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とある個人事業主の税務相談 その8

やったぞ!」

「真綾さん、声、声!」

「は!?」

「一言、言っておく」


 ダリアさんが凄みのある声で僕らに話しかける。


「今回は、お前の上司、真綾の顔を立てておくから粘らぬだけじゃ。次会う時は、覚悟せい」


 そう言い残し、ダリアさんは踵を返し一度も振り返ることなく、部屋から去って行った。


「ふっ、悪は滅びたのだ!ハハハハハ!」

「怖いからって段ボール箱の中から強がっても、虚しくないですか?」

「う……それは言わないお約束だぞ、信士くん!」


 引きこもっていれば強気には出れるということが分かったところで、それは収穫と言えるのだろうか?


「さて、と」


 僕は竜太郎の方に向き直る。


「何とか収めることが出来ました。これで被害は最小限に抑えられるかと……」


 見ると、竜太郎はワナワナと、震えていた。


「んなわけ、あるかー!」

「え?」

「あんなことをばらすから、アシスタントの女の子達、呆れて全員帰っちゃったじゃないか!しかもいま、学内ツイッターやラインチャットでそれが拡散されてるんだぞ!」


 そう言って、彼が見せてきた携帯の画面には、彼を罵倒するリプライが多数書き込まれ、炎上していた。確かに、気が付けば、女生徒達も誰もいなかった。見限られた、ということだろう。


「賠償金を払え!慰謝料を払え!訴えてやる!このポンコツ税務士が!」


 竜太郎は烈火の如く怒り、罵倒してくる。どうやら、真人間のツボの効果はとっくに切れているようだ。


「……お言葉ですが、僕は精一杯やりました」

「どこがだよ!ぜっんぜん客の信頼に応えてねーじゃねーか!俺の信用壊すことばかりしやがって!」

「それは―――」

「そこまで」


 聞き覚えのある声が、部屋に響く。振り向くと、そこには森野さんが立っていた。


「どうやら、終わったようね。ご苦労様」

「あ、いえ……まだ」

「これが今回の請求書になりますので、お納め下さい」


 森野さんはそう言って一通の封筒を竜太郎に差し出す。


「誰が払うか!こっちは大損害だ!びた一文払わねぇぞ!」


 凄む竜太郎に、森野さんは懐から何かを取り出し、見せた。


「!」

「お支払頂けないのでしたら、明日あたりにでも、これが学園中にばら撒かれるかもしれませんよ?」


 森野さんの眼鏡の奥で瞳が鈍く光る。


「てめぇ……何者だ?」

「さあ?でも、お支払頂けるなら、これはお渡ししますよ」


 無言で請求書を受け取った竜太郎は、苦々しい顔をしながらも「払う」と一言ポツリと漏らしたのだった。

 ちら、と見えたその請求書の値段の欄を見て、僕は軽く驚いた。桁が、多すぎる。

 森野さんと目が合う。まずいものを見てしまった気分になる。


「あの……それ、何ですか?」

「聞きたい?」


 森野さんは冷ややかな目線で僕の方を見つめる。


「……ええ、まあ」

「いくら払う?」


 お金取るのか!?知りたい気持ちもありつつ生憎、持ち合わせは無かった。


「私のネットワークで調べた、彼のプライベートな×××。そんな同人よりも、もっと危ない。君の事も調べようか?」

「……やめときます」


 にやり、と不敵な笑みを浮かべる森野さんをみて、この人は敵に回すのは止めようと心の底から僕は思った。


「落ち込んでるの?」

「はぁ……」


 僕は肩を落としながら、事務所の玄関をくぐった。

 夕暮れを過ぎ、既に日は落ちている。

 暗い夜道の中、真綾さんと一緒に路地裏を歩いている間、僕は暗く沈み、ほとんど会話を交わさなかった。暗い事務所の電気をつけるべく、スイッチを押す。電気はついたが、まだ薄暗い。古い蛍光灯なので明るくなるにはもう少し時間が掛かるだろう。


「だって、その、誠実に仕事をしたのに、信頼に応えられなかったなんて言われたら……」

「何だ、そんなこと気にしてるんだ?」

「そんなことって……」


 僕にとっては死活問題である。


「何よりも人の信頼を得ようと頑張ってやっているのに、こんな言葉を貰うなんて、凹みますよ?」

「しょうがないじゃん。だって、私と信士くんが組んだら、こうなるしかないもん。文句はしずかちゃんに言うんだね」

「どういう、意味ですか?」

「だって、私は数字を見て、人の嘘を見抜く。信士くんはそれを見て、真っ直ぐにそれを正そうとしちゃう。そういう性質の組み合わせ、経営者がつきたい嘘を必ず暴いちゃう、ね」

「え、じゃあもしかして、この結果は……」


 森野さんが予測していた、とでも?


「明らかに税務士向きじゃないじゃん、信士くんの性格は」


 そう、無邪気に言ってのけた真綾さんを見て、僕は戦慄が走った。

 向いてない?この職に?これから先、どんな税務士になるか、それを考えていたはずなのに、向いてないと一蹴されてしまったからだ。


「でも、いい仕事をしたのは、ホント」


 そう言って、彼女は背伸びをして僕の頭に手を乗せる。


「良い子だから、落ち込まないで?君は、よくやったよ」


 頭を撫でられ、引き寄せられる。そして、そのまま彼女に頭を抱えられる。とても……良い香りがした。


「よしよし……」

「……ありがとう、ございます」


 少しは、救われたかもしれない。少なくとも、真綾さんの信頼はあが……。


「あ、君達もご苦労様!」

「は?」


 周りを見ると、事務所の窓の縁に、大量の鳩が止まって、こちらを見つめていた。

 真綾さんは僕からさっと離れると、窓を開け、彼らを中に招き入れてしまった。


「はい、これ、助けてくれてありがと!」


 そう言うと机から取り出した鳥のエサを彼らに投げながら、全員の頭を人差し指と中指で撫でている。あれ、なんかこれ、どっかとデジャビュっていませんかね?

 そうか、彼女にとっては、普通にコミュニケーションとれないほうが、人として見られているということなんだと今更ながら思い出す。

 つまり、まだまだ、ということか。

 僕は大きくまた一つ、溜息をついた。

この章ここまで。次から新章です。

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