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logic1.新しい世界



――とある近未来の日本


日本史上最高の学者と呼ばれた通称“イレブントラスト”により開発された“遺伝子操作学”。

精子と掛け合わせ受精した卵子に、“紋章”書き込む。

“紋章”とは、様々なデータを加えたメモリーカードのような物だ。

受精した卵の遺伝子に“紋章”を書き込む事で、人が尋常では引き起こせない力を呼び覚ます。

それは成長と共に力を増し、やがて『能力』に目覚める。


簡単に言えば人工的な超能力者である。

ある者は風を呼び、ある者は炎を操り、またある者は獣の力を得る。

各自が違った力を持ち、世界に役立てる。

そのはずだった。


だが、いつしか人々は能力者達を恐れるようになったのだ。

いつか牙を剥くかもしれない。という疑念が過ぎったのだ。

人々は能力者を隔離した。

ある程度の自由。

ある程度の束縛による街に、能力者達は幽閉された。


その街こそ、『神々の楽園』と呼ばれる、“エリシオン”である。

能力者達は、いつしかこの街で暮らすのが当たり前になっていた。


そんな日常のお話し。









6月24日


その日目覚めた天井は、まだ見慣れぬ天井だった。

ベッドに横たわる彼、神坂 雄一は寝起き早々にため息をついた。

神坂がこの街に引越して来たのは一週間前になる。

彼も一週間前までは、普通の高校1年生としてそれなりの日常を楽しんでいた。

普通に生活し、普通に学校に通う希望に満ちた高校1年生。

だが、彼は周りの人間とは“違った”。

雰囲気はどこにでも居るような普通の高校生。

だが、彼には異能が宿っていた。

彼を周りが拒絶したのだ。

彼の頭に嫌な思い出が蘇る。

神坂は頭に過ぎった悪夢を忘れるために頭をブンブンと振る。

そして、ゆっくり立ち上がり、大きくのびをした。

神坂はとにかく一週間前にこの街に引越して来たのだ。

やはりというかコチラでも学校に通う。

もはや学生の規定事項である。

神坂は適当に朝食をすませて一人暮しの部屋を出た。







「あら?おはよう、神坂君。」


部屋を出てすぐに声を掛けられる。

神坂が住むアパートの部屋の隣の人間だ。

山下ヤマシタ 紅音アカネ

神坂の通う学校のクラスメートである。

活発そうな強気の顔立ちに意思の強い大きめな瞳。淡い茶髪の髪は彼女の肩で止まっている。


「よう、山さん」


彼、神坂 雄一は彼女の名前をめんどうだからと山さんと呼んでいるのだ。


「あんたねぇ、いい加減その呼び方止めなさいよ」


紅音が迷惑そうに言う。

だが、神坂にはまったく謝る気すらなく先に歩き出す。


「面倒だから良いじゃねぇか」


気ままな人である。






紅音と二人仲良く肩を並べて彼らが通う、異端都市“エリシオン”の高等学校、“天海高校”に向かう。

彼らが通う高等学校は異端都市だけあって普通の学校とは習う科目も内容も異端である。

もちろん生徒から先生まで全てが能力者である。

彼らの必修教科として能力を暴走させないための能力指導、能力の起こしうる全ての事象を研究する能力研究や、能力の生まれる理論、能力理論などやはり異端であるのだ。

最初は神坂もちんぷんかんぷんであったが、やはりまだまだ謎な部分もあるために素直に授業を聞けば理解は出来る。

しかし、あれをテストにする意味があるのか分からない。

と神坂は来週に迫るテストに本日2回目のため息をついた。


「朝からため息つかないでよ。私までアンタの貧相が移るわ。」


「人をタチの悪い病気みたいに言うなっつうの!!大体なんでお前はさも当然のように俺の隣を歩いてんだよ!?」


普通に周りから見ればこれはやはりどこからどう見ても恋人同士にしか見えまい。


「アンタねぇ、アンタが陰気な面してるから一緒に登校してあげてるんじゃない。少しは感謝しなさいよ。」


そう当然のように言い張る紅音に神坂は思う。


(コイツは何とも思ってないのか…?いや、それともただの天然なのか?)


神坂はまだまだ謎の深いルームメイトに頭を抱えた。







バカな会話を何度も繰り返す内に、二人は彼らが通う天海高校に辿り着いていた。

二人仲良く校門をくぐる。

神坂は思う。

この街はいわば、扱いづらい者達を集めた閉鎖都市である。

しかし、このように高校を始め、ほとんど自由に能力者達が暮らし、子を生み、障害を終えている。

(こんなに自由なものなのか?)


