからの。遅くではあったが息子にも同じく訓練は施してあったのじゃがの」


 それでも爺さんは嬉しそうに話す。その爺さんの嬉しそうな雰囲気を余所に、後ろの方では呻き声がちらほらと聞こえる。


「おっと。ついつい嬉しくなって制御が甘くなってしまったの。どれ、詳しい話はワシの部屋でするとするかの」


 そう言って爺さんは立ち上がり部屋を出て行く。爺さんが部屋から出て行くと共に、安堵の表情を浮かべる人達がちらほらと窺えた。どうやら爺さんが居なくなって楽になったのだろう。


 その後は霞姉ちゃんも立ち上がり、俺の傍に寄り立ち上がる様に促してくる。そして俺は立ち上がり、霞姉ちゃんの後を付いていく。


 霞姉ちゃんにでも聞きたい事は出来たが、爺さんが順序良く説明してくれるだろう。


 それから無言のまま爺さん先導の下、かなり奥に足を運ぶ。この屋敷はかなり複雑な造りになっていて、俺1人では迷い子になる程の広さ。その中でも一際異彩な造りの襖があった。どうやらここが爺さんの部屋らしい。


 爺さんはそのまま中まで入り、霞姉ちゃん、俺と中に入る。


 霞姉ちゃんは襖を閉めてから、部屋の片隅にあるテーブルに向かった。そのテーブルには茶器類が置かれていた。


 爺さんが先に座り、俺にも座れと促す。


 爺さんはそれから無言で居て、霞姉ちゃんがお茶を持ってきて、爺さんの傍らに霞姉ちゃんは座った。


「さて、何処から話そうかの」


 お茶を一口飲んだ爺さんはようやく話し始める。


「まず先に知りたいのは、どうして爺さんが殺気なんて芸当が出来るって事だよ。確か九重ここのえ一族って、永くから続く武闘の名門じゃなかったっけ?」

「それは表の顔じゃ。九重一族の本当の顔は暗殺やスパイ活動など、ちっとおおやけに出来ぬ事を縄張りとしてきた」

「いやいや! ちっとどころじゃねぇよ!? 完全に黒だよ!? それって俗に言う裏家業、汚れ仕事じゃん!」


 えっ!? 本当にそんなのが実在していたの!? 漫画や小説とかの話だけじゃないの!?


「大丈夫じゃよ。ワシが継いでから実行しているのはスパイ活動などが8割、暗殺が2割じゃから」

「何処が大丈夫だよ!? 暗殺もしてるまんまじゃん!?」

「ワシが継ぐ前は半々じゃったんだぞ。それに比べれば比較的良くなっておる」


 それなら本当にましになっているが……………。


「さっきも言ったとおり、九重一族は危険な事をしている。その為、顔を割れる事も出て逆に殺される事もあったのじゃ。その自衛手段で常日頃から心身共に鍛えておかなければならないのじゃよ」

「それと俺がどう関係するんだ?」

「うむ。その昔に、九重一族が滅びかけた事があったのじゃ」

「何があった?」

「九重一族の中に裏切り者が出て、その者は借金をしており金に困って一族の情報を流した。それを知った者達が結託して、九重一族を根絶やしにしようとした」


 出来れば滅んで欲しかったよ。あっ! でもそうすると俺が生まれてこれなかったからダメじゃん……………。


「その時に一族の大半は死んでしまった。その時に一族の中で一際力の強い者がおさになり、それから一族を纏めていったのじゃ。その事を踏まえて、一族の長には他者を戒め、不自由な生活をさせない事が出来る力の持ち主を長にして来たのじゃ。そしてワシが長になってから次の後継者を選ぶ際、どうするかを悩んだ。そこでワシは、ワシが永年の努力の末で培った殺気を耐えた者を後継者にすると」


 爺さん。頑張んないで欲しかったよ。


「それに気付いた時には、息子は15であり、その時からワシの殺気を耐える訓練はしておったのだが、完全に耐えきる事は叶わず、孫の霞に期待を込めて訓練を施して居ったのじゃ」


 霞姉ちゃんご愁傷様です。爺さんの殺気を幼少時から受けて最悪だったじゃん。


「それから霞がワシの殺気を耐えられるよう段階を踏んで、齢五つの時じゃ。お主が生まれて来たのわ。ワシが長になってから分家の末端の者まで集めて結束を固めていた。その際に一族で生まれた赤ん坊の顔見せとお披露目もかねておった。そこで初めてお主の片鱗を垣間見たのじゃよ」

「何があったのさ?」


 赤ん坊の時なんて誰も覚えてるわけないじゃん。一体赤ん坊の俺、何したの?


