とある個人事業主の税務相談 その5
「……ほう、申してみよ」
値踏みするかのような視線。この学園へ来て、何度となく受けたその視線のおかげか、逆に覚悟は決まった。
「まず、後で上に正式に抗議はしますが、暴力で相手を屈服させるのは、よくありません。それに加えて、僕の上司を悪く言わないで頂きたい。真綾さんは確かに対人スキルは低いかもしれませんが、僕にとっては恩人であり、仰ぐべき師です。お二人の間に何があったか知りませんが、僕の前でそういった侮辱的な行為は慎んで頂きたい」
相手の目を見据えて、僕は一気に言った。
真顔のまま固まっている法皇院ダリアを見て、言いすぎたか、と戸惑うが、続けて発言する。
「あと、税務調査は正式な手順を踏んで行う事を要求します。以上のことへの謝罪や、要求が通らないなら、僕らもこの調査に非協力的な立場を取らざるを得ません。どうか、そのつもりで」
固まったままの法皇院ダリアと目を逸らさず睨み合う。
そう、僕の信頼する人達の仕事を、馬鹿にされて黙っているわけにはいかなかった。
何も言わないままスルーしてしまったら、僕はそれを裏切ったことになってしまう。それだけは、絶対に出来ない。
お父さん……もし僕がここで儚く散っても、息子は立派に自分の道を貫いたのだと、誇って下さい。僕は心の中で十字を切って、彼女の反応を待った。
「……お主、良い奴じゃなあ……」
何と、法皇院ダリアは涙を溜め、堪えるように唇を噛んでいた。
「真綾にかのような……いや、しかし情を挟んでは……」
何やらぶつぶつと呟きながら、一人悶絶している。何だろう、この人?
「……ダリアちゃんは、真綾の、同級生だぞ」
「真綾さん!……話せるので?」
「……飼い主として、励まされたらちょっとくらい頑張るぞ!……もうくじけそうだけど」
既に真綾さんの細く白い足は小刻みに震え、足元は定まっていない。
「む、無理はしないでいいですよ?」
「ダリアちゃんの意識をこっちに向けられると、ちょっと……。信士くんが相手をしててくれればいいんだけど、こっちに強い気を向けられると真綾には耐えられない~」
「そうなんですか……」
何とも難儀な話である。まあ真綾さんでなくても気圧されるくらいだから、彼女には耐え切れないものなのだろう。
「……ダリアちゃんは金剛寺学園スペイン校からの交換留学生としてこの学園に在籍していて、日本かぶれの、税務委員会切っての『超問題児』でね……。目を付けた相手からはあらゆる手段を用いて税金を搾り取り、再起不能にする悪魔で……昔は、同じ税務士事務所に、一緒に居たこともあったけど……」
そこまで説明して真綾さんは「きゅう」と言って仰向けにぶっ倒れた。
「真綾さん!?」
「……ダリアちゃんには気を付けるんだぞ。結構素直で、直情的だけど……有能、だから。だめ、やっぱ、ダリアちゃんのオーラ苦手~。もう、ねる……」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいよ真綾さん!」
「……寝る前に一つだけ」
真綾さんは僕の手を取り、今にも天使に連れられ天に召されそうな表情で、こう言った。
「困ったら時間を稼いで、ね」
「真綾さーん!?」
それだけ言い残して真綾さんはパタリ、とそのまま突っ伏して気絶してしまった。
「……昔から、こうだったなこの女は。失礼な奴だ」
いつのまにやら法皇院ダリアは冷静さを取り戻したようで、いつもの口調に戻っていた。
「まったく……あの時、我はただ、友達になりたかっただけだというのに」
「へ?」
「何でもない独り言じゃ、黙っとれ。……さて信士とやら」
「は、はい」
思わず名前を呼ばれ、僕は姿勢を正す。
「すまなかったな。ではきちんと、税務調査に臨むことにしよう」
「え!?」
「何を意外そうにしておる。確かにお主の言う通りじゃ。手順を飛ばす悪い癖が出たことを謝っておる。間違いを正さずに相対すれば、我が恥ずかしいだけじゃとわかったからの。後、我のことはこれから、ダリアと呼ぶがいい」
「わ、わかりました。ダリア……さん」
名前で呼ばせて貰うというのは、親近感がぐっと増す。少し心を許してくれたのだろうか?話せば分かって貰えるとは、案外……良い人、なのか?
