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とある個人事業主の税務相談 その6

「あ、あの!ダリアさん」

「……何じゃ、時間稼ぎに下らぬことを抜かすと、その首へし折るぞ?」


 駄目だ。本当のことを、真実を言わないと恐らく彼女は納得しない。そういうタイプの人間だ。誤魔化しは通用しない―――僕は、仕方なしに思ったことをそのまま、口に出した。


「ダリアさんて、綺麗ですよね」


 何言ってんだ、僕。


「はい?」

「強くて、凛々しくて、おっぱいも大きくて、お尻も安産型だし、ラテン系特有のその小麦色の肌が和装に似合って妙に色気があるし」


 あかん、テンパって自分でも何を言っているのか、突っ込みどころしかない。ええい、こうなったら最後まで正直に突っ走ろう。


「性格もちょっと乱暴だけど、表裏のない、純真な人です。話せばわかってくれる、今まであった人の中で、もしかしたら一番正直に僕に向かって来てくれる人かもしれません。僕は……その暴力的なところ以外は、その、全部大好きです!ですから僕と―――」


 言いながら確信を持っているが、大体本音である。口をついて出る順に言ったら、こうなっていただけである。成程、敵対していなければ確かに僕が今まで会った人間の中では、嘘がないという点で一番無条件に信頼がおける人物かもしれない。続けて僕が言葉を続けようとしたが―――。


「あ、あの……?」


目の前にいたダリアさんは、両手を顔に当てたまま、顔を真っ赤にして固まっていた。


「なななななにゃにを言っているんだキサマ!こんなところで愛の告白とか場所をワキマエロオオオオオオオオ!」


 彼女は何か、上手く呂律が回っていないようだ。


「え、あの別にそう言う……」

「し、仕事中だゾ!何言ってるんダ!そういう事はだナ、もっとちゃんとしたところでだナ!」


 声を震わせ、何か妙にくねくねしていた。


「いや、あの、違うんです!」

「べ、別にそのだナ。今まで付き合ったことがないからとカ、あんまりそのどうしたらいいか分からないとカ」

「いえあの、友達になって、下さい」

「ハ?」

「勘違いさせてすみませんが、僕、学園で友人がいないので、ダリアさんみたいな人だったら、友人になれるかなあ、なあんて……」

「―――」


 気まずい沈黙が場に降りた。

 その沈黙を破ったのは、竜太郎達だった。


「プッ」「ヤダあの娘、彼氏いないんだ」「しっ聞こえるよ」


 あ、いや本当に聞こえてますから。

 当のダリアさんはというと、小麦色の肌がさらに赤く染まり、口を閉じながら、小刻みに震えていた。まるで、爆発寸前の、活火山のようだった。あ、これ、死んだかな?


「貴様ら……」


 そうダリアさんが呟いたその時、場に、暴れん坊将軍の着メロが流れて来た。

 その着信音にハッとしたダリアさんが、袖の中から携帯を取り出した。


「は、はい。こちら法皇院です。は、はい。わかりました。そちらを優先しますので……」


 ピッと電話を切る音がしたかと思うとダリアさんは僕らをキッと睨みつけた。


「……一時間後にまた来る。それまで首を洗って待っておれ!」


 そう言って、ズシン、ズシンと地鳴りのような足音を立てながら玄関から出てってしまった。

 今の処は、助かったのだろうか?


「上手く、時間稼げたみたいだね~」


 真綾さんは金成荘近くの公園のベンチに座りながら3つ目のプリンを食べながら寛いでいた。

 僕らは法皇院ダリアが去ったあと、竜太郎の資料を預かり、外に出て作戦会議という名のおやつタイムに勤しむことになった。


「はぁ、何とか。でも、殺されるかと思いましたよ。でも何で、帰ってくれたんでしょうか?」


 もしかして彼女は、恥ずかしくて逃げ出した、のだろうか?


「あれは、単に定時だから帰っただけだよ。税務官は人数不足で一日のノルマが厳しいから、一時間もしたらちゃっちゃと帰るんだ。お役所ってね、そういうところ。ダリアちゃんは優秀でほぼ時間通りで済ませるけど」


 何とも簡単な理由だった。あの電話のお蔭で、僕らは助かったということか。


「一緒に働いた時も、そうやって急かされて仕事したなあ……だるかった」


 二人が根本的に合わない理由が分かった気がした。自分のペースの基準が根本的にずれているわけだ。


「ところで、信士くん。どうするの?」

「どうしたら、良いんでしょうか?」

「ん~とさ、そういう問題じゃないんだよね」

「どういうことですか?」

「信士くんが、どうしたいか、だよ?」


 どう―――したいか?


