真宮寺真綾という女 その1
あれから、二週間が経った。時はもう夏休み。
真綾さんはファンタジアの件でしばらく腑抜けており、全く役には立たなかったが、プリンを50個ほど与えることにより、通常業務に支障をきたさないほどには回復していた。プリン万歳。
僕はといえば夏休みだが、今日は登校日のためクラスの教室の前に来ていた。
一学期が終わった時に、担任からその期の講評を受けるのが通例なのだ。
まあ経営初心者の一年生にとってみれば、こういう時に指導が入ってくれるのは助かることも多いだろう。
「こんにちは~……」
教室に入るとそこには誰も居なかった。まだ担任は来ていないのだろうか?教室の時計を見るととっくに指定の時刻である。
「おかしいなあ……」
「……そこの席にどうぞ」
いきなり声を掛けられてびっくりして振り返るが、そこには誰も居なかった。
「……こっちですよ」
もしかして教室の中!?僕はそちらを向くが、やはり誰も居ない。
僕はうすら寒い空気を感じ後ずさる。
「……ここですって」
見えないのに声だけがする。僕は恐怖でパニックになりそうだった。
「……貴方の後ろにいるんだけど」
「ギャーーーーーーーー!?」
※※※
「……ごめんね、私……影、薄いから」
「いえ、こちらこそすいません……」
僕は教室の机に座り、対面に座る担任、獅童桜子を前に頭を下げていた。
「昔から、幽霊みたいってよく言われたわ……昨日は寝不足でね、眠いとどんどん気配が消えていくの、ただの特技だし気にしないで」
HRの時も影が薄かったが、ここまで薄くなるのは特技と言うより、特異体質なのではなかろうか?
意識しないで見ると、本当に向こう側に透けて見えそうである。実体があるのかも怪しい。
目を凝らしてみると今日は、線の細い身体に白っぽいゆったりとした服装、そして長く黒い髪。貞子をより薄くしたような、本当に幽鬼のようなスタイルだった。
その格好だけで、教室の温度が二度は下がっているような気がする。
彼女は僕のすぐそばに普通に立っていたらしいが、気配は全く感じなかった。僕が担任の顔を認識していないのも当然かもしれない。
「……じゃあ始めましょうか。葉山信士くん?」
「あ、はい」
「転科するまえ最初の二か月は生死の境を彷徨ったみたいだけど……何とか持ち直したみたいね?」
「あ、はいまあ……」
「ククク……死ねばよかったのに」
「はい?」
「……ううん、何でもない」
今先生、何か変なこと言わなかっただろうか?
「……その影響か、まだ収入等の実績は下から数えたほうが早いわね。こんなんじゃ卒業も進級も危ういけど……まあ、頑張ってね」
しばしの沈黙。え、もしかしてそれで、終わり?
「あ、あの、具体的なアドバイスとかないんですか?」
沈黙に耐え切れず、思わずそう質問する。
「……だって、実践が、一番でしょう?バイトもそうだけど、実際やってみないと分からないことだらけなのが社会何だから。まずやってみる土壌を用意するのが、金剛寺学園の方針よ」
反論出来なかった。僕も実際に働いてみて思ったのだが、理論で知っているのと実践することはまったく別物なのだ。
特に人が働く現場なんて、均一なわけはなくて、いい先輩や上司に恵まれる場合もあれば、厭味ったらしい上司やいびって来るお局がいることもある。他人によって職場の環境何ていくらでも変わってしまう。まず、飛び込んでみるまで分からないのが現状だと僕も思う。
「……この学校に来て三か月ほどだけど、どんな印象かしら?質問があったら受け付けるわ」
いくつか聞いてみたいことはあった。せっかくの機会だしこの際聞いてみることにする。
「えーと、校長ってどんな人何ですか?」
「……禁則事項です」
おい。
「……冗談です。金剛寺正光、齢七十歳の普通のお爺さんですよ。学長の像が校内にもあるはずですから、後で見るといいですよ」
見た覚えがなかった。記憶にあってもおかしくないんだが、そんなものどこにあったんだろう?
「……校長はこの日本を憂いておいでです。世界で戦うには日本の企業はもっと強くあらなければいけないとお考えです。もっと厳しい環境、試行錯誤の日々を繰り返すことにより、新たな国の礎を作る。その為に、君達を鍛えているのです」
礎……ねえ。まったくそんな自覚はないが。少なくとも僕は日銭を稼ぐだけで精いっぱいである。
「結構優良企業の御曹司を推薦で入れているって聞きましたけど、そのためでもあるんですか?」
僕のクラスにも他に何人か聞いたことのある企業の子息がいた。
「……そうです。金の使い方を知るものは、最初に持てる者である、という考え方があります。使わない人間は覚えない。そういう人間からお金を奪い、思考させることで更なる人間強化を見込む。または、その逆ですね」
「逆っていうと……」
「……持たない者。つまり貧乏人からお金持ちになったもの。または、なりたいという強烈な欲求を持つ者を優先して入学させています。まあこちらは貴方と違い試験を受けて入学される方たちばかりですが。まあ基本推薦者のほうが多いですけど」
なるほど、逆に言えば僕らのほうが落ちこぼれる要素が強いかもしれない。厳しい試験を受けて入る人間は最初からこの環境を想定していてもおかしくない。
「成績優良者は一時帰宅出来るって聞いたんですけど……それってボーダーはどのくらいなんですか?」
上位成績者の月収がいくらほどなのか僕は知らなかった。ある程度稼いだら帰れるなら、僕も一回帰ってみたいなと思っていたからだ。
「……月収 百万円帝からですが」
「ぶ」
僕の手取りでは永遠に到達しない値を言われ思わず吹き出してしまった。
「……まあそれでもほとんどの方は帰島しませんね。帰るだけで結構な円帝を消費しますし。そんな暇とお金があったらもっと貯めようという方ばかりです」
それもそうだ。実際円帝さえあればここでの生活は快適そのものであり、もうひとつ別の国がここにあるのと変わらないような気さえする。
「ここが過ごしやすくて卒業しないなんていう生徒もいそうですよね」
ここで稼いだものも外の世界に出てしまったら無価値になってしまう。ゲーム内通貨を外に出して使えないように。まあリアルマネートレードでも実装されているなら話は別だが。
「……実際そういう方は沢山いますよ?」
「え、本当に?」
冗談で言ったのに。
「……はい。そういうのは大抵試験で入った方たちですが。そのまま『学園側』の人間に昇格してしまうことが多いですけど」
「学園側?」
「……金剛寺学園の経営に携わる優秀な幹部の方々です。まああちらの世界でいうところの公務員―――官僚みたいなものです。目指してみますか?」
「あ、いや僕はほら」
「……葉山コーポレーションのご子息、でしたね。まあお気が変わったらいつでもどう
ぞ?ちなみに年収は平均一億円ほどです」
目指そうかな。
「……正直に顔に出ますね、君は」
余計なお世話である。
「……では面談はこれで終わりです」
そう言うと獅童先生の姿がふっと視界から消え、扉の開いた音だけがした。気配ももう、なかった。
あの先生本物の幽霊か、忍者なのではなかろうか?




