とある個人事業主の税務相談 その7
「ちょっと、調べます」
預かったノートPCを開きネットに繋ぐ。そして、真綾さんに渡そうとした時にチラッと見た竜太郎の名刺のアドレスを検索にかける。すると……。
「!」
「ん?どうしたの、信……」
僕は慌ててPCを閉じた。
「な、何でもありません!」
そうか、これが……あいつの、金儲けの正体か。
しかし、分かったからと言って、それだけでどうなるものでもない。もう一つ、それに対する経費を見つけなければ話にならないが……もしかして、あれの中に?
貰った資料の中にある明細に確か……。
僕は持ってきた段ボールの中身からそれを見つけ、内容を確認した。
「あの、これって……経費になりますか?」
真綾さんにそれを見せ訊ねると、彼女は大きく、頷いたのだった。
「覚悟は出来たか貴様らああああああああああああ!」
ドアが外れたままの玄関から、勢いよくダリアさんが飛び込んで来たのは、きっかり一時間後のことだった。
「お待ちしておりました」
僕は一人、リビングで彼女を待っていた。
「ふん、逃げずにおったか、殊勝な心掛けじゃの……と、お主しかおらぬのか?」
「あ、いえ。真綾さんは……」
僕は横にある大きめの段ボール箱をチラッと見る。その時段ボール箱は小刻みに動いたが、すぐに大人しくなった。中の人が苦心して考えた、ダリアさん対処法らしい。
「只今、取り込み中、だそうで」
「なめた真似を……。して、児島はどこじゃ?」
僕はリビングのソファの影でヘルメットをして隠れている竜太郎と女生徒達を指さす。
「さて、キリキリと吐いて貰おうか。児島竜太郎っ!」
「へ、五月蠅いんだよ。このバイオレンスエロ彼氏なし税務官様が!次何か俺に危害を与えてみろ。隠し撮りしてある動画が学内ネットに流れるからなっ!」
どうも僕がここに戻って来た時強気だなと思ったら、そんな仕掛けを準備していたのか。悪いことをする奴は、こういうところに頭が回るらしい。
「……危害を加えなければ、よいのだな?」
「はい?」
そう言い放つや、ダリアさんは竜太郎の前までツカツカと歩み寄っていく。
「な、何を……」「何するのこのおばさん!」「彼氏いないくせに」
そんな抗議の声など届かないかのように……。
「どうりゃああああああああああああああああ!」
ダリアさんは、思い切り平手で竜太郎の頬を何回も往復ビンタした。
「ぶべしばがげあfじゃいじゃふぁえあhふぁhfは」
「ふう……」
ドシャ、という音と共に、またしても竜太郎は崩れ落ちる。
「それ、どうみても危害、加えてませんか?」
「違う、これはの……」
何と、驚くべきことに崩れ落ちたはずの竜太郎が、その場で起き上がりこぼしのように跳ね起きたではないか。
「あ、おはようございます、みなさん。ご迷惑をおかけしまして」
……何か、様子がおかしい。
「法皇院流健康点穴術奥義《母様僕働苦世》(かあさんぼくはたらくよ)じゃ。経絡秘孔の一つ《真人間》を突くことによりこれを受けた者は、三秒後には立ち上がり、真面目に仕事をするようになる、多分」
その技があれば、全国のニートが激減するに違いない。彼女が税務官でなくエステティシャンにでも転職すれば億万長者も夢ではないと思う。
「そして、副産物の効果として、素直になるのじゃ」
「……と、いうことは」
「児島、お主、隠している収入があるな?」
「は、はい!すみません」
竜太郎はあっさり、副収入の件を認めてしまった。
「やっぱり脱税は良くない行為でした……今すぐ税金はお支払します!」
「よし、認めるか。ならば良し!さあとっとと書類にサインを……」
「……まさか、真人間の秘孔を知っているとは」
段ボール箱の中からくぐもった声がする。
「知っているんですか真綾さん!?」
「いや、全然?」
僕は盛大にずっこける。
「でも、放置しておくわけにはいかないよね?出番だよ、信士くん」
確かに、このまま放って置けば、過大な税金を搾取されることは間違いない。僕は覚悟を決めて、一歩踏み出す。
「良いですか児島さん。騙されてはいけません。そんな大量のお金を払う必要はありませんよ」
「なんじゃと?」
「すみませんダリアさん。でも勝手に決めて貰っては困ります。時間の無駄、と仰いましたが、人生とは無駄の連続です。出来ればお付き合い下さい」
哲学な物言いで僕はそれを受け流す。
「ふん。まあよかろう。どうせ結果は変わらんのじゃからな」
「あ、あのボクは結局どうすれば?」
きょとんとした顔で竜太郎が二人の顔を見る。
「そこでお待ちください」
そう言われて所在なさげに竜太郎はその場に座り込んだ。