「ケロッとしとった」

「………………へっ?」

「まだ目もひらかぬお主は、母親の腕の中で安らかに寝ておったのじゃよ」

「いやいや、それっていい事じゃん。それの何処に片鱗があったのさ?」

「母親が震えるほどの、少々の殺気を受けておるのにか?」


 えっ、この爺さん、何しちゃってんの? まだ目もひらかぬって事は生まれて早々にこの屋敷に来たって事じゃん。その赤ん坊になに殺気なんて恐ろしいの放ってんの? そしてその時の俺、泣いて欲しかったよ…………。


「それから年に一度は新年の挨拶に来ていたのを覚えているかの?」

「ああ。俺が8歳の時まで来ていたな。どういう訳か、この家に来るたんびに痒くて仕方なかったけどな。なんか変な虫とかでも居たんじゃね? それが嫌で今日まで来たことなかったけどな」

「ほぉっほぉっほぉっほぉっ!」


 爺さんは愉快そうに笑っていた。


「聞いたか霞よ! 全く訓練をしておらぬのに、その当時はそう思っておったそうじゃぞ!」

「はい。やっぱり陸君は格好いいです」


 霞姉ちゃんまで褒めてくるけど一体何さ?


「どういう事?」

「先も言った通り、お主の片鱗を見たのは赤ん坊の時と言ったな?」

「ああ、確かに言ってたな」

「そして新年の挨拶にもこの屋敷に来ていたと言ったな?」

「ああ………………」


 すっげえ嫌な予感がする。


「その時にお主に殺気を放っておったのじゃぞ」

「幼い俺に何してくれてんの爺さん!?」

「因みに8歳の時点で大人が300人は直ぐさま気絶する程の殺気を放っていた中で、お主はケロッとしとったな」


 道理でこの屋敷に来た中で一番に痒く感じた訳だ。


「いや本当に何してくれてんの!?」

「いやいや、意味があって、ついつい楽しくなってしまっての。ほんの一瞬だけ本気が出してしまい、殺気を受けても何ともしていなかったからの。霞すら気絶仕掛ける程だったのじゃぞ?」


 最悪だぁ~。


「その次の年からお主は来なくなってしまったの。ほぉっほぉっほぉっほぉっ!」

「笑い事じゃねぇから。それで。何で俺に殺気なんて浴びせてたんだよ? 後継者なら霞姉ちゃんが引き継いでも問題ないんだろう? その為に鍛えてたんじゃねぇのか?」


 霞姉ちゃんには悪いけど、俺は一族の長になんてなりたくないからな。


「本当はそうするはずじゃった。霞も赤ん坊の時はワシの殺気を受けても泣くことはなかったから、もしかしてと思って、新たに生まれた他の赤ん坊の時にも同様の事をして試したのじゃ。その時は他の赤ん坊は泣き出してしまっての。そこで気付いた。もしこの先、霞の様な子が出て来たら、女の子なら霞の支えに、男の子なら霞の伴侶にしようと」

「…………………えっ? それって、つまり……………」

「そうじゃ。お主が長になると霞はお主の嫁になるのじゃ」


 マジですかっ!? でもどうやら爺さんの言っている事は本当みたいだ。霞姉ちゃんすっげえ顔が真っ赤だもん。


「と言うより、そういう風に決めていたからの」

「って、何が? 何を決めていたの?」

「お主が長になり、霞と夫婦になることを」

「…………………それは、いつから?」

「お主が来なかった年に」

「それは勿論、俺の両親も知っている事?」

「勿論じゃ。心当たりないか? 毎年両親がそれとなく霞が映ってある写真を見せておらんかったか?」

「確かに。行かなかった年から毎年の様に霞姉ちゃんの写真を見せてくるし、終いには今年、霞姉ちゃんが1人で映ってある写真を強引に渡してきたな」


 しかも肌身離さず持っておけと言っていた。いつの間にか俺の財布に入れて入れてあったのを問いただす時に。勿論、今も財布に入っている。


 霞姉ちゃんは両手をほっぺに添えて身悶えているし。


「霞姉ちゃんはそれでいいの? 自分の将来を決められて」

「うん。勿論誰でもよかった訳じゃないよ? 相手が陸君だから私もオッケーしたんだし」

「のう? 霞もこう言っておるのじゃ。女にここまで言わせたのじゃ、それでもお主は長にならんのか?」


 いや、でもいきなり霞姉ちゃんと夫婦になれだなんて、全く理解が追い付かないのだが?