「ただし、手は抜かん。我を本気にさせたこと、後悔するがいい」
何か、彼女の背景に赤い焔が見えるんですが。もしかして、焚き付けてしまった形になったのだろうか?
「とっとと、帳簿と、資料を出さんか」
「は、はい、そこに」
彼女は僕が資料を指さすのを合図に、それを怒涛の勢いでチェックし始めた。
付箋、赤ペン、青ペンが乱れ飛び、手の動きが全く見えない。
「す、すごい……」
「フッ……我が問題行動を起こしても首にされない理由の一つがこれだっ!鍛え上げられた運動神経と反射神経による圧倒的処理速度のチェック能力。どうだ、驚いたかっ!」
確かに驚いた。問題行動だという自覚があることに。
「さあ、終わったぞ!」
この間、わずか二分。カップヌードルを作るより早い。
「ふむ……これは、臭う、臭うぞ!」
持っていたペンを胸の谷間に挟むと即座に彼女はそう言い放った。
「何が……ですか?」
「脱税の、香りじゃ」
「え!?」
そう言うと、持っていた帳簿に舌なめずりをする。
「そ、そんなことは、特に問題のある個所は……」
「いいや、こやつの通帳には、あからさまに仕事より多い入金がある。それは作家業以外で何か稼いでおるとしか思えぬ。これをハッキリさせねばならん。結果脱税ということになれば……ただでは、済まさぬ」
ダリアさんは完全に獲物を狙う獣の目をしていた。眼光鋭く、こちらを威圧してくる。その眼光が、内面の力に後押しされているものだから、余計に怖く、圧されてしまう。
そういえば、真綾さんは依頼人の竜太郎が「嘘つきだ」と言っていた。もしかして、これのことを言っていたのか?
だとすれば、非常に不味いことになる。昨日読んだ税法の本に寄れば、脱税行為が発覚した場合、それが隠ぺいを目的としたものと認定された場合は重加算税として35~40%も多く税金を取られてしまうことになる。逆にそれがただの申告漏れや経理ミスならば修正し、多少の課税で済むのだが……。
「それは……今ははっきりとはわかりませんので、後日こちらで調べてご報告ということで。あの、児島氏も意識がないので訊ねる事も出来ませんし」
僕は真綾さんに言われた通りに時間を稼ぐことにした。真綾さんが心配していたということは、この点は間違いなく、争ったら不味いことなのだろう。一旦お引き取り頂いて、対策を練るほうが良い。
「ならば、問題はない」
「はい?」
言うが早いか、彼女は竜太郎のほうへツカツカと歩み寄っていく。
「な、何をするんですか!?」
女生徒達が抗議の声を上げるが、ダリアさんはそんなことを全く意に介さず、竜太郎の頭を掴み、軽々と持ち上げてしまった。
「ホーアチャアッ!」
そのままダリアさんは思い切り左手の二本の指を竜太郎の額に突き立てた。
「はっ!?」
竜太郎は勢いよく目を見開いた。
「法皇院流健康点穴術・起着名歳朝世。この技は健康的な目覚めのツボを押すことにより、たとえ亡くなった者でも、3分間ぐらいは目覚めて活動することが可能じゃ、多分」
出鱈目だー!?
「あれ、信ちゃんおっは~!何してんのいま?」
「貴様の、聞き取りじゃ」
「ひっ!?さっきの暴力女!」
「暴力女ではない!税務官、貴様の税金について調査しに来た、調査員じゃ。さあ、キリキリとこの入金に関して吐いて貰うぞ」
「ん~これ?何だろね?」
竜太郎の目は露骨に泳いでいた。どう考えても、まともな金ではなさそうだ。
「分からぬわけではあるまいっ!これ以上しらを切り通すつもりなら……」
「ダ、ダリアさんっ!」
「わかっとるわ、約束じゃからの。『まとも』に調査はする。但し、あくまでこいつがしらを切り続けるなら、別じゃ。犯罪を看過するほど、暇ではない」
そういうとダリアさんは拳を握りしめる。
まずい。このままでは、一方的に顧客を不利にしてしまうことになる。
『時間を稼いで』
そういえば、真綾さんが気絶する前に、そんなことを言っていた。
僕は一か八か、それに賭けることにした。




