真宮寺真綾という女 その4
「どういうことよ、真綾」
「……」
僕らは学校施設棟の中央、広い敷地にある白く高い塔のような建物にやって来ていた。その中には警察委員会本部や税務委員会が各フロアを使っており、ここに全ての学園の機能が集中していると言っても過言ではなかった。
内部を観察したが、中はとても広く、綺麗に、そして機能的に、まるで六本木のオフィスビルのようだった。僕はその警察委員会本部の受付を通され奥の取調室にやって来ていた。
もちろん、真綾さんに面会するために。
面会室はガラス越しの向こうにだらしないTシャツ姿のままの真綾さんが座り、直接手には触れられない構造をしていた。
「……信士君、貴方ちょっと離れて」
「あ、はい、すみません……」
真綾さんはまだへそを曲げていて僕が近くに居ては、口を開きそうもない。僕は部屋の隅へと移動する。
「さあ、話して」
「……何もしてないもん」
口を3の字にの様にして、真綾さんはふて腐れていた。
「……なんか、真綾の名前を騙って、活動している詐欺師がいるみたい」
真綾さんの話を要約すると、こういうことだった。
真宮寺真綾を名乗る税務士が様々な部の会計に携わり、詐欺行為を働いている、という。
僕と森野さんは顔を見合わせる。二人とも、同じ気持ちであろう。
真綾さんが、そんなことをするわけがない。というか、そもそもが引き篭もりの対人恐怖症がそんな大それた真似が出来るわけがないのだ。明らかにこれは、冤罪だろう。
「冤罪なら、早急に異議申し立てしないと」
「そうですよ、ダリアさんを呼んで貰って、誤解を解けばこんなところすぐに出れますから……」
「そんなに簡単に、出れると思うたか?」
真綾さん側の面会室の扉からダリアさんが面会室へと入って来た。
「温情を掛けて欲しそうにしておるが、真綾がここを出ることはないぞ?」
「うえええええ……」
それを聞いて真綾さんはうめき声を上げながら、買って来たプリンを食べる前にひっくり返したような、絶望的な表情をして座っている。
「横暴ね、抗議する」
「いくらでもせい。じゃが通らんと思うぞ、これはお主らが想像しているより、もっと大きい事件じゃからな」
「……どういうことですか?」
「今、学園全体で暗躍しておる組織がおってな、通称『フェイスレス』顔の見えない、組織としての尻尾も掴めない犯罪者集団がおるんじゃ。手口は様々で、税務士として部に入り、会計を握り中抜きや、詐欺をする手口もその一つじゃ。そいつらを我らは追っておる」
「じゃあ、そいつらが真綾さんの名を騙って?」
「と、いう可能性はある。じゃが、真綾自身が関わっている可能性も否定出来まい?じゃから貴様は、それが否定されるまでは出る事は叶わん、というわけじゃ」
僕はダリアさんの言い分を聞いても、まるで納得いかなかった。
「ダリアさんだって、真綾さんと一緒に働いていたことがあるんでしょう?真綾さんにそんなことは出来るわけがないって知ってるじゃないですか!だからここから出して貰えるように協力を……」
「黙っとれ、糞坊主」
そのダリアさんの言葉の迫力に、思わず後ずさる。
「これは、真綾と我の問題じゃ。いいか、これはお主の責任でもあるのじゃぞ、真綾。高遠先輩のことを忘れたとは、言わせんぞ」
その言葉に、森野さんと真綾さんが反応した。
「今回の事件の根は深い。もしかしたら、それがそこに繋がっておるやもしれん。じゃから、お主はしばらく、ここで頭を冷やせ」
そう言うと、ダリアさんは部屋を出て行ってしまった。
「……何ですか、今の話?」
僕は二人に質問する。しかし、二人は決して答えようとはしなかった。
森野さんに訴えるような目線を送ると、明らかに、ここじゃまずい、という顔をされた。
真綾さんは僕に心を閉ざしており、話にはならないだろう。
「また―――来ます、真綾さん」
仕方ないが、この場は引くしかなかった。
「……必ず、そこから出しますから」
その言葉は口に出さなかったが、僕はそれを決意と共に、飲み込んだ。
あれから僕らは事務所に戻り、各々対策を練るために、各自で動くことにした。
森野さんは「調べものと、野暮用を片付けてくる」と言い残して先に事務所から出て行った。
僕は一人、誰も居ない、いや、正確には真綾さんの残していったペット達と共に、事務所で思案に耽っていた。
まず、真綾さんをどうしたら助け出せるのか?
