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その9

「面会は警備も外させておく。好きなだけ、口説いておれ」

「……頑張ります」


 ダリアさんは面会室の扉を開ける。

 僕は意を決して、中へと入った。


「……こんにちは、真綾さん」

「……」


 ミラー越しの真綾さんは拘束具をつけられ、椅子に座っていた。


「暴れて手が付けられなんだ。すまぬがそのままで頼む」とはダリアさんの弁である。

「あの、あの時は―――嘘をついてしまい、申し訳ありませんでした」

「……」

「真綾さんをそこから出すために、いま皆が協力して動いています。森野さんも、そしてダリアさんも。そして真綾さんを嵌めた犯人を捕まえようと……」

「……」

「でも、証拠を持って逃げられてしまいました。ですから、真綾さんの力が必要なんです。協力して、頂けませんか?」

「……嫌だ」

 沈黙を貫いていた彼女が最初に喋った台詞は、それだった。

「……なぜ、ですか?」

「そんなことを言って、みんな真綾を騙すんだぞ」

「騙しませんよ、少なくとも僕は」

「嘘つき!最初はみんな口先だけで調子が良いんだ!『何か困ったことがあったら何でも言ってね?』何て言ってた奴らがいざとなったら何もしてくれなかったり、上手く行かないだけで諦めて裏切ったりするんだぞ!」


 これは、恐らく彼女の両親のことだろう。会社が困った時に、誰も助けてはくれなかったに違いない。懇意にしていた、取引先でさえも。


「だから、少しでも嘘をつく奴は、そんな匂いのする奴はもう近寄らないでよ!君もだぞ!」


 涙目で、息を切らし、拘束具がミシミシと音を立てる。彼女は完全に我を失っていた。


「……そう、かもしれません。でも、それはその人に悪意がある場合だけではないと、僕は思います」

「じゃあ他に何があるって……!」

「弱いからです」

「!」

「弱いから。意志が、心が、決意が。だから人は嘘をつくんです。誤魔化したい、良く思われたい。自分を『弱く』見せたくない。だからこそ、嘘をつく。それは、会社の会計と一緒だと、思いませんか?」


 真綾さんは僕の言葉を大人しく聞いていた。


「僕が弱いから、そういう行動をしてしまいました。貴方に悪く思われたくないから、そういう行動を取ってしまった。これは僕の落ち度です。本当にすみません」


 僕はもう一度、頭を下げる。


「もう一つ、謝らなければならないことがあります」

「……何を?」

「貴方を疑いました」

「!」


 彼女の身体がガタッと震える。


「あ、別にその犯人だとか、そういう意味ではなく、ただ純粋に『この人って何者なんだろう?』という疑問です。貴方を知れば知るほど、不可解なことが多い。人を信用できないと言いつつも、学園生活を続けようとはしている。復讐のためとはいうけれど、それだけでトラウマを引きずったままここまで来れるものなのか?だから、貴方はバリアを張ったんです」

「―――やめて」

「……やめません。今を逃したら、もう、貴方を助けられない」


 僕は、彼女の嘘を、暴こうとしていた。


「嘘にはもう一つ理由があります」

「もうやめてってば!」

「優しい嘘―――優しいからこそ、ついてしまう嘘。人が信用出来ないといいつつも、僕を動物に喩え、こうして傍に置く。お金に喩え、森野さんを傍に置く。真綾さん本当は人を信用したいけど、それが出来ないからこそ、そう自分に嘘をついたんです」


 真綾さんの顔は、もう涙でくしゃくしゃに崩れていた。


「貴方は本質的に優しい。だから、親しくしたい人間と普通に接するために、自分に嘘をついているんです」

「―――どう……して」


 絞り出すように真綾さんの口から声が零れる。

 続く言葉は「わかったの?」だろう。


「僕は、初めて真剣に人を疑いました。そうしたら、自然と見えて来たんです。貴方のことがもっと深く、知りたいと思ったから、貴方の行動が、どうしてそうなるんだろう?と考えたら、この答えに辿り着いたんです。……間違っていたら、すみません」


 真綾さんは、激しく首を横に振った。


「違わない……そう、その通りだぞ」


 もう、彼女の涙は止まっていた。


「―――人が怖いの。そう、どうしようもなく」


 ポツリ、ポツリと彼女は語り出した。


「どうしても、怖い。でも、全てを拒否したまま生活をするのは無理なの。だから、私は、嘘をついたんだよ。パパとママのことがあって以来、どうしようもない、これが私、真宮寺真綾なんだ。だからそう、信士くんの言う通り、嘘という名のバリアを張ったの」


 それは、辛かったに違いない。人と付き合うために、必ず嘘をつかなければいけない体質。それは僕にとっては、生きるよりも辛いことだから。


「―――一緒に、出ましょう」

「え」

「ここを、という意味もありますが、一緒にこの学園から卒業しましょう、という意味です。僕はそれを知ったうえで、貴方の傍に居たい。全力で貴方をサポートします。ですから、一緒に犯人を、捕まえましょう!」


