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信頼=お金の図式 その4

「……とは、言ったものの」


 事務所を出て、商業区画近くの広場のベンチに座りながら僕は軽く途方に暮れていた。

 お金を増やす方法はいくつかあるが、時間はもう夕暮れ時である。

 今から日雇いのバイトを入れても明日までに一万円帝増やすには時間が足りない。

 そもそも僕を雇ってくれる店を探すまでが一苦労である。僕は自分のパンツの中から出した生徒手帳を眺めながら憂鬱な気分になる。

 この、赤い線さえなければ、いくらでも稼ぐ方法はあるのに……。

 幸いというか、軍資金は与えられていた。この手元にある真綾さんのお金、一万円帝を元にして稼ぐ手段を考えろ、ということなのだろう。


「どうしたものか……」


 ぐう。


 考え事をしていたら、お腹が鳴ってしまった。一応真綾さんに缶詰を食べさせて貰ったとはいえ、あの程度では育ちざかりの男子の胃袋は到底満足いくわけはない。

 ちょうど、というかおあつらえ向きというか、目の前には一軒の飯屋台が良い匂いを醸し出していた。その匂いは風下の僕の鼻孔をくすぐりまくっている。


「……いや、使っちゃあ、駄目でしょ」


 そうだ、僕は何事にも真摯に、正直に応える人間を目指して来たのだ。ここでこんなことにお金を使っては……。


「お……おいしい……」


 十分後、その屋台で僕はご飯を搔き込んでいた。

 僕の胃袋は想像以上に『正直』だった。

 そして数日振りに食べたまともな食事は、本当に美味かった。


「うまい……この焼きそば最高……」

「それナポリタンなんだけど……」

「この味噌汁が体に染み渡る……」

「それクラムチャウダー……」


 逐一店員が何か突っ込んで喋っているようだけど全く何を言っているのか分からない。取り敢えず食事に集中させて欲しい。


「うばい……うばずぎる……この塩っ気たばんない……」

「このお客さん、自分の鼻水と一緒にご飯を口に入れてる……」


 それは注意して!?

 余りにも飯を食う事だけに集中していたせいで自分の鼻水拭くのを忘れていた。

 ああ、恥ずかしい。恥ずかしいと言えば人心地ついた自分の格好を改めて見返すと未だにパンツ一枚である。こっちのほうがよっぽど恥ずかしいなと今更ながら思う。

 明日までに二倍か……。

 ぶっちゃけ、ここからお金を増やすならこれを元手にギャンブルするくらいしかないのではないかと思える。そのぐらい、時間がない。

 実は裏では非合法の商売も学園で運営されているらしい。

 今から、賭博伝説葉山信士という世界観の話が始まるなら話は別だが、生憎とこれはそんな話ではない。

 それにしても、どうして森野さんはこんな試験を言い渡したのだろう?

 僕のようなルーザーズなんかにお金を渡したら、大抵の場合はこんな風に好き勝手使われて明日現れない確率の方が高いではないか。しかも借用書すら書いてない。


―――そうか。


「そのぐらいは信用……されているんだ」


 あれだけ大見えを切って、決意していたものが、弱気になって揺らいでいたことがもっとも恥ずかしいことだった。


「なにくそ!」


 気合いを入れる為に頬を両手で張る。


「きゃひ!?」


 いかん、勢いが良すぎて店員さんを驚かせてしまった。

 とりあえずここの支払いを済ませたお金で何とか二万円帝を返す算段をつけなければならない。

 幸いというか先程より思考がスッキリとしてきていた。

 おそらく脳に栄養が廻って来ているのだろう。これは必要な投資だったと前向きに捉えることにした。


「おい、あれ」

「ひっでえ格好だねえ……」


 僕に向けてだろうか?何やら背中のほうで、揶揄するような話声と、くすくすという嗤い声が聞こえてきた。

 ちらっとそちらを向くと、そこにいた複数の男子生徒達、そのグループには見覚えがあった。

 彼らは僕の顔を視認するなり、お互い目配せをし、そして全員が薄い笑みを浮かべた。

 思い出すまでもない。あいつらは―――。


「よう、信士じゃない」


 そう、僕を会社から追い出し、借金を押し付けた張本人達がそこに立っていた。

 その中のリーダー格の丸眼鏡の男、中谷と言ったか―――が口を開いた。


「何その格好?いや~堕ちるとこまで堕ちたって感じ?」

「……何か用でも?」

「おいおい、そんな怖い顔するなって。これでも良心が痛んでるんだよ?悪いことしたなあってさ」

「……なら、お金を返してくれないか?今困ってるんだ」


 彼らが僕にお金を返してくれさえすれば万事解決である。


「ん~ごめん!いま持ち合わせがないんだ。今度絶対返すからさ!」

「……」

「本当だぜ?ていうか、助けてやるよ、ルーザーズからさ」

「え?」

「一応責任感じてたのは本当さ。だから、金は返せないけど、仕事は回してやるよ」

「それは……確かに助かるけど」

「ほらよ」


 そう言うと彼は二万円帝分のプリペイドカードを懐から取り出した。

 僕は一にも二もなく、それに手を伸ばす。それがあれば……。


「おっと、仕事をしたら、だぜ?」


 中谷はひょいっと僕の手を躱す。


「……元々、僕の金じゃないか」

「いいの?そんな口聞いてさ。それに一時的にこの金で今を凌いだとして、すぐに金が尽きるのは目に見えてるじゃん。言う事聞いたほうが、良いと思うぜ?」

「……それよりまず理由を教えてくれ。何で僕を……騙し……たんだ?」


 本意ではないが、彼の真意を聞くためにあえてそう質問する。


「騙したつもりはないよ?僕は儲かると思った事業に投資するために君の判を借りただけさ。結局それが破たんして何も返ってこなかっただけで。僕も君と同じで、被害者さ。もし儲かっていたら、ちゃんと返したさ」