一番簡単なのは、詐欺集団を見つけ出し、偽物の真綾さんを捕まえることだろう。
あっという間に容疑は晴れ、釈放されるに違いない。
しかし、それは雲を掴むような話である。
あのしつこいダリアさんが追っていて未だに捕まっていないのだ。そう簡単に尻尾を掴ませるものだろうか?
次にである、なぜ、真綾さんなのだろう?
他にも税務士は沢山いるだろうが、なぜ今回真綾さんが騙られたのか?
理由はいくつか考えられるが、ただの偶然か、もしくは敢えて狙われたのか?その違いで事件の様相は大分違ってくる。それを判断する材料は今のところ見つかっていない。森野さんの調査を待つか、それとも、僕も動くべきか。
その時、事務所の玄関を叩く音がした。
「はい?」
僕が玄関を開けると、そこには二階堂奈緒がいた。
「あ、先輩!」
「え、二階堂……さん」
「奈緒でもいいですよ先輩?それより、中に入ってもいいですか?」
「あ、うん……どうぞ?」
二階堂さんには、僕の今の職場は伝えてあった。しかし、本来はここに来て欲しくはなかったので、遠回しに「僕から連絡するまで待って」と伝えてあったのだが……。
二階堂さんに事務所の椅子を勧める。
「ありがとうございます!……それで、そのどうですか?」
この「どうですか?」はどちらを指しているのか計りかねた。
僕はとりあえず、絆スターズの現状に関して彼女に話すことにした。
「現状はかなり厳しいね。銀行融資でも受けないと、次の決算で倒産してもおかしくはない」
「……そうですか」
「兎に角、動かせる金が足りない。借金でもしなければ、身動きが取れない。でも、借金を申し込もうにも、この帳簿じゃあ、銀行からはお金を借りられないと思う」
「どうにか、なりませんか?」
彼女は懇願するような顔で僕を見つめる。
「無理……だろうね。普通の方法じゃ」
「じゃあ、普通じゃなければ?」
「それは―――」
方法はないでもない。
しかしそれは、『粉飾』と言って、勿論違法行為である。
よくニュースなどで、企業が業績を良く見せかけ、株価を吊りあげたり、銀行融資を受けやすくしたりして、後々ばれて逮捕されたりすることもある、あれだ。
現状の絆スターズの内情はインチキをしなければとても融資は下りないくらい酷いのだ。
つまりこれは―――僕にはこの部を救えないことを意味していた。
僕は計算能力は高いが、誤魔化す能力には長けていない。
この分野は他の税務士の力を借りなければとてもじゃないが銀行決済がおりる帳簿が完成するとは思えなかった。
他の税務士の知り合いなんて、僕には一人しか思い浮かばない。真綾さんだ。
少なくとも、真綾さんを救い、信頼を取り戻さなければ相談すら出来ない。これでは駄目だ。つまり、八方塞がりである。
「それ、出来ませんか?」
「え!?」
僕が驚いたのは、二階堂さんのその申し出ではなく、彼女が僕の腕を取って、胸を押し付けて来たからだった。
「は、放して貰えないかな……?」
「嫌です!あの、本当に不躾なお願いをしていることは分かっています!でも、私、あの部が―――絆スターズが大好きなんです!お願いします、私達を助けて下さい!」
彼女は大粒の涙を零し、僕に懇願してきた。
助けたい。その想いは山々だが、現状で色の良い返事は出来そうもない。
これも……すべてはあいつらのせいだ。
中谷や、児島竜太郎の―――。
そこで僕は天啓の様な―――ただの勘か、そのどちらでもないか。分からないが、僕の直感をプッシュする何かが閃いた。
「必ず、また連絡する」
「え?先輩……」
僕は彼女を引き剥がし、玄関へと連れ出す。
「ちょっと用事があるんだ」
そう言って僕は、ある人物の元へと駆けだした。




