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信頼=お金の図式 その6

「つまりそんなことがありまして―――真宮寺真綾税務士事務所で、僕は働きたいです」

「いえ~い!」

「真綾、喜ぶのは早いわよ」


 そう言って森野さんは眼鏡を掛け直す仕草をし、こちらへ向き直った。


「―――それで、課題は?」


 僕は少しかしこまってから、恭しく円帝プリペイドカードを彼女に差し出した。


「ご確認下さい」


 僕は彼女に二万円帝分のプリペイドカードを差し出した。

 森野さんはそれをしげしげと眺め、それから僕にこう言った。


「……合格を言い渡す前に、どうやって手に入れたのか、聞いていい?」

「借りました」

「―――」


 そう、僕はこのお金を『銀行部』つまり一般で言う銀行から借りたのだった。


「お預かりした一万円帝で、まず僕は身なりを整えました」


 それがこの制服と、散髪に消えたわけだ。

 さすがにパンツ一丁の人間に金を貸す人間などありはしないのだから。


「でも、それだけじゃ―――」

「はい、なので、転科しました」


 そう、転科すれば―――履歴が消える。

 この仕組みを語ったのは、中谷だった。

 僕は普通科から、数ある科の中から金融科へ、税金を主に扱う法務面の勉強が出来るところへ転科したのだった。

 借金の履歴が残ったままでは金融機関からお金を借りることは困難である。

 ただし、このシステムを使えば、その科にはいられなくなるが、履歴をまっさらにしやり直すことは可能である。ある意味、学園側の用意した救済措置なのかもしれない。

 学園図書館で調べたのだが、一般社会でも自分の籍を変える―――結婚や養子縁組などしてしまえば金融情報をまっさらにすることは可能らしい。どこの世界も抜け穴というのはあるのだろう。

 ただ借金そのものが消えるわけではないので、引き続き返していく必要はあるのだが、借金したという情報が一旦金融機関から消えればその瞬間だけはまた金は借りることが出来る。

 つまり、公的には僕の金銭的価値が復活することを示していた。

 大体無担保での借り入れの上限はこの学園内では二万円帝程度、つまりその金額のことを森野さんは示していたのだ。


「気付いたの」

「ええ、まあ」


 偶然に助けられた要素は多かったが、何とか僕は答えに辿り着いたらしい。


「ヒントはいくつかありました。まあちょっと反則気味に得た情報もありましたけど……でも、一番大きなヒントは真綾さんの『信士くんには、その価値があるぞ』という言葉でした」


 森野さんのジト目を掻い潜りながら、真綾さんは僕に親指を立てて応える。


「単なる真綾さんの励ましかとも思いましたが、直後の森野さんの反応と、十分なヒントは与えたという言葉で気づきました。あれは、僕にその価値を生むことが出来る方法があることを暗に示したわけです」

「……余計なことを」


 森野さんは頭を掻く。


「お金を増やす方法はいくつかありますが、すぐに持ってくるとなると、手っ取り早い方法は『借金』が一番現実的です。ただ、僕にはそれが困難な状況だった。だから、自分の価値を何とか創り出すしかなかった。そういうことですよね?」

「大体、正解」


 森野さんは、しょうがないな、という風に溜息を一つついた。


「私は何より金を信用している。そして、その信用に貴方は応えた。合格。入部を認める」

「やったぞ信士くん!」

「は、はい!」


 思わず真綾さんと二人して僕はガッツポーズを取った。


「―――なぜ、お金が生まれるか、わかる?」


 喜んでいる僕に、森野さんが冷たい声で訊ねてきた。


「えーと……確か、金とか、宝石とか、価値のある物の代わりとして流通したのが始まりだったような」


 唐突に何を、言い出すのだろう?