 僕は、その言葉を―――信じたかった。それが今までの、僕の信じて来た行動だったからだ。


「……何をやらせる気なんだ?」

「簡単だよ~。君さ、店長にならない?」

「はい?」


 何を藪から棒に……。


「雇われ店長って奴さ。やってくれるなら二万、続けてくれるなら一か月十万円帝払うよ。どう?」


 降って湧いた美味しい話とはこのことだった。


「……意味が解らないけど、大型チェーン店みたいなこと?大体君は僕のいた部にいるはず……」

「ああ、あれはもう辞めた。今はフランチャイズ科に転科してある人の下で働いてるんだわ」


 辞めた!?僕を追い出しておいて?


「信士君、普通科だろ?自分で商売を立ち上げたり、バイトしたりする、さ。こっちの科のが楽だぜ。道筋は上の人が決めて、俺らはやることに従ってりゃいいだけだしな。それに転科すると経歴が一回消えるんだ。だから色々新しいこともやりやすい。今、新規の商売をするからそういう人材探してんだわ。お前、勉強だけは優秀じゃん?頼むぜ」

「……それを信じろ、と?」

「信じてくれるだろ?君ならさ」


 そう言うと彼は僕に二万円帝のプリペイドカードを握らせてきた。


「!?」

「信用してるってことさ。君の能力に関しては、ね」


 僕は震える手でそれを掴む。


「さっきは……返さないって……」

「手付金だよ。受け取ってよ信ちゃん」


 そう言うと中谷は僕の肩を掴む。


「また俺がバックれるかも知れないけど、その価値があるうちはお互い良い思いしようぜってこと。お互いwin-winの関係じゃん。後腐れなくいこうぜ?」

「……ありがとう」

「おい、なんだよ、泣いてんのか?」


 気が付けば、僕の目からは涙が溢れていた。なぜ流れているのか、その理由は―――。


「じゃあ連絡してくれよな。ここにいるからよ」


 そう言って中谷は連絡先を書いた紙を僕に渡した。

 中谷とその仲間は手を振って去っていく。

 僕の手には―――いまようやく返って来た物があった。


「あの~お客さん?」

「は、はい!」

「失礼ですけど、お金、持ってます?」

「ああ、お代ですね。はいこれ」


 僕は真綾さんから預かったほうの円帝カードを店員に差し出す。そりゃあこんな格好していれば疑われるのも当然かもしれない。

 改めて店員を見ると彼女は恥ずかしそうにこっちを見ずにカードを受け取っていた。

 ショートヘアに亜麻色の髪。顔を背けていてもなんとなく横顔からは美少女っぽい雰囲気が立ち上っている。

 変質者そのものの格好をしていなければフラグでも立てにいくところだったかもしれないが、いかんせんこれでは期待が持てそうもない。

 よくこんな小便臭い男に普通にご飯を出してくれたものだと思う。

 しかし彼女をよく見れば大分くたびれた洋服にエプロン姿でお世辞にも綺麗な格好だとは言えなかった。このぼろ屋台からして、貧乏経営なのかもしれない。


「はい、ではカードお返ししますね」

「どうも、ごちそうさまでした。美味しかったです」


 せめて出来る限りの笑顔でそう答える。


「え」


 物凄く怪訝な声で返される。まるで変態を見たような……ってパンツ一丁じゃ当然なのだが。


「あ、いや何でもありません!じゃ!」


 物凄い勢いで屋台を引いて去って行ってしまった。うん、やはりフラグなど無かった。


「人間やっぱり見た目か……」


 ここまで極端な風貌も珍しいとは思うが、やはり信用されるにはある程度の身なりは必要なのだ。


「信用……ね」


 僕の手の中には二つの信用が握られていた。

 片方は真綾さんの、そしてもう一つは、中谷のだ。

 こんな状態の僕に手を差し伸べてくれたのは本当にありがたいと感じていた。

 中谷からお金を受け取った時に泣いたのは、純粋にその点だけは嬉しかったのと、もうひとつ理由があった。それは情けなかったからだ。

 現在の自分の状況を―――結局人を信じること以外何もせず、打開しようとしなかった自分を心底恥じたのだ。

 すべてを変えなくてはいけない。

 今の現状を。

 これからどうするのかを。

 それを決めて行動しなければ、僕に未来はない。

 色んな道がある。

 ここにある全ての物を使って、どうするかを決めるしかない。

 ただ、この時僕は、一つの閃きを得ていた。

 必ず道はある、その確信を。

 なぜ―――あの時、あんなことを言ったんだ?

 図らずも、僕の手の中の資金は増えていた。しかし、僕が使うべきは―――。

 僕は目を瞑り、記憶の海に浸る。

 今まであったことを思い出す。

 考えろ。

 きっと今まであったこと、会話や行動の中に、答えに至る道筋が隠れているはずなのだ。

―――そう、その答えとは。

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