女と仕事は両立しない その7
僕は慌てて抱き付いていたあけみちゃんから離れる。
「あら、メグちゃん、この人知り合い?」
あけみちゃんを挟んで最高に気まずい空気が二人の間に流れる。
「ど、どういうこと?あの……」
僕の質問に彼女は応えず、ただじっと俯いていた。
しかし、彼女は急ににこやかな顔になったかと思うと、明るく喋りだした。
「メグです!宜しくお願いしますね」
「え……あの……」
「メグちゃん、ちょ~いい娘だから!じゃあね~」
そう言い残してあけみちゃんは去っていった。しかし、今の僕には彼女を気に掛けるような心の余裕は無くなっていた。
あけみちゃんの去った後のテーブルには、暫く沈黙だけが残った。どちらから話すわけでもなく、視線を合わせることもない。空気がとても、痛かった。
「……あの、ごめん」
僕がようやく絞り出せた言葉は現状への疑問でも何でもなく、ただこれだけだった。
「……何で、謝るの?」
「何でって……お店のこと……」
「あれは、私が悪いの。脱税する気なんて無かったけど、結果そうなっちゃったんだし」
「でも!僕がちゃんと聞いていれば……!」
「……そう、かもね」
彼女は僕の弁を肯定した。
「このお店で働いていてつくづく実感することがあるの。誰も私の話なんて聞いてないって」
そして彼女は僕の隣に座り、自分の身の上をぽつぽつと語りだした。
「一年の時、最初にやった商売で失敗しちゃって、それでこのお店に入ったの。借金を返すために」
「え、もしかして、年上?」
「うん、この容姿だからね、割と勘違いされるんだけど」
そうか、上級生だったのか。確かにあのボロ屋台になるまでに、多少なりとも時間はかかっただろう。二年生くらい、だろうか?
「今ね、私四年目なの」
「いい!?」
高校は三年間しかないはずだ。つまり彼女は……留年生!?
「この学園では一定の経済的な成績を修めなければ卒業も進級も出来ない。私はまだ『一年生』貴方と同学年なの」
驚いて声も出なかった。つまり彼女は十八歳以上だということになる。
「借金を返済し終えれば、やっと前に進めるところだったんだ。私の好きな飲食店の経営だけをしていける……。こんな生活ともおさらばだって。《ファンタジア》は夜遅くからの経営だから、それまでの時間は《めぐむっく》をやって、復帰する準備をしていたの。本当に好きなことを、仕事にするために」
彼女は―――恵ちゃんはその為にここで働いていたのか。そして、二足の草鞋を履いて、昼も夜も頑張っていたのだ。しかし―――。
「もうちょっと……だったんだけどな」
その夢は―――壊れてしまった。僕の不注意で。
「やっと、話が出来る、将来の夢を語れる人と出逢えたと、ちょっとだけ期待してたんだ。私の未来も変わるって。でも、現実って厳しいね」
彼女は俯き、涙を堪えていた。しかし堪え切れず、一滴の涙が床へと落ちた。
僕の胸はもう、張り裂けそうだった。
「……まだ、方法はあるよ、恵ちゃん」
「慰めているつもり?もういいの、私……」
僕は、無力だった。
しかし、彼女の涙をこのままにしておいていいのか?
その時―――僕の脳裏に、一人の人物が鮮明に浮かんだ。
「……ちょっとだけ、待っててくれる?」
「どうしたの?」
「何とか出来る人が、いるかもしれない。だから、諦めるのちょっとだけ待ってて?」
そう言うと僕は立ち上がり駆け出した。
「信士君!?」
「待ってて!必ず……」
「違うの!」
その瞬間僕は首根っこを掴まれて持ち上げられてしまった。僕をこの店へといざなったあの大男に。
「お客さん、お・か・い・け・い」
どこかの五輪招致したアナウンサーのようなポーズの後で請求書明細を提示される。
「〆て、これだけです」
どうせ、お高いんですよね、この展開だと?
しかし明細に載っていた値段は至って良心的なものだった。
「あ、払えます」
「ほほほ、そうでしょう」
いつの間にやら、あの笑う支配人が僕の傍に立っていた。
「うちは明朗会計、嬢からの源泉もキチンと支払っております有料企業でございます。脱税行為が多いこの業界では珍しいのですよ、ほほほ」
「源泉……」
その言葉で、何かが引っかかる。でも、その正体は分からなかった。
僕はその引っ掛かりを抱えたまま、彼女の元へと向かった―――そう、真宮寺真綾さんの元へ。