「そう、でもそれは、随分と過去の話。現代では違う。それは、人が借金をした時から生まれるもの」

「人が―――借金をした時から?」


 どういうことだ?もしかして―――この話は……。


「だからこそ、人は、金。今現在世界中のどこでも、お金は、人が借金した時から造られる。元々人類は、金や銀、宝石を持ち歩く代わりにそれを証書によって取引しやすくしてきた。これがお金の始まり。形あるものの代わりとして産まれた。でも今は、その人の持っている資産、予測できる収入、そう言ったものを担保にして借金することでそれが数字として銀行に記録され、この世にお金が増えている」

「……えっとそれって、つまり?」

「つまり、人の価値に対して貸し出す金額を決めているってこと」


 僕が、銀行で借りたみたいに―――。


 それが真実なら人間が増えればこの世にお金が増えることになる。つまり、お金と人間がイコールで括られてしまうことになるのではないだろうか。

 だから、人=金だと彼女は言ったのだ。

 でも、確かにそれはある意味間違ってはいないのだ。大抵の人間はお金が無くなれば、飢えて死ぬしかない。僕がそうだったみたいに。


「価値という幻想を担保に際限なく貸し付けてお金を増やすことが出来るシステム。それが銀行に備わった、最高にして最悪の能力。使い方を誤れば、色んな人間を破滅へと導いてしまう。バブルやリーマンショックの時のように」


 聞いたことはある。たしか土地や建物に対して価値を水増しさせて膨れ上がらせたけれど、一気にその価値が下がって不良債権、つまり回収できないお金を増やした事件だったはずだ。

 父とたまたま夕食を共にした時にその話題が出たことがある。


「じゃあ今は―――幻想でお金が増えている、と?でもそれじゃあ、まるで―――」


 詐欺みたいじゃないか。その台詞が喉元まで出かかる。つまり何でもいいから価値を偽装して貸し出してしまえば際限なくお金は引き出せることもあるのではないかと思ったのだ。


「ええ、そう考えるとこの世の土台がいかに危ういものか、良く分かるようになる。お金とは幻であり、そして私達を縛る、共通の価値観」


 まるで僕の疑問を補足するかのように彼女はそう付け足した。

 今までお金が何であるか考えたことなど生まれてこの方一度も無かった。

 今、森野しずかが語ったことが真実であるなら、僕らの住む世界は何と脆弱な代物の上に立っているのだろうか。


「だからこそ、これは経済の中で『解いてはいけない魔法』と言われている。この共通認識、価値観が崩れた時、それが破滅の瞬間」


 何とも言えない空気がその場に流れた。


「これが、お金の正体……」


 僕は絞り出すようにそう呻く。

 正直ショックだった。目の前が一瞬真っ暗になりかける。


「最初に、金は信用の多寡と私は言った。多寡、つまり総量のこと。どんな取引にもお金が掛かる。目当ての商品に対しての相応の対価を支払うことで人間はそれを手に入れることができる。つまりお金とは、目に見えないはずの信用を視覚化し、使いやすくしたもの。君にお金を借りた人間にとって君はそれ以下の存在だとも言った。でもそれは裏を返せば―――」


 そこまで説明されてしまえば鈍い僕でも彼女が何を言いたいのか分かった。

 その時、真綾さんが口を挟んで来た。


「でも、逆にそれは自分自身の価値を決めてるってことなんだぞ。例えば、真綾から一万円借りて行って、返さずにぶっちするような奴は、借りた人にとっては自分がそれ以下の存在だって主張してるようなものじゃん?」


