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信頼=お金の図式 その5

「まだかな~信士くん」


 この事務所の主、真宮寺真綾は犬の頭を撫でながら、恋人―――いや、買って来て貰うおやつを待っている子供の様に玄関のドアを見つめる。


「……来ない、もう」


 森野しずかは冷徹に言う。


「え~来るってば~」


 その森野の物言いに抗議するかのように彼女は口を尖らせる。


「来ると思っていたら、自分の財布を渡した」


 ぶっきらぼうに森野は言う。


「ぐぬぬ……」


 真宮寺真綾事務所内の時計の針は既に昼過ぎを示し―――あと十分もすれば、信士と約束した時間が訪れようとしていた。

 真綾としずかの二人は事務所の椅子に座り、その時を待っていた。


「アトキューフン!アトハップン!」

「そこのオウム、五月蠅いと、焼き鳥」

「……ハイ」

「ちょっと~あんまりトロワを苛めないで?」

「安易に数字の名前しかペットに付けない奴に言われたくない」

「……簡単で覚えやすいのに~」


 ガチャ。


「お待たせ、しました」


 二人の視線は今開いた事務所の玄関扉を向く。

 そこにあったのは―――新品の制服に身を包み、小奇麗になった、葉山信士の姿だった。


「すみません、遅れて……ませんよね?」


 僕は二人の様子を伺うように事務所の中に入った。


「五分前、社会人としては一応合格」


 森野さんは事務所に掛けてあった安物の丸時計を指さす。どうやら間に合ったらしい。途中急ぎ過ぎて何度かこけそうになったのは内緒だ。


「あれ、真綾さんは?」


 事務所に入った時には確かに見かけたような気がするのだが。


「真綾は、そこ」


 森野さんの指さす方向を見れば、真綾さんが机の下にまたしても移動していた。


「どどどどどどど、どちらさままままだぞぞぞぞ????」


 真綾さんは机の中で丸まってこちらを見ていなかった。


「え!?……あ、僕、信士です。葉山信士」

「……え、驚かさないでよ~!」


 真綾さんの例の人見知りが発動していたらしい。どうやら身支度を整え過ぎて、僕だと認識されなかったようだ。

無理もないかもしれない。なにせ風呂も入り、髪の毛も整え、制服も着ているのだから。


「その制服、どうしたの?」


 真綾さんが机の下から出て、首を傾げながら質問してきた。


「あ、買いました。あと髪も、理髪店に行って」


 真綾さんの目には今の僕は少しはマシに見えているだろうか?

 まあ最初に会った時の乞食スタイルに比べれば……。


「……前の方が、良かったなあ」

「えええええええええ!?」


 思わずショックで体がよろける。


「あ、いや別にその格好が悪い、とかじゃないんだよね?……匂いというかごにょごにょ……」


 せ、せっかく小奇麗にしたのに……。


「つまり、お金は使った、ということ?」

「あ、はい」


 森野さんが値踏みするかのように僕を上から下へと眺める。


「と、いうことは課題は……」

「そ、その前にですね」


 僕は手を前に上げて森野さんの話を遮る。


「今まであったことを話してもいいでしょうか?」


 森野さんは無言で「話せ」と言うように目配せをする。


「あの、僕お金を貰ったんですよ。いや、正確には返して貰ったというか……」

「……つまり、そのお金で服を買い、私達にお金を返しに来た、ということ?」


 森野さんの目つきが冷たく、鋭く僕に突き刺さる。


「それは、課題の放棄と同義。今すぐ消えて」


 針のような棘のある言葉を頂く。


「最後まで、説明……させて下さい」


 僕はここに来る少し前に、中谷達に渡された連絡先の書かれた場所へ赴いていた。

 その時のことを、僕は語り始めた。

 

     ◆


「よう、待ってたぜ」


 連絡先に書かれた場所―――その薄汚れた喫茶店の一番奥の席に中谷は座っていた。


「信士、見違えたじゃん?普通にしてればやっぱお前、イケメンだわな」


 そう言って、ケラケラと中谷は笑う。


「―――つまり、金は受け取って貰えた、ってことか」


 中谷は右手を僕に差し出した。

 僕はその手に手を差し出し―――。


「……なんのつもりだ?」

「君の金は、使わない」


 彼の手に、彼から受け取った二万円帝のプリペイドカードを手渡した。


「ありがとう、中谷。僕の能力を少しでも買ってくれて。でも、君とは働けない。これは返すよ」

「ふん、なんだお前も結局他の奴らと一緒か。俺のことを恨んでるってわけか」


 中谷が僕を睨みつける。


「いいや、信用しているよ」


 中谷は意外そうな顔をした。


「じゃあ、理由は何だってんだ?」


 訝しむようにそう聞いてくる。


「価値を判断しただけさ。君のところに勤めるか、他の部に行くか。その結果、君のところより、そっちのほうが金銭価値が有りそうだと判断した。単に物凄く俗な理由だよ」

「お前を雇うところがあると?」

「……方法は、君が教えてくれたんだよ」

「何?」

「僕にとって、価値が有るのは―――君のところじゃないんだ」


 その台詞を聞いた時の中谷の顔が、今まで会った彼の顔の中で、一番醜く歪んだ。

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