 確かに子供時代は、この屋敷に来たとき霞姉ちゃんの後を付いていったし、遊んでもらってもいた。霞姉ちゃんには良く面倒を見て貰っていたっけ。


「でもいきなりそんなことを言われてもなぁ……………。それに俺、全く訓練なんてしてないんだぜ? それでも俺に長が務まるって言うのかよ、爺さん?」

「大丈夫じゃよ。ワシが見た所、躰は鍛えておるようじゃな」

「まぁ、それなりには」


 幼少時から親父に言われて、筋トレは短い時間を今でも続けているからそれなりに筋肉は付いている。運動神経も良い方だ。


「でもそれだけじゃダメなんだろ?」

「心配ない。きっかけさえあれば、お主は瞬く間に力を付ける素質があるからな。どれ、まずはイメージをしてもらうかの」

「イメージ? それが何か関係するんだ?」

「いいから。目を閉じてワシが言う事を頭の中でイメージするのじゃ」


 何をやらせられるのか知らないが、爺さんの言うとおりに目を閉じる。


「お主と霞は既に付き合っており、お主達は順調に交際をしておる。だがお主と既に交際しておる霞には、断っても断ってもしつこく交際を迫ってくる輩がおる。その輩にお主はどう思う?」

「うぜぇ。それにヤベぇなって思う」


 俺は目を閉じたまま爺さんに答える。


「あまりにもしつこい為、陸斗はその輩を懲らしめた。だがその輩はそれでも諦めきれずにとうとう強硬手段に出た。まず邪魔なお主から襲い、その輩が協力をあおいだ集団に拉致される。次に目覚めたお主は手足が拘束され、躰も縛られて身動きが取れなかった。そのお主の目の前には霞が居る。その霞は手足が拘束されて下着姿でおり、霞を付け回していた輩がその霞の傍におり、その輩の協力者も居る。そして霞はお主の目の前で辱めを受け、る……………そ、そのこ、事に、お、お主は、ど、どう思う?」

「『殺してぇ。自分が何に手を出しかを後悔する程痛めつけてやりてぇ』」

「も、もう、め、目を開けて、い、いいぞ」


 何故か声が震えている爺さんの呼び掛けで目を開けると、爺さんは躰が震えており、青白い顔色をしていた。隣に居る霞姉ちゃんは両腕で自分を抱き締めて震えており、爺さん同様青白い顔色をしていた。


「ど、どうしたんだよ爺さん、霞姉ちゃん!」

「お、お前の殺気に当てられたのじゃ。な、何とも末恐ろしい才能じゃ」

「はぁ? どういう事だよ。爺さんがそんなになるほどの殺気を俺が放ったって言うのか?」

「そ、そうじゃ。人が殺気を簡単に出す手段は、自分が大事に大切にしているモノを傷付けられる事。愛着が有ればあるほど、それを傷付けられた時、傷付けた者を殺したいほどの憎しみに変わる。無言のプレッシャーやそれを言葉に乗せたりする事で、相手を怯ませ、戦意喪失させる事が可能になる」


 まぁ、確かに、さっきまで霞姉ちゃんが凌辱されたイメージを思い浮かべると、胸の内側がモヤモヤしたな。


「本来は長い鍛練のすえようやく身に着ける事が出来るのだが、お主はワシの助言だけで殺気を出せる様になった。それは一重ひとえに才能と言う」


 爺さんは震えが止まり、顔色も良くなって来ていた。霞姉ちゃんも自分を抱き締めたままだが顔色は良くなっていた。


「で、陸斗よ。霞と夫婦になり一族の長となれ」

「って言われてもなぁ…………」

「いいのか? 着物で分からぬが霞は着痩せするみたいで結構な巨乳じゃぞ」

「ちょっ、お祖父様!?」


 ほうほう、巨乳とな。


「そのナイスボディをお主の好きに出来るのじゃぞ?」

「だから、お祖父様!?」


 くっ、そう言われると断りきれない。


「因みに処女だったはず」

「お祖父様!!?」


 マジですか!?