 僕の言葉は届いたのか―――その判断がつかないまま彼女はしばし、沈黙を続けたが―――。


「真綾のこと、信じて一緒にいてくれる?」


 彼女の精一杯の申し出に、僕は当然頷いた。


「はい!」


 彼女は、今まで見たどの顔よりも素敵に、笑った。



※※※


「出ろ」

 ダリアさんに拘束具を外された真綾さんは高速で僕の後ろに回り込み、袖を掴み隠れる。


「……本当に、説得できておるのか?」


「まあ、はい、一応」


 心を許してくれているのは、今のところ僕だけだしなあ。


「時間は二時間、それが終わればすべてが終わりじゃ。出来るか?」

「やらないと、終わりですから」

「……しずかちゃんは?」


 真綾さんがキョロキョロと辺りを見渡す気配が背後でする。


「あやつはいま、ちょっとした細工中じゃ」

「?」

「さあ、行きましょう真綾さん……ってどこに?」

「こっちじゃ、ついて参れ」


 ダリアさんに促されるまま、僕らは税会のあるフロア最奥、長い硬質の廊下を抜け、セキュリティルーム近くまでやって来た。


「あの扉じゃ、但し、扉の前には監視カメラがあるが……、それはセキュリティルームに忍び込ませたしずかが無力化しておる。さあ、行くぞ」


 通り抜ける時、僕らは監視カメラにピースサインで応える。頑張って来ますね、森野さん。


「!」


 内部はかなり広く、小さめの図書館ほどの広さがあり、セキュリティルーム内は大量の、山の様な資料が棚に並び、整然と保管されていた。


「これ……全部ひっくり返すんですかね」

「流石に無理……」


 やる前から二人して音を上げかける。


「紙の資料に関してはそうじゃろうな。ただ、電子媒体もある。奥にあるコンピューターで確認可能じゃ。そちらを当たって、怪しいものを順次抜き出し確認する、という作業工程しかないのう」


 それだけで、随分とマシか。


「資料の取り出しは我がしよう。目当ての箇所が見つかったら順次言うがいい」

「分かりました、お願いします」


 僕と真綾さんは、奥のコンピューターコンソールの前に座る。ダリアさんがそれにIDカードを挿し、起動させた。


「……良いですか、真綾さん?」

「任せたよ、信士くん」


 彼女からのその言葉に、応える言葉は一つしかなかった。


「はい、やります!」


 僕は猛然と、検索を始めた。初めは、竜太郎が取って来た営業先全て。そして、絆スターズの取引先全てへと検索範囲を拡げる。


「……現在53部……まだ増えます。資料をお願いしますダリアさん」

「心得た」


 順次プリントアウトされた部活の資料をダリアさんがファイル事持って来て積み上げる。今度は、真綾さんの番だった。


「任せましたよ、真綾さん」

「あいあいさ~」


 気軽な挨拶だが、その口ぶりから真綾さんの復調が読み取れる。彼女はすぐにその資料に取り掛かり始める。

 やり方は、簡単だった。

 真綾さんが怪しいと思った部活を僕が記憶し、前後の繋がりのある部活を順次検索にかける。そしてその繋がりを逐一覚え、僕の脳内で蜘蛛の巣のように拡げ、繋げていく。

 無限に拡がる部活の輪の中で、果たしてそれは見つかるのか?

 果たして終わるのか、それとも終わらないのか、僕らの挑戦が始まった。

 

―――残り十分前。


「そろそろ時間じゃ、どうじゃそちらの方は?」

「これ、買掛が少ないぞ。こっちは売り上げが低すぎる、他にはこれは……」


 僕は真綾さんの言う企業名の資料をパラ見し、どんどん脳内で計算を進める。

 買掛金と売掛金の差額が合わないものを抜き出し、脳内で羅列する。そして、それに見合った部活を全てダリアさんに取り出して貰っていた。


「大体、終わりました……が」


 僕は怪しい部活のファイルを抜出し、それを並べる。しかし、この中のどれが、本丸だ?

 何か一つ、ピースが合わない。それが埋まらないせいで、答えが出せずにいた。

 その時、ぶつぶつと一人考え事をしていた真綾さんが不意に口を開いた。


「これ、循環取引だね」

「循環取引?」


 真綾さんが知らない単語を口にした。


「循環取引、複数の企業で共謀し商品の転売や相互発注を繰り返すことにより、架空の売上を計上する取引方法じゃ」


 ダリアさんが補足する。


「簡単に言えば、架空の商品でも何でも売り買いしたことにして、実際より売上を多く見せることが出来る、ということじゃ。つまり、実際より成長している企業に見せかけることが出来るし、銀行からもお金を借りやすくなるという一種の詐欺的手法。粉飾する側からすれば良いことずくめに聞こえるじゃろうが、一回これを始めてしまうと雪だるま式に取引額が増えていき、その取引を停止してしまうと巨額の損失を生むことになってしまう。もろ刃の剣じゃな」

「それが、行われている、と?」

「循環取引というのは、どこかで必ずボロが出るんだぞ。繋がりがないと思われる部活でも、途中で噛んでいる可能性はあるもん。つまり……」


 そう言って真綾さんはファイルの部活を取引のあった順に並べる。そうすると、真ん中に一つの部活が浮かび上がった。


「円環の輪の中に、孤立を保っているようで、ただ一つ、円全てと繋がっている妙な部活があるぞ。これが、金を吸い上げている大元の部活だと思う」


 そう言って真綾さんが指さす部活名を見た僕は、驚きの声を上げた。


「何じゃ、知っておるのか」

「……はい」


 そう、この時もう、僕らは犯人に会っていたのだ。

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