始めて街に足を踏み入れた日にはその光景にあまりにも驚愕させられたものだ。

あまりにも自分が想像していた街と雰囲気が違ったからである。

神坂が想像していた街とは、暗黒のように光りが毎日注さず、極悪人に溢れ、犯罪が絶えない悪夢の世界。

これが想像力豊かな少年、神坂が描いたエリシオンという街である。


(つか、何で日本に英語名の都市を作るというのが理解しかねる。)


と神坂は一人思う。


「よぉ、雄一!」


元気よく雄一に話し掛けて来たのは西川兼他である。

なにぶんありふれた名前のため、名前を覚えるのも簡単であった。

しかも、雄一の隣の席のため雄一には紅音の次に仲良くなった友達である。



キンコンカーンコーン


独特な鐘の音が黒板の上に設置されているスピーカーから流れてくる。

HRの時間だ。


ガラガラと扉が開く、同時にそれまで閑散としていた教室の生徒達が席に着く。


(今日ものんちゃんの格好エロいな〜)


と教室内に入って来た神坂達1年F組の担任、益山 智子(27)に、エロ目を使う神坂。

そう、彼らの担任益山の格好は、誰が見ても目を見開き凝視してしまうものだった。

容姿端麗で引き締まったヒップ、大きく開いた胸元から見える豊満な胸に、短いピンクのスカートに白いシャツ、ピンクぶち眼鏡はどこからどう見ても危ない教師である。

こんな教師が許されるのか?

などと考える方が無駄である。

ここは異端都市なのだ。


「はぁい、皆おはよう。あれ?寺本が来てないねぇ、まぁいいやアイツ不良だし」


(いいのかよ!?てかそんな自由でいいのか!?)


ちなみに寺本というクラスメートも雄一が仲良くなった一人である。

「じゃあ簡単な報告をしまぁす。」


益山が教師とは思えないほど軽い声で最近の報告を始めた。

この街では街の様子を知るためほぼ毎日全ての学校で街の近況を報告しているのだ。


「昨日南部で交通事故が発生、幸い怪我人はその場にいた能力者のおかげでゼロ。あんた達も気をつけなさい。」

そんな報告がしばらく続き、4つほど報告したあたりで益山が声色を変えて話しだした。

「―…実は最近、エリシオン各地で通り魔が多発してます。この通り魔による被害は死傷者も出ており、オラクル(“聖騎士”)が全力で犯人逮捕に――」


益山の話しが続く。

オラクルとは、エリシオンの警察である。

エリシオンの犯罪等の事件は凶悪なため警察では対処出来ない。そのため能力を持った者達を集めた警備組織が必要だったのだ。

それがオラクルである。

神坂はそんな益山の話しなどあまり耳に入っていなかった。

悩内の奥から湧き出る眠気が神坂を襲っていたのだ。

(ね…眠い……)