「信士くんの話はここに来る途中で聞いたよ?児島に騙されたっていうのも。でも、信士くんは裏切られた人に対しても、きちんと仕事したいのか、仮に脱税をしていたとして、それを上手くカバーするのか。ハッキリ言ってしまえば、脱税の幇助は犯罪だけど、目を瞑って助けるのか。そういう判断をするのは、信士くん自身ってこと」


 真綾さんの話を聞いた瞬間僕の頭に衝撃が走った。

 そうか―――僕にはまず、この仕事に対して欠けていた物があることに、今更ながら気が付いたのだった。

 そう、僕は「どんな税務士になりたい」のだろう?


「信士くん?」

「……あの、今日やってみて思ったんですけど、経営者の相手って、それぞれ個性も考え方も違うじゃないですか。人を見ないで、数字だけで判断出来るものなんですか?」

「だって、人よりも、数字の方が正直だもん」

「そうは言っても……」

「人って都合の良いことばかり言うけど、数字は誤魔化せないでしょ?どんな経営だって、経理だって、節税の為に『都合よく見せかける』ことは必要悪になっているのが現状だもん。経営者のお願いなんてただ一つ、『出来るだけ税金を安くして欲しい』これ以外ないし。その『程度』が脱税か、節税かのボーダーラインを行ったり来たりする。それを決めるのが、ダリアちゃん達なわけ。真綾達、税務士はそのさじ加減をめぐって勝負をすることになるんだよ。だから……」


 だから、僕が決めなければいけない……ということか。


「……真綾さんは、どんな税務士になりたいと思ったんですか?」


 純粋な疑問が口をついて出た。そう―――なぜ彼女は、なぜわざわざ、普通なら対人スキルが必要なこの職業を続けているのだろう?


「だんっぜん、安楽椅子税務士だね!アドバイスだけして全部他の人がやってくれるのがいいなあ」


 真綾さんは子供の様に目をキラキラ輝かせながら、冗談ではなく本気で言っていた。

 僕は肩で息を吐く。……割と残念な人の答えだった。数字を見て、決める。それが真綾さんの考える税務士の道だということか?もしかして、彼女が助言し、僕が行動するという状況って、かなり真綾さん的には理想のシチュエーションなのではなかろうか。


 なら―――僕は?

もう―――答えはとうに出ていた。あの時、竜太郎を庇って、時間稼ぎに飛び出した時に。


「僕は、仕事は仕事として、きちんとやります。顧客の利益の為に」


 それが、僕が他人の信頼に応えるということだからだ。


「そっか、うん、わかった」

「まあよっぽど悪質な脱税なら、是正を促すかもしれませんが……」

「ん~……そうでもないかなあ、そうかなあ?まあ、真綾たちの仕事の中身なんて、全部グレーゾーンだからね!」


 そう言って天真爛漫に笑う真綾さんを見て、僕はこの仕事をきちんと済ませようと、決意を新たにしたのだった。


「しかし、何なんですかね。あの入金の正体」

「普通に考えて、何か他の商売をしているんじゃないの?」

「そう……ですよねえ」


 やはり、完全に脱税か。


「まあでも、それにも経費が掛かっているはずだよ。彼の使っている物をすべて調べて、その正体を明かせば、被害は最小限で食い止められる、かも」


 上手いこと課税される金額を減らし、取られる金額を減らす、ということか。


「あとは、脱税じゃなくて、経理ミスか過少申告に持っていければ、ね。まあそれは、信士くんの交渉能力に任せた!」

「……それは、まあ、頑張ってみます」


 さすがにそれは真綾さんには期待できないことだからなあ。


「でも、後10分で、分かる?」


 気が付けば時刻はもう4時近くになっていた。後少しでダリアさんの予告した、一時間後である。


「やってみます」


 僕は今日、今まで見た光景を一から思い出していた。

 何か使えるもの、違和感、そういったものを記憶の中から探し出す。

 そして、二つの使えそうな事実を思い出した。

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