 僕は無意味だと分かっているが敢えて質問を試みる。


「でも、友達なんだから大目に見てくれとか待ってくれとか言われますよね。お前には情がないのか、とか。たかが金でいちいち五月蠅いとか……」

「そういう奴らには言わせておけばいい。『たかが金』すら払えないで情に訴えるような馬鹿には」


 森野さんは吐き捨てるようにそう言った。


「何度でも言うけど、だから金は信用の多寡、なの。目に見えて一番簡単に信頼関係を築ける物で裏切るような馬鹿は、そのままこの世から消えてしまっても誰も困らない」


 そういうと彼女は円帝カードを一枚取り出し、それを僕と見比べた。

 金の切れ目が縁の切れ目、とはよく言ったものだ。金は僕ら人類にとって、既に切っても切り離せないものなのだろう。

 金を失うということは、信頼を失うということなのだ。僕がここに来て一番痛感し、勉強になったことだった。

 その時、僕の手に握られた感触があった。


「だからこそ、お金を大事にしてね?」


 振り返れば、それは真綾さんの手だった。


「人を信じるのは簡単。でも、ほとんどの場合、人間は嘘つき。真綾達は数字を扱って、それを見抜くのもお仕事のひとつなんだ。それを、わかってね?」


 何となくだが、理解出来たような気はした。

 人が嘘をつく場合、大抵のことは『お金』で、なのだ。

それは今まで僕が関わった人間から良く分かった。

昔の友達も、中谷も、僕を裏切った基点は全て、金なのだ。

 すぐには慣れないだろうが、お金のことを第一に考えなければ、すぐにまた足元を掬われることになるだろう。


「宜しくね、信士くん」

「は、はい!」


 僕は握られた手を握り返す。


「いつまでも、いちゃつかない」


 そう森野さんに言われて、僕は焦って瞬時に手を放した。


「で、給与だけれど」

「あ、はい!」


 そういえば、待望の就職は決まったが、一番大事なことが決まっていなかった。


「現物支給でよくない?」

「え?」


 そう言って真綾さんは缶詰を取り出す。


「さすがにそれは……」


 いくら僕の命を繋いでくれた食べ物とはいえ、それを給与にされては敵わない。まあ冗談だとは思うんだけど……。


「真綾は本気」

「は?」


 いきなり不穏なことを森野さんが言い出す。


「そ、そんなこと、ありませんよね?」

「え、だめ?ご飯ならいくらでも上げるよ?」


 にこやかな笑顔でさも当然のように宣言される。

 え、これ、マジ?


「真綾、一応この子は人間。人間の雇用形態で置かないと、違法」

「え~、でもお風呂に入っても、やっぱり犬の匂いがするよ~?」

「え、犬ってどういう……」


 そこで僕は気が付いてしまった。真綾さんの持っている缶詰に書かれている、ドッグフード、の文字に。


「今更、気づいたみたい」

「も、森野さんこれ、どういうこと……ですか?」

「言ったでしょ?真綾は、人嫌いだって。人間不信の引きニート。だから、本能に忠実で嘘をつかない動物しか周りに置かない」


 ワン!とそれに応えるかのように犬のイチが吼え、僕の傍に寄り添ってきた。


「つまり……それって……」

「君のことを人間として見ていない。そういうこと」

「はああああああああああああああああああああああああ!?」


 そ、そんな馬鹿な!?じゃあ今までの真綾さんの僕の扱いは……。


「そ、そんなことありませんよね?真綾さん……」


 真綾さんへ向き直り、その表情を見る。

 そして、僕は分かってしまった。

 イチと、僕を見つめる真綾さんの目は、同じ優しさで満ちていた。


「あ!匂いだけじゃないぞ?その、素直で、純粋なところとか、すっごく……昔飼ってた犬にそっくりで……まるであの子が生き返ったみたいだって……」


 真綾さん、瞳を潤ませて妙に懐かしいものを見るような目で僕を見ないで下さい。


「わかる。話しを聞いて気付いたけど、この男の純粋さは、動物に通じる。特に、連れて来たばかりの犬そっくり」


 うんうん、と首を縦に振り森野さんも同意を示していた。

 あの時―――人嫌いのはずの真綾さんがなぜ僕を平気なのか?と問うた時に森野さんが納得した理由は―――これ!?


「ひ、酷い……。じゃあ僕の事は……最初から人としては信用されてなかったってことですか!?」

「真綾は知らないが、私は君を信用している。だから雇った」

「も、森野さん」


 思ったより、優しいことを……。


「使える駒であることは君自身が証明した。君の『金銭的価値』に見合う能力を私は信用している」

「え、えーと……?」


 褒められてる……んだよね?


「私は、金しか信用しない。君が金を生む作業員でいる間は、信用しよう。昨日、役に立ったみたいに。でも、私の瞳に、君が支払う額面給与より下の価値に映ったら、クビ」


 この人、人の事を、本当にお金としてしか見ていないの?


「だから私は真綾の傍にいれる。お金という絶対基準で人を判断するから。そこに嘘は無い」


 も、もしかして僕は、とんでもないところに、就職しようとしているのでは?


「というわけで、これからもよろしくね、信士くん!」


 真綾さんに満面の笑みでドッグフードの缶を差し出され、僕は苦笑いをするしかなかった。


「今から……考え直してもいいでしょうか?」


 その瞬間、真綾さんがこの世の終わりのような、寂しそうな顔をした。

 その時悟った。僕には、人の期待は決して裏切れないのだと。


「いえ、お世話に、なります」


 こうして僕は真宮寺真綾事務所の一員になったのだった。

序章ここまで、つぎから客先へ行きます。


なお税制に関しては日本に寄せてますがフィクションとお捉え下さい。というかフィクションじゃないとどっかから叱られる可能性があります。主に税〇署から(ぇ

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