もちろん神坂は最初から戦うつもりなどなく、眠気に身を委ねた。




目を開ける。

「ようやく起きた…」

と、目の前に呆れ顔の紅音が居た。

「………今、何時…?」

恐る恐る尋ねてみる。

何故だが嫌になるほど快眠した気分なのだが。

「今はもう3時間目。」

何ともう3時間近く寝ていたらしい。

「やっちまった……」

テスト前だと言うのに爆睡してしまった。

ただでさえちんぷんかんぷんな部分もあるというのに。

「アンタがぐっすり寝てるから担当の先生達、めちゃくちゃ呆れてたわよ?」

「それは悪い事したな」

と紅音に頭を下げる。

「私に謝んなっ!」

「ぴぎゃ!?」

紅音の水平チョップが神坂の側頭部を刺激した。

恐ろしい破壊力である。


「つーかさぁ」

神坂が悶絶するなか、二人のやり取りを見ていた西川が話しかけてきた。

「雄一の“理”(ロジック)は何なんだ?」

「“理”(ロジック)って何だっけ?」

神坂はそう言って紅音を見遣る。

「教えたでしょ?私達が操る能力の総称よ。」


エリシオン内で“理”と呼ばれているのが能力者達の操る能力の総称である。

能力の生みの親“イノセントトラスト”が“理の力”と呼んだ事が始まりらしい。

そのため彼らは一同に能力の事を“理”、ロジックと呼んでいるのだ。

「そうだったなぁ…」

神坂が思い出したように呟いた。

「私の“理”が炎、西川の“理”は、加速だったわね?」

西川が頷く。

「で、あんたの“理”は?」

紅音が神坂に詰め寄る。

雄一はそこで冷や汗をかいた。

なにぶん自分の“理”をあまり明かしたくないのだ。

「ま、まぁアレだ、謎の転校生って事で見逃しちゃくれないかい…?」

どこか言葉が可笑しい神坂が苦しみながら言った。

「アンタねぇ…ま、いいわ。別にたいしたことない“理”だったら可哀相だし。」

紅音にしては珍しく潔く引き下った。

その後すぐに次の授業の先生が入室して来て西川も渋々引き下がった。

その日はそれ以外あまり対した出来事もなく全ての授業を終えた。




夕日が校舎を照らす。

この学校に来て神坂は一週間になる。

しかし、やはり慣れない環境であり、慣れない一人暮らし。

夕日が沈むと、何故だが胸が締め付けられる。

いつも平凡な日常で、いつも優しい家族。

それを急に取り除かれるのだ。

『異質』という烙印を押されただけで。

まだまだ幼い神坂は、柄にも無くホームシックになっていたのだ。

しかし、悲しむ中で、この街を楽しんでいる自分が居るのだ。

ワクワクするのだ。

お伽話のような世界にほうり込まれた自分が、嬉しいのだ。


「なぁにボケッとしてんの!」


考え込む神坂の背中にズシリと重い衝撃が走る。


「いってぇ!!??」


不意を突かれた神坂は情けなく悲鳴を上げてしまった。

怒りの眼差しで振り返る。

そこにはやはり、というか当たり前というか神坂の背後でニヤニヤしている丘々崎 紅音がいた。


「何しやがる!?」


「あんたがボケーっとしてるから慈愛に満ちた私がアンタに声を掛けてあげたんじゃない。感謝してほしいぐらいだわ」


そう腕を組み、強気に言う紅音を神坂は恨めしげに睨む。

しかし、それも面倒なので神坂は一つため息をついてそっぽを向いた。


「別にそんなおせっかい入り―

「淋しいんだぁ」


神坂の言葉を遮り紅音が馬鹿にするような声色で告げた。


「バ、バカ言ってんじゃねぇ!!俺はだな!俺はだな……」


神坂は弁明しようと必死に言葉を紡ぎだそうとする。

しかし、神坂にはそれ以上の言葉を紡ぎだせなかった。

俺は淋しい。

当たっているのではないか?

優しい家族から突き放され、一人淋しい夜を過ごす。

言葉を紡ぎだせないまま強く握った拳が震えるのを紅音は確認していた。


「アンタにも淋しいって感情があるのね」


と紅音は神坂から目線を夕日に移した。


「あのなぁ、俺だって人間…ってか会って一週間しか経ってないお前に言われたかねぇよ!!」


と神坂は夕日に照らされる紅音に言った。

しかし紅音は神坂の期待した反応とはまったく違い、哀愁たっぷりとした顔で

「一週間、ねぇ…」と呟いた。

神坂はその呟きをそれとなく聞いていた。

聞いていたのだが、その呟きが妙に違和感があったのだ。

紅音はパッと振り返り神坂の肩をバンバン叩いた。


「なぁんて、私らしくないわね!!あんたもらしくない事言ってないでしゃきっとしなさい!しゃきっと!」


そう言いながら神坂の肩をバンバン叩く。

先程の物憂げな表情はどこへやら、夕日にも負けないくらい眩しい笑顔で神坂の肩を叩く。


「痛って!バカ!大体だな!こういう場合はそっと抱きしめて寂しがる俺を安らげるのがベタだろ!?」


「……。アンタ、この私にそんな純愛キャラを期待してんの?」


紅音の髪が一瞬パチパチと火花を上げた。


「じ、冗談冗談!!」


ブンブンと首と手を振り降参のポーズ。

こんな近距離で火なんか出されたら大火傷は免れないだろう。


以前に紅音から『私の炎はこの都市でもNo.1の部類に入るのよ』と脅された事があった。

最初は本当か疑わしかったのだが、2日前にナンパされている紅音がチンピラの“理”をぶち抜いて真っ黒焦げにしたのを目にしていた。

そのため少しばかり彼女の炎にはトラウマがあるのだ。


「あ、そういえば駅前に美味しいケーキ屋さんがあるのよ!行くわよ!」


目を輝かせて神坂に尋ねる紅音。

彼女は筋金入りのスウィート好きだ。

転校初日に彼女にケーキバイキングに連れて行かされた時に自分だけ腹を壊したのはあまり良い思い出ではない。


「またかよ!?」


「何?行かないの?」


顔は笑っているが、紅音の周りの温度が急激に上がったのが肌で感じ取れた。

(こ、殺される…!!)