「どうじゃ、そんな霞と末永くよろしくしたいじゃろ? ん?」

「……………分かったよ、長でも何でもやってやるさ」

「お主もやはり男だのぉ。言葉とは裏腹に顔がニヤけておるわい」


 ウソ、マジかよ!? でもしょうがなくねぇ。こんな美人な嫁さんと暮らせるんだから。男なら誰でもニヤけるって。だってムフフな生活が待ってるんだぜ? それ以外の事は二の次二の次。


「り、陸君。ホントにいいの?」

「あぁ、こんな俺だけど、よろしくお願いするよ、霞姉ちゃん」


 赤面した霞姉ちゃんが上目遣いで聞いてくる。これがまた破壊力抜群だよ。


「これから大変だけど私がしっかり支えてあげるから、ね?」

「あぁ、よろしく」

「ほぉっほぉっほぉっほぉっ! さぁ、これから忙しくなるぞ! 明日は陸斗のおさ襲名と霞との結婚式を合同で行うからな」

「はぁ!? 結婚式も!?」

「善は急げと言うじゃろ? 折角親族の皆が集まって居るのじゃから、一気にやった方が良いに決まっておる」

「イヤイヤイヤ!? 俺何の準備もしてねぇよ!? それに霞姉ちゃんも衣装の準備も出来てねぇんじゃねえの?」


 急展開に驚くしか出来なかった。


「心配無用。さっきも言ったじゃろ? 早い段階からお主達が夫婦になる事が決まったと。その準備は出来ておる」


 そして爺さんは自身の傍にあった取っ手が付いた小さなベルを鳴らした。何も起こらなかった。


 その後も2度3度と鳴らすが何も起こらない。何だか気まずくなった爺さんは霞姉ちゃんにお茶を頼んだ。新たに用意されたお茶を飲んで暫くしてから、再び爺さんはベルを鳴らした。


 その直後、部屋の外からバタバタと走る音が聞こえた。


「し、失礼、します」


 そして部屋の襖を開けてメイド服を着た妙齢の女性が姿を見せる。


「お、お呼びで、しょうか?」


 そのメイドさんは何故か声が震えていた。よく見ると躰も小刻みに震えていた。やっぱり爺さんは怖いもんな。殺気を放つ人物だもん。


「うむ。やはりお主達にも感じたのだな?」


 爺さんは訳の分からない事を尋ねる。


「はい。と、とてつもない、あ、圧力、でした。い、未だに、き、気絶して、いる者が多く」

「うむ分かった。そしたらば、遅くなっても構わないから、新たな長の襲名披露と結婚式の準備を始めてくれ」

「しょ、承知、し、しました」

「霞もすまないが手伝ってきてくれ」

「分かりました」


 霞姉ちゃんは立ち上がり、終始声と躰が震えていたメイドさんの肩を抱いて部屋をあとにした。


「爺さん、また言葉に殺気でも込めてたのかよ。あまりにも酷くね?」

「いやいや、あれはワシのせいじゃありゃせんわい。お主の仕業じゃよ」

「はあ? 何で俺? あのメイドさんとは初めて会ったけど?」

「はあ~~」


 えっ? 爺さん、何でそんな深い溜息なんて出すんだよ?


「お主、先程殺気を放ったじゃろ?」

「そんなこと言われても、俺に殺気を放った自覚なんて出来ると思う? それを身に付けている爺さんの話し以外に?」

「だからその事にも先程言ったじゃろ? 本来は長い鍛練の末、漸く身に付けることが出来ると。その鍛練には制御の仕方も含まれておる。だがお主が放ったのは違う。範囲を絞らずただただ周囲に放ったのじゃ」

「それホントかよ~?」

「本当じゃ。先程のメイドは幼少期から霞と共に鍛練をしておった。霞程完璧に耐えきる、とまではいかぬが、使用人の中では優秀な人物じゃ。控えめにしていたとは言えワシの殺気にもこれまで変調することはなかった」


 それが本当に本当なら俺が原因じゃん?


「お主の力はワシを軽く凌駕する。そしておそらくだが、その力の範囲は屋敷全体に及んでいるだろう」

「マジ?」

「マジじゃ。この部屋は特別に造っておりワシの殺気は微塵も漏れることは無いのじゃ。それを突き破り部屋の外にまで影響を及ぼしたのじゃ、屋敷全体に及んでいるとみた方が当たり前じゃ」


 マジかよ。だから爺さんこの部屋で話すようにしたのか。


「だからこそ明日からは制御を優先で覚えて貰うからの」

「ああ、分かったよ」


 爺さんは嬉しそうな笑みを浮かべていた。後継者が決まって安心したんだろう。だが、俺にしては半々だよ。だからこそ一言言わせてくれ。


 とんでもない一族に生まれてしまった。と。


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