「では始めようかネギ坊主」
目の前で前回より激しい火花が散る。
再び、戦いの火ぶたが切って落とされた。
「まず、副収入の件は、単なる経理上のミスです。あまり儲けも出ていないので、本人が計上を怠っておりました。本人に代わり、謝罪いたします」
「あまり、儲けも?どこがじゃ!これだけの収入が……」
「その件もそうですが……後出しで悪いですが、その件も含めこちらから追加の経費が見つかりまして、『更生』を申請したいと思います」
「更生じゃと?」
更生というのは、税金を多く支払いすぎている場合に取り戻すための手段である。逆に税金を少なく支払った場合が修正申告というそうだ。僕はてっきり同じ物だと思っていた。
「はい。まずは人件費です。アシスタントとして使用した方から領収書を頂いております。どうぞ」
「ふん、小賢しい真似を」
受け取った領収書の束を法皇院ダリアはチェックする。
聞き取りをしたが、本来ここでアシスタントをしていた女生徒達はほぼ無給だったようだ。しかし、税金を取られるくらいなら、人件費を計上し、支払った方が得策である、と僕は竜太郎を説得し、この領収書を手に入れていた。これで多少なりとも税金は減るはずである。
「ぐぬぬ……その場凌ぎを。しかし、こちらの方はどうなんじゃ!副収入の正体は一体……」
「あ、それは、こちらです」
僕はここに来る前に大急ぎでとある店に出向き、その本を入手してきていた。
それを鞄から取り出し、僕は皆に見えるように、手で掲げた。
「んな!?」
「きゃ!」
「え!?」
女性陣から口々に、悲鳴のような声が上がる。
目の前に居て、ガッツリ見てしまっているダリアさんは、顔を真っ赤にしてそれを奪い取り、ビリビリに破り捨ててしまった。
「ななななななななななな何じゃ貴様っ!そのような破廉恥な代物を……」
「破廉恥も何も、これが、彼の副収入の正体ですが?」
「はああああああああああ!?」
「同人ショップ《コミック尻の穴》に行って購入しました。児島竜太郎氏が密かに制作し、卸していた同人誌と呼ばれる本になります」
そう、名義も絵柄も変えてはいるが、これが彼の制作したもう一つの本だった。僕は竜太郎が間違えて出した名刺に書いてあった名前とアドレスから、この本の存在を見つけたのだった。
「そ、そんなまさか」「信じられない……」「いやああああああ!」
女生徒達は悲嘆の声を上げている。当の竜太郎は、顔面蒼白になり、茫然としていた。
「児島氏はこの本の収入をコミック尻の穴から受け取っていたのです。それがこの通帳にある入金の正体です」
「……はっ。語るに落ちるとはこのことだ!ならば話は早い、脱税行為として重加算税をつけて、追徴課税を……」
「だから、言ったじゃないですか。儲け何てほとんどない、と」
「はぁ?」
「一件この収入、多いように思われますが、使っている材料費が半端でありませんので。それが、これです」
僕は携帯の詳しい明細書をダリアさんに提示した。
「何じゃ……これは」
「彼が課金している、学内ソーシャルネットゲーム『藤コレ』の利用料金です」
「藤コレ……?」
「藤元不二朗コレクションの略です。学内ネットで配信しているソーシャルゲームです。彼が課金して遊んでいるゲームですね。いやあ、廃課金ですねぇ」
「はぁ!?そんなものただのゲームじゃろ!本の製作費なら経費申請出来るが、ただの娯楽費が経費として落ちるなど……」
「いやあ、そこを認めて頂いて、安心しました」
「なんじゃと?」
「本の製作費なら、経費申請出来る―――という部分です」
そこでふと、ダリアさんも何かに気が付いたような顔になった。
「はい、この本、破られてしまいましたが、これは実は藤コレをモデルに書かれた二次創作物なのです。彼はこのゲームをいち早くプレイし、最新のSレアカードなどを手に入れ、それを資料とし、この本を制作していました。ですので、これは『必要経費』なのです」
「ぐぎっ……!」
ダリアさんの顔は苦虫を噛み潰したように歪んだ。
「その経費と収入を比べると、どっこいどっこいでして、大体対消滅しますね。しかし収入は収入ですので、更生を申請し、問題がある部分は課税対象にしていただけると助かります」
そう言って、僕は笑顔をダリアさんに返した。後の問題は、これでも脱税として、向こうが強弁するかどうかである。
握りこぶしのまま固まったダリアさんは、こちらを睨みつけ、しばらく逡巡していたが……。
「……いいじゃろう。お主の弁を、認めてやる」
ダリアさんは、そう吐き捨てるように言った。