もはや自分に選択肢などなく、神坂は無理矢理頷くしかなかった。








「う、美味い……!!」


神坂は目の前に出されたティラミスを一口食べて呟いた。


「でしょう!?ここのケーキすっごく美味しいって有名なのよぉ!」


美味しそうにショートケーキを頬張りながら紅音は幸せそうに言った。


「確かに美味しい……美味しいんだが」

そう言って神坂は辺りを見渡して叫んだ。

「なんで周りがカップルばっかなんだよぉ!!!!!」


神坂が入って来た瞬間から気付いてはいたが、この店の店内はカップルばかりが座っていた。

「なんでって、この店はエリシオンでも有名なデートスポットなんだから」

さも当然のように紅音は神坂に言った。

「てめっ!なんでそれをもっと早く言わねぇんだよ!?」

神坂が怒鳴るも紅音は一人黙々とケーキを食べている。やがて口を開き

「アンタ浮いてるわよ。」

そう言ってフォークで周りを指す。

周りのカップルがコチラをジト目で見ている。

カップル喫茶で例え紅音がガールフレンドではないとしても、周りから見ればやはりカップルにしか見えないわけで、しかもそのカップルが怒鳴っていたとすれば、喧嘩をしているとしか思われないわけで。


「っ……」


ヒソヒソと最低という言葉が神坂に届いたあたりで神坂は悔しげに着席した。

悔し泣きしそうになるが、何とか堪えた。

「ホント、あんたってKY、空気“読まない”バカよねぇ」

と紅音が鼻笑い付きでバカにした。

「てめっ……カップルばっかだから俺を誘拐して連れて来やがりましたね?」

「当たり前じゃない」

最低な女だ。

と神坂は歎く。

「つか!俺のティラミスがねぇ!」

「ごちそうさまでした」

そう言ってウインク混じりで手を合わせる神坂。

「最低だ…」

とため息混じりに神坂は呟いた。








夕日も完全に落ち、神坂と紅音はネオンまばゆい繁華街から離れ、真っ暗に静まり返る路上を歩いていた。

「はぁ食べた食べたぁ!」と腹をさすりながら満足そうに話す紅音。

そんな彼女とは裏腹に神坂はとぼとぼと落ち込んだ足取りで歩く。

「結局、ティラミスを半分も食べれないし…割り勘させられるし……最低だぁ。」

神坂は呟いた。

「うぬ?アンタ何凹んでのよ?」

「腹が減ったんだよ!察しろよ!」

神坂は怒鳴るも腹が減ってあまり力が出ない。

昼にカレーパンだけしか食べなかったのが影響したらしい。

そのカレーパンも紅音に少しかじられたのだ。

ふと神坂は先を歩く紅音を見て思う。

転校して来て以来、彼女がいつも一瞬に居る気がする。

まるで寂しがる自分を元気づけるかのように。

(なんであんなに優しく?してくれるんだ…?)

