女と仕事は両立しない その9
あけましておめでとうございます。
とりあえずエピソードは終わりで、次の章で一旦区切りが良いので終わりの予定です。
新作準備しているので適当なタイミングで更新したいと思います。
「いらっしゃいませー!……ご同伴ですか?それとも、今日はどの娘をご指名ですか?」
ファンタジアの黒服が訊ねる。
「恵……いえ、メグちゃんをお願いします」
「わかりました。メグちゃーん!」
店の奥から、恵ちゃんが顔を出した。
「はーい……え?何で、貴方がここに……」
彼女は、戸惑いの表情を見せる。
「ああ、僕が呼んだんです」
そう、僕に紹介された人物は、不機嫌そうに、そして、この場の誰よりも派手な赤い着物ドレスを誇示するかのように、腰に手を当て、辺りを見渡した。
「同じ台詞をそのまま返すわ。なんじゃこんなところに連れてきおって」
「ファンタジア、メグ……笹垣恵ちゃんの働く、もう一つの職場です」
「……どういうこと?信士くん」
「ちょっと、奥のテーブルで話そうか。これから、恵ちゃんの税務調査の話をするからさ」
僕は戸惑う恵ちゃんと、訝しむダリアさんを連れて、店の一番奥の席まで歩いて行った。
「お呼び立てしてすいません」
三人で席について早々、僕は話を切り出した。
「賄賂なぞ贈っても無駄じゃぞ、ネギ坊主?」
「そんなつもりはありませんよ。今日は笹垣恵さんのことで申し開きしたいことがありまして、こうして来て頂いたわけです」
恵ちゃんは様子を窺がうようにして、黙っている。
「笹垣?それはもう終わった……」
「まだ終わっていませんよ」
その言葉を聞いた瞬間に、ダリアさんの体全体から黒い蒸気のようなものが上がったように見えた。
「ほう、お主、我に喧嘩を売るつもりか?」
彼女は蛙、いや蝿を踏み潰す象のような目で僕を睨みつける。
平時においてまったく相手にならない相手が顔の傍でブンブン飛び回っているような状況を楽しんで眺めているようにも見える。つまりまだ、余裕なのだ。
「喧嘩とは物騒ですね。でも、納得いかないことがあったら最後までやり通すのも、仕事の仕方かと思いますので」
「成程、覚悟の上、という事じゃな」
面白い、という顔をして彼女は腕を組みソファに体を沈み込ませた。お手並み拝見、という感じだろう。
不安そうな顔をしている恵ちゃんに僕は「まあ見てて」と目配せをする。
「いいのか?今日はお前の保護者はおらんぞ?」
「当然です。彼女は僕のクライアント何ですから」
「ククク……ますます面白い。これが終わったら、貴様の首を持って真の字のところへ土産にして行くとしようか」
「……では、お忙しそうなので結論から申し上げます。彼女の脱税ですが、そんな事実は『ありません』」
「……ほう?」
眉ひとつだけだが、彼女のそれをへの字に曲げることには成功した。
恵ちゃんは狐に抓まれたような顔をしている。
「売上を誤魔化しておったろうが!その分の売上はどこに消えたというんじゃ?」
「それはここに」
僕はダリアさんに、一枚の源泉徴収票を見せた。
「何じゃ……これは?」
「この店が彼女の代わりに納めている源泉税の明細ですが?彼女はホステスとしてここで働いていますので」
源泉税とは―――正確には源泉所得税と呼ばれ、給与に対して支払う税金のことであ
る。
ちなみに日本のホステスやホストの業界ではこの源泉税を勤務した日数×5000円分を売り上げから引き、そこに約10%を掛けた値を店側が源泉として代わりに支払っている。
これは一般のサラリーマンが支払う源泉税の仕組みとは大分異なっている。
なぜそんなことをするかというと、ホステスは一日当り、衣装代や髪の毛のセットなどで5000円程度の経費が掛かるのものとして予め税金を控除されているのだ。
殆ど税務申告など行わないホステスたちに面倒がないように作られた制度であるようだ。実際に経費申告すればもっと税務的にはお得になるはずなのだが、かなりずぼらな人が多いため、ほとんど申告などする人がいないのが実情らしい。そのせいか脱税で挙げられる人もこの業界ではかなり多いんだとか。ホステスに限らず、店側も。
