女と仕事は両立しない その5
「それで、ただ、クライアントを見送った、と」
「すみません……」
僕はすぐに取って返し、事務所で事の次第を森野さんに報告していた。
「そう」
「え、それだけ……ですか?」
やたらそっけない返事が返って来た。森野さんは僕の報告なんかに気も留めず黙々と自分の書類を整理している。
「私には関係ない話。これは君の仕事。こんなところに居ないで彼女について行くべきなのでは?」
―――助けて欲しい。そう、言葉に出さなくても分かっていることを森野さんは僕にわざわざ質問してきた。
「捨てられた子犬みたいな顔をしていても、真綾は助けても私は助けない」
いきなり目の前の蜘蛛の糸は切れた。僕の甘い考えは脆くも吹き飛んだのだ。
「君の取って来た君の仕事。私の手を煩わせないで。負け犬で終わるなら終わるで巻き込まないでくれる?」
冷たい言葉で突き放される。というか、森野さんは冷たい言葉が普通なので、ある程度予測出来たことなのだが。
「つい、格好つけてしまったって顔。嘘をつくより見栄を張るほうが罪が重いこともある。ちょっとポスターに起用されただけで、事務所の看板になれたと思ってた?」
そう言って森野さんは僕の顔にいたずら書きがされた事務所のポスターを取り出す。もしかして、こんな時、僕を弄る為だけに準備していたのだろうか?
「……何とか、ならないでしょうか?」
「結論から言う。どうにもならない」
「でも!今からだって何か対策を……」
「ここまで来たら無理。だってこれは犯罪行為、証拠も押さえられていて言い訳が効かない。私が助けないのは君の顧客だから、という以前に、どうしようもないから」
助からない?本当に?
「君に、もう一度言う。市場に出荷される羊みたいな雰囲気を出しても私は何もしない。脱税は最も重い税の罪。発覚した時点で詰み。打つ手なし、諦めること」
愕然とした。もう、手遅れだという現実に。僕は―――もう恵ちゃんを助けられない。
「まあ見抜けなかった君もあれだけど、彼女のほうも落ち度が無かったというわけじゃない。むしろ主犯なんだから、気に病まなくてもよい。飲食店経営者に多いことだけど、仕入れの値段や売上は現金商売、つまり銀行を介さないから証拠として残るのは領収書だけ。それだけ誤魔化しやすい、ということ。だから法皇院ダリアは事前に証拠を固めた。よくある調査方法の一種」
「彼女は―――なんでこんなこと……」
「推測でしかないけど、恐らく日常的にやっていたに違いない。元々売上が芳しくない店で、税務調査もほとんど入る要素は無かった。帳簿もまともにつけてなんていない。そのほとんどが適当だったと推測される」
「でも、あくどいことをしていても、児島竜太郎の場合は―――」
税務調査を乗り切れたじゃないか。
「少し違う。彼女が帳簿をまともにつけなかったのは『それが無意味だった』からというだけ。彼女には脱税した意識は無かったに違いない。今までそうやって報告していたとしても、誰も問題にはしなかった。『儲かっていなかった』から」
つまり、儲かってしまったから、彼女は―――?
「金のあるところにしか税務官は寄ってこない。取れるところからしか取らない。気付くべきだったのは、儲かってしまった後に、それを是正することを怠った、その一点。食券制にしてある飲食店以外はこういった中抜きをしている事例は多い。だから調査の前に、何とかしなければならなかった。今回はもう手遅れ」
「―――そんな」
つまり僕は、彼女が助かる機会を完全にスルーしてしまったということなのか?
「僕は―――どうすれば?」
脱力感に包まれながらもそれだけを口にした。途方に暮れていて、他の台詞が出てこなかったということもあるが。
「しょうがないから重加算税を大人しく払うこと―――もしくは」
「もしくは?」
そこで、森野さんは少し黙り、こちらを伺うような目で見つめ、口を開いた。
「―――ところで、貴方は、誰のもの?」
「!」
森野さんは暗に、真綾さんを頼れ、と言っていた。
この状況を覆す方法を提示出来るのは、彼女しかいない、と。
「行って来ます!」
「……早く、連れ戻して来て」
僕はもう一度、拒絶された人の元へと駆けだしたのだった。
事務所を出て、僕は暗い夜道をひた走る。
一体、真綾さんはどうして僕を拒絶したのだろう?
一体何が、いけなかったのだろう?
一回は途方に暮れて引き返したが、しかし、今は何としても答えを聞かねばならなかった。
明日からちょっと家を出るのでこれから連続投稿しておきます。それではよいお年を。