と疑問に思う。

「あ、そういやアンタ今日3時間目まで寝てたわね。もう少しでテストなのに大丈夫?」

「うっ!それを言われると…」

あまり芳しくないのは禁句である。

大体普通とは習う事が少し異質なのだ。

分かりやすいとは言え理解するのは骨が折れる。

「なんだったら私が今から勉強見て上げようかぁ?」

「見てあげようかって、お前勉強出来るの?」

お世辞にも賢そうには見えない。

「アンタ知らなかったの?私中学の時は3年間ずっと学年1位だったのよ。」

「………さらっと自慢しやがったな…」

彼女、山下 紅音は有名な私立中学を学年1位で卒業した神坂達の学年でも一目置かれている存在であるのだ。

「ま、まぁお前になら教えてもらってもいいかな。」

「頼み方間違ってんでしょ?」

紅音は笑いながら言った。

神坂に先程の疑問が再び頭に過ぎる。

「あのさ、紅音…何で――」


そこまで言った瞬間


「キャァァァア!!!!!!」

二人の耳に凄まじいまでの断末魔が届いた。

二人がハッとして声の方を見遣る。

「近い!!」

紅音が叫ぶ。

同時に走りだす。

「ちょっ!?おい!」

神坂の制止すら無視して紅音は走り去る。

叫びが聞こえたという事は何かがあったという事。

それは『危険』だという事。

「くそっ!!あのバカ!」

紅音が危ない。

神坂は考えるより先に走り出していた。









彼女、山下 紅音はその強い正義感からその叫びの元へと無我夢中で向かっていた。

叫び声から女性と断定し、その女性を守りたいという顔も知らない女性のために走っていた。

叫び声からしか場所を割り出せない紅音は大体の勘で走っていた。

「っ!!」

突き当たりの角を曲がったところで紅音は目を見開いた。

黒いコートを着た背丈の高い何か。手には『何か』を掴んでいる。

天高く宵闇に掲げた『何か』を黒いコートの何かはまるで興味を無くしたかのように投げ捨てた。

ドサッと何かが冷たい液体を撒き散らして紅音の前に横たわる。

暗いため、それが何かはよく分からない。

自分の顔に何かが付着する。ソレをゆっくり手で拭う。

生温かいソレは、紅音にあるモノを連想させた。

「うッ………」

連想させたソレと、目の前に横たわるソレすらも連想させた。

吐き気が紅音を襲う。

しかし、彼女はソレすら振り払い、キッと黒いコートの何かを睨む。

戦わなければならない。

黒いコートの何かがコチラを向いて手をかざす。

(来る……!!)

紅音が思った瞬間、黒いコートの何かは一瞬で距離を詰めていた。

コートの何か、いや、がたいから確実に男性だろう。

その男が手を振り下ろす。

「っ!?」

紅音は反射的に振り下ろされた手をかわす。

振り下ろされた手はかわしたと思っていた紅音のブレザーを切り裂いた。


「へぇ〜〜。アンタ学年1位でエリシオンNo.1の炎使いの私の服を破るなんてアンタやるじゃない。」


強気に言う紅音を尻目に男は何も言わずただ荒い鼻息しか聞こえない。

「無視なんて上等じゃない。」

紅音の逆鱗に触れた。

紅音が男から距離を取って手の平をかざす。

彼女の周りの温度が一気に上がる。

アスファルトの地面が焦げ、焼ける。

彼女の周りだけが太陽のように明るくなる。

彼女の周りに炎が舞い上がる。これはショー等ではない。むしろお遊びのようなちゃちな炎ですらない。

彼女は自らの体温や、空気中の酸素を燃やし、その炎を正確に操る。

その形状すら彼女にとってはたやすく変えられるのだ。


「死ねやぁぁぁ!!!!!!!!」

汚い言葉を叫びながら炎を打ち出す。

“地獄の炎”と呼称される彼女の炎は、エリシオンのトップに立つ炎使いである。その彼女が打ち出した炎を、男はやすやすとかわす。

しかし、今のはフェイクに過ぎなかった。

彼女にとっては今のは小手調べだ。

彼女の周りに浮かぶ炎を球にして打ち出す。

次のは一発目よりも威力は弱いが、手数で打ち出す炎球だ。

その炎球を手に纏い、ボールのように投げ付ける。

一発目が外れ、すぐさま二発、三発目を打ち出す。

「っ…―!!」

男が連撃にバランスを崩した。

「まだまだぁ!!」

紅音がすかさず炎を打ち出す。

打ち出された炎は寸分違わずコートの男に


当たらなかった。

いや、正確には何かに掻き消されたのだ。

「クックククク……」

呆気に取られる紅音を尻目に男は愉快げに笑う。

「愉快な女だ。私に本気を出させるとはな。」

低い男の声。

「餌は餌らしく、私に食べられればよい。」

「餌…!?」

紅音が目を見開く。

餌と言ったのか。

この男は。

炎に照らされ、先程男に投げ捨てられた何かが見える。


「………っ!!」


紅音は息を飲んだ。

自分と同じブレザー。

血まみれで、傷だらけで、でも顔ははっきりしていた。


「美優………!?」


彼女のクラスメイトであり、仲の良い友達が、目を見開き、血を吐いて倒れていた。

一瞬で血の気が失せる。

首からの出血が激しい。

死んでいる。

紅音にはそれが分かってしまった。


「紅音!!」


誰かの叫びが、彼女を現実に連れ戻した。

しかし、現実に戻った彼女の目の前に男が居た。

「っ………!!!」

男の口からは鋭い牙が見えていた。

男の腕が紅音の腹に深く突き刺さる。

「がっ………!!」

紅音の声にならない言葉が漏れる。

男の口が大きく開かれる。

(あ……私…死ぬんだ…………)

紅音が遠ざかる意識の中で絶望する。

終わった。

そう思った。

だが、

「がぁぁぁああ!!!!!」

閉じていた目を開く。

自分の腹に突き刺さっていた手が消えている。

目の前に迫っていた男すらも。

状況が理解出来ない紅音に、遠くから弓を片手に叫び続ける神坂が見えた。

「遅いのよ……バカ……。」

それが彼女の最後の言葉だった。





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