「そんなことを聞いておるんではない!なぜそれが……」
「それは、彼女の飲食店の経営が《ファンタジア》の営業活動の為、だからです」
「!」
何を言い出すのかと訝しんでいた彼女にも、ようやく僕の言いたいことが分かって来
たようだ。
「彼女は店の外で営業活動をしており、ファンタジアのお客をもてなしていました。ファンタジアからは一部食材の提供、さらに一部売り上げは店側に納めており、店側が代わりに税務申告しています」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?どこにそんな証拠が……」
「こちらがその詳しい資料になります。目をお通し下さい」
僕はめぐむっくとファンタジアが業務提携の為に交わした「とされる」書類をダリアさんの前に提出する。
「双方行き違いがあったようですがこれが真実です。売り上げは隠したわけではなく、仮にいくつか漏れがあったとしても「店側がうっかり申告を忘れていた」だけです。彼女は脱税などしていません」
彼女はそれを手に取り、開口一番今日一番の怒気を発した。
「こんなもの……どうせねつ造じゃろ!いつの間に作った!?我が飯を食った時にはそんな店のことなどどこにもなかった!今この場で作った嘘八百じゃろが!」
「気付きませんでしたか?店のカウンターにはこのように、この店への案内図が置いてあったはずですが……店舗外からのお客様にはちゃんとそのように案内を出しておりまして」
しれっとした顔で僕はさっき出来たばかりの名刺大のチラシを彼女に見せる。当然そんなものは店のどこに置いていなかった。
しかし調べようがないことはグレーであろうと真実である。僕にもこの意味が良く分かって来ていた。
自分の為につく嘘は苦手だったが、他人の為につく嘘は、容易につくことが出来たのは、自分の中でも以外な発見だった。これが、森野さんがよく言う、税務士の資質というものだろうか?
「人聞きが悪いですよダリアさん。僕はただ、やるべきことをやっている、正当な主張をしているだけですから」
「この店の店長を呼べッッ!共謀として一緒に豚箱にぶち込んでやるッッ!」
完全にダリアさんは我を見失っていた。このままだとこの店ごと全部灰塵に化してしまうのではなかろうかと思った時だった。
「ほほほ、物騒でございますねぇ」
支配人の梟さんがやって来た。
「貴様か。こんな馬鹿な真似を……」
「馬鹿とはご挨拶でございますねえ、ほほほ」
「こんなことの片棒を担いで貴様の店も容赦せんぞと言っておるのじゃ!どんな賄賂を貰っているのか知らぬが貴様も冥土へ一緒に送ってやろうぞ!」
「おお、怖い怖い。しかしそれならばうちの顧問税務士を通して頂きたいですなぁ」
「顧問?もしや……」
ダリアさんはギロリと僕を睨む。
「え?僕じゃないですけど……」
「何じゃと?」
「おおそうそう、それは私のことでした。きちんと学園税務士の資格も取っておいたのですよ。ほほほ」
「はあ?」
「私この仕事に就く前は税務士でして、それで今はこちらの店を立ち上げて頑張っておるのです。いやあ中々面白いですなあ客商売は」
他人に食って掛かるでもなく、自分のペースを崩さず淡々と話す梟さんにダリアさんもちょっと鼻白んだようだ。
「これは私どもと致しましても『覚悟の上』の提携ですので、文句があるのでしたら脅すのではなく、実際に行動に起こされてからいらしたら如何でしょうか?着物のご令嬢」
「……味方する、というのか?この犯罪者どもの」
「味方とは違います。あくまでも『商売相手』としての価値が、貴方方を上回っている結果だとお考え下さい」
僕らと梟さんの間には確かにある取り決めがあり、その提案のおかげで彼は僕ら側についていてくれていた。
しかし梟さんがこの期に及んで裏切らないという可能性は無かったため、このやり取りを聞いているのはちょっとハラハラする。
二人の間に静かに火花が散る。静電気でも浴びたかのように、僕の皮膚がチリチリとしていた。そして―――。
「……出直そう」
永遠に続くかと思われた睨み合いは、意外にあっさりとダリアさんが引くことで決着した。
彼女にしては大人しすぎるくらいに。
席を立つ際に、ダリアさんが呟く。
「……勝ったと思うなよ」
その声には負けた悔しさなど微塵も滲ませていなかった。ただの負け惜しみじゃない、そんな気がした。
ダリアさんは去った。僕は何とか、彼女を追い返すことに成功したのだ。
「何とか、なりましたね」
「すごい!信士くん」
恵ちゃんが僕に飛びついて来た。
「あ、うん。ありがとう……」
「私、これで……これで夢を追いかけられる。ありがとう信士くん!これからも、宜しくね!」
僕は抱き付いている恵ちゃんの腕を取って、ゆっくりと引き離す。「え?」という顔を彼女はした。
「……そう、だね。でも、もうお店はやらないほうが、良いと思う」
「……どうして?だってもう税務官は……」
「一度、目をつけられたお店は定期的に調査される。一回潰してしまうか、転科するしかないと思うよ」
「そんな……でも!また信士くんが手伝ってくれれば……」
「僕はもう、君の顧問税務士は勤まらないよ。それに、君はここで働くべきでもないと思ってる」
「―――どういう、こと?」
恵ちゃんの目つきが、厳しいものへと変わる。
「君は僕に嘘をついた。僕は君を信頼していたけど、君はそうじゃなかった。だから僕はもう、やりたくない。それに、心配しなくても今後の事は、梟さんに一任してあるから、それに従って欲しい」
「―――そういう、取引ですからねぇ」
ニヤッと含みのある笑いを梟さんが見せる。
「―――裏切るって、こと?」
「順番が逆だよ、恵ちゃん。僕は人を信じて、それに応え、築き上げるものの中で生きていきたい。君とじゃ、無理なんだ」
「……馬鹿じゃないの」
彼女は怒りに満ちた表情で、僕を睨みつける。
「私の夢を取り上げておいて、いい気なものよね!ほんと、道具の分際で、偉そうに……何?責任取って支配人の言いなりでもなれっていうの?冗談じゃないわよ!」
「……それは、行ってみて考えて。気に入らなかったら、それは僕が、責任を取るから……」
その瞬間、激しい衝撃が僕の顔を襲った。左顔面が、ビリビリと、痛む。
恵ちゃんが、僕の頬を平手で張ったのだ。
「……気が済んだ?」
「―――」
「さて、いきましょうか」
梟さんに促され、恵ちゃんは涙目のまま、立ち去って行った。
僕は、それをただ見送るだけだった。これで、終わったのだろう。
帰ろう―――そう思い席を立とうとすると。
「ああ、すみませんでした、葉山様。代わりの娘をつけますので、お楽しみ下さい」
「え、でももう―――」
「いやあああああああああああああ~~~~」
「……え」
向こうから、ガチガチに固まって、ぎこちない動作で駆けてくる、パープルのドレス姿の女性がいた。そしてその娘には激しく見覚えがあった。
「真綾さん!?」
「た、助けるんだぞぞぞぞぞ、信士くんんんんんん」
「本日から入店致しました新人の、えーと、なんと申しましたかな?」
「……なに、してるんですか、真綾さん?」
真綾さんは僕にしがみつき、背後に回って固まってしまった。
「し、信士くんが心配で来てみたら、変な大男に捕まって……」
ああ、あのタンクトップの兄貴か。
「ままま、真綾を面接に来たキャバ嬢と勘違いして……」
……それで、こんな格好させられて、店に出されたと。
真綾さんは細い白い手足をドレスから出し、胸はないが、それをスラッと着こなして妙な色気が出ていた、逆にそういう方面には人気が出るかもしれない。
「……似合ってますよ、真綾さん」
「そう言う問題じゃないいいいいいいいいい~~~」
「失礼しました、まだ教育がなっておりませんで。どれ、他のテーブルに行って来なさい。新しい娘をこちらへお連れして」
どこからともなく現れたタンクトップ男がやって来て、真綾さんを担いで行ってしまった。
「た~す~け~て~!真綾にはムリ~~~~!」
「ま、真綾さん!」
「ちょっと~信士くんじゃん。あけみで~す!」
運の悪いことに僕は横から現れた、バストの大きいあけみちゃんに捕まってしまった。
僕が真綾さんを助けた頃には、彼女は抜け殻のようになっていたとか、